蒸気の鼓動—動力時代、本格始動
鍛冶場の片隅。真新しい鉄製のフレームが、ゆっくりと蒸気の力で動いていた。
「動いた……! ついに、旋盤が完成だ」
ユウトは思わず声を上げた。蒸気を用いた回転動力で、金属を滑らかに削る機械。精密な軸や歯車を自作するためには、どうしてもこの「工作機械の中核」が必要だった。
足踏み式や手回しでは精度に限界があった。だが、これからは違う。
蒸気の鼓動が、技術の壁を打ち破る。
これで、より複雑な構造をもつ蒸気機関のパーツも量産できる。量産――それは、この世界における技術革新の鍵だった。
村の広場。鉄路の上で、蒸気トロッコがゆっくりと走り出した。
「貨物用軽量機関トロッコ第一号」とユウトが呼ぶそれは、小さな蒸気ボイラーを搭載した原始的な機関車だった。積んでいるのは、鉱石や木材といった大量の資材。
「うわあ……牛車何十台分もあるぞ!」
「あれ、ひとりで動かしてるのか?」
ざわめく村人たちを前に、ユウトはうなずいた。
「これが“動力”ってやつだ。蒸気の力を、運ぶ力に変えたんだ」
鉄道――それは、遠く離れた村や鉱山、そしていずれは王都までも繋ぐ夢の道となる。
数日後、川辺にて。
「この川幅と流れなら、小型の蒸気船も現実的だ」
クロエの報告を受けたユウトは、蒸気船用の設計図を広げる。外輪を備えた、浅瀬でも進める平底船。それは単なる輸送手段にとどまらず、軍事や避難にも大きな意味を持つ。
「じゃあ、造船計画も始める?」
「もちろん。……船大工も、育てなきゃな」
鍛冶場では、旋盤を使った金属加工が始まっていた。
パーツの精度は格段に上がり、脱穀機や蒸気ポンプ、作業用ウィンチなど、生活や農業を支える道具が次々と生み出されていく。
給水塔へと水をくみ上げるポンプにも、蒸気の力が使われた。もう人力に頼る必要はない。
村のあちこちで、蒸気の音が響き始めていた。
シュウウウ――。
それは、変化の音だった。
夜。ユウトは工房の屋根に寝転がり、静かに空を見上げた。
星々の瞬く空の下、どこかで蒸気のリズムが響いている。
「ようやく……ようやくここまで来たか」
あのとき試作した小さな蒸気機関。火薬もろくに手に入らず、燃料にも苦労し、道具も材料も足りなかった。
それでも諦めなかった。
旋盤ができた。機関車が動いた。船も走る準備が整ってきた。
「次は――『移動』の自由だ。人と物が、縛られずに世界を行き交う未来を」
そのために、線路を敷こう。蒸気の船を造ろう。今度は、遠くへ向かう番だ。
ユウトは、ゆっくりと目を閉じた。重なる鼓動の中に、確かに聞こえる。
世界が、動き始めていた。