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東郷夏彦の記憶「魂の宣言」

翌日から僕は陛下直々の指導のもと魔術の鍛錬に入った。

まずは初歩の魔術、生活魔術と呼ばれるものを教わる。

生活魔術というのは、何も無いところから水や火を発現させたり、密閉された空間でも風を起こすことができたり、さらには土を掘り起こし小規模な穴を作り出せたりするものだった。

この生活魔術と呼ばれるものは、異世界に住むものなら誰でも使える魔術らしく、もちろん僕もすぐにマスターすることができた。

魔術の特性が高いものであれば、生み出した水や火などを攻撃に使えるほどに高めることができるらしく、それを行使できる者は、異世界に住む者のうち、ほんの一握りほどしか存在しないらしい。どうやら僕も魔術の特性が高いらしく、その段階までたどり着くことができた。

 

次に覚えたのが、身体強化魔術。

読んで字の如く、身体能力を通常の何十倍にも高めることのできる魔術だ。例えていうならば、陸上のオリンピック選手と50メートル走をして、オリンピック選手がゴール目前までたどり着くのを待ってスタートをきっても、ぶっちぎりで勝ってしまうほどの身体能力を有することができる魔術。この魔術も魔術の特性が高く無いと会得できないらしく、行使できるものは希少だという。

 

魔術の鍛錬を初めて2週間ほど経過した頃、最後の鍛錬として、異世界では皇帝陛下と陛下の父君しか使うことできない魔術を教わることとなる。

 

その魔術は大きく分けて三つ。

一つは、防御魔術。

体の周りに見えない防壁を作る。この防壁は日本の兵器にも対抗できるほどで、ロケットランチャー程度の攻撃であれば、完全に防ぎ切ることができるらしい。ただデメリットも存在していて、魔素消費量が高いため、長時間術を展開していると、体内に溜め込んでいた魔素をたちまち使い切ることになるということだった。

う〜む、使い所を見極める必要があるなぁ…。

 

そして二つめ、自己再生魔術。

擦り傷程度なら瞬時に再生し、大きな怪我を負っても生命活動の持続可能な状態で、魔素の蓄積量が残存しているのであれば完治するまで随時発動し続けるという魔術。デメリットとしては、やなり魔素消費量がかなり高く、魔素蓄積量がゼロになってしまえば、再生をストップしてしまう点だ。そのストップした時点で、なお致命的な状態だったら、僕は命を落とすことになるだろう…。

うん、出来るだけこの術式に頼らないように気をつけよう…。

 

最後の三つめは、近接攻撃魔術。

この魔術は、剣や槍、弓などの武器を魔素によって具現化して戦闘に利用するというもので、その具現化した武器に火を纏わせたり、雷を纏わせたりすることができた。

デメリットは特に見つからず、発動後は術式を解くか、術者が死なない限り、その場にあり続け、その間の魔素消費は、その場の大気中に存在する魔素を優先して消費しつづけ、大気中の魔素が枯渇状態になった場合だけ、術者の蓄積魔素を消費するという、実にコスパのよい術式となっていた。

 

こうして、ひと月ほどで、異世界で覚えられる魔術という魔術を叩き込まれた僕は、地球上では向かうところ敵無しという段階まで来ていると陛下に告げられた。

 

この状態であれば、ヤツに勝てる!

僕がまだ逃亡者となる前の高校生だった頃のクラスメート。

「不動の大吾」の異名を持つ立花大吾。

近隣のストリートギャングやゴロツキ共が束になっても敵わないと、その名を聞いただけで逃げ出してしまうほどの強者。

僕が全国指名手配犯として追われる身になったのは、全てヤツの所為だ。

ヤツは日本屈指の超難関高をパスできるほどの頭脳も持っている、決して侮ってはいけない…。

ヤツは自衛隊と警察に太いパイプを持っているとも聞いている。

それに、僕がこの異世界にやってきて初めて気づいたのだけど、おそらく立花大吾もこの異世界との繋がりがあるように思えてならない。

ヤツには人間離れした能力が備わっているとしか思えない逸話をたくさんあり、真偽の程を調べたことがあったが、どうやらその逸話はすべて本当のことだった。

そしてなにより、僕の母さんを殺した、世界的犯罪集団『Z』日本支部の大幹部でもあるのだ。

たかだかひとりの少年に、そこまで警戒するのかと思われるかもしれないが、日本侵攻の際に万全を期すには、真っ先に潰しておかなければならない敵だと、僕は認識している。

 

 

《東郷夏彦、前へ!》

《はっ!》

僕は今、帝城敷地内にある魔物軍の野戦演習場にいる。

野球場が十個は入るのではと思われる広大な敷地内で、僕は500のゴブリン兵たちと対峙していた。

《これより、総勢500のゴブリン軍と東郷夏彦の模擬戦を始める。双方準備は良いか?》

《はいっ!問題ありません》

《いやっ宰相殿、我らも問題ありませんが、相手は少年ひとり、よろしいので?》

《ハハハッ、問題なんぞない、強いて言うなら、オマエたちの怪我の心配ぐらいであろうな》

《くっ!…わかりました、そこの少年、死んでも恨まないでくれよ…》

《では、はじめっ!》

 

宰相さんの掛け声と同時にゴブリン軍500は一斉に扇状に広がる。

一糸乱れぬその動きは、かなりの練度であることがわかる。

陣形が完成する直前、僕は一直線に飛び出す。

ドンッ!

一瞬にして扇状の陣形のど真ん中を突っ切ると、兵士の半分以上が宙を舞っていく。

左右に分割された兵士たちは慌てて中央に集まり、体制を整えようとするが、そこにもう一度、僕は直線上の攻撃を仕掛ける。

ドンッ!

《まっ参った!》

僕のたった2度の攻撃で、敵方の指揮官が降参を宣言する。

これには、攻撃した僕本人も驚いた、これほどまでに強くなっていたとは、全く思っていなかったからだ。

 

だが模擬戦はこれで終わりではなかった。

次の相手は500のオーク軍だ、さっきのゴブリンたちとは違い、かなりの重量級で、身長も3メートル近くある巨躯の持ち主たちが相手となる。

先ほどのゴブリンたちとの戦闘を見ていたのだろう、普段は使わない盾と槍を装備している。動きの速い僕に、まずは守りを固める戦法で挑むつもりなのであろう。

基本的に魔物軍の兵たちは武器を持たない。

そのカラダこそが武器そのもので、武器を持つとその強靭なカラダの動きについていけない武器はすぐに破損してしまい、逆に邪魔になるからだ。

オーク軍たちの兵士たちは、先ほどのゴブリンたちと違って、僕を軽視したふうには見えない。

僕も気を引き締めて対峙する。

宰相さんの模擬戦開始の掛け声が場内に響く。

だが、結果はゴブリン軍たちと同様にオーク兵たちは宙を舞い、呆気ない幕切れとなる。

 

そして最後の模擬戦。

最後の相手は500のグリフォン軍たちだ。

グリフォン軍たちは空を自由に飛び回ることができる。

空を飛べない僕にとっては難敵になると思われたが、これまたあっさりと勝ってしまう。

魔術により具現化した弓と矢を発現し、僕は空に浮くグリフォン軍たちに向けて矢を放ち、次々に撃ち落としていったからだ。

 

《見事だ!東郷夏彦よ!》

全ての模擬戦が終わると、帝城のテラスから陛下のお声がかかる。

魔物軍たちは陛下のお姿を認めると、慌てて隊列を整え、陛下に向かって敬礼をする。

《魔物の兵たちよ、しかと見たであろうそこにいる少年、東郷夏彦の強さを》

《はっ!完敗であります、陛下!》

軍を代表して、将軍と思われる一体のグリフォンが返事をする。

《いきなり、見ず知らずの少年と模擬戦をせよとの達し、さぞ困惑したことであろう。だが、これには訳があったのだ。私はそこにいる東郷夏彦に日本侵攻の指揮を取らせようと考えている!》

ザワザワザワ………

《これから攻め入る日本の侵攻に、敵である日本人、しかもまだ幼さが残る少年に指揮を任せることは確かに一抹の不安を覚えるものもいるであろう。だが皆は見たであろう?その強さを、その胆力を。しかもその少年は我ら魔物たちが、ひとりでも多く生き残るための術を持っているだ。東郷夏彦よ、それを魔物たちに証明してくれるかな?》

《はっ!承知しました陛下!》

僕は事前に陛下から申しつけられていた術を発動する。


ヴオォォォォォン!

その術が発動した途端、あたりは眩いほどの光に占領されてしまう。

そしてその光がおさまっていくと、オーク一人がかろうじて映り込めるような、姿見鏡のような楕円形の空間が姿を表す。

《ゲートだ…》

静寂に包まれた会場にいる一人の兵士がそう呟いた…。

《ほっ本当だ!ゲートだ…間違いない、俺は一度だけこの目でゲートを見ている》

そばにいたもう一人の兵士が、声を上げる。

《助かるかもしれない…。これで俺たちの家族は助かるかもしれない!》

念話で語られた、その声は瞬く間に、会場中に響き渡り…。

ウオォォォォォォ………!!!!!

静寂が一瞬で歓声に変わる!兵士たちの雄叫びが大音量で会場中を埋め尽くした…。

 

歓声がおさまるまで待ち、陛下は再び兵士たちにお言葉をかける。

《わかってくれたであろう?このゲートこそが、皆の不安や疑問を解消する答えだ、そこにいる少年、東郷夏彦こそは我々の救世主なのだ。そして私はここに発令する!東郷夏彦を勇者として、異世界救済の任を命じることを!良いな?勇者よ!》

《ははっ!私、東郷夏彦は魂を込めて宣言いたします!命を賭して異世界救済の任に就くと共に、ひとりでも多くの魔物たちを救い出してみせると!》

ウオォォォォォォ………!!!!

《万歳!勇者様万歳!皇帝陛下万歳!》

 

こうして僕は、魔物軍の兵士たちに認められ、自他共に認める異世界救済の勇者となった。

 

その後、末端の兵士たちは、それぞれの宿舎に戻り、この場にいるのは、それぞれの隊を統率する大隊長と小隊長たちのみ。

僕はその隊長たちに囲まれていた。

《勇者様!志願して来た末端の兵たちを代表して申し上げます!私たちはどうなっても構いません!どうか…、どうか残された家族たちをどうぞお救いください!》

目に涙を溜めながら、僕に懇願してくる大隊長のひとり…。

他の隊長たちも、目に涙をいっぱいにしながら、懇願するように僕を見つめている。

そんなみんなの様子に、僕の目にも涙が溢れてくる。

《大丈夫!任せて!今日この日この時、僕は誓ってみせる!ここに発現させたゲートを、みんなの家族たちの、幸せに通じる扉にしてみせるとっ!》

《うっううぅぅ…、ありがとうございます!ありがとうございます!…》

集まった隊長たちは口々に僕への感謝の言葉を残しながら、それぞれの宿舎に戻って行った…。

 

僕はひとり広々とした演習場に残り、すっかり暮れていた夜空を眺めて佇んでいた。

兵士たちの悲願を初めて直接聞いて、今更ながら感じたこの重責に、押しつぶされそうになっていたからだ。

「僕にできるのだろうか…」

《なるようになれだ、夏彦よ…》

《そうですぞ、そもそも夏彦殿がこの異世界に来てくれなかったら、我々はただただ手をこまねくことしか出来なかったんですぞ…行動に移せただけでもなによりというもの…》

《陛下、宰相さん…》

《其方は、其方の思うようにやってもらって構わない、縁もゆかりもない異世界のためにこんな重積を押し付けてしまい、本当に申し訳なく思う。不甲斐ない私をどうか許してくれ…》

《そんな陛下……。わかりました僕は僕の思うままやらせてもらいます、ですがやるからには命を賭す覚悟でやります……。実を言うと僕は、あのまま日本にいても長くは生きられなかったのです…。良かれと思ってやったことなのですが、法に背く行為を行ったため、拘束されれば間違いなく極刑を言い渡されていたでしょう…》

《やはり、そうだったのか…》

《はい、だから一度は失ったはずの命なんです、その命を異世界の民たちのために使って、たとえ落とすようなことがあっても、僕は後悔どころか誇りに思うことができると思うのです。僕の方こそ今まで黙っていてごめんなさい、そして命を賭すにふさわしい任を与えてくださり、本当にありがとうございます》

《あいわかった、どうかこの異世界のことを頼んだぞ》

《はいっ!》

 

魔物軍たちとの模擬戦から1週間後、僕たちは日本侵攻を開始した。

まずは長い長い時間をかけて、日本国内の防衛要所に潜伏するための活動に追われることになるだろう。

 

絶えず襲ってくる、飢えと疲労に耐えながら、次々に各地に拠点を設置していき、1400箇所に及ぶ拠点に魔物軍の配置をようやく終了させた頃には、すでに4年の月日が経っていた…。

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