蒸気と動力の時代
スキルが進化してから、俺の頭の中には次々と新しい知識が流れ込んできた。
ピストン運動、圧力容器、安全弁、ボイラー構造……。機械の基礎にして工業化の象徴、蒸気機関の設計図が、まるで思い出すように浮かび上がる。
「これは……まさに“動力”の目覚めだ」
水と火、それに少量の鉄があれば、動力を生むことができる。これまでの人力や家畜頼りの作業から、俺たちは解放されようとしていた。
早速、初の蒸気機関の試作に取り掛かった。だが、知識はあっても材料や設備は不十分。錬鉄の精度も、鋳造技術もまだまだ粗い。
「いけるか……? 点火!」
ドンッ!!
……爆発した。
「ちょっと! また村の柵が吹っ飛んだんだけど! これで三度目!」
クロエが怒鳴り込んできた。口は悪いが、村のまとめ役を買って出てくれている頼れる存在だ。
「いや、必要な失敗だ。これがないと、次に進めない」
「そう言って毎回爆破する気じゃないでしょうね!?」
試作を繰り返しながら、徐々に最適解が見えてくる。水を沸騰させ、圧力でピストンを動かし、その往復運動を歯車で回転力に変換する──このシステムが完成すれば、労働効率は何倍にもなる。
完成した最初の実用蒸気機関は、水汲みポンプとして使われた。
これまで時間と手間がかかっていた井戸水の汲み上げが、ボイラーの火を焚くだけで可能に。灌漑用の導水システムも本格的に稼働を始め、農作業の効率は飛躍的に上がった。
水路の管理をしていた老人が目を見開く。
「……こりゃあ人の仕事じゃねぇ。魔法か?」
「違うよ。これは“技術”だ」
次に着手したのは、蒸気トロッコ。資材や作物の運搬に、どうしても長距離の移動手段が必要だった。
簡易的なレールと小型の蒸気車輪台車を整備し、試験運行を実施。エンジンの音が領地に響き渡ると、子どもたちが駆け寄ってきた。
「すごい! なんか走ってる!」
「これに乗って、村の外まで行ける?」
「いずれはな。もっとでかいやつも作るつもりだ」
蒸気機関の噂はすぐに周辺領主にも届き、興味本位で数名の使者が視察にやってきた。
彼らは蒸気ポンプやトロッコ、簡易の織布機などを見て、目を見開く。
「これは……本当に魔力を使っていないのか?」
「一滴も使っていません。燃料と水だけです」
「バカな……魔法の代わりになる技術など、今まで存在しなかった」
彼らは口々に言うが、その目には明確な焦りと欲が混じっていた。
視察の帰り、ひとりの使者がそっと耳打ちしてきた。
「貴方の技術は、いずれ王都を揺るがします。……気をつけてください」
王国はまだ静かだ。しかし、異物を排除しようとする力が水面下で動き始めているのは間違いなかった。
「構わない。俺たちは進む。止まっている暇はない」
蒸気が吐き出す白煙の向こう、未だ見ぬ“次の世界”が俺を呼んでいる。