三島ヒロシの記憶「危険薬物大量殺人事件」
シャワーを浴び、身綺麗になった俺。
今は、自衛隊の大幹部である人たちの前に座っていた。
防衛大学に在籍している俺にとって、その人達は雲上の存在の人たちだ。
普段なら緊張していたはずの俺だが、今はそれどころでは無い。
魔物軍の中にあの東郷夏彦がいたのだ。
あの日本中を震撼させた凶悪事件の主犯。
高校生だった頃の俺はその事件で二人も仲間を失っていた………。
四年前のその日の朝、朝飯を食いながら見ていたテレビで、俺はその事件を知る。
テレビでは番組キャスターが、事件現場に駆けつけている現地レポーターを呼び出しては状況を尋ね、その現地レポーターが説明を終えるとまた別の現地レポーターを呼び出すを繰り返している。
次々に切り替わる現地の様子を、俺はボーっと眺めることしかできないでいた。
あまりの出来事に、なかなか働いてくれない脳を無理やり覚醒させ、俺はテレビで伝えている事件を復唱しながら整理する。
「現場となったのは全国47都道府県のうち41都道府県。」
「その41都道府県で76名もの男女が命を落とした。」
ある県の事件現場は住宅街のど真ん中にある公園。
ある県の事件現場は被害者の自宅。
ある県の事件現場は繁華街の路上。
などなど様々で、場所的な共通性はほとんど見られなかったが、場所以外で決定的に共通する点が4点あった。
「ひとつめは、被害者の死亡推定時刻が、今から10日前の9月23日午後9時から午前0時までに集中していること。」
「ふたつめは、被害者の年齢が10代半ばから20代半ばの若者層であること。」
「三つめは、被害者の胃から同じ成分の薬物が検出されていること。」
「そして四つ目は、被害者全員の死因がアナフィラキシーショックであったこと。」
警察はこの4つの共通点から、何者かによって計画された大量殺人事件であると断定した………。
「俺はこの4つのうち2つの共通点に当てはまり亡くなった、女子中学生を知っている……」
その女子の死亡推定時刻は9月23日の午後11時。ひとつ目の共通点と合致する。
そしてその女子の年齢は15歳。ふたつ目の共通点と合致。
その女子も薬物の摂取によって死を招くのだが、同一の薬物とは限らない。
そして四つ目の共通点、死因だが、俺は単に薬物によるショック死とだけしか聞いていないので、アナフィラキシーかどうかはわからない。
ただ似ている……。警察が発表した共通点と限りなく近しい……。
ブー、ブー、ブー、ブー、ブー、
疑念に飲み込まれ、深い思考に落ちていた時、テーブルの上で、俺のスマホが激しく震え出す。
『サチコ』スマホの表示が、電話をかけてきたヤツの名を告げている。
「やっぱりそうか…」
俺はその表示をみて、不明だった残り2つの共通点も同じだったと理解する。
「はい…もしもし……」
「先輩………サキのことだけど………」
「ああ、今テレビで事件のこと見ていたよ……サキもそうなんだな……」
「うん、そう、サキは殺されていたみたい………」
「そうか………」
「うっ、うっ、うっ、うーーー!」
「すまなかった…俺は救えなかった…間に合わなかった…本当にすまない…」
「ヒックッ、ヒック、違うよ…ヒック、先輩のせいじゃない…」
俺はサチコが泣き止み、「じゃあ電話切るね…」と言うまでずっと、スマホから聞こえてくるサチコの泣き声を黙って聞いていた。
事件の被害者と認定されたのは、橋田サキ。中学3年生。
小学校卒業と同時に他県に引っ越した橋田サキだったが、サチコたちとは中学に入学してからも頻繁に連絡を取り合い、少なくても月に一度はお互いを訪ね合うほど、かなり仲が良かったらしい。
随分昔のことで忘れていたが、俺はサキのことを知っていた。
俺がまだ小学生だった頃、なんどか遊んでやったこともあった。
その頃のサキは、サチコと大吾の妹の美和と随分と仲が良く、俺と大吾はたまに三人の面倒をみていたのだ。
そのことは、夏休みが始まってすぐの頃、サチコの家を訪ねた時に思い出した。
あの時、サチコから聞いた、酒に酔わされ、拘束され、説教と折檻をされたあげく、見知らぬ土地に放置された女子。
それがサキだった。
1週間ほど前に彼女が亡くなったことはサチコから聞かされていた。
その時サチコから聞いたのは、亡くなったのは9月23日の夜11時ごろ、死因は服飲した薬物によるショック死。
その遺体は翌日の朝、なかなか起きてこない娘を起床させるために部屋を訪れた母親が発見する。パジャマを着てベッドに横たわったまま亡くなっていたという。
当時の様子から、サキは就寝直前に薬物を服飲し、そのまま就寝しようとベッドに横たわっていたところに発作にみまわれ、死に至った事故死だと聞かされいた。
それをサチコから聞いた時の俺は、睡眠薬の多量摂取による自殺じゃぁ……と思ったが、口には出さなかった…。自殺を不名誉なことと考えたサキの両親が、不幸な事故死だったと、つい口に出したものだと……。俺はそう考えていた。
だが、当時の俺の考えていた事は、今どこのテレビ局でも報じている『危険薬物大量殺人事件』と名付けられた事件によって打ち消される…。
今、テレビの報道では警察の発表が事件発生から10日も遅れた理由を報じている。
事件発生当時、各都道府県を管轄している警察は、被害にあった若者の死を事故死と断定していた。
ただ、その死因が危険薬物によるものであったため、全国の警察署に照会したところ、41もの都道府県で76件の同様な中毒死が、同日の同時刻帯に起きていたことが明るみに出ることになる。
警察はその事実を重大に受け止め、事件の洗い直しに踏み切ることとなり、ようやく事件の全容を把握することになった。
報道番組では今回の警察発表が遅れたのは、その経緯によるものだと伝えている。
当時サキの遺体は、検死の為、司法解剖を受けていたはずだ。その時胃から検出された薬物が事件で使用された薬物と一致し、被害者のひとりだと断定された…。それが今までの経緯だと俺はそうみている。
そして今、一つの懸念が頭の中を渦巻いている。
「東郷夏彦と家出娘が危ない!」
俺の推測にすぎないのだが、橋田サキと東郷夏彦、そして美羽の友人である家出娘の藤谷美奈はなんらかの接点があると考えていた。
夏休みの終わり頃、橋田サキと藤谷美奈の写真を見せた時のあの雄二の反応。間違いない。雄二は、夏彦とふたりの女子との関係性に何か気づいているはずだ。
雄二の追求を、三人衆との和解があったことで、つい先延ばしにしてしまったことが今更ながらに悔やまれる…。
とにかく、今は夏彦と藤谷美奈のことだ。ふたりは既に今回の事件で使用された薬物と接触している可能性がある。今回はたまたま運良く、被害にあわなかっただけだと考えることもできる。
俺はまず、美羽に連絡をする。
「おはよう!ヒロシくん!どうしたの?」
呑気で元気な声を発する美羽に、手短に状況を説明し、藤谷美奈に注意を促すようにと伝える。
「とにかく、ちょっとでも不審に思ったものは絶対に口にしないでくれと伝えてほしい!」
俺の切羽詰まった様子に、美羽は
「わかった!今すぐ連絡する」
と言って電話を切る。
次は夏彦だが、連絡先が全くわからない。
俺は美波雄二の電話番号をスマホから呼び出し、焦って震える指でプッシュする。
「トゥルルルル、トゥルルルル、もしもしっ!三島くんっ?」
電話に出た雄二の切迫した声に、俺の焦りは頂点に達する。
「どうした!?雄二っ!」
「いないんだ…夏彦が…」
「っ!いない?」
雄二の返答に、感電したように身体が跳ねる!クソっ間に合わなかったのか!?
「いやっごめん!違うんだ。夏彦はドイツに留学ということで、昨日の夜に出国していて、もう日本にはいないらしいんだ」
「なっなんだと!」




