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東郷夏彦の記憶「逃亡者勇者となる」

「ハァハァハァ………。」

追われて逃げ込んだ雑居ビル群の暗くジメジメした路地裏で、僕は身を潜め息を整える。

「どうやら僕はヤツらに嵌められたようだ…。迂闊だったよ……」

今の僕は逃亡者、全国に指名手配され、日本中の警察から追われる身となっている。

裕福な家に生まれ育ち、16歳という年齢には不相応過ぎる莫大な資産があった僕だが、今はすべての資産を凍結されて、一円たりとも預金を引き出すこができない…。

もう丸3日はまともな食事を口にしていないし、ロクに眠れてもいない…。

なぜ僕が追われる身になったのか……。

きっかけは、僕が敬愛してやまない母の死に起因していた。

僕は母を世界的な犯罪組織『Z』に殺されている……。

 

《あんなロクでもない母親のこと、まだいってるのか?》

「えっ?」

突然、頭の中に直接響く声がする……。

《クックックッ…、まぁいい…、お前にはもう逃げ場なんてないんだぜ、諦めて投降しろよ…。まっ、お前はあれだけのことをしたんだ…、どのみち死刑は間逃れないがな……。》

「なっ!」

突然の出来事に、僕は身を隠すために屈んでいた状態から、飛び上がるように立ち上がってしまう!

「いたぞっ!」

「チッ!」

勢いよく立ち上がってしまった僕は、タイミングよく近辺を捜索していた警察官に見つかってしまう。

追っ手から逃れるために、薄暗い路地から飛び出すと、突然視界が開け、明るさに目が眩む……。

なんとか目を凝らし、車道を挟んで、向こう側に見える歩道に逃走経路に良さそうな脇道を見つけ車道に飛び出す!

平時の僕なら、向こう側の歩道まで走り切るのにわけのない距離だった。だが、今は平時の僕では無い…。3日間ロクに食べれもせず、眠れもせず…、飛び出した足はその場で絡まってしまう。

 

ブッブッブ〜〜ッ!!!!ッキイィィィィぃぃぃ!

思うように動かない足をひきづりながら、なんとか走り出そうとする僕に、大型トラックが迫ってくる。急ブレーキを踏んでいるようだが、どうみても僕との衝突は避けられない!

 

「ダメだ!ダメだ!ダメだ!ダメだダメだ!僕はまだ死ねないんだーっ!!!」

トラックと衝突するまでの刹那の時間、僕の心は絶叫した!

その刹那の時間、トラックと僕の間の空間に裂け目のような亀裂が走る!それと同時に目も眩むような巨大な光の渦が現れる!その空間の裂け目は巨大な光の渦ごと僕の体を吸い込んでいった……。

 

コツンッ、コツンッ……

なにか小さなものが、僕にぶつかってくるのを感じて、僕は目を覚ました。

目をゆっくりと開いていくと、見たことのない風景が眼前に広がっている…。

僕の周りには少人数の人だかりができている。

先ほどから、僕にぶつかって来ているのは、その人だかりの中の、小さな人らしきものたちが、投げてつけている小石だとわかる。

 

「ここは、いったい………」

目が覚めたばかりで、覚醒しきれていない僕でもわかるほど、僕が今いる場所は日本ではない場所、いやっ、それどころか地球上のどこでもない場所だと気づいくことができた…。

なぜなら、その場所には見たことのない建物や植物、どう見ても人間とは思えないような人々、そして、ぐるりと周りを見渡しても、人間の姿をただのひとりも見つけることができなかったから……。

僕は夢でもみているのだろうか……。


僕の様子をうかがっている者たちは、人の形はしているが、洋服に覆われていない顔や手の部分は緑色に染まり、額にツノのようなものが生えている。体格はかなり小柄で小学校2、3年生ぐらいだろうか。ゴブリン?…僕は昔見たファンタジー小説の挿絵で見た魔物を思い出す。

 

空腹とありえない状況にいることで、僕はその場から動くことができないでいると、しばらくして、周りの者たちをかき分け制服のようなものを着た三体のゴブリンが僕に警戒しながら近づいてくる。

「グキャグキョグギャギャ!」

僕には動物の鳴き声としか思えないが、どうやら僕に話しかけているようだ。特に危害を加えてくる様子も無い。どうにかして僕とコミュニケーションを取ろうとしている様子が窺えた。

 

動けない僕はどうにかしてこのゴブリンたちと会話ができるように、ゴブリンたちの言葉のイントネーションや法則を注意深く聞きながら、身振り手振りで必死に会話を試みてみたが、全く会話にならない。話も通じず、この先どうなるのかと絶望に落ちかけていると、僕の脳に直接話しかけてくる言葉が聞こえてくる。

《………さっき…んども……いるが、お前はどこからやって来た?》

目の前で話しかけてくるゴブリンと全く同じ声色だが、どういうわけか聞こえてくるのは日本語に翻訳された声。

 

咄嗟に僕は、目の前のゴブリンに向かって返事をするのではなく、脳内に聞こえてくる声に返事をするように言葉を発していた。

《僕は自分の意思とはまったく関係なく、突然日本というところからやって来てしまいました。ここは一体どこなのでしょう?》

するとゴブリンは目を丸めて驚くと、こう返して来た。

《お前はこの世界で全く見たことのない種族なのに念話が使えるのか⁉️》

《念話?》

なんのことだかわからずオウム返しに聞き返す。

《まあいい。お前さんの対処は俺たちでは無理だ。上のものに相談するからしばらく勾留させてもらうぞ》

《勾留?僕は捕まってしまうのですか?》

《安心しろお前さんに危害を加えるつもりは無い。それにお前さんこのままで飯や寝床はどうするんだ?誰も怖がってお前さんの面倒を見るやつなんかいないぞ?》

《食事と寝床ですか……わかりました。ありがとうございます。同行します!》

何はともあれ空腹で死にそうだ。僕は素直に勾留に応じた。

 

信じられないが、どうみてもここは地球ではなさそうだ。日本での指名手配がここまで及んでいる可能性は限りなく低いだろう。食事は何が出されるか不安だが、どうせこのまま何も食べなければ待っているの死だ。ここはひとつ賭けに出てみよう…。僕はそう考えて制服を着たゴブリンたちの後に続いた……。

 

不安だった食事は、味はともかく僕の空腹を満たし、食後も体調の変化もなく、下痢や腹痛なども見られない。どうにか命を繋げられた僕は、暇そうにしている看守のゴブリンにこの世界のことを聞いてみた。

僕が思った通り、この世界は地球ではないようで「異世界」呼ばれいる世界だと教えられた。

この異世界には大小様々な王国が存在していて、そのすべての王国を統べるのが帝国ということで、今、僕がいるこの国は、その帝国であることがわかった。

とにかく情報が欲しい僕は、看守のゴブリンから、この異世界についての話を聞きまくっていた。そしてある日、その看守のゴブリンから「お前に召集がかかった」と声がかかる。勾留されて5日目のことだった。

 

《驚くなよ。お前さんは、この世界の頂点でこの世界を統べる皇帝陛下から召集がかかった。今から急ぎ帝城へ向かう。夜通し馬車を走らせるから明日の朝には到着するだろう。いいか?くれぐれも粗相のないようにな!》

《皇帝陛下が!……なぜ?》

《さあ俺にも理由はわからん。だが急を要するようだ。急ぐぞ!》

《はっはい!》

 

皇帝といえば、この異世界の頂点。

なぜ僕のようなものにお声がかかったのか不安しかないのだが、拒否しようものなら今よりもっと酷いことになりそうなので、僕は諦めて皇帝のもとまで、素直に連行されることした。

 

看守のゴブリンから伝えられた通り、僕を乗せた馬車は夜通し走り続け、翌朝には帝都と呼ばれる、この国の首都についた。

そして僕は今、皇帝陛下が待つ帝城にいた。

 

前後左右に衛兵と思しき豚の顔を持つ、異形の兵に囲まれて皇帝の御前へと連行されていく。(オーク?だよね……)

重厚な扉の前に立たされ、お声がかかるの待つ。しばらくするとその重厚な扉が押し開かれ、まず広々とした室内が目に入る。そしてその部屋の最奥、中央の玉座に座る大男に目が止まる。何と鬼だ!しかも青鬼?。身体の見える範囲は全て真っ青だ。

 

《こら!面を下げんか!》

ぼうっと皇帝を見つめたまま立ち尽くしていると、隣に立つ衛兵から怒鳴られる。

《よいっ。それより私はこの者と話がしたい、宰相を残し全ての者は下がりなさい》

《しかし……。》

《大丈夫だ。これでも私は青鬼を継ぐ者。どんな者にも遅れはとらん》

《はっ承知しました!》

そういうと衛兵のオークたちは退出していく。謁見の間には僕と皇帝(青鬼)と宰相ゴブリンしかいなくなった。

 

《さてその方、名は何と申す?》

皇帝はあらかじめ念話でしか会話ができないことを知っていたようで、頭に直接語りかけて来た。

《はっはい!山本太郎と申します》

僕は咄嗟に偽名を使ってしまった。短い逃亡生活だったが、名を名乗らなければならない時に使おうと決めていた偽名が思わず口から出る。

《偽名ではない、私は真の名を問うておるのだ》

まっマズイッ!どうやら皇帝陛下は嘘を見抜く力があるようだ!

《もっ申し訳ありません!私の名前は東郷夏彦と申します!》

《うむ、どうやらその方、地球にいた時から偽名を使わねばならぬような状態に陥っていたようだな?》

ゲッ!見透かされいる!

この皇帝には嘘や誤魔化しは通用しないことを悟ると、腹を括り全て問いに、正直に答えることにした。

《では東郷夏彦よ、その方地球の日本から来たと言っていたそうだが真か?》

《はいっ間違いありません》

《日本からこちらにやって来た際の出来事を全て私に話してくれるか?》

《はっはい》

 

皇帝の問いに、僕は日本で指名手配となり逃亡生活をしていたことはやんわりと濁しつつ、あの空間の裂け目に飲み込まれた時のことを話し始める。

《そうか、そのトラックというのは物を運搬する時に使う車というやつだな?》

《はい、そうです。僕はそのトラックに跳ねられそうになり、命が助かるよう必死に念じていました》

《それで、目の前の空間が裂け、まわりの光と共に裂けた空間に吸い込まれて、気がつけばこの異世界にいたと?》

《はいっ、陛下の仰る通りです!》

《ふふふふっ。そうかそうか。してその方、その空間を今一度、自ら意図して再現することは出来るか?》

《あの申し訳ございません…。あの空間は僕が作ったものだと?》

《そうだ、状況からして、そうとしか思えぬ》

《そうですか…。あの時は必死で僕はどうしたのか全くわかりません。ですが、再現せよと仰るのであれば、再現できるよう尽力いたします!》

僕はあの空間の裂け目の話になった時の皇帝の嬉しそうな顔を見て、もしも僕が自分の意思で裂け目を自由自在に再現できれば、きっと皇帝は僕を重用するだろうことを直感した。


《そうかっそうか。その裂け目はこちらではゲートと呼ばれるものである。ゲートなら私にも心得がある。私自ら指南しても構わない。ゲートの再現を試みてくれるかな?》

《ははっ承知しました!僕にできることならなんなりとっ!》

やっぱり思った通りだ。僕とのやりとりで皇帝は上機嫌になっている。ゲートというモノがどういうものか、今の僕にはわからないが、きっと今後の僕の身の振り方に、とっても役立つものになるに違いない。災難続きだった最近の僕に再び希望の光を見た思いだったのだが……。

《ほほぅ!その方、私が望めば、自分の力量以内なら、協力は惜しまないと申すのか?》

しまった!ちょっと調子に乗りすぎたかも…。でもここまで来たらもう後戻りはできない。開き直って、皇帝陛下に返答する。

《はいっ!協力は惜しまないつもりです!》

《その方が私に協力的なことはわかった。だが、ここからの私の話はその方の故郷である日本を敵に回すことになる話となるが……、それでも私に協力を惜しまないと言えるかな?》

僕とはさっき出会ったばかりなのに、いきなり自分の故郷を敵に回せだって?普通なら絶対にイエスなんて言えない内容だ。

この皇帝…。きっと僕の内情を知っている。もしも日本に帰れても、もう日本には僕が生きていく場所がないことを知っている。だからこんな突拍子もないことを聞いてくるんだ。心を読まれている?だったら迂闊なことを思ってもダメだということだ。

しばらく黙っていた僕に皇帝は話しかける。

 

《そう警戒せずとも良い。その方が日本に後ろ暗い過去があるのはわかっている。だが何があったのまではわからない。なぜなら私はその方の心を読んだわけではない。その方から発する魔素の揺らぎを見て、そう判断したに過ぎぬのだから》

《魔素?…ですか?》

《そう魔素だ。その方は初めて聞く単語だろうが、この異世界では普通に使われいる。その方の世界の酸素のようなモノだが、魔術にも使用されている》

《えっ魔術ですか?こちらの世界では魔術は普通に使われているのですか?》

《そうだ。そしてその方もゲートを発現させた時点でその魔術をすでに使っている。ゲートの発現も魔術そのものだからな。その方が無意識にゲート発現で使用した魔素の残滓に、その時の感情が微かだが含まれていたのだ。それを私が読み取った。だから何があったかまではわからないが、後ろ暗い感情だけはわかったというわけだ。念の為に言っておくが魔素の残滓を読むことができるのは異世界では私と私の父のみ。他の者には読み取ることが出来ないから安心して良い》

 

《僕が魔術を発現させた……。はっ、すみません!あまりにも信じられない出来事だったもので》

《人間からすると絵物語の世界の出来事だからな。無理も無い…。因みに魔素の残滓を読む以外でもその方の内情を読み取らせてもらった。本来ゲートは発現させるとそのままその場に残るようになっている。その方が出現した場所を念入りに調べた結果ゲートの痕跡は全く見当たらなかった。それはどういうことか?つまり東郷夏彦、その方、日本では追われる身であったのではないか?その追手の追跡から逃れるために無意識のままゲートの術式を消滅させた。私はそう考察している》

《………はぁ〜、今さら誤魔化しても無駄のようですね。仰る通り私は日本で追われる身となっておりました。だけど信じてください!決して疾しいことをした覚えはありません。私がやったことといえば、日本のためになることばかりで、私財を投げ打ってでもやらなければならなかったことなのです!》

《なるほど…。祖国のために私財を投げ打ってまで尽くしたのに、追われる身になってしまったと言うことだな。その方にとっては国から裏切られたと言っても過言ではない…。どうだろう、その方の境遇を利用するようで心苦しいが、その方を裏切った日本を敵に回してもらえないだろうか?》

《はぁ…。全てはお見通しというわけですね。わかりました話はお伺いいたします。ですが返答はお話をお伺いした後でもよろしいでしょか?》

《承知した。その方が、私の願いを断ったとしても、拘束はするが、決してその方に害をなすことはないと約束しよう。で…、その方が私の願いを聞き入れた場合だが…、その方を帝国の国民と認め安住の地を与えることとしよう。そして、その方には「勇者」の称号を授けることとする》

《ゆっ勇者!?…ですか?》

終始ポーカーフェイスで皇帝陛下のそばに控えていた宰相の右の眉毛がピクリと上がったのを、僕は見逃さなかった。

恐らく「勇者」の称号はかなり高い位になるのだろう。

《そうだ、その方が協力を惜しまなけば、その方が皇帝としての私の代で初めての勇者となる、それほどに、手にすることが困難な位だと思ってもらってよい》

《そうですか…。わかりました!それでは早速お話をお伺いしても?》

《うむ…、では心して聞いてくれ…》

 

僕は皇帝の話を一語一句聞き逃さないよう、全神経を集中して聞き入った。

皇帝の話は、終始衝撃の連続だった…。まさかそんな非常時に僕はこの異世界にきてしまうとは…。

だけど話を聞き終える頃には、なぜだが僕の心は使命感のようなもので一杯になっていた。

 

(((そうか!僕は使わされたんだ!この異世界を救うために!)))

 

そうだ!日本で窮地に立たされていた時の、数々の不可解な出来事を考えても、僕がここ異世界にやってきたのは偶然とは思えない!なにか不思議な力が働いて、僕はここに導かれたに違いない!

この異世界を救うということは、日本国民に甚大な被害を与えるということだ…、だけど僕が上手くやれば、その被害を最小限に抑えることができるかもしれない。それに、もしかすると『Z』を日本から排除できるかもしれない!

そう考えが至ると、僕は居ても立っても居られなくなり。

《陛下!やらせてください!どうかその使命この僕にお与えください!!》

使命感に燃え、小刻みに震える身体を抑えつつ、僕は陛下にそう願い出ていた……。

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