サウナー、精霊に遭遇する
その日も、俺はいつものようにサウナ小屋でロウリュの準備をしていた。
桶の中には、今や村のサウナに欠かせない、セイルが調合した特製のアロマウォーターが満たされている。ほんのり爽やかで、心を落ち着かせる香りだ。
「師匠、今日も私がやらせていただきます!」
アリーが張り切って柄杓を握る。
「よし、頼んだ。でも一気にかけすぎるなよ。優しい熱波がここの流儀だ」
「お任せください!」
彼女がストーブの石にアロマウォーターを注ぐと、ジュワッと心地よい音を立てて白い蒸気が立ち昇る。
芳しい香りを乗せた熱気が小屋全体を柔らかく包み込み、村人たちが「ああ……」と一斉に安堵のため息を漏らす。
――その時だった。
立ち上った蒸気の中に、きらり、と蛍のような光の粒が混じった。
(火の粉か?)そう思ったが、違う。光は一つ、また一つと増えていき、それらがまるで意志を持っているかのように集まって、ふわりと小さな人影の形を成したのだ。
「え……な、なにあれ!?」
アリーが驚きに目を丸くする。
それは手のひらほどの大きさの、淡い光を放つ小さな存在だった。
ふわふわと宙に浮かび、湯気の中で羽ばたくように揺れている。
「し、師匠! 精霊です! サウナに本物の精霊が出ました!」
「い、いや、落ち着けアリー! ただの目の錯覚だ! ロウリュの蒸気と光の加減で、そう見えるだけで――」
(……だよな? 俺の目がおかしくなったのか? サウナに入りすぎて、ついに幻覚でも見たか!?)
「見間違いなどではないぞ!」
隣で蒸されていた村人が、額の汗をぬぐいながら、震える声で叫んだ。
「これは……我らの信仰に応えてくださった、神の使いに違いない!」
村人たちが一斉にざわめき始める。
「おお! 神がついに我らのサウナに降臨された!」
「これは吉兆だ! 村が栄えるぞ!」
「日頃の奉納サウナの効果に違いない!」
……いや、だからそんな大げさな。
光の精霊(としか呼びようがない存在)は、心地よさそうに蒸気の中をひとしきり漂った後、ふわりとアリーの目の前まで飛んできた。
アリーはごくりと唾を飲み込み、恐る恐る声をかける。
「……は、はじめまして。わたくし、アリーと申します。このサウナで師匠の弟子をしております!」
光はしばらくアリーの顔を見つめているかのように揺らめき――そして、まるで鈴を転がすような、しかしどこか気の抜けた声で、はっきりと呟いた。
「……あ〜……きもちいいぃ……ここ、極楽……」
その瞬間、村人たちは一斉に床にひれ伏した。
「おおっ、神託だ! 神自ら、このサウナが極楽であると認めてくださった!」
「ありがたや! 我らの“ととのい道”は、やはり正しかったのだ!」
「“ととのい元年”は、本物だった!」
いや、どう聞いてもただのリラックスした感想じゃねえか。
俺が一人、頭を抱えてツッコミを入れる間もなく、光の精霊は満足したように一つ頷くと、湯気に溶けるようにふわりと消えていった。
残されたのは、じんわりとした熱気と、村人たちの異様なまでの興奮だけだった。
「師匠! 聞きましたか!? やはりサウナは神の御業だったんですね!」
アリーの瞳は、これ以上ないほどキラキラと輝いている。
「違う! 絶対違う! あれは偶然の……何かの自然現象だ! たぶん……きっと……」
だが、俺の必死の抵抗も虚しく、その日以来、村のサウナは「精霊様が舞い降りる聖なる小屋」と正式に呼ばれるようになり、入る前にお祈りを捧げる者まで現れ始めた。
「師匠! これはもう、サウナに精霊様を祀る祭壇を作るしかありません!」
目を輝かせて無茶な提案をしてくるアリーを前に、俺は固く誓った。
俺の理想である、ただの気持ちいい“普通のサウナ”を取り戻すための戦いは、まだ始まったばかりなのだと……。
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