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美波雄二の記憶「過去との対峙」

大学2年生となった今では、立花大吾や三島ヒロシとは頻繁に連絡を取り合い親交を深めている。

高校入学当時あれほど嫌っていた立花大吾や三島ヒロシとだ…。

東郷夏彦のことを考える度に、あの夏の出来事を思い出してしまう。立花大吾たちに心を開く切っ掛けとなるあの出来事を…………。

 

 

あれは高校一年の夏。もうすぐ二学期となる夏休みの後半…。

その時、僕は三島ヒロシが僕たちのことを嗅ぎ回っていることを。仲間たちの話しから耳にする。

どうやら知りたがっているのは僕の無二の親友、東郷夏彦の身辺についてのことらしい。

夏彦はそのことを知っているのかと尋ねると、設立して間もない製薬会社のために精力的に動き、片や学校関連では二学期がはじまって早々に行われる体育祭や文化祭といったイベント事に積極的に関わり、受け持った委員の仕事で息つく島もなく忙しい日々を送る夏彦の手を、これ以上煩わせることでは無いだろうと判断して、そのことは伝えてないとのことだった。

 

とにかくその時の夏彦は忙しかった……。

三島ヒロシのことを教えてくれた仲間たちも、夏休みのほとんどの時間を会社で過ごし、農薬関連、シロアリ駆除・防蟻関連、ゴキブリやスズメバチなどを駆除する駆虫薬関連の3つのグループに分かれ、競うように次々と試薬品の開発に没頭していた。

その状況を考えて、仲間たちには三島ヒロシの対処は僕がすると伝え、夏彦には三島ヒロシの意図が分かり次第僕から報告するから、君たちは研究に没頭してくれるよう頼んでおいた。

 

「いったい、なんだっていうんだっ!」

せっかく夏彦が骨を折り、驚異的なスピードで立ち上げた製薬会社が軌道に乗り、成果が出始めた矢先に、水を差してくる三島ヒロシに強い憤りを感じた。

 

今の僕は昔の僕ではない。たとえ三島ヒロシが高圧的な態度や暴力に訴えかけても、決して屈することはしない。小学生の頃の僕はひとりぼっちだったが、今の僕には夏彦をはじめとした心強い仲間たちがいる。三島ヒロシに立ち向かい、夏彦の何を探ろうとしているのか、それはいったい何のために探っているのかと、毅然とした態度で問い正し、抗議してやる。そう心に決めて、その日のスケジュールを全てキャンセルして三島ヒロシを探し出すことにした。

 

本当のところは、今の怒りの感情のままですぐさま行動に移さないと、後日では怒りの感情が薄れ、腰が引けてしまうのでは…。と自分自身に懸念を感じたからでもあった。

 

学生名簿を確認すると、あっけないほど簡単に三島ヒロシの自宅の住所が分かった。その足で三島ヒロシの自宅へと向かう。

最寄りの駅で電車を降り、しばらく歩いていると公園が見えてくる。その公園の日陰にあるベンチに腰掛け、腕を組み何やら考え事をしている人物を見かける。

 

三島ヒロシだ!

急に怖気付く自分自身に心の中で叱咤を入れ。ベンチに座っている三島ヒロシを目指し、まっすぐに歩いて行く。僕の足音に気づいたのか、目を閉じ考え事をしていた三島ヒロシはゆっくりと目を開けていく。

先制攻撃を仕掛けてやるつもりで「三島くん!」と大きな声で呼びかけるつもりだったが、機先を制された僕の方だった。

「美波かっ!?美波雄二かっ!?」

「はっ!はい、そうです!」

いきなり大きな声で名前を呼ばれ、びっくりした僕は突然戦地に送り込まれた新兵さんのように返事をしてしまう。

 

「なんだよー、びっくりしたよー。でもちょうどよかったよー。ちょうどお前に聞きたいことがあったんだよー!」

「………」

早口で捲し立てる三島ヒロシに圧倒されて、固まって黙ってしまった僕に、彼は無言の抗議だと思ったのか、急に謝り出す。

「はっ、すまん!俺に用事があって、わざわざ尋ねてきたんだろ?まず話を聞くのは俺の方だった。申し訳ない!まずお前からの要件を聞くよ。なんだい?」

その言葉は僕にとって、とても意外だった。僕はてっきり「あ〜っ!なんだテメェ!ナニ俺の顔を見てんだよ!」とか言って怒鳴られるものと覚悟していたのに…。

ちょっと腰砕け状態になったが、気を取り直して、僕の顔が引き攣っていないか気になりながら彼に尋ねる。

「うっうんっ、三島くん。ちょっと仲間内から聞いたんだけど、君は夏彦や僕らのこと嗅ぎ回っているらしいね?なんの目的があるんだい?なにが知りたいのかい?」

「ああ、そうだよな…普通不快に思うよな…。本当に申し訳ないと思うよ。だけどこれには深い事情があるんだ。ちょっと長くなるかもだけど、話を聞いてくれないか?」

終始申し訳なさそうに話す三島ヒロシに戦意が薄れかかるが、もしかしたらこれは芝居かもと思い直し、警戒しながら話を聞くことを了承する。

 

彼の話は不良少女たちが酒に酔わされ拉致されるという内容だったが、話の途中で出てきたフレーズに僕の思考は一瞬停止状態になる。

「彼女たちの内ひとりは、細長い板のような物で太ももを執拗に叩かれているんだ…」

太ももを叩かれた?…細長い板のような物?それって定規?…

心の中でそのフレーズを復唱し、そのまま思考を停止していた僕に、彼は気付かず話を続けていた。我に帰り、話の続きに耳を傾ける。

「…それで、謝罪した彼女にそいつは急に優しくなって、その謝罪を受け入れて太ももの治療までして、解放しているんだ…」

急に優しくなった?、謝罪を受け入れた?

中学時代、夏彦が僕に打ち明けてくれた、あの話を思い出す。あの時の夏彦は僕にこう話してはずだ。

『その夜母さんは僕の太ももを長めの定規で何度も何度も叩いたんだ。』

そしてこうも話していた。

『必死に謝ったよ何度も何度も……。だけど血だらけになるまで叩くのをやめてはくれなかった……』

三島ヒロシから聞いたその2つのフレーズは中学時代に聞いた夏彦の話と重なり、そしてピタリと一致した。

「……………………。」

あまりの衝撃に、僕は膝から崩れそうになる。歯を食いしばっているところを悟られないように顎に手をやり必死に耐える。言葉が出てこないほど悶絶していると。それを三島ヒロシは、僕が真剣に話を聞いとくれていると思ったのか、さらなる衝撃を僕に与える。

「その説教されて折檻を受けた女子はこの娘なんだ。見覚えないかなぁ?」

三島ヒロシはポケットからスマホを取り出し、そこに映っていた女子の写真を見せてくる。

「ハッ!!!」

僕はもう耐えられなかった。クタクタとその場に座り込んでしまう。

その写真の女子は、顔だけだが僕がよく知る女性とそっくりだった。

その女性は夏彦の部屋に遊びにいったときに、何度も目にしている。

夏彦の部屋に飾られた彼の母親の写真……………。

 

その場に崩れ落ちた僕に、三島ヒロシはビックリしたようで。すぐにベンチから立ち上がり、そのベンチに僕に座るように勧めてくる。

僕は言われるがまま、ベンチに座り何度も深呼吸を繰り返す。

「ふーっ。いやぁ、ここのところ忙しくてね、寝不足だったんだ…」

なんとかその場を繕う言葉が出てくる。

「はー、ビックリしたぜ。そうかお前ら頑張ってるみたいだしな、でも無理はほどほどにしておけよ。…そうだちょっと冷たい物でも買ってくるよ、ちょっと待ってな」

そう言って三島ヒロシは公園の端に設置している自動販売機に向かって走り出そうとしていたところに、突然遠くの方から声がかかる。

 

「お〜い、ヒロシ〜、どうしてこんなところにいるんだ〜。お前んちに行ったんだぞ〜。おっ?美波か〜?なんでお前もいるんだ〜?」

 

その声の主は、まさか立花大吾?また厄介なヤツがきたぞ……。

そうウンザリして、声の方に顔を向けると、公園の入り口から立花大吾がニコニコしながら、ゆっくりこちらに向かって歩いてくる。彼の後ろには3人の男子がいて、立花大吾の後ろについてきている。

近視の僕は間近に来るまで分からなかったが、その3人の男子は僕のよく知っているヤツらだった。

 

ザーーーー。

僕は脳から血液が足に向かって急降下する音を、耳の奥で聞くこととなる。

「まさか……」

その3人は小学生の頃、僕をいじめていた3人組だった。

目の奥がチカチカして、脳は「早く逃げろ!」と命令を発している。

だが、身体は先ほど強烈な右ストレートを2発も喰らってダウンしているような状態だ。立ち上がることすらままならない。ただただ俯くことしかできない僕にいじめっ子3人が声をかけてくる。


「美波…くん…かい?…」

えっ?今「くん」って言った?当時の彼らが僕を呼ぶ時はいつも「みなみ〜ぃ!」だった。違和感を覚えゆっくりと顔を起こす。

「やっぱり美波くんだ…」

いじめっ子のひとり横山智巳が呟く。

そして彼らは一瞬ビクッと体を震わせると、お互いの顔を見合わせ、おもむろに膝を折り、僕に土下座をする。

「ごめん!本当にごめんなさい!」

これは河村光一。

「僕たちはずっと君に謝りたかったんだ!」

そしてこれは是永康平。

 

あまりの出来事に僕は硬直して言葉を発することができない。

沈黙の時間がその場を支配する。

沈黙を破ったのは横山智巳だった。彼はカバンから一冊の大学ノートを取り出し、そこに何やら書き始めると、そのページを破いて僕に手渡してくる。

「あれだけ酷いことをしたんだ。君が僕たちと話もしたくない気持ちはもっともだ。だけど僕たちは君に償いをしたい。ここに僕たちのケータイ番号を書いておいた。なにか困ったことがあったら、迷わずここに連絡をくれないだろうか?」

横山智巳の行動の意図を察した河村光一が後を引き継ぐ。

「どんな時にでも駆けつけるよ!どうかそれを受け取って欲しい!」

是永康平も必死の面持ちで僕に懇願の目を向けている。

 

「………………。」

僕は無言でノートの切れ端を受け取り、綺麗に折りたたむとズボンのポケットに仕舞い込んだ。

その様子を見ていじめっ子3人は安堵の表情を浮かべる。

僕はいうことを聞かない身体に鞭を入れ、フラフラと立ち上がると、そのまま来た道を帰っていく。

「大丈夫か?」

と三島ヒロシが僕に声をかけるが、僕はその言葉に軽く手を振り、大丈夫だと意思表示を示す。

それからはどうやって帰宅したかの記憶がない。気がついた時には自宅に戻っていた。

 

ベッドに横たわり今日1日を振り返る。

「まったくなんて日だ…。今まで生きて来て、こんな酷い目に遭ったのは初めてだ。こんなことならまだ、あのいじめっ子3人に殴られてた方がマシだよ…」

そう呟くと、疲れ果てた僕は眠りに落ちていった。

 


それからの残りの夏休みは、全て自宅で過ごした、どこにも出歩く気にならない。心配して製薬会社の仲間たちから連絡を受けるが、夏風邪をこじらしたと伝えた。

 

結局あの時の僕の行動は、三島ヒロシの行動理由が分かっただけで、それからなにも進展していない。あの時聞いた「少女拉致事件」の犯人はほぼ夏彦で間違いないと分かっていたが、どうにかしなければ…とは思うものの、身体が拒否反応をおこし、どうしてもいうことを聞いてくれない。

僕の心は完全にパンクした状態だった…。

 

 

夏休みが明け、僕の心は全快とまではいかないが、学校をサボるわけにはいかないので、無理やり登校することにする。時折、校内で三島ヒロシと立花大吾に出くわすことがあったが、彼らは僕を気遣っているようで「よう!」と挨拶するだけで、それ以上僕には関わってこなかった。彼らの行動は僕にとってはとても有り難かった。

しばらく通学を続けているうちに、僕の心はだいぶ落ち着いて来た。それを見計らい「少女拉致事件」のことを考えだすのだけど、途端に頭痛が起こり、思考を鈍らせる。どうやら僕の心はそのことについて考えるのを完全に拒否しているようだ。

だがそのまま放置しているわけにはいかない。僕は三島ヒロシに相談するか、しないかで迷い出したその頃、またもや僕の人生を変えるような事件が起こる。

 

それはある日曜日の出来事。

僕はある製薬会社の社長による「人に優しい薬」をテーマにした基調講演に向かっていた。

夏彦があまり体調がすぐれない様子の僕に気を使い、手配してくれた運転手付きの車に乗車中のことだった。

その日の明け方ごろ結構な雨量の雨が降っており、今は雨はあがっているが地面は水浸しの状態で、道路は渋滞気味だった。

少し動いては止まり、少し動いては止まりを繰り返していた僕の乗った車を、数台のバイクが路側帯を通って追い越そうとしていた時だった。動き出した車は運悪く水溜りを踏み、その数台のバイクに泥水を浴びせてしまう。

ほとほと僕はついていない…。

その時泥水を浴びせた数台のバイクには、僕の天敵である不良たちが乗っていた。

案の定、僕の車は不良たちのバイクに囲まれることになり、人気のいない場所に誘導され始めた。

狼狽える運転手を横目に、警察に通報しようと僕はスマホを取り出したが、ふと手を止めて、ポケットに仕舞い込んでいた紙切れを取り出し、そこに書かれた番号をプッシュする。今思えば、なぜそんな行動にしたのか分からない。ごく自然に体が動いたとしか言いようがない。

 

『トゥルルル、トゥルルル、ザッ。はい横山です』

我に帰った僕は、誰に電話したのか今更ながら気づき固まる。

「…………………。」

自分で起こした行動に驚き、言葉に詰まっていると。スマホの向こうの人物が声を出す。

『……美波くん?美波くんだよね!どうしたの?何かあったの?』

電話に出た横山くんの声は、とても焦っていた。心から僕のことを心配している声だった。

横山くんの心の中の誠意を見た思いがした僕は、その誠意を無駄にしないため、意を決して僕は、今の窮地に立たされた状況を横山くんに伝える。

『わかった!今すぐ行くよ!そんなに時間はかからないよ!その辺でヤツらが連れて行きそうな場所に心当たりがあるんだ。多分そこで間違いないと思う。念の為、河村と是永にも連絡するから一旦電話は切るね。大丈夫!僕がなんとかするから安心してて!』

僕の不安を吹き飛ばすように、横山くんは力強く言い、電話を切る。

 

横山くんが電話を切って間もなく、僕が乗った車は廃工場が立ち並ぶ、人っこひとり見当たらない空き地に停車させられる。

不安で泣きそうな顔をしている運転手のおじさんに、すぐに助けが来るから絶対に車から出ないでと念を押しておいた。

 

「おらっ!出てこいよ!」

「どうすんだよ!この泥だけの服!」

「窓ガラスぶち破るぞ!」

 

車は5人の不良たちに囲まれ、不良たちは口々に罵声を浴びせかけてくる。

僕たちは車の中で怯えたウサギのように縮こまっていたが、遠くの方から爆音が近づいてくるのに気づく。

その爆音の正体は1台のバイク。

あまりの音に車を囲んでいた不良たちも少し怯んでいるようだ。

その爆音バイクは僕たちの車の真横で停車して、運転していた男はヘルメットを脱ぎ捨てると、不良たちに声をかける。

「状況はだいたいわかっている、君たちには悪いことをしたと思っているが、どうかその車に乗っている人たちを許してもらえないだろうか?」

「は〜あ!?」

いきなりの謝罪めいたセリフに不良たちはざわつき出す。

いきなり現れたのいいけど、その意表をつくそのセリフに僕も呆気にとられたが、そのセリフを発した横山くんの表情は真剣そのものだった。

僕の想像では、颯爽と僕たちの前に現れた横山くんは、不良たちを薙ぎ倒し、ボロボロになりながらも、僕たちを救い出してくれるものだと思い込んでいた。

だが横山くんは腰を直角に曲げて、深々と不良たちに頭を下げている。

 

「お前はバカなのかっ!」

剛を煮やした不良のひとりが罵声を飛ばしながら横山くんのお尻を蹴り飛ばす。

前のめりに倒れた横山くんはその状態から土下座の姿勢に移し、なおも謝罪を告げている。

「おい、こいつC中の横山だぜ!」

「はあ!C中の横山だぁ?それがどうした!こいつがその横山だとしても高校に入ってから日和って大人しくなってるって聞いてるぜ!」

「そうだよ!それにこいつは今ひとりだぜ、俺たち5人に何が出来るって言うんだよ!」

ひとりの不良が不安げに叫んだが、我関せずと他の不良たちは横山くんに暴行を加えていく。

それでも横山くんは亀のように丸まったまま土下座の姿勢を保ちながら、「どうか許してくれ!」と叫び続けている。

その状況を見ていられなくて、思わず外に飛び出そうとドアに手をかけた僕の耳に、またもや遠くから近づいくる爆音が響いてくる。今度は複数台のバイクの音だ。

それに気がついた不良たちは、警戒を高めそこら辺に落ちていた木材や鉄パイプを拾うと臨戦体制を整えていく。

 

あっという間に近づいた今度のバイクは2台。

そのふたりもヘルメットを脱ぎ捨てると、土下座をしている横山くんの隣に走って行き、横山くんと同じように「許してくれっ!」と叫びながら土下座をする。

目を丸くしてその様子を見ている不良たち。

先ほど弱気を見せていた不良のひとりが、またもや仲間たちに今度は声を抑え気味に叫ぶ。

「おい、このふたり、河村と是永だぜ!」

「だからなんだよっ!」

それに応えた不良のひとりも声を抑えながら応じる。明らかに河村くんと是永くんの登場に動揺している。

「C中の三人衆が揃ったんだぞ!」

「そっそうだな。ここにあと「不動の大吾」と「謀略のヒロシ」が来たら…」

不良たちはコソコソ話をしているつもりだろうが、声はまる聞こえだ。

不良たち5人は話がついたのか、5人のうちリーダー格であろうひとりが、声を上げる。

「んんっ、まっそうだな、ここまで詫びを入れているんだ。男としてはここで許さないと器を疑われるよな。よしお前たちの有り金全てよこせっ!それで手打ちだ」

「おっおい!」

リーダー格がそう発言すると、その他の不良が焦り出す。

その焦りに反して、それを聞いた横山くんたち3人は立ち上がり、おもむろに自分たちの財布をリーダー格の不良に差し出す。

今度こそ乱闘になると思っていた不良たちは拍子抜けした様子で、財布から現金だけ抜き取り、それぞれのバイクに跨ってこの場から姿を消していった。

 

その去っていくバイクを眺めている3人に、車から降りた僕はおずおずと近づいていく。それに気づいた3人は口々に僕に声をかける。

 

「美波くん!大丈夫かい!」

「怪我はないかい!」

「遅くなってごめん!」

 

その言葉の全てに、僕への労りをひしひしと感じ、つい泣きそうになるが、堪えながら、震える声で返事をする。

「僕は大丈夫だよ!だけど横山くんの方こそ怪我は大丈夫なの?」

横山くんは照れたようにハニカミながらそれに答える。

「俺、っじゃなくて僕は自慢にもならないけど喧嘩慣れしているからね、どう殴られたら被害が最小限におさまるか分かっているから、これぐらい大したことじゃないよ」

そう答えた横山くんを河村くんと是永くんが羨ましそうに見ている。

 

堪えきれず、涙がこぼれ出した僕は心から3人に告げる。

「本当にありがとう!君たちが来てくれて助かったよ!」

僕の言葉に3人は驚いた顔でお互いを見合わせると、満面の笑みで言う。

「「「こちらこそ、連絡をくれてありがとう!」」」

3人のその言葉を聞いて、もはや涙を堰き止めていたダムが完全に崩壊して、止めるに苦労していると。近くの廃工場の影から遠慮がちな声が響いてくる。

 

「あのぉ〜」

その声に振り向くと、そこには三島ヒロシと立花大吾が立っていた。

「なんだ、君たちいたのかっ?」

横山くんが驚いている。

「僕たちが呼んだんだよ」

と河村くんが言う。

「せっかく美波くんが助けを求めてくれたのに、失敗したら元も子もないだろ?念の為だよ」

それを引き継ぎ是永くんが言った。

 

廃工場の陰から、もしものことがあればいつでも助太刀できるように様子を窺っていたのだろう…。横山くんたちとの会話に割り込むのに気を使ったのか、ふたりは遠慮がちに僕たちのそばまで来ると三島くんがこう提案してくる。

「せっかくだから飯でも食いに行かないか?」

「僕たちは大丈夫だけど、でも…」

河村くんが僕を見て不安そうな声を出す。

 

「いいね!行こうよ食事!」

僕はその日、基調講演に行くつもりだったが、今から行っても途中からの出席で講演の内容の半分も頭に入って来ないだろうと判断して快諾する。

その時の僕はとても気分が良かった。

夏彦のことも、今なら頭痛を起こさず真摯に向き合える自信がある。

きっと、心から謝罪をしようとしてくれた横山くんたち3人のおかげだろう。

3人の謝罪を全て受け入れたとまでは言えないけど、今なら3人の話を真正面から聞くことができるだろう。

……いや少し違うな、それは正確な表現ではない。僕は3人の話を聞きたたいんだ。そう思い直し、少しワクワクしながら僕たち6人は近くにファミレスに連れ立つのだった。

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