立花大吾の記憶「窮地」
あっっっぶね〜!今のはマジでヤバかった!!
俺の足元のすぐ近くに、一本の雷のような矢がバチバチ音を立てて地面に突き刺さっている。矢が刺さっている地面は広範囲で真っ黒焦げになっていて、俺の防護服の右足部分は焼け焦げて大きな穴を開けている。間違いないこれは攻撃魔術によって放たれた矢だ。
俺と美羽は今まで攻撃魔術を喰らったことが無いのでまだ耐性が無いはず。もしもこの矢が俺に刺さっていたら最悪の場合、俺は命を落としていたはずだ…。
「お兄ちゃんっ大丈夫っ!?」
ゲートを挟んで向こう側の美羽が声をかけてくる。俺たちはここから離れるわけにはいかないので、美羽に向かって大きめの声で返事をする。
「ああ、大丈夫だ!あの声が無ければかなりヤバかったがな…」
「あの声大谷くんよ」
「やっぱり!そうだと思った。アイツ家に帰るって約束してたのに…」
「まあまあ、そのおかげでお兄ちゃん助かったんだから」
「それであの後、大谷はどうした?」
「それが崖から落ちちゃったんだけど…」
「えっ!大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。東郷くんが助けていたから、大きなケガはしてないはずよ。今救護班の人たちが向かっているわ」
「そうか…東郷が助けてくれたのか…」
「お兄ちゃん、驚かないのね…」
「えっ?そうだな、なんでだろう?」
「そうなの…。私は東郷くんが大谷くんを助けるところを目撃したんだけど、なんでか分かんないけど、お兄ちゃんが私を助けてくれるように、東郷くんが大谷くんを助けるのは当たり前のことのように思えて…。なんでだろうね」
「う〜ん、そうだな…。で東郷はどうした?」
「あっという間に消えてしまったわ…。東郷くん間違いなく私たちと同等、いやそれ以上の能力を持っていると思う…」
「ああ、間違いなく俺たち以上だろう…」
東郷が攻撃魔術を使えることを、美羽は今の攻撃を見ていて気づいたのだろう。だが東郷がどこで聞き耳を立てているか分からないから、警戒して詳しい話しは控えているようだ。
ゲートを守る俺たちの場所には東郷以外の魔物軍はまだ誰も襲ってきてはいない。ゲートから500メートルほど離れた場所にある魔物軍の拠点から一歩も外に出られないからだ。
あの雨あられのような空爆は拠点自体を破壊するためのものでは無く、拠点の中で網目のように張り巡らされた脱出口を塞ぐのが目的だった。逃げ場を無くし袋の鼠となった魔物たちは、唯一残されたメインの出入口からワラワラと出てくる。そこに待ち構えていた自衛隊員たちは一斉射撃を繰り返し魔物たちを殲滅していった。東郷だけは中から自力で穴を掘り進めメインの出入口以外のところから脱出したのだろう…。
一斉射撃の銃撃音が少なくなってきている。間も無く拠点は制圧されるだろう。
本来、魔物軍への総攻撃は内藤総理の命令で今日から9日後に決行される予定でだった…。だが最悪の事件が発生したため急遽前倒しとなり今に至っている…。
その最悪の事件とは中部地方の人里離れた山村5カ所で発生した。その5カ所すべての第一発見者は自衛隊員たち。いずれも魔物の警戒のため、夜中の巡回中に発見している。
発見した自衛隊員の供述によれば、事件現場付近を装甲車で警邏中、山村の集落の前を通り過ぎようとした時に異常な臭気に気づき、すぐさま装甲車を路肩に停車して集落にある民家の様子を見にいった。民家に近づいて隊員たちは気づく、その異常な臭気とは大量に飛散した血の臭いだったことを。
事件現場は凄惨を極めており、あたり一面、血の海と化していた。打ち捨てられた遺体の中には幼い子供の姿もあったと聞いている…。
犠牲者の数は76名にも及んだ。その数は皮肉にも東郷が引き起こした全国同時多発薬物殺人事件の被害者たちの人数と同じ数だった。
その場にいた自衛隊員たちはすぐさま本部に連絡。地元警察にも通報し出動を要請。厳戒態勢が敷かれた事件現場に多数の鑑識官たちが呼ばれ、事件現場を隅々まで捜索する。どの被害者宅も居間やその他の部屋にはほとんど手がつけられていないのに、キッチンだけが酷く荒らされていた。キッチンを念入りに調べた結果、冷蔵庫や床下収納など、本来食料が蓄えられている場所に、一切の食料品がなかったことが判明。集落を襲った犯人たちの目的は食料にあったと断定した。
捜査中、至る所から正体不明の足跡や手形が採取される。警察官たちが捜査をしていたその時分、何も知らない俺たちは父から連絡をもらう。父は俺たちに近くにいたピロッシの足裏と手のひらを撮影させ、その画像を自衛隊本部に送らせている。当時は何も知らなかったので不思議に思っていたが、その時の画像は現場で採取された足跡や手形の検証材料に使われたようだ。
ピロッシの画像が決めてとなり、集落を襲った犯人は数体のゴブリンたちだと判明する。恐らく拠点に潜む魔物たちの一部が食糧不足に窮し、飢えを凌ぐために近隣の集落を襲ったのであろうと結論づけた。
迅速を極めたその捜査結果が出ると、田辺長官はすぐさま首相官邸へ連絡を入れ、就寝中の内藤総理を叩き起こし、すべての捜査結果を官邸内にあるPCへと送った。
事件報告を済ませた後の内藤総理はひどく狼狽していたという。
田辺長官はひどく狼狽える内藤総理を怒鳴り上げ、すぐさま魔物軍殲滅作戦決行の許可を出させる、米軍への救援要請も直ちに行わせた。
合衆国政府は直ちに日本の救援要請を受け入た。米軍の兵たちはすでに日本に来て待機していたので、即日の作戦決行がその場で決まったわけだ。
そして俺たち兄妹はその翌日の早朝に叩き起こされ、この戦場に招集されることになる。
国民の命より選挙の票を優先させた内藤総理。この事件の責任は間違いなく内藤総理にあると言っていい。
もしも国民の安全を第一に考え、迅速にヒロシが立案した作戦を推し進めていれば……。それが叶わなかったとしても、あの時自衛隊が考えていた魔物軍の監視体制に内藤総理が口出しさえしないでいれば……。
現場を守っていた自衛隊員たちは皆そう思ったはずだ。
俺たち兄妹もその話を聞かされて暗澹たる気持ちに沈んだが、これ以上の犠牲は絶対に出さないと気持ちを切り替えここに立っている。
「兄ちゃん、東郷くん、またここを襲ってくると思う?」
「ああ、間違いなく襲ってくるだろうな。なんせヤツにはこのゲートしか逃げ場はないからな」
ドーンッ!!!!!!
美羽と会話をしていたその時、俺の前を守っていた自衛隊員数十名が宙に吹っ飛ぶ。
「来たっ!」
目の前の隊員たちを吹っ飛ばしたその影は瞬時に俺の目の前に迫る!
その影は俺の鳩尾あたりを狙って右拳を振り出す。
ゴッ!
俺は両手をクロスさせてその攻撃を受けた。
「ほう、やっぱり君も異世界の誰かの加護を受けているんだね…ということは美羽くんもかな?」
「東郷!諦めろ、ゲートには指一本触れさせない!こんなことは止めてすぐに投降するんだ!」
「へぇ〜、ゲートのことも知っているんだ…。仕方がない…君たちを殺さないとゲートには近づけそうもないかぁ…」
シュッ!シュッシュッシュッ
シュッ!シュッシュッシュッ
シュッ!シュッ……
不適な笑顔を見せた東郷は今度は目にも止まらない超高速連打で攻撃してくる。俺はそれを受けるのが精一杯で反撃に移れない。
ドンッ!!!
「きゃっ!」
隙を見て美羽が東郷の背後から襲いかかるが、見えない壁のような物に阻まれて吹き飛ばされてしまう。東郷は俺に連打を浴びせながら、俺たちに話しかけてくる。
「やっぱり美羽くんも加護持ちか……知っているよ。君たちに授けられたその加護。『死に戻りの加護』だろ?死んで再生を繰り返すたびに強くなる…。そうだろ?でも知ってるかい?その加護はある武器で絶命させることによって破壊することが出来るんだ。そうなれば二度と生き返ることはできない。僕はその武器を持っているんだよ」
「「マジでっ!!!???」」
「アッハハハハッ!全く君たち兄妹は、こんな場面なのに緊張感のかけらも無い…。もう君たち兄妹の呑気な姿が見れないのは残念だけど、そろそろ終わりにしよう」
ダッ!
「………………………!!」
ブーンッ、バチッバチッバチッバチッ!!!
東郷はそういうと俺たちから距離を取り、何かを呟くと両手から2本の剣を発生させた。さっき飛んできた矢と同じで雷のようにバチバチ音を立てている。この剣は掠っただけでもヤバそうだ。
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッ!!!
俺たちから距離を取った東郷に自衛隊員たちは一斉射撃を浴びせかけるが、東郷はすぐさまその場所を離脱。まるで瞬間移動したような動きだが、数発右足に被弾したのか、移動した場所で一瞬動きを止め右足を気にしていた。
自衛隊たちはその隙を見逃さず、再度弾丸を浴びせかけるが、東郷はその攻撃を察知していたのか、すぐさまその場を移動して、今度は美羽の目の前に現れ、手にした剣を上段から切り下ろしてくる。
「美羽っその剣に触れるな!」
美羽は俺の言葉を理解したのか、すぐさま後ろに飛びその攻撃をギリギリで避けるが、すぐに間合いを詰められ、今度は連撃を仕掛けられる。
俺は東郷の背後に周り攻撃を仕掛けるが、やはり見えない壁に立ち塞がれて、俺の攻撃は東郷に全く届かない。
東郷は俺の攻撃を意にも介せず、ひたすら美羽に攻撃を加えていく。
受けるどころか触れることすら出来ない剣を美羽は躱すことしかできない。掠った剣が小さな傷を増やしていき、次第に美羽の身体の至る所から血が滲んでくる。
とうとう東郷の攻撃に耐えきれなくなった美羽は後ろ向きに倒れ込む。全くの無防備になった美羽の喉元目掛けて東郷は突きを放つ。
ダメだ間に合わない!
バーーーン!
「がっ!」
東郷の突きが美羽の喉を貫く間一髪のところで銃声が鳴り響き、その瞬間東郷の頭は跳ね上がり後ろに大きくのけぞる。体制を立て直した東郷の右目には大きな穴が空いていた。
「へー、ライフルの弾を目玉に喰らって生きているとは。お前も大概化け物だな!東郷!」
「クッ……。おや?その声は三島くんかな?随分久しぶりだね…。それから三島くんの後ろにいる白い君……なんと僕の親友、美波雄二くんじゃないか!」
「俺の名前を覚えていたとは光栄だな東郷…。ところでお前に俺たちから提案がある」
「提案?…まぁかつてのクラスメートだった君たちの提案だ、聞くだけは聞いてあげようじゃないか。それで提案とはなんだい?」
「今から俺たちはお前に一切手を出さない。だからそこのゲートで異世界に戻るも良し、そのゲートを破壊して更に大きなゲートを発現させるのも良し、好きにしてもらっていい。その代わりに東郷、この場は一旦引いてくれねえか?」
「おいっ!!お前一体何を!?」
「あ〜大吾、すまないがお前は少し黙っててくれる?」
「ふ〜ん、何を言い出すかと思えば、僕を見逃すから手を引け?…アッハハハ君たち自分たちの状況わかってる?頼みの綱の立花兄妹たちも僕には手も足も出ない状況なんだよ。見逃してくれなくても僕は君たちをいつでも皆殺しにできるんだよ?わっかってる?」
「夏彦…。随分余裕のある態度だけど、本当に君には余裕があるのかな?」
「おやおや、雄二。頭脳明晰な君らしくもない。見てただろ僕の圧倒的な力を。あの状況でどうして僕には余裕が無いと?」
「ああ、君の右目に大きな穴が開くまではそうだったんだろうね。でも今は違う。君は今、右目を修復するために体内に蓄えていた魔素を使って全力で修復魔術を行使しているんじゃないのか?…それだけの大きな穴だ、今修復魔術を止めてしまったら命の危険もあるからね…」
「はっ!それがどうした!修復魔法をしながらでも、今の僕の力なら…」
「それにっ!…それに僕は知っているんだよ。君の体内に蓄えていた魔素がなくなってしまうと、君はただの人間に戻ってしまうこともね」
「っ!…………」
「魔術は体内に魔素を蓄えていないと行使できない。魔素は大気中から吸収できて随時体内に蓄えられるけど、魔術を使い消費していく魔素量が、その吸収する魔素量を超えてしまったら?…当然体内の魔素はゼロになる。それは一時のことかもしれないけど、その一時君は無防備になる…。魔素の蓄積量が君にどれだけあるかは知らないけど、右目の負傷の修復でだいぶ底が見えてきているんじゃないか?」
「フフフッ……わかったよ、君の言う通りにしよう雄二……」
雄二の推論が的を得ていたのか、東郷は雄二たちの言う通りに、俺たち兄妹に背を向けてゲートに歩み寄っていく。冷静に考えればたちの決断は正しかったように思える。右目を負傷した東郷でも俺たち兄妹は敵わないだろう。そうなるとこの場にいる自衛隊員たちは良くて相打ち、最悪な場合全滅していただろう。それにあの雄二のことだ、なにか考えがあるに違いない。
東郷の行動をその場にいる全員が注視する中、東郷はゲートに触れるとゲートを消滅させる。そして両手を大空にかざすと、また何やらブツブツと唱え出す。するとその両手をかざした上空に巨大な穴が現れる。その大穴は周りの光を吸い込むように、光の渦を形成させた。その現象は青鬼のおじちゃんから聞いていた通り、あたり一面見渡す限りの広範囲に広がっていった。
眩しくて目が開けられないほどの強烈な光が収まると、その大穴は東郷の目の前に鎮座していた。今まで目にしていたゲートとは比べもにならないぐらいの巨大な穴が、不自然に宙に浮いていた。
気がつけば、いつの間にやって来たのかピロッシが美羽の側にいて、甲斐甲斐しく傷の手当てをしていた。
巨大な大穴の前で東郷は俺たちに振り返る。
「今からしばらくすると、この穴から一億以上の魔物たちが押し寄せてくることになる。君たちはここで残り少ない生を惜しんでいればいいさ……ハハハハッ!」
東郷は高笑いを始めたが、美羽とピロッシたちの方を見た瞬間、その笑いを止める。
困惑の表情が俄かに怒りの表情に変わり、瞬時に雷の弓矢を出現させ、ピロッシと美羽に向けて雷の矢を放つ。
バチッバチッバチッバチッ!!!
あまりにも意表をつかれた東郷の攻撃に、俺は助けに飛び出すのが一瞬遅れた。
ダメだ今度こそ間に合わない!!!
バチーンッ!!!!
電気がショートしたような大きな音が鳴り響く!
見れば雷の矢は美羽とピロッシたちから大きく逸れて地面に突き刺さっていた。
そして美羽とピロッシの眼前には一本の槍が刺さっている。
「ピヨッピーーーーー!!!」
上空から鳥の雛のような鳴き声が響き渡る!
サッと上空を見上げるとそこには丸々と肥えた一羽のウズラがいた!
すぐに東郷に振り返るが、そこには東郷はいなかった。どうやら矢を放った後すぐにゲートに逃げ込んだらしい…。
「ごっ、ごっ、ごっ、ごっ、ごっ、ごっ、ごっ、ごっ………」
ごっ?……俺の背後で奇妙な声がする。振り返るとピロッシが驚愕の表情で「ごっ」の発音を何度も繰り返していた………………ごっ?




