サウナー、薪割りで汗を流す
朝晩の空気が少しひんやりと感じられるようになったある朝、俺はサウナ小屋の前で愕然とした。あれほど高く積まれていたはずの薪の山が、見る影もなく小さくなっている。
「おいおい……ここ数日で、こんなに使っちまったのか?」
俺は首をひねりながら、残りわずかな薪を数えた。指で数えるまでもなく、今夜の営業分すら怪しい。
ちょうどそのとき、アリーが工房から顔を出した。
「師匠! サウナ、今日も大盛況でしたよ! 最近は冷えるからって、朝から村のおばあちゃんたちが『腰を温めにきた』って押し寄せて……」
「……いや、嬉しい悲鳴なんだがな。問題はこれだ」
俺は寂しくなった薪の山を指さす。
「見てみろ。すっからかんじゃないか!」
「えっ! うそ……本当ですね……」
アリーは目を丸くした。
そこへ通りがかった村人たちも、心配そうに口々に言い出す。
「おお、サウナー。わしも薪のことは心配しとったんじゃ」
「最近は毎晩サウナに通うのが日課だからなあ」
「これからもっと寒くなる前に、たくさん集めておかんとまずいぞ」
俺は腕を組んで頷いた。サウナが村の生活に根付くのは本望だ。だが、肝心の燃料が尽きれば、この小屋はただの蒸し風呂にもならない。
「……仕方ない。今日は臨時休業だ。村総出で薪を集めるぞ!」
その声に、村人たちの目がカッと輝いた。
「おお! サウナのためなら!」
「家の斧を全部持ってこい!」
その反応速度は、もはやサウナへの愛の深さを物語っていた。
その日の昼。
村の広場には屈強な男たちが集まり、それぞれが磨き上げた斧や鉈を手にしていた。
アリーもどこからか借りてきたのか、自分の背丈ほどもある大きな斧を肩に担ぎ、やけに自信満々な顔だ。
「師匠! こういう力仕事こそ、鍛冶屋の娘の出番です! 私にお任せを!」
「お、おいアリー、そんなデカい斧を振り回したら危ないぞ――」
ズバンッ!
振り下ろされた斧は、しかし丸太の硬い節目に弾かれ、アリーの手からすっぽ抜けて放物線を描いた。そして、すぐ隣にいた村人の足元数センチの地面に、グサリと突き刺さる。
「ひぃっ!」
「アリーちゃん、危ない危ない!」
「ご、ごめんなさい!! 槌を振るうのとは、勝手が違って……!」
冷や汗をかきながら、アリーが慌てて頭を下げる。
俺はやれやれとため息をつきつつ、手頃な斧を持ち直した。
「いいか、アリー。薪割りもサウナも、リラックスが肝心なんだ。力任せに振り下ろすんじゃない。肩の力を抜いて、斧自身の重さを利用して、まっすぐ振り下ろすだけだ」
手本を見せると、丸太は**スパン!**と小気味よい音を立てて綺麗に割れた。
「うわぁ、師匠すごい! まるで達人!」
「よし、私ももう一度!」
アリーは慎重に構え直し、今度は見事に丸太を真っ二つにしてみせた。
「やりましたー!」
「おお、やればできるじゃないか」
その様子に、周りの村人たちも「負けてられるか!」と続々と挑戦を始めた。
やがて、村の広場にはカーン、カーンという乾いた斧の音がリズミカルに響き渡り始めた。
子供たちは割れた薪をサウナ小屋までせっせと運び、女たちは火付きが良くなるよう、細い枝を束ねて焚き付けを作る。
誰もが汗だくになりながらも、その顔は不思議と笑顔だった。
「こうしてみんなで一緒に汗をかくのは、久しぶりだのう」
「サウナは、入る前からもう始まっとるんじゃな!」
「本当だ! なんだか村の祭りみたいで楽しいぞ!」
気づけば、西の空が茜色に染まる頃。
サウナ小屋の前には、以前よりも立派な薪の山が再び築き上げられていた。
アリーは腰に手を当て、額の汗を拭いながら満足げに笑う。
「ふふん! これで当分は安心ですね、師匠!」
「ああ……みんなのおかげだな」
その夜、新しく積み上げられた薪の山の一部を使い、ささやかな宴会が開かれた。
パチパチと心地よくはぜる焚き火の音。焼いた芋の甘い香りと、村人たちの朗らかな笑い声が、満点の星空の下に溶けていく。
俺はその光景を目に焼き付けながら、しみじみと思った。
――俺が気まぐれで建てたこのサウナは、もう俺ひとりのものじゃない。
汗を流して薪を集め、火を囲んで笑い合う。この村のみんなで作り、守り、楽しむ、かけがえのない宝物になったんだ。
その事実が、サウナでととのった時とはまた違う、温かい幸福感で胸を満たしていた。
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