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サウナー、香りでととのう

翌日から、サウナ小屋の前にはセイルが広げた小さな作業台が鎮座するようになった。


木箱いっぱいの薬草を並べ、手際よく刻んだり、乳鉢ですり潰したりしている。


「ラベンナ草の鎮静作用は熱で揮発しやすい。リフレ草の清涼感は……いや、竜の葉と合わせると互いの効能を打ち消し合うか? ならば聖樹の皮で血の巡りを促しつつ、香りを定着させる……この組み合わせなら――」


ぶつぶつと独り言を呟きながら薬草を調合する姿は、職人というより、真理を探究する学者のようだった。

村人たちも興味津々で、その手元を遠巻きに覗き込んでいる。


「セイル様、本当に何でもご存じなんじゃな……」

「昨日まで“裸で熱にあたるなど愚の骨頂”とまで言い切っておられたのに」

「でも……なんだか、ちょっと楽しそうに見えるのはわしだけかの?」


その光景に、俺もアリーもついニヤニヤしてしまう。


「おい、何を笑っている。私はあくまで、未知の現象を薬師として検証しているだけだ」


セイルがこちらを睨みつけるように、鋭い視線を向けてきた。


(はいはい、ツンデレ乙)


やがて、記念すべき試作品第一号が完成した。

数種類の乾燥させた薬草を丁寧に布袋に詰め、それを水桶に浸して香りをじっくりと抽出する。これを柄杓でサウナストーンにかければ、熱とともに薬効成分を含んだ香りが立ちのぼる、という寸法らしい。


「では、実験を開始する」


セイルが冷静に告げる。

俺とアリー、そして好奇心旺盛な村の若者二人が、被験者としてサウナ室に入った。

室内の温度がじわじわと上がっていく。

俺は柄杓をすくい、セイルが作り上げた琥珀色の“アロマウォーター”を、熱されたストーンに静かに注いだ。


ジュワァァァァァ――ッ!!


蒸気が弾ける音と同時に、ふわりと濃密な香りが室内に満ちる。

まるで草原を駆け抜ける風のような爽快さと、深い森に抱かれるような安らぎ。ロウリュの熱波に乗った香りが、呼吸をするたびに体の隅々まで染み渡り、胸の奥に溜まっていた見えない疲れが、自然とほどけていくのが分かった。


「うわ……ただの蒸気とは全然違う!」

「体が内側から軽くなる……! 頭のもやが晴れていくようだ……!」


村人たちが驚愕の声を上げる。

アリーはもう、ぽわーっとした夢見るような顔で、ととのいモードに入りかけていた。


「し、師匠……これ、すごいです……! 天国って、こんな香りがするんですね……!」

「おい、まだ限界じゃないだろ。背筋を伸ばせ」

「は、はいっ!」


アリーが慌てて姿勢を正そうとした、その瞬間――彼女の肘が、すぐ隣にあった水桶を派手にひっくり返した。


ドバァァァッ!!


残っていたアロマウォーターが一気にストーブにかかる。

瞬間、蒸気と香りが爆発したように立ち上り、視界が真っ白に染まった。


「ぎゃーっ! 前が見えん!」

「し、師匠、すみませんんんんっ!」


俺も半ばパニックになりながら必死で息をする。しかし、その強烈すぎる香りの中に、不思議な快感が確かにあった。

脳天を突き抜けるような、体の芯まで震えるような覚醒感――。

やがて蒸気が収まると、呆然としていた村人たちの顔に、恍惚とした笑みが浮かんだ。


「……今のは……まさしく神の祝福だ……!」

「わしは一度死んで、生まれ変わったぞ……!」


アリーは真っ赤な顔で床にうずくまっていた。


「し、師匠……また、やっちゃいました……」

「お前のドジにも限度があるだろ……でもまあ、今回は結果オーライだ」


サウナを出て、ととのい椅子で外気浴をしながら深く息をする。

夜風に混じる薬草の心地よい余韻が、疲れた心まで満たしていくようだった。

セイルも外に出てきて、腕を組んで佇んでいた。


「……思っていた以上だ。熱と香りの相乗効果……これは確かに、新しい療法として確立できるやもしれん」


お、素直に認めるか? と思いきや、彼はぷいと顔をそむける。


「だが、まだ危険すぎる。調合や分量を誤れば毒にもなりうる。この現象を完全に解明し、安全性が確立されるまでは、断じて認めん」 


(ツンデレかよ、二度目)


俺は満点の星空を見上げながら、小さく呟いた。


「……こりゃもう、異世界版のアロマロウリュだな」


心地よい夜風が頬を撫でる。

俺は静かに目を閉じ、この世界でしか味わえない、新しい“ととのい”の感覚に身を委ねた。

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