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夢オチ絶許主義

「──ね、おじさん」


 静かにジャズの流れる、いい雰囲気の喫茶店。

 木製のテーブルをはさんで腰掛けた少女は、手にしたカプチーノの泡向こうから問いかけてきた。


「ラフレシアは好き?」


 長い黒髪の真ん中(センター)分けから、のぞく広い額が聡明さをかもすブレザー姿の美少女は、その見た目からいちばん遠い場所に咲く花の名前を口にしていた。


「──ラフレシア? 世界最大のあれのことかい?」

「うん。ポケモンもキレイハナよりラフレシア派だけど、それじゃなくて本物のほう」


 対する白髪交じりのおじさんは、ブラックコーヒーの湯気で曇った金縁の丸眼鏡を気にするそぶりもなく、淡々と答える。なお、誤解なきよう記しておくが、ふたりは実の姪と叔父であり、なんらかのやましい関係性ではない。


「あれを好き嫌いの評価軸上に置いたことがないよ」

「ならいま置いてみて」

「なぜに?」

「だって、あの見た目なのに花言葉は『夢現(ゆめうつつ)』なんですよ。かわいくないですか? ギャップ萌えしますよね? なのに、学校じゃ誰も同意してくれなくて」

「なるほど、そういうことか」


 確かに、ラフレシアを可愛いと思う女子高生というのは、なかなか感性が尖ってる。

 世の中にはいるかも知れないけど、同じクラスに二人以上いることはないだろう。


「ゆめうつつ、ねえ……」


 ともあれ。かわいい姪っ子たってのお願いに、おじさんはコーヒーカップをいったん置いて天井を仰ぎながら、かの赤い異形の寄生花を脳のセンターに鎮座させてみた。


 ──しばし沈黙の後、彼はおごそかに口を開く。


「たしかに。悪い夢のなかで咲いていそうだ。作中でそういうシチュエーションがあれば、使ってみても良いかもしれない」


 そして小説家志望らしい感想を述べると、再びコーヒーカップに手をかける。


「好きかどうか聞いたのに、答えになってない」

「気付いたか。さすがに鋭い」

「でもラフレシアの出てくるお話は読んでみたいです。ちなみにそれって、やっぱり夢オチ?」

「いいや。夢オチは絶許(ぜつゆる)だ」

「絶許って声に出してるひと初めて見た……」

「いいかい。夢オチは最後まで読んでくれた読者への裏切りであり、主人公や登場人物全員への裏切りでもある。ゆえに絶対に許されない。絶許だ」


 いつになく真剣に語るおじさんだったが、姪っ子のいつも以上にスンとした表情をに気付くと、あわてて方向転換する。


「夢オチといえばあれだ。世の中にあふれる異世界転生モノが、ぜんぶ夢オチだったら怖いよな」

「どゆことですか?」

「ほら、ああいうのってたいてい、冒頭に主人公が死んじゃうだろ。それが実は意識を失ったまま生き延びていて、異世界の話はぜんぶ集中治療室のベッドの上で見てる夢なんだ」

「なんですかその夢も希望もない話」

「夢だけにな」


 姪っ子、「ふう」とわざとらしく溜め息ひとつ。からの。


「自分が変なプライドで異世界転生モノ書けないから、そういう妄想で憂さ晴らししてるんじゃないんですか?」

「息を吐くように言葉のナイフで他人の心臓をめった刺すのはやめなさい」

「他人じゃないし」

「いや、そういうことじゃなくて」


 結局、今日もおじさんはこの姪っ子に敵わないのだ。


「ふふ。でもじゃあ、この現実もおじさんの見てる夢かも知れないですね」

「これが夢、かあ」


 少年時代に夢見た小説家には未だなれず、WEBのライティングで湖口をしのぐ日々。

 あのころの仄かな初恋(かたおもい)の相手を、弟が結婚相手として連れてきて、生まれた姪っ子はなんだか自分になついている。


「だとしたら、それは悪夢だな」

「悪夢、なんだ。それじゃあ、早く目覚めたい……?」


 飲み切ったカプチーノを机に置いて、義妹(あのこ)のあのころそっくりの姪っ子は、空のカップに目を落とす。


「いいや。言ったろ、夢オチは絶許だ」


 おじさんは即答していた。

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