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美波雄二の記憶「夏彦の過去」

僕はふと、今から四年前、この世から消えてしまったかのように消息を絶った、東郷夏彦のことを思い出していた…。

あんな大事件を起こしてしまった夏彦だが、僕は今でも彼のことを親友だと思っている…。

世間では、東郷夏彦はもう死んでしまっていて、もうこの世にはいないのでは?と噂されているが、僕はそう思わない。きっとどこかで生きていいる。

そう確信する僕は、四年前の高校入学時の頃のことを思い返してみることにした…。

 

 

四年前の高校入学当時、僕は立花大吾のことが大嫌いだった。

彼の周りには、少数だがいつもガラの悪そうな奴らがいつも集まっているからだ。

僕の通っていた高校は超難関校だったが、ガラが悪くても頭のいい奴はそれなりにいる。その筆頭が三島ヒロシという男子生徒だった。

立花大吾の次にその生徒のことが大嫌いだった。

 

僕は小学生の時に酷いいじめに遭っている。

多数のいじめっ子たちに囲まれて殴る蹴るの暴行を受けたこともある。その時の怪我の後遺症で今でも左手の小指が完全に曲がらない。特に生活に支障をきたすわけでは無いが、当時はその小指を見るたびに胸が焼きつくような憎悪の念が込み上げてきたものだ。

いじめっ子たちから逃れるため中学は難関中学を受験して無事合格し、その後いじめっ子たちには会うことはなかった。中学入学時、夏彦とは同じクラスとなり、すぐに意気投合して親友と呼べるような存在となる。

 

彼とはいろいろなことを話した。

彼はプライドが高く他の誰にも話さなかったことでも僕には話してくれた。

どうやら彼も小学生の頃にいじめを受けていたようで、大企業の社長の次男ということで、表だったいじめの被害はなかったようだが、隠れたところで陰湿ないじめを繰り返し受けていたようだ。

そのいじめの中で、歳の離れた異母兄弟の兄がいることを誹謗されるのが、どうしても我慢ならないと夏彦は憤っていた。

彼は兄のことで誹謗した生徒を執念深く探し出し、大金で雇った男に事故に見せかけ大怪我を負わせてやったと、嬉しそうに語っていた。

中学生だった僕はまだ幼かったのだろう……、その大怪我にあった生徒と、僕をいじめていたヤツらが重なり、胸のすく思いがして、その復讐を賞賛したものだったが、今思えば空恐ろしい出来事だったとおもう。

 

その時僕は、思春期のその年頃で、歳の離れた異母兄弟の兄がいることを、あまり触れられたく無いと思う気持ちはわかるが、そこまで憤慨するものかと思い、その理由を尋ねたことがある。その時彼はポツポツとこう語り出した。

 

「僕は死んだ母さんに洗脳されているんだ…」

「え………」

「母さんは毎晩、毎晩、僕を寝かしつける時に耳元でこう囁くんだ」

「………」

「夏彦、兄さんのことは決して信用してはいけないよ。決して仲良くなってはいけないよ。あなたは兄さんをこの家から追い出さなくてはならないの。いい夏彦、約束して。必ず兄さんを追い出すことを………」

「………」

「その言葉を毎晩、毎晩。母さんが倒れて入院した病室でも毎晩、毎晩。亡くなる前の晩まで聞かされ続けたんだ………」

「………」

「それだけじゃない。僕は一度だけ兄さんと話していたところを母さんに見咎められたことがあるだ…。その夜母さんは僕の太ももを長めの定規で何度も何度も叩いたよ…。それも真っ赤に腫れ上がって血が滲み出すまで……。血が滲み出すと少し場所をずらして違う場所を同じように血が滲むまで……。僕の太ももが血だらけになるまで、叩かれ続けたよ……。もちろん必死に謝ったよ何度も何度も……。だけど太ももが血だらけになるまで叩くのをやめてはくれなかった……。」

「えっ……そっそんなぁ……」

「その次の朝から僕は高熱を出して寝込むことになったんだけど、往診に来てくれたお医者さんに叩かれた太ももを見せないようにするのに苦労したよ……。いろいろ聞かれたけど知らぬ存ぜぬを貫いたよ……。それから3日間寝込むことになったけど、母さんはつきっきりで看病してくれたんだ……。看病していた3日間ずっと泣きながら……。その3日間、僕はまた叩かれるのが怖くて一言も口を聞けなかったけど、母さんもただただ啜り泣くだけで一言も僕に口を聞いてくれなかった……。」

「そうか……そんなことが………」

「兄さんは悪い人では無いことはわかっているんだ、それどころかかなり優秀な人であることもわかっている。僕にとても優しくしてくれるし、気に掛けてもくれる……だけどどうしてもダメなんだ……兄さんと話しているとムクムクと訳のわからない憎悪と敵対心が湧き上がってくる……尊敬と軽蔑。好意と嫌悪。それが僕の中に同居していて、兄さんのことを思う度に、頭の中がグジャグジャになる……。だから兄さんのことでバカにしてきたヤツは絶対に許せなかった……。そのせいで僕はしばらくの間、もがき苦しむことになったから……」

「…そうだったんだね。君がお兄さんにどんな感情を抱いているかは想像するのも難しいけど…、頭の中がグジャグジャになるって部分はなんとなくわかる気がする…。僕も小学生だった頃は勉強に力を入れたいけど、そうするためにはいじめに耐えなければならない…そう僕も毎日グジャグジャだったから…」

「……雄二くん。ありがとう。聞いてくれて少し気持ちが楽になったよ……」

「ううん、僕こそありがとう。そんな大事な話し聞かせてくれて嬉しいよ」

 

その会話以降さらに加速して僕らの仲は深まっていく。

中学時代はほとんどの時間を彼と過ごし、いろんな事を語り合った。

特に熱を帯びたのは日本のいじめ問題だった。時にはかなり過激な発言も交わされたが、僕にとっては憂さ晴らしみたいなもので、実際に実行しようとは思ってもみなかった。彼も冗談まじりに話していたので、気にもしなかったが、今にして思えば全て彼の本心からくる発言だったことがわかる。

 

中学時代かなりの異才を放っていた東郷夏彦だったが、高校入学からさらに磨きがかかる。

彼は入学早々まわりの才能のある生徒を選別し、その選ばれた生徒たちに製薬会社の立ち上げを提案した。製薬会社といっても医薬品の開発は将来のものと見据え、まずは農薬等の駆虫薬から研究開発しようというものであった。諸外国と比べ食料自給率が著しく低い日本の農業の一助になればとの考えからだと話していた。

だが製薬会社を立ち上げるには諸々の資格が必要となる。

その資格のほとんどが大卒でなければ受験資格すらない。その点はどうするかと尋ねると。名義上は有資格者を役員に据えるとのこと、いわゆるお飾りだ。僕ら生徒の内から資格者が現れるまで開発した薬品は絶対に販売しないとの誓約書とかなり高額の契約金で打診して、その人材はすでに確保しているとのことだった。

彼が選別し話を持ちかけた生徒は医者や医薬品研究者を志すものがほとんどだった。しかも役員報酬まで提示され、将来の学費のことも考えたのか、いつの間にか彼らは夏彦の話を身を乗り出して聞き入っていた。

会社経営といっても、学生でいるうちは、真面目に取り組んでもらえるなら部活動の感覚で携われば良いとの話もあり、話を受けた生徒たちは数回の話し合いの結果ほとんどが起業に参加することとなった。

 

僕もその時、監査役として役員の一人となっていた。

後に日本を震撼させたあの事件を引き起こすとは露にも思わずに………

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