立花大吾の記憶「勇者包囲網」
「……というわで、東郷夏彦は逃亡中、トラックと衝突する直前に光と共に消えて以来、全く姿を見せていませんでしたが…」
「再び山中に現れた。しかもこの動画に映っているように、多くの魔物を従えて…。とういうわけだな?三島くん…」
「はい、その通りです」
ヒロシは、4年前に日本中を震撼させた「危険薬物大量殺人事件」の経緯を陸上自衛隊の幹部たちと父に説明し終える。説明の中で主犯である東郷夏彦の性格や行動原理などは特に事細かに父と上官たちに伝えた。恐らくヒロシは東郷夏彦をただの若造とみくびらないで欲しいと思っているのだろう。
「東郷夏彦か……。当時、捜査本部の指揮官をやってたヤツが友人にいてね。2度も逃げられたのが相当堪えたのか、ボヤいていましたよ。永いこと警察にいるが、東郷ほど用心深くて用意周到なヤツを俺はみたことがないと…」
父はヒロシの意図を汲んだのか、東郷夏彦の危険性について補足するように呟く。
「確かに、空港内の捕り物劇での工作活動は目を見張るものがあるが、日本中の至る所で同じ時間帯に76名もの若者をピンポイントで殺害している…。用意周到だけではなく、計画力と行動力にも長けているのだろうな……。その前代未聞の知能犯が今度の敵側、魔物軍の中にいるとなると………」
どうやら父の上官たちも東郷夏彦への警戒を高めたみたいだ。
高校一年だったその当時、俺は「危険薬物大量殺人事件」の全貌を、ヒロシと雄二から聞いていた。話してくれたふたりに「どうして俺にも相談してくれなかった?」と聞いてみたが、「お前は人を疑ってかかることには向いていない」とヒロシから一蹴されてしまい、確かに俺は向いていないだろうと妙に感心したものだ。
事件を知る前の俺は、東郷に対して割と好印象を持っていた。私心が無く、東郷が動くのは全て周りの者たちのためであったからだ。正直に言うと今でもあの東郷が、そんな恐ろしい事件の主犯だったとは信じられないという思いがある。だがその甘い考えは捨てなければならない。
俺はこの目で見ている…。田所のお父ちゃんお母ちゃんが、俺たち兄妹のために命を投げ打ってまで小鬼たちと戦ってくれたのであろう、その死に様を…。
俺たち兄妹が時間を巻き戻したので、お父ちゃん、お母ちゃんには、何事もなく今は無事で元気にしている。
だが、一度目の今日に経験した、あんな辛い想いはもうごめんだ。大切な人たちを守るために、俺は鬼になると決めたのだ。
俺が気を引き締め直していると、上官のひとりがヒロシに問う。
「それで君は、その前代未聞の知能犯を利用すると言っていたが、それは敵に先制攻撃を仕掛けさせることに利用するということだな?」
「はいその通りです。動画を見てもわかる通り東郷は明らかに魔物たちに従えております。どう言う経緯でそうなったのかまでは不明ですが、今回の侵攻軍の幹部のひとりと見て間違いないかと。ですが日本人としての東郷は凶悪事件の主犯であり逃亡者です。4年も経っておりますが警察も76人の無念を晴らすべく、今も血眼で東郷を追っております」
「なるほど、警察に東郷の情報を流せば、警察も巻き込むことができるか…。孤立無縁の逃亡中の頃とは違い、今や東郷は軍を動かすことができる幹部と見られる。警察に対して徹底抗戦を挑んでくる可能性が高いか…。だが、それでも東郷が逃亡を選択すれば?」
「はい、東郷は一筋縄ではいかない。通常では考えられない手を打ってくるのがヤツです。逃亡の可能性は低いとは思いますが、捨てきれることはできません。ですが逃亡の選択をした際の経路は絞れます。まず日本国内への逃亡はあり得ないでしょう。ヤツは飲まず食わずの逃亡を経験しており、ましてや日本にはヤツの味方をするものは誰もいない。ヤツの親ですら味方をしないでしょう。無一文となった今では、海外への逃亡も望みがない。残されたのは異世界のみ…」
「その理屈はわかるが、一兵卒ならまだしも軍の幹部が敵前逃亡をしてしまっては、いくら異世界でもタダではすまないのでは?」
「普通ならそうです。ですがあの用心深くて用意周到な東郷です、その可能性を考慮して異世界側の追っ手から逃れるため、予め異世界に逃げ込んだ場合の逃走経路やその先の潜伏まで考えて準備している可能性があります」
「ふむ…、なるほどな。たとえ東郷が逃亡を選択したとしても、異世界にしか逃げ込む先はない。その異世界への退路を絶って逃げ場がない状況に追い込めば、ヤツは徹底抗戦に踏み切るしか無いと…」
「その通りです。そこで、東郷にとって唯一の異世界への退路であるゲートを我々が抑えます。それによって、新たにやって来る異世界側の兵たちも迎撃しやすくなりますから一石二鳥になるかと」
「う〜む、だがゲートを発現できるのは、東郷だけでなく、あと二人もいると聞いているが?」
………《その点は、我が協力しよう》
上官の一人が、ヒロシにさらなる質問を投げかけると、それに答えるような声が、俺の頭に響いて来る。
その声は他の上官にも届いていたようで、驚いた上官は他の者たちにも尋ねる。
「はっ?なんだ今の声は?君たちは聞こえたかね?」
「青鬼のおじちゃん?」
「青鬼?それじゃこの声の主は、さきほどから話に聞く青鬼殿…」
《いきなり声をかけてすまなかった。いかにも我が青鬼だ。》
ガッタン!
椅子が倒れる音がして、驚いてその方向を見ると、父が明後日の方向を向いて直立不動で立っている。おそらくその方向におじちゃんがいると思っているのだろう。
「あっあなたが青鬼殿ですか!子供たちの命を救ってくれた!なんとお礼を言って良いか……」
《なに、礼には及ばん。我も大吾たちには異世界のことで世話になっているからな》
「それでも言わせて欲しい!それに異世界がらみの出来事の前にも、海難救助の際に子供たちを救ってくださっている……。それなのに私は心的ストレスによるものだと早合点していて……あの時、ヒック、青鬼殿に助けてもらっていなかったら…ヒック…今頃子供達は…ウッウウ」
俺たちを思っていることには感謝するが、みんなの前でちょっと恥ずかしい。それに今は大事な話をしている。俺は父にやんわりと告げる。
「父さん、その方向には青鬼のおじちゃんはいないよ」
「ウッウ、ヒック…なぜわかる?」
「俺だけにおじちゃんが教えてくれた。それよりも今は大事な話の最中だから……」
「ヒック……はっ!そうだな。それでは青鬼殿、この件が落ち着き次第、是非お礼にお伺いしたい。その時はどうぞ宜しくお願いする!」
《承知した!その時を楽しみにしておこう…。では話の続きだな。ヒロシと言ったか、大吾の友人らしいな。ウヌの話は全て聞かせてもらった。ウヌの考えに我も賛同しよう。我は随分と力を失ってしまったが、出来ることはまだまだある。協力を惜しむつもりはないと言っておこう》
「ヘヘッ、ありがとうおじちゃん!…それじゃ話の続きをさせてもらいます。」
そう言ってヒロシは考え及んだ東郷包囲網作戦の説明を再開する。
他の魔物の部隊が日本のどこに、どれだけ散開しているかという課題は残っているが、そこは青鬼のおじちゃんが、魔素の動きを察知しておおよその場所はわかるとのことでヒロシは一旦話をを締めくくる。
時計を見ると深夜といえる時間になっていたので、幹部の皆さんに今日のところは帰宅していいと告げられ、要請があればすぐに臨席できるようにしていて欲しいとも告げられ、俺たちは解散することとなった。
帰り際、出口付近で幹部のひとりを見かけたので、挨拶がてら近づいて話しかける。
「今日はありがとうございました。それから父がお見苦しいところを………」
「ハハハッ、いや、君たちの勇気ある行動には敬意を払おう。あれだけ立て続けに奇想天外なことが続けば我々も君たちのことを信じざるを得ないと思っているよ。最後の青鬼殿の声だけの出現が決め手だな。それから君の父上のことだが、あれには我々も驚いたよ。自衛隊内では英雄と呼ばれる立花慎一郎もひとりの父親だったんだなと。むしろ安心というか親しみが湧いたよ。だから気にしなくていい!」
「えっ父が英雄?………」
「ああ、聞かされてなかったんだな。立花くんらしいなハハハッ」
そう会話をして、幹部の方と別れる。
父が英雄……。
家ではヒロシと口喧嘩ばかりしている姿しか見たことなない父が……?
想像もつかないが、なんだか誇らしい。
「俺も英雄である父さんに負けない働きをしないとな!」
とつぶやき、長かった一日を終え、ヒロシと美羽と共に帰路についた。




