鉄と炎と、国家の影
蒸気技術の導入によって、領地の生産性は確実に向上していた。しかし、新たな課題が浮上していた。
「……鉄が足りない」
ボイラー、ピストン、歯車、トロッコの車輪。すべてに鉄が必要だった。だが、この領地には鉄鉱石の採掘技術も、精錬技術もまだ不十分だった。
「原始的な炉じゃ不純物が多すぎる。せめて“たたら製鉄”から始めるべきか……」
知識はある。だが、それを現実に落とし込むには時間と労働力、そして──覚悟がいる。
粘土で囲った炉に、砂鉄と木炭を交互に入れていく。温度管理は難しく、空気の送風は“ふいご”という原始的な装置で行うしかなかった。
村人たちは興味津々というより、怪訝な顔だった。
「本当に、こんな土の山で鉄ができるのか?」
「一日中風を送り続けて……それでやっと“鋼”になるんだとさ」
「でも……あの人が言うなら、たぶんできるんじゃないか?」
──そう言ってくれることが、今の俺には救いだった。
長時間に及ぶ送風と焼成の末、炉を崩すと、中から黒く重たい塊が現れた。
「これは……鉄か?」
「いや、鋼だ。これがあれば、もっと強い工具も、もっと精密な機械も作れる」
村の男たちは歓声を上げた。子どもたちの目は、まるで宝石でも見つけたように輝いていた。
技術の種が、確実に根を張っている。
だがその夜、領地に一本の使者が訪れた。王都の紋章を掲げた騎馬が、音もなく門の前に現れたのだ。
「“技術の使い手”に通達がある。我らが王、バルシュタイン陛下が──お前の技術を視察したいと仰っている」
名目は“視察”だが、実質的には召喚命令。拒否すれば反逆とみなされかねない。
クロエが口をとがらせる。
「いきなり来て何様のつもりよ……!」
「でも、無視するわけにはいかない」
王都は、魔法と貴族制度の象徴。そんな場所で、“魔法を使わない技術”がどう扱われるか……わかりきっている。
夜の工房で、鉄くずを手に考える。ここまで育ててきた領地を守りたい。でも、俺の技術が脅威とみなされれば、王都の圧力は計り知れない。
技術は、誰かを救うためにあるのか。それとも、誰かを傷つけるために使われるのか。
「……行くべきだ。俺は逃げない。逃げたら、技術の価値まで否定することになる」
蒸気がうなる機関の音を背に、俺は立ち上がった。