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立花美和の記憶「野球少年」

自衛隊基地での長い会議の翌朝、まだ夜が開けきらないうちから私たち兄妹は町内を見回っていた。

 

父からは、酒井さんたちレンジャーの方々が見張っているから今日はゆっくり休みなさい。と言われていたのだけども、兄も気掛かりだったのか、私と同じ時間に起きてきて一緒に見回りを付き合ってくれていた。

 

魔物たちが使うと思われる侵攻経路を逆方向に登山口まで歩く。

登山口はまだ封鎖されているようで、数人の消防隊の方と警察の方が集まっていた。

「邪魔になったらいけないから、もう戻ろう」

兄が言うので私も同意して帰路に着く。

 

「お兄ちゃん、後ろ…」

「ん?どうした。ああ、野球少年がいるな。早朝練習でもあるのかな?」

 

私たちから少し離れた後ろを、野球のユニフォームを着てバットとグローブを担いだ小学3年生ぐらいの男の子がトボトボと歩いている。

「あの子、登山口に来る時にも見かけたの…」

「そうなのか?なんだ迷子か?最近引っ越してきたばかりとか?」

「そう、私も迷子じゃないかなぁ思っててね、それになんだか元気がないの」

「そうか、それじゃちょっと声でもかけてみようか?」

「待って、お兄ちゃん大きいから、きっとあの子怖がると思うの、だから少し歩くスピード落としてくれる?。もしもあの子が困ってて、私たちに近づけたらあの子から声をかけてくるかもしれないから」

「ああ、そうだな。じゃスローダウンしよう」

 

私たちがゆっくり歩いているうちに、野球少年との距離も縮まり、今では声を出せば私たちに届く距離まで近寄ってきてたのだけど、少年は一向に声をかけて来ない。

もうすぐ自宅に辿り着く距離まで来て、後ろで「バタッ」という音がして、私たちは

ハッとして振り向く。そこには野球少年が倒れていた。

 

急いで少年に駆け寄ろうとしたところに、聞き慣れた声が響く。

「ボクどうしたの?大丈夫!?」

声の主は向かいの家の田所のお母ちゃんだった。少年に近づき、首筋に手を当てて脈を取っている。お母ちゃんは元自衛隊の衛生科に所属していたこともあって、テキパキと処置を施していく。近寄ってきた私たちに気づき指示を出す。

「大ちゃん、この子をゆっくり抱っこしてウチに連れてきて!」

「美羽ちゃんは台所から保冷剤とスポーツドリンク、それからタオルを数枚持ってきて!」

お母ちゃんはそう言うと、急いで玄関の鍵を開けてドアを開き、私たちを手招きしている。

 

「おいっ!美羽この子………」

そう言いながら、兄は抱っこした少年の顔を見せてくる。

「こっ小鬼!?っ……どうしよう?兄ちゃん!」

私たちが野球少年だと思っていたのは、実は変装したゴブリンだったことがわかる。

 

「なにしてるの!?早く連れてきなさい!」

困惑する私たちをよそに、急かしてくるお母ちゃん。

兄は仕方がないとばかりに、ゴブリンを抱いて田所家の玄関まで歩いて行く。私は、兄と自分がいるから…と思い直し、兄の後を続く。

兄はゴブリンをリビングまで連れてくるとソファーの上に寝かせ、私は言われた通りの物を台所から持ってくる。

 

「この子、多分熱中症ね。美羽ちゃんはこの子の首筋と脇の下にタオルで包んだ保冷剤をあててちょうだい。それからこの子が自発的に飲めるようだったらスポーツドリンクを飲ませてあげて。私は念の為に救急車を呼ぶから」

「ちょっ!ちょっと待って!」

「なによ?大ちゃん、この子危ないかもしれないのよ」

「ちょっと、お母ちゃん落ち着いてこれを見て…」

慌てた兄は、小鬼が着ていた長袖パーカーの目深にかぶっていたフード部分をめくり、かぶっていた帽子も脱がせて、小鬼の顔を見せる。

「あらっ!なに!?その子の顔、真緑じゃない!」

「いまごろ気づいたの?…まぁいいわ。それじゃこの子のおでこにあるツノ、作り物じゃないから触ってみて」

私はお母ちゃんに小鬼の角を触らせ、そして尖った耳先も見せ触らせる。

「いい?お母ちゃんこの子は人間じゃないの。ゴブリンていう小鬼の魔物なの…」

「そんな……嘘……でも美羽ちゃん、嘘じゃないのね…。わかったわ。救急車は呼ばない。でも処置だけはしてあげて、この子本当に危ないの!」

「わかった、それじゃ処置は私がやるから、お母ちゃんは少し離れててくれる?」

渋々といった感じでその場を離れて行くお母ちゃんを認めると、私はゴブリンにお母ちゃんに言われた通りの処置を施していった。

 

お母ちゃんの指示が良かったのか、処置の甲斐あって、苦しそうな表情で呼吸も浅かったゴブリンは、少し穏やかな表情になり、呼吸も落ち着いてきたようだ。お母ちゃんも少し離れた場所からゴブリンの様子を伺い、安堵の表情を浮かべている。

「さて、どうしようか?お兄ちゃん」

「そうだな、まずは親父に連絡だな。親父の指示を仰いだあと、ヒロシにも連絡だな」

「そうね、それじゃまずお父さんに連絡するわ。お兄ちゃんは小鬼を警戒してて」

 

私はポケットからスマホを取り出し「お父さん」と表示されたアイコンを押す。

「トゥルルブッ、どうしたっ!美羽!」

早っ!それになんだか焦っている。そっちこそどうした父!

 

「お父さん落ち着いて、私たちは大丈夫だから。それよりも深呼吸しようか?」

「すぅーーーはぁーーーすぅーーーはぁーーー。よし!落ち着いたぞ美羽。それで何かあったのか?」

「オーケー!それじゃ今から話すこと、驚かないで聞いてね。いい?」

「なにっ!!!何かあったのか!?」

「いや!だ〜か〜ら〜大丈夫だって…。もう一回深呼吸する?」

「はっ!すまん、大丈夫、驚かないから聞かせてくれ」

「は〜、頼むから落ち着いて聞いてね。あのね、今、私、兄ちゃんとっ、一緒にいるからっ、大丈夫なんだけどねっ、なぜだかね、ゴブリンを、捕まえちゃったの」

「美羽…。大丈夫だ!今からそちらに特殊部隊50名を戦闘ヘリで急行させる!大丈夫だ!」

「ちょっ!ちょっと待って!お願いだから!特殊部隊だとか戦闘ヘリだとか、そっちの方が大丈夫じゃないから!いい?お父さん、そんなことしたら町内大パニックだからね!絶対にやめて!来てくれるのは嬉しいけど、静かに、普通に来てくれる?お願いだから。そうだ!一旦お父さんの上司の人に相談して?お願い!」

「そっそんな悠長なことをしている場合なのか?そんなことをしていたら、そちらに着くまで早くても4、5時間ぐらいはかかるんだぞ!」

「だ・い・じょ〜ぶ!お父さん。私たちが魔物の群れと戦うところ動画でみたでしょ?私たちは強いの!本当よ?それに今は事を大きくしてはまずいでしょ?だからお願い、私のいう通りにしてくれる?」

「それじゃ私だけ戦闘ヘリでそち…」

「お父さんっ!」

「はいっ!わかりました。美羽の言う通りにしよう!その代わり、何かあったらお父さんにすぐ連絡するんだぞ!お願いだから!後生だから!」

「はいはい、わかったわ。何かあったらすぐに連絡を入れる。約束する!」

「そうか!良かった!それじゃお父さん今すぐに上司のところへ行くから!……ダッ、バタバタ!ドンッ!ダッダッダッダッダッダッダッ…」

お父さん、電話を切り忘れているよ……。

まぁいいか、このまま本当に上司の人のところに行くか、聞いててみよう。

「ダッダッダッダッダッ!ドンッドンッドンッドンッ!田辺長官!立花1等陸佐であります!火急にお話ししたいことがあります!ドンッドンッドンッドンッ!」

「よしよし、ちゃんと上司の人のところに行ったようだ。ほんっと〜に困った父親だよ……」

そう愚痴をこぼしながらも、心から私たちを心配してくれる父にちょっとだけ暖かい気持ちになる。

 

「なんだか相当慌てていたなぁ…親父の声ここまで聞こえてきたよ」

「そうなのよ!お父さんたら私の話し全然聞いてくれないの」

「まぁあの慌て振りからして俺たちが話した魔物軍のこと本当だと信じてくれた証拠だろ。異世界の魔物たちと戦うんだぞ。そりゃ心配にもなるさ」

 

「あの〜大ちゃん、美羽ちゃん。いったい今何が起きているの?」

「「あっお母ちゃんごめん!」」

「兄ちゃん、お母ちゃんに話した方がいいよね…」

「そうだな、ここまで巻き込んだんだから逆に話さない方がまずいだろ」

「そうね……。お母ちゃん今から少し長くなるけど私の話し聞いてくれる?あっお父ちゃんにも聞いて欲しい。今お父ちゃんは?」

「あっそうね!今起こしてくるわ。あの人締め切りに追われてて昨日も遅くまで執筆するって言っていたからまだ寝ていると思うの」

そう言うとお母ちゃんは急いでお父ちゃんを起こしに向かう。

 

「うっ…うっう〜ん。」

その時、ゴブリンが横たわっているソファの方からうめき声が聞こえてくる。

私とお兄ちゃんに緊張が走る………。

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