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立花大吾の記憶「襲撃」

俺は海の中を漂っていた。

ふと傍を見ると、妹の美羽も俺と同じように、海中をゆらゆらと漂っている。

(なんとか美羽だけでも、助けたかったなぁ…)

だけど俺の体は指先ひとつ動かせない状態。

(そうか…、俺たちは死ぬんだな…)

そして俺はそのまま意識を失っていった…。

 

 

ふと目が醒める。

(あれ?あそこにいるのは、俺と美羽だよなぁ…)

目を覚ました俺は、少し離れた場所で海中を漂う、自分の姿と妹の姿を確認した。

だけど俺はここにいるし、すぐそばにはもう一人の美羽もいる。

《おおっ気がついたようだな…》

直接、俺の頭の中で声が響く。

なんとなく、その声の主がすぐそばにいると感じ、そちらに顔を向けると、そこにはでっかい青鬼がいた。

俺を覗き込むように顔を寄せてきている。

「うわっ、デッ、でっかっ!」

その青鬼の顔の大きさは俺の倍はあった。美羽と比べれば三倍はあるだろう…。

だけど不思議と怖くはない…。

「うっうぅん……。うわっあ!なにっ?でっかっ!」

俺の隣にいた妹もどうやら目が覚めたらしい…

《おおっ、少女の方も、気がついたようだな…》

「で、あんたは、いったい誰だ?」

《我の名は青鬼と申す》

「「まんまかよ!」」

「…それで、青鬼のおじちゃんは私たちに何かご用でも?」

《そうだ、我はウヌらに詫びに来たのだ…》

「詫び?なにか私たちに悪いことでもしたの…私には覚えがないのだけど…」

「ああ、俺にも覚えはないなぁ」

《それが、我にはあるのだ…。ウヌらが海難事故にあった者たちを救っておった時、我もその場にいたのだ…。だが我はこのような姿形なので、見つかって騒動になることを恐れて、見ていることしかしなかったのだ…》

「ああ、なるほど、確かにおじちゃんのような人が現れたら、それこそ大騒ぎになるわね…。でも、おじちゃんは別に悪いことはしていないと思うのだけど…」

《いや、我がせめて、もう少し近くでウヌらを見守っていれば、ウヌらが命を落とすことは無かったはずなのだ…。そのことを詫びに来たのだ…》

「ああ、やっぱり私とお兄ちゃんは死んでいたのね…。どおりで…。なんであそこに、私とお兄ちゃんが、もう一人ずついるのかなぁって思ってたの…」

「ああそうだな…俺も、もう一人の俺を不思議に思っていたぞ…。でも、俺たちが死んだのは、俺たちが取った行動が原因であって、おじちゃんの所為では決してない。おじちゃんが気に病むことはないぞ」

「そうね、お兄ちゃんの言う通りだわ。おじちゃん!元気出して!おじちゃんは全然悪くない!」

《……………ブッ!ブハハハハハハッ!…いっいや、すまぬっ、笑ってしまって!クッ、クックッ…、いや、我はウヌらに詫びを入るつもりでもあったが、命を落としたことに気づき気落ちするだろうと思っていたので、慰めるつもりでも来ていたのに…、逆に慰められたのでな、つい…ブッ!ブハハハハハハッ!》

「ハハハッ!そうだったのね!せっかく慰めに来てくれたのにごめんね!」

「フフフフッ、それはおじちゃんに悪いことをしてしまった。だけど、おじちゃん、死んでしまって、父さんや母さんや友達を悲しませることになったのは申し訳ないとは思う。でも俺たちは、何人かではあるけど、事故にあった人を助けることが出来たんだ。やれることは全てやり尽くした、その結果命を落としたのは、仕方がないことだと思っているよ」

「そうね、出来ればもっと多くの人を救いたかったけど、仕方がないと私も思っているわ!」

《…………。ウヌらの名を聞いても良いかな》

「あっごめんなさい!名乗って無かったわ。私は立花美羽よ」

「ああ、すまない、俺は立花大吾」

《ふむ、同じ姓であるか、やはりウヌらは実の兄妹なのだな》

「うん、そうっ」

《そうか、我がウヌら兄妹の元に来た理由は、実はもうひとつあったのだ》

「もうひとつ?」

《ああ、命を落とし、途方に暮れるだろうウヌら兄妹を、迷わぬように輪廻の輪に送り届けようと思っておったのだが……、うむっ!我は気が変わったぞ!どうだ、大吾、美羽、ウヌらは立花大吾そして立花美羽として、もう一度、生をやり直す気はあるか?》

「えっ?それって私たちが生き返れるってこと?」

《ふむ、生き返るとは少し違うな、やり直すと言った方が正しい》

「生き返るとは少し違ってて、やり直す…?」

《そうだ、もしもウヌらが望むなら、今より時間を巻き戻し、今朝ウヌらが起床した時間から生をやり直すのだ。その時、我からの加護も与えようと思っておる》

「加護?」

《もしも、ウヌらが今朝からの出来事をやり直すとすれば、ウヌらは間違いなく、海難事故に遭遇した者たちを再び助けようとするだろう。その時ウヌらの助けとなるよう、力を与えるということだ…。もっと詳しく説明とすれば、そうだな…。先ほどの救助の際、ウヌらは何度も、空気を求めて海面に顔を出しては、また救助のために海中に潜るを繰り返していた。だが我が加護を与えれば、海中での息がこれまで以上に長続きするようになる。それからウヌらは海中での救助作業中に、さらに上から落ちてきた岩で身体中が傷だらけになっていたが、その落ちてきた岩を物ともしない丈夫な体を手に入れ、救助者の上に積もった岩もやすやすと取り除くことができる強大な筋力も得ることとなる。そんなところだろうか…》

「それは願ってもないことだな…。そうなればもっと多くの命を救える!」

「そうね!それにそれだけの力があれば、今度は死なずにすんで、お父さんやお母さん、友達を泣かせずにすむかも!」

「うんっ!おじちゃん、頼むよ!どうか俺たちに、生のやり直しをさせて欲しい!」

《うむ!ウヌらの願い、しかと聞き遂げたぞ!》

 

そして俺たち兄妹は、おじちゃんが言っていた通り、その日の起床時間から生のやり直しをすることになる。

目覚めたその部屋は、自宅の俺の部屋ではないが、見覚えのある部屋…。つまりここは親戚の家にある客間。

その日、俺たち兄妹は、俺たちの家から少し離れた、漁村の集落に住む親戚の家に泊まりにきていた。

一泊の予定だったから、二度目となるその部屋での起床は、間違いなく俺は時間を遡ることに成功したのだと自覚することが出来た。

 

よしっ!なんとか海難事故を防がなきゃな!

当時の俺たちは親戚のおじちゃんから、この漁村周辺の海底調査を行うために、東京のなんとかと言う大学から、大勢の学生や研究者がやってきていて、スキューバーダイビングでフィールドワークをしていると聞いていた。

その研究チームが海底で調査活動している時に、真上にあった崖が突然崩落して、停泊していた研究チームの船ごと、海難事故に遭遇することになるのだ。

 

一度目の俺とは美羽は、その研究活動を見学するもりで、その場所まで自転車で向かっていた。そして現場近くまで来た時、大破した船の残骸が海に浮いているのを発見する、その残骸のすぐそばにあった崖は大きくえぐられていて、崖崩れが研究チームに襲いかかったのだと理解する。すぐさま、助けを呼びに行こうとしたが、この場所は人里からかなり遠くにあり、携帯電話の電波すら届かない。

助けを呼びにいくことを諦め、意を決した俺たちは、海へと飛び込むことを選択したのだった……。

 

だが今回、予め事故が起こることを知っている俺たち兄妹は、一度目よりも早く行動を起こし、事故現場となる岬の先にある海へと駆けつけ、事故が起こる前に危険を知らせようとしたが、一歩及ばず、俺たちが駆けつけたと同時に海難事故が起こってしまう。

 

一度目の記憶が残る俺たちは、一瞬怯んでしまうが「俺たちには青鬼のおじちゃんの加護があるんだっ」と自分達に言い聞かせ、再び救助活動のために海へと飛び込む。

海中でもおじちゃんのいった通り、今まで以上に息が続く!しかも海中での動きが今まで以上にスムーズだ!まるで自分がイルカにでもなったような錯覚さえ感じる。

すぐさま救助者たちのそばまで潜っていき、邪魔な岩たちを取り除いていくが、一度目と同じように、地上からの落石がたびたび俺たちに襲ってくる、大人のカラダと同じぐらいの岩がどんどん落ちてくるのだが、直撃したとしても、ほんの小さな小石が当たったぐらいの衝撃しか感じない。落ちてくる岩から救助者を守りながら、救助者の上にある岩を取り除いていくのだが、その岩もまるで小石を摘んではポイッとするように、あっという間に取り除くことができた。

そして、遂に俺たち兄妹は全員の救助に成功する。

奇跡的に、落石に押しつぶされて命を落とした人はおらず、大怪我を負った人は多数いたが、全員命に別状はなかった。

美羽と二人でその成果を喜び合い、どこかで見てるであろう青鬼のおじちゃんに届けとばかり、海に向かって深々とお辞儀をした………。

 

 

………そしてそこで、俺は目を覚ます。

「うっう〜んっ、よく寝たぞぉ。しかし久々に青鬼のおじちゃんの夢を見たなぁ…」

朝方、俺は夢を見ていた。

随分と懐かしい夢だ。

あの時以来、青鬼のおじちゃんとはあってはいない。

俺がまだ中学三年生、妹の美羽が中学一年生の時に、本当にあった夢の中のような出来事の夢。

本当にあったと言い切れるのは、おじちゃんから貰った加護がまだ、この体に残っていたからだ。俺たち兄妹はとにかく頑丈だ。

つい先日も、家から飛び出した美羽が、出会い頭に車とぶつかってしまうのだが、美羽は無傷。ぶつかった車はボンネット部分が大破してしまうという、結構大きな事故を起こしていた。

その時たまたま、俺も家にいたので、けたたましい衝撃音を聞いて、すぐに外に飛び出す。その時の運転手は衝撃で一時的に気を失っていた。これ幸いと、急いで二人で車を持ち上げ、美羽ではなく、電柱に衝突したかのように細工した…。

あの時は俺も慌てたよ…。

 

「あっ、そういえば今日は俺の二十歳の誕生日、あれから五年も経ったんだな…」

着替えをすませ、二階の自室から一階のキッチンへと向かう。

キッチンには妹の美羽が、すでにいて朝食の準備をしていた。

「あっお兄ちゃん、おはよう!それから誕生日おめでとう!」

「おうっおはよう!それからありがとうな!」

美羽が作ってくれた朝食を口にしていると、美羽が俺に話しかけてくる。

「そうそう、お兄ちゃん、今朝ね、私…久々に青鬼のおじちゃんの夢を見ちゃった」

「え?そうなのか、俺も今朝方、青鬼のおじちゃんの夢を見たぞ!」

「え〜、お兄ちゃんとお揃いの夢ぇ?まさか何かの暗示?…」

「ハハハッまさか!ただの偶然だろぉ」

美羽と他愛のない話をしていると、にわかに外の様子が騒がしくなる。

 

……『あなた達はいったい何なのっ!?』

……『そうだ!お前たち、その家にいったい何の用がある!?』

外から聞こえてくる怒鳴り声は、向かいの家に住む、俺たちの第二の両親と言っても過言のない、田所のお父ちゃん、お母ちゃんのものだ。

ただならぬ雰囲気に、俺と美羽はすぐに席から立ち上がる…。

……『きゃ〜!美羽ちゃん逃げて〜』

……『うわっ!大吾!今すぐ逃げろ〜』

その叫び声を聞き終える前から、俺たちは走り出していた。

バッキイィィィ!!!

玄関ドアの開錠やドアノブを回すことすらもどかしく、ドアを引きちぎって俺たちは裸足で外へと飛び出す。

 

外へと飛び出した瞬間、異様な光景が俺たちの目の前に広がる。

見慣れた風景は、あたり一面、真緑に覆われていた。

真緑の正体は、小学校二、三年ぐらいの体格をした小鬼たちの群れだった。

小鬼たちのうちの二体が、ぐったりとした田所のお父ちゃん、お母ちゃんの頭を掴んで、ズルズルと引きづりながら、俺たちに近寄ってくる。

お父ちゃん、お母ちゃんの首に、噛みちぎられたような、大きな穴が空いているのがわかった。

 

頸動脈ごと噛みちぎられていて、すでに絶命していることが一目でわかる。

「あっ…あっ………あっ…ヒィ、ヒック、ヒッ、ヒッ、ヒッヒッヒッヒッ……」

あまりの出来事に、隣に立っていた美羽が過呼吸を起こしだす。

あれだけ気丈な美羽が……。

バッシイィィィン!!

『しっかりしろ!美羽っ!』

俺は思い切り美羽の背中を叩く。

「………………ありが…と…う、お兄…ちゃん」

絶望に取り込まれたような美羽を、下卑た笑いで見つめながら近寄ってきた二体の小鬼たちは、俺たちに向かってお父ちゃん、お母ちゃんを投げつけてきた。

俺たちは、お父ちゃん、お母ちゃんの下に潜り込むようにして、これ以上傷つかないように、大事に大事にキャッチする。

 

「グキャグキョグギャッギャッ!ギャッギャッ!ギャッギャッ!」

俺たちの様子を見ていた、二体の小鬼は、何か言葉のようなものを発して、愉快そうに笑っているように見えた。

「美羽…今から俺が言う通りにしてくれ。いいな?」

美羽は俯いた顔を上げようともせず、そのまま頷く。

「おまえは、ふたりを家の中の一番安全な場所に連れて行って、そのままふたりを守っていてくれ、小鬼たちは俺が対処する。いいな?」

その俺の頼みに、美羽は思わずというようにサッと顔を上げ俺を見つめてくる。

その顔は美羽が生まれてから初めて俺が目にする、不安で不安でたまらないというような顔だった。

「大丈夫だ…美羽。俺は強い!そのことはお前も知っているだろぉ?」

美羽はふたりの遺体を悲しそうに見つめ直すと、渋々俺に向かって頷き、大事そうににふたりの遺体を抱えて、家の中に入っていった。

 

「さて…、一体、お前たちはなんだ?なんの目的でここにいる?」

視線を美羽から小鬼たちに移し、ダメ元で小鬼たちに話しかけ、答えが帰ってくるのを集中してジッと待つ。すると……。

《おいっおいっ、こいつ、たった一人で俺たちに立ち向かうつもりらしいぜ?バカなのか?》

《ギャハハハハハッ!きっとオマエの言う通り、大馬鹿らしいな!》

 

念話だ……。

俺の頭の中に、小鬼たちの念話が飛び込んできた!

俺は青鬼のおじちゃんから聞いていて知っている。この頭の中に直接響く声、それは異世界でよく使われている、「念話」というものであると…。

ということは、こいつらはおじちゃんと同じ異世界からやって来たのか?

 

俺は見よう見まねで念話を試み、再度小鬼たちに問いかけた。

《オマエたちにもう一度聞こう…。一体、お前たちはなんだ?なんの目的でここにいる?》

俺の念話が届いたのか、そこにいる小鬼たちは驚いた顔をして、一斉に俺に視線を向けてきた。

《ゲッ!なんだこいつ?俺たちに念話で話しかけてきやがったぜ!》

《だから言っただろぉ!油断するなって!勇者様も決して油断してはいけないよ。って仰ってただろ!やっぱりこいつは只者じゃない!みんな気をつけろ》

《なにビビってんの?オマエ…。まあいい、こいつの質問に答えてやろうぜ…。おい人間っ、オマエの質問に答えてやろう!俺たちは異世界からやってきた魔物だ。俺たちはな、オマエたちの地球を奪うためにここいるのさ!だがその前に勇者様がどうしてもオマエの死体を見ないと安心できないっていうから、わざわざオマエを殺しにここまで来てやってんだ。ありがたく思って死んでいくんだな!ガハハハッ》

 

そうか…やっぱりこいつらは異世界から来たんだな。でもさっきから言っている「勇者」って何者だ?でもそれをここで聞いてもこいつらは口を割りそうもないかぁ…。じゃあ仕方がない、実力行使で吐かせるしかないな…。

 

《そうか、大体だが、オマエたちのことがわかったよ、要するにオマエたちは、俺たちにとって殺してしまっても仕方が無い敵だってことがな…。じゃあ手始めに聞こう、さっきオマエたちに殺されたふたりの人間、そのふたりを直接手にかけたのは誰だ?》

《クックック…こいつ何イキってんだぁ?》

その念話が発せられたと思われる方向を見る。そこには他のヤツらとは違い、口の周りを中心に上半身を真っ赤に染めた二体の小鬼たちがいた。

なるほどぉ…こいつらかぁ…。

ここへ来て、俺は心に何層も何層も壁を重ねて押し込めていた「憤怒」の感情を一気に解放する。

俺は玄関前から瞬時に移動して、上半身を赤く染めていた二体の小鬼の前に現れると、二つの顔面目掛け、連続して拳を繰り出した。

パパァーーーンッ!!!

その瞬間、その二体の小鬼たちがいた場所で、ゴム鞠が二つ同時に破裂した様な音が鳴り響く。

ドサッ!ドサッ!

破裂音に少し遅れて、何かが倒れ込むよな音。

静寂を取り戻したその場所には、顔がこの世から消滅してしまった二体の小鬼の体が横たわっていた。

 

《わっ!なっ!みんなっ戦いの丸薬だ!急いで戦いの丸薬を飲むんだ!》

呆気に取られて、呆然としていた小鬼たちの中の一体が、誰よりも早く正気を取り戻し、仲間たちにそう告げる。

戦いの丸薬?…

またもや聞きなれない単語が飛び出すと、再び「憤怒」の感情を心の奥底に閉じ込め、状況を把握することに専念する。

小鬼たちは慌てふためいた様子で、懐から小袋を取り出し、中に入っていた植物の種のような粒を口にしていく。

あれが「戦いの丸薬」だな…?

すると、その丸薬を口にした小鬼たちの雰囲気が、にわかに変化していく。

目は血走り、爪が伸び、サメのようにギザギザしていた歯がさらに鋭角なものになっていき、腕や足の筋肉がみるみる間に盛り上がっていく。

 

《どうした?オマエたち。薬なんか飲んで、何か病気でも持っているのか?》

わざと軽口を叩いて、小鬼たちを挑発してみるが、先ほどとは打って変わり、受け答えをするものが誰もいなくなる。

そうか!あの「戦いの丸薬」っていうのは、飲んだらバーサク?狂戦士化だったかな?そういう状態になるんだな…。

以前、ラノベ好きの塩谷から来ていた話を思い出す…。

しまった!そうなってしまえば、ヤツらから情報を聞き出せなくなるじゃないか!

それに…随分と見た目が変わってしまったな、ここは情報収集より戦いに専念した方が良さそうだ…。

そう思い直し、次々に飛びかかってくる小鬼たちを力任せに殴りつけていく。

先ほどの二体の頭を吹っ飛ばした時と同じ力加減で殴りつけているのに、一時的に無力化はできているものの、しばらくすると復活して再度襲いかかってくる小鬼たち。

どうやら、俺の拳のインパクトの瞬間、ヤツらは俺の拳が進む同じ方向に、体を逃がしているようだ、それに加えて小柄で身が軽い分、威力が半減している。

はてさて、どうしたものか……。

 

ビュンッ!

対処の仕方を思案している俺の真横を一陣の風が通り過ぎていく。

スパッ、スパッ、スパッスパッスパッスパッ……

その風に少し遅れて、風が通った道に沿って立っていた小鬼たちの頭が、胴体から離れて宙を舞っていく。

気がつくと、俺のすぐ隣に両手を真っ赤に染めた美羽が立っていた。

そうか、あれは美羽の手刀か…。それにあの動き、軽量級のなせる技だな…。

「遅くなってごめん!私ならもう大丈夫!」

「おお、美羽か助かった。死ぬほど辛いだろうに…すまない…」

「なにを言っているの…死ぬほど辛いのはお兄ちゃんも一緒でしょ…?」

ああ…そうだな……。

 

俺はふと、昨日の夜に、田所のお父ちゃんお母ちゃんとした、会話を思い出す…。

 

………「なあ、大吾。おまえ明日は二十歳の誕生日だろ?だから晩飯は俺たちも祝わせてくれないか?ほらっヒロシだとか、雄二だとか、全員呼んでもいいからさぁ」

「ねぇ、大ちゃん、そうしましょうよ!ね?お願い!その代わりと言ってはなんだけど、私、腕によりをかけて、ご馳走たくさん作るから…ねっ?」

「ああっ!いいなそれっ!ヒロシたちも絶対喜ぶよ!」………

 

ダメだ!ダメだ!今はダメだ!

俺は壊れそうな心の壁をより頑強なものへと作り変え、気持ちを戦いへと、より強く切り替えた。

美羽の参戦によって、一時はヤバそうだった戦況も、再び優勢をこちらに引き寄せることができた。

小鬼たちも、いくら狂戦士化したとはいえ、自分たちの不利を悟るぐらいの自我が残っていたのか、俺たちから少しずつ距離を取り出していく。すると……。

 

ズッウッンンン!ズッウッンンン!ズッウッンンン!……………

家の前の通りの、角を曲がった向こう側から、巨大な何かがこちらに近づいてくる音が聞こえてきた。

「なにあれ?豚巨人?」

美羽の言った通り、三メートルはあろうその巨体に、豚そのものの頭がついている化け物が、こちららに向かってやってきていた。唯一豚とは違うのは、小鬼同様、額についた一本のツノがあることだけ。

「さて、ここからは俺の出番だな…。美羽、いいか?アイツらの相手は俺がするが、美羽には頼みがある」

「うん、なに?」

「見たところ、あの豚巨人は三体しかいないようだ、だから美羽、おまえは俺が一対一のタイマンに持ち込めるように、その間、残りの二体のヘイトを集めていてくれ。いいか、絶対に倒そうとするなよ。おまえとは体重差がありすぎる。倒せるかもしれないけど、その前におまえの体力が尽きる危険があるんだ。だからおまえはヘイトを集めて逃げ回るだけでいい。いいな?」

「うん!任せてっ」

そういうと美羽は元気に、豚巨人に向かって走り出す。

俺の言った通り、美羽は一番大きな豚巨人と二番目に大きな豚巨人のヘイトを集めることに成功すると、一番小さな豚巨人だけ孤立させる。

うんっ!よくわかってるじゃないか!

戦術の基本はまず弱いところから攻めよだ、俺は残りの一番小さな豚巨人に向かって、一直線に走り出す。

一直線に向かってくる俺の存在を認めた一番小さな豚巨人は、両方の拳を頭上に持っていき迎撃体制に入っている。

そして俺がその豚巨人の間合いに入るやいやな、その丸太のような腕を振り下ろしてきた。

その瞬間、俺は横っ飛びをして、三角蹴りの要領ですぐ横にあるブロック塀を踏み台にしてさらに上昇、豚巨人の横っ面のこめかみ部分に、全体重を乗せた膝蹴りを食い込ませた。

ドオォーーーンッ!!

豚巨人は真横に吹っ飛び、その巨体を地面に叩きつけるように倒れ込む。

間髪入れず、豚巨人の顔面に近づくと、さっきと同じこめかみ部分に、これまた全体重をかけた踵落としをめり込ませる。

グッシャッッツ!!

豚巨人の顔は横方向から押しつぶされるようにひしゃげ、目玉を飛び出させた状態でピクピクと痙攣をし始めた。

よし!まずは一体!

 

俺はすぐさま、美羽がいる方を見る。

残り二体の豚巨人のうち、一番大きな方は、疲れが足に溜まってきているのか、フラフラとふらつき始めていてる。

それを確認した俺は、美羽に合図を送り、一番大きな豚巨人から二番目を引き離すよう指示を出す。

心得たとばかりに、美羽は少しスピードを上げて、一番大きな豚巨人を置いてきぼり状態にして、孤立させる。

美羽を追うことを諦め、その場で立ち止まり、肩で息をしていた豚巨人に後ろからそっと近づいた俺は、いきなり豚巨人の前に回り込み、プルプルと震えている右膝めがけて、渾身のローキックを打ち込む。

バッキィィィィンッ!!

すごい音を立てて、豚巨人の膝は曲がってはいけない方向へ、へし折れてしまう。

『ピィギャァァァァ!!』

豚巨人の絶叫がこの場に響き渡る。

もうこれで、この豚巨人はろくに動けないだろう。

手早くこの豚巨人に尋問をすることにした。

《さっき小鬼たちが言っていた「勇者」とは何者だ?》

《勇者?さあ知らんなぁ…おまえの聞き違いじゃないのか?》

ダメだ、こいつはどんなに苦痛を与えようが、口を割らないだろう…。

その豚巨人の瞳を覗き込んで俺はそう判断する。

それにあまり美羽に負担をかけたく無い。

《そうか…じゃぁおまえはここまだ…》

ゴキッン!

俺はその豚巨人の首を、自分の背中の全てが見渡せるほどに捻じ切る。

よしっ、これで残り一体。

 

すぐさま美羽のもとに駆け寄ると、そこには地面に仰向けに倒れ込んでいた豚巨人がいた。白目を剥いて、口から泡を吹いる。

「あちゃぁ〜、これおまえがやったのか?」

「ごめん、お兄ちゃん!こいつ途中でへばって倒れ込んじゃって…、お兄ちゃんが来るまで、締め落としておこうと思ったんだけど、どうやら力が入りすぎて死んじゃったみたい…」

「ははっそうか!まぁおまえが無事ならそれでいいよ。おそらくこいつも口を割ることはなかっただろうしな」

美羽の無事にホッと胸を撫で下ろす。

 

グサッ!

突如首筋にキリを差し込まれたような痛みが襲う。

咄嗟に首筋に手がいき、首に刺さっている物体を引き抜き確認する。それは大型の猛禽類の羽のようだった。

それを確認した途端、身体中が痺れたようになり、なんとか仰向けに倒れ込む。

((これは毒だ!))瞬時に首筋に刺さった羽根に毒が仕込まれていたことを理解する。

倒れた状態から、上空を見上げる。遥か上空に三体の鳥?のような、ライオン?のような生き物が宙に浮いていた。

 

「お兄ちゃん?!」

すぐに駆け寄って来る美羽。

俺は注意を促そうとするが、身体中が弛緩してうまく声が出せない。

駆け寄ってきた美羽は心配そうにしゃがみ込み、俺の顔を覗き込む。

その瞬間、美羽の体が俺の胸の上に覆い被さる。

しまった!クソッ、美羽もやられた!

毒により、うまく思考できない状況であったが、必死に意識を目に集中させる。

やがて、三体いた鳥ライオンの内の一体が俺たちを警戒しながら、ゆっくりと側まで降り立ってきた。実物のライオンの倍はあろう巨大な体躯。

地上に降り立った鳥ライオンは「ギョーーーー」と一声鳴いた、すると小鬼たち数匹が俺たちに近寄り足蹴にして来る。足蹴にされている俺たちの様子を鳥ライオンはじっと観察している。鳥ライオンはかなり用心深く、それなりに知恵を持っているようだ。やがて俺たちが指一本動かせないと確信した鳥ライオンはゆっくりと宙に浮き、俺と美羽の頭を掴む。

 

グシャッ!!

俺たちの頭は鳥ライオンに握り潰され、俺たちは二度目の死を迎えた……。

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