美波雄二の記憶「糾明」
日本の犯罪史史上、最も凶悪と呼ばれる「危険薬物大量殺人事件」。
その事件の主犯として知られる東極夏彦。
今では東極夏彦の名前を知らないものがいないのではと言わしめるほどの凶悪犯。
僕は自分の親友を、そうなるように仕向けてしまった。
その親友を追い詰めることになった、その時の行動の一部始終、今でも鮮明に思い出すことができる………。
高校一年の夏休みが明けて間もないその日。
僕は平日の午前中だというのに、駅前のカフェにいた。
今頃は一時限目の授業が始まっているだろう。
僕がカフェに来た時は、お昼のピーク時にはまだ早い暇な時間帯ということで、窓際の見晴らしの良い席に案内されて、とてもビクビクしていた。
僕は生まれてこの方、学校をサボるということをしたことが無かった。窓の外をスーツを着た大人の人が通り過ぎるたびに、ビクッとしてしまう。
通りの向こうからおまわりさんがこちらに近づいてくるのが見えた。
僕は慌てて、窓の外から見えない場所を探して、右往左往しているところに、声がかかる。
「なに踊ってんだ?雄二…」
びっくりした!口から心臓が出そうになるってこういうことかぁと納得しながら、遅れてきた三島くんに慌てて言う。
「違うんだ!三島くん!向こうからおまわさんが来てるんだ!早く隠れて!」
「ブッ!、なにをキョドってるんだと思ったら…。ハァ…いいか雄二、お前みたいに挙動不審なやつが真っ先に補導されるんだ。こう言う時は堂々と構えていればいいんだよ」
「はっ、そうか…それもそうだね…。でも僕は学校をサボった経験がないから…」
「ハハハ…どんだけ良い子ちゃんなんだよぉ…。そうだ!そんなことより早く今朝の話を聞かせてくれ」
三島くんはそう言うと、すみませんアイスコーヒーください。と通りかかったウエイトレスさんに注文しながら席についた。
僕は横目で窓の外をチラチラ気にしながら、三島くんに話し出す。
「今朝の電話のこと、ちゃんと理解してもらうために、君と夏休みの公園で話した時まで遡るけどけどいいかなぁ?」
「ああ、もちろんいいよ、ゆっくり、じっくり話してくれ」
「夏休みに公園で会った時、三島くんがふたりの女子の話をしてくれたよね、なにか心当たりが無いか?って」
「ああ、言ったな。それで?」
「そのふたりの女子には全く心当たりが無かったんだけど……実を言うとあの時、三島くんから聞いた話しの内容には心当たりがあったんだ…。それであの時、三島君そのふたりの女子の写真見せたくれただろ?その写真にも心当たりがあった…というよりそのふたりにソックリな女性を見たことがあったんだ…」
「えっ?どう言うことだ。聞かせてくれ!」
僕は中学生時代に夏彦から聞いた、夏彦が昔母親から受けた虐待の話と三島くんから聞いた太ももを叩かれた女子の話が、ピタリと重なって聞こえたこと。
そして、ふたりの女子の顔が、その虐待をした母親とそっくりだったことを話す。
三島くんはかなり驚いていたが、深く息を吸って吐き出すと、落ち着きを取り戻し、口を開く。
「そうか…そうだったんだ……」
「今頃になって、本当にごめんよ!」
「いや、いいんだ。俺にも落ち度はある…………」
そう三島くんは言うと、腕を組み、顔を真下に向け、深く考え込んだ。
少しの時間考え込んだあと、ゆっくりと顔を上げて言う。
「そうなると状況証拠だけだが、女子を拉致して折檻したのは、ほぼほぼ夏彦と考えて良さそうだな……」
「ああ、僕もそう思うよ…。それでね、その後、三島くんから聞いた話を思い出しながら考えてみたんだ…。あの時、お酒で酩酊させてって言っていたよなぁってね、そこまで思い出してふと思ったんだ。もしも、その女子が酩酊するまで、お酒を飲まなかったら?って…」
「っ?…そうだな……確かにそうだ!……つまり雄二。夏彦はふたりの女子を確実に前後不覚になるようしたかった。だけど酒だけでは不確定要素が多すぎる。そこで夏彦は酒に薬を混ぜて確実にふたりを酩酊状態にさせた。そう言いたいんだな」
「うん、その通り。そう断言できると思う…」
「そうか…俺はあの時、何となく夏彦の仕業じゃ無いか?って思ってて。酒に薬でも入れたのか?とも、なんとなく思ってたんだ。でも仮に夏彦が犯人だとしても、薬とのつながりにハッキリとした根拠を見つけ出せなかった…。なるほど夏彦と母親の因縁を考えると、夏彦は確実に犯行を実行に移したかった。そのために薬を使用した…そういうことだな。でもそんな薬どこから調達したんだ?頭のキレるヤツのことだから簡単に足が着く方法はとらねぇよなぁ…」
「そのことなんだけどね、君も知っての通り、夏彦は学校の優秀な生徒を選抜して製薬会社を設立させている。それにかかる費用を全額投資してね…。それでね夏彦はそこでその犯行に使った薬を製作させたのでは?と僕は考えたんだ」
「ちょっと待て雄二、夏彦の製薬会社のことは俺も知っている。だけどそこで危険な薬を製作させるってのは、ちょっと無理があるんじゃ無いか? 俺が調べた限り、そこで働いているのは、ほとんど俺たちの学校の生徒だ、もちろん外部から雇った役員もいるが、その中の一部に夏彦の悪事に手を貸す仲間がいたとしても、他のヤツらにバレるだろう。お前を含めて全員が夏彦とグルだったとしたら話はわかるが、そんな様子微塵も感じないし、いくら大金を積まれたとしても、捕まるリスクを考えたらまるでメリットを感じない。お前ら全員が首を縦に振るとは全く思えない」
「そうだね…。でも彼らが知らないうちに、夏彦が思うような薬を作るよう仕向けられていたら…?」
「はぁ?出来るのか、そんなこと!?」
「それが出来たんだ、恐らくそう仕向けた夏彦自体も、思った以上に早い段階で薬が出来上がったので、相当驚いたはずだよ…」
「そ、そうなのか?」
「ちょっと長くなるけど、順を追って説明するね。それじゃ薬品の開発にかかる時間に関してだけど、国が認めるひとつの新薬完成まで早くても15年程度はかかるらしいんだけどね。それだけ長い時間を有する薬品開発に、夏彦の会社の開発担当の連中はたった2ヶ月の間に15もの試作品を作り出したんだ。」
「…? すまない話のニュアンスからは凄いことだとは分かるが、いまいちピンとこない…」
「はははっ、そうだよね。でも何となく凄いとわかってもらえれば、それでいいよ。僕が言いたいことは、短期間で作り上げた試作品の数のことじゃ無いんだ。短期間でそれだけの成果をあげさせた、夏彦の手口なんだ。」
「成果をあげさせた?夏彦が?」
「そう。夏彦は製薬会社の落成式の時に、働くスタッフ全員の前で、こうスピーチしたんだ。出来るだけ忠実に再現するから、ちょっと聞いててくれるかい?」
「あっ、ああ……」
僕は夏彦の声色を真似て、当日夏彦がしたスピーチを出来るだけ忠実に再現する。
「んん…うんっ…あー今日この日を迎えられて僕はとっても嬉しいよ! 僕はこの会社のオーナーではあるけど、経営陣では無いから、よっぽどのことがない限り、研究や運営とかに口出しするつもりは無いんだけど、これだけは言わせて欲しい。……失敗を恐れるな、では無い!…どうか失敗を繰り返して欲しい!だ……。僕らはまだ若い!その数々の失敗は今後大成していくだろう君たちの、未来の養分として大いに役立つと僕は信じている!……少し下世話な話をするが、研究のために必要なお金はすべて僕が何とかする!…だからどうか君たちは、大人たちが決して手を出さない非常識なことやタブーをどんどんぶち破ってくれることを、心から期待する!!!」
僕はふーっと息を吐いて、三島くんを見る。
「おー!!なんだか心の奥に響くすごくいいスピーチ…。のような気がするな!」
「でしょっでしょっ!僕なんか聞いているうちに胸が熱くなっちゃって、思わず泣いちゃったもん!」
「なるほど、それでお前んとこの若いもんが、後先考えずに、箸にも棒にもかからない…それどころか人にとって害悪しかならいような試作品を、普通では考えられないスピードで節操もなく作り出していった…。ってわけだな」
「そう!そうなんだよっっっ!」
「なっ…なんだよ、ビックリするだろ…」
「その、人にとって害悪でしかない薬を彼らは偶然作り出してしまうんだ!」
「えっ?どう言うこと………まさかっ!」
「そう、そのまさかの試薬品を僕は見つけ出したんだ。もちろんその薬がふたりの女子の事件で使用されたとは証明できないけどね」
「それでも、凄い進展じゃねーか!それで、その薬はどんな薬だったんだ?」
「その薬のことは、会社で厳重に管理されているPCを閲覧している時に見つけんだけどね、その薬の研究レポートの中に、実験用の猿にその薬を与えた記述があって、そこにはこう書かれていたんだ。「実験用の猿に酒や麻薬で酩酊したような動作を確認」ってね。それで最後の項には「我々はこの試薬品を危険な薬剤と認定し、田坂教授立会の元、全ての試薬品を焼却処分した」で締めくくっていたんだ」
「なるほど……。その時に作り出した試薬品はもうこの世にはひとつも無いってことだよな。でも……」
「そう…僕が読んだ研究レポートがまだ存在している……」
しばしの間、ふたりは沈黙した。そして僕は言葉を続ける。
「夏彦はこのレポートを必ず読んでいる。そう確信した僕は何か証拠になるものはないか調べ始めたよ。さっきも話したけどそのPCは厳重に管理されているんだ。通信回線も存在しないから、外部からPC内に侵入することもできない。そして特別な部屋の中にあって、その部屋に入るには指紋認証、網膜認証、音声認証、そしてパスコード入力。そこまでしないとその部屋には入れない。入れるのは社長と副社長、それから主要な研究員たち、そして最後に監査役である僕だけだ。会社のオーナーであっても経営陣ではない夏彦はそこには入れない。でも僕は夏彦はこの部屋に必ず訪れていると思ったんだ、そして夏彦がその部屋にいたことが立証されれば………」
「立証されれば事件の核心にかなり迫れるな。そしてそれは夏彦を追い詰めることにもなる……」
「…正直、その行動に移す前、かなり躊躇したよ……でもこのまま放置なんてできない。すごく葛藤したよ…」
「まあ、俺もお前の立場だったらそうなるよな…。自分の親友の悪事を暴き立てるようなことをするんだから……。ところでその密室のPC部屋には防犯カメラとかは設置してなかったんだよな?」
「そうんなだ、防犯カメラの設置も検討されたんだけでど、その検討時その場にいた夏彦が、「これだけ厳重に管理された部屋に防犯カメラまであったら、なんだか仲間まで疑っているようで、少し悲しいかな…」って発言したんだ。僕は仲間意識と防犯対策は別問題じゃ…と反論しようと思ったけど、周りのみんなが、それもそうだ!と納得してしまって、防犯カメラは設置しないってことになったはずだったんだけど…」
「んっ?『だったんだけど』とは?」
「それが防犯カメラ設置されてたんだよ。僕も田崎くんに聞かされるまで…、あっ田崎くん知っているよね?」
「ああ、知ってるよ、銀縁メガネのヤツだろ?」
「そう、その田崎くんが、何か手掛かりはないかと会社内をうろうろしていた僕に近づいてきて、相談があると言ってきたんだ…。」
「ふん、ふん、何やら面白くなりそうだな…」
「いやそれほど面白い話じゃないけど……それで田崎くんは防犯関連の責任者だったんだけどね、その相談事というのは、会社の施設がまだ工事中の時に、田崎くんがPC部屋の施工をしていた業者さんから、まだ予算に余裕があるから、その余ったお金で防犯カメラを設置しませんか?って尋ねられたらしくてね、特になにも考えもせず「はい、お願いします」って返事しちゃったってことだったんだ。」
「ハハハッ面白いじゃねーか……。夏彦は笑えないだろうけどな!」
「ハハッそうだね…。それで後日、田崎くん、その夏彦が「少し悲しいかな…」って言っていたことを思い出して、すぐにPC部屋の施工している人に中止してもらおうと思い、その部屋に急行したら、もうすでに設置された後で、壁の表面に小さなレンズだけ残して、あとは壁内に埋め込まれていた状態だったんだ。防犯カメラを取り外すには壁を壊さなくてはならないし、よく見るとその壁から出た小さなレンズは、言われないと気づかれないほど目立たない状態。田崎くんは自分が言わなければ誰も気づかないだろうと、このことを黙っておくことにしたのだけど…」
「ワッハハハ、夏彦のヤツ、少しどころが大変悲しい状況になったわけだな!んで、田崎のヤツ罪の意識に苛まれて、お前を共犯者に引き込んだわけだ!」
「ハハハッ!そうだね、でもおかげでバッチリ証拠の映像を掴むことができたんだ。その映像はね、2箇所に設置されたカメラからの映像でね、その時PCが映し出していた画面と、それを閲覧している夏彦の顔をハッキリと映し出していたよ」
「そうか!田崎のヤツ、お手柄じゃないか!」
「ハハ…でも……ごめんなさい!三島くん!」
「どうした?どうして謝る?」
「……その証拠。掴んでからもう、3日も経っているんだ……」
「……そうか、でも気にするな。夏彦はお前の親友だもんな……気持ちはわかる…。それで、この話と今朝の電話の話、どう繋がるんだ?」
「それがね、この前、横山くんが話してくれた、罪滅ぼしに新聞配達している大谷くんだっけ?その人の影響で僕は毎朝、早朝に起きて新聞を読むことにしたんだけど……」
僕の口から出た「新聞」の言葉を聞いた瞬間、三島くんの目が見開かれたのに気付いたけど、構わず話を続ける。
「それで『危険薬物大量殺人事件』の見出しを見つけて読んだんだよ…。驚いたよ…。しばらく呆然としてその記事を見つめていたら、被害者の写真に、忘れようとしても忘れらない顔『橋田ユキ(15)』とあったのを見つけてしまったんだ……」
「そうか…ユキの写真出てたのか……。雄二、その新聞、今持っているか?」
「ああ、持ってきてるよ…」
「ああっ確かにユキだ…。えっ…?そんなまさか…裕太先輩?」
「えっまさか!他にも知り合いがいたの?」
「クッ!クソッ!嘘だろ!クゥッ……」
「三島くん……」
普段は冷静沈着な三島くんが、ここまで狼狽えているのを見た僕は、なにも言えず、三島くんが落ち着くのをただただ待つしかなかった…。
「すまん雄二……。確かに知り合いだ…。俺の小・中学校の時の先輩でな…井上裕太って人だ…。俺がまだ小学生の時に皆んなから嫌われていた頃、大吾と美羽以外で、唯一俺にかまってくれた人なんだ…。話の途中だったな、続きを聞かせてくれるか?」
「わかった…。それで新聞を見てパニックになった僕は、慌てて夏彦のスマホに電話をしたよ。いくら待っても電話に出ないから、僕はタクシーを拾って、夏彦の家までパジャマ姿のまま訪ねていったんだけど、そこで僕に対応してくれた、顔見知りのお手伝いさんから、昨日の夜、夏彦はドイツに旅立った後だと知ったんだけど、ちょうどその時に三島くんから電話をもらうことになって……。」
「そういうことだったんだ……だけど夏彦がドイツに行った直後でよかったな」
「そうだね、今思えば愚かなことをしてしまったと思うよ…、あの時、夏彦がまだ日本にいて、僕が慌てて真相喋ってたら…」
「そうだな、今頃は本気で夏彦は海外へトンズラだな」
「ということは、三島くんは今回のドイツへの留学は本当の留学で、逃亡したわけでは無いと考えているんだね」
「ああ、でも留学ってのは眉唾かもしれないな」
「えっ?どうこと?」
「俺が考えるに、夏彦はドイツに留まるつもりは無いと見るね。なんらかの理由で事件がバレて、警察の手が自分に伸びた時のことを考えて、行方がわからないように、いろいろな国を巡るつもりじゃないかと俺は考えている」
「なるほど。自分には捜査の手は伸びないと確信できるようになるまで、日本には戻らないってことだね」
「そういうことだ」
「でも夏彦がいないなら、僕らも動きやすい。今のうちに僕らはやることをやろうよ!」
「………お前、いいのか?」
「ああ!大丈夫だよ。夏彦は親友だけど、親友だからこそやらないといけないと思う!…それに被害者の橋田ユキさん…まだ中学3年生か僕らと同じ高校一年生だよね…。無念だよね…。まだまだやりたいことなんて山ほどあったはずだよね…。彼女が被害者と分かった今、夏彦は事件と必ずなんらかの関わり合いを持っている。ヤツは必ず止めないといけない!」
「ああ!そうだな!必ずヤツを止めよう!」
「ああ!もちろん!」
こうして僕、美波雄二と三島ヒロシはコンビを組むことになったんだ……。




