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FAST&FIRE

作者: 赤城康彦

!!!いささか下品な表現があります。ご注意を!!!!

 ハイウェイを疾走する、赤いNSX TypeS-ZERO。

 くうを揺るがす3.2リッター、V6V-TECの咆哮。

 吹き飛ぶ景色。コクピットの中は緊迫した空気と、鉄の野獣の雄叫びに包まれて。ドライバー、シンスケ・キリュウはステアを握りしめ、アクセルを踏んだ。

 ナビシートに座るのは、目にかかるロングの黒髪を鬱陶しそうに掻き分けるチャイニーズ・アメリカンの女、クリスタル・ロン(龍)。額には汗が吹き出て垂れ落ち、高く整った鼻柱から汗が一滴唇の上に落ち、それを舌で舐めとる。

 手には拳銃。

 太陽はてっぺんまで昇り、下界を照らし見下ろす。

 陽光に照らされ、NSXのレッドカラーがひときわ輝く。

 シンスケはミラーを覗いて、「糞が」と忌々しそうにつぶやく。

 高速でアミダクジを引くように、一般車を右に左に避けながらドライビング。タコメーターの針はつねにレッドを刺したそうに、ぶるぶる震え上に下にと身もだえしている。

 やや道がすいた。いけ、とシンスケはギアを5速に入れた。タコメーターの針は、吸い付くようにレッドを刺し、すかさずギアを6速に入れた。

 リアタイヤは地を蹴り、さらに加速。と思ったら、一般車の群れ。まるでキャラバンだ。

「ファック!」

 今度は忌々しそうにクリスタルがつぶやいた。

 咄嗟に後ろを向こうとするが、肩を締め付ける四点式シートベルトに抑えられ、それにくわえ、リアガラスは狭くエンジンが後ろにあるためエンジンフードが高く、リアスポイラーに視界を隔てられ、なんと後方視界の悪いことか。おかげで、少ししか後ろを見ることが出来なかった。

 しかも二人しか乗れない。こんな不便な車をありがたがって乗り回す阿呆がこの世にいるのが、不思議でならなかった。同じホンダなら、カブに乗ればいいじゃないかと思う。カブの方がどれだけ社会に貢献していることか。

 が、世の中には、カブでは満足できない、カーキチ○イがいるものだった。シンスケもそのひとりだった。

 そして、後ろから追って来るダッジバイパーGTSのドライバーもそのひとり。二本の白い縦線の入ったブルーカラーのこのマシン、517馬力を叩き出す8.3リッターV10エンジンは爆発するような爆音をとどろかせ、風を打ち砕きNSXに迫ってくる。

「HAHAHA! 逃げろ逃げろ!」

 アメリカンのドライバー、ジェフリー・ダーマインは野獣のように叫んで、このチェイスを愉しんでいるようだった。

 ドラテクもまずくない。ちょっと間違えば、すぐにどこに吹っ飛ぶかわからないじゃじゃ馬のアメリカン・マッスルカーを、手足のように操り、しっかりと地に足ついたドライビングを心がけていた。ドラッグのみならず、ガールフレンドの妹と姉と、弟に対する強姦殺人がもとでチームを解雇されレースの世界からも追放された、プロレーサー崩れのジェフリー・ダーマインは、刑務所を脱走しいまは裏の世界の組織「JWG」に雇われた殺し屋として、アンダーグラウンドの世界の住人として生きていた。

 シンスケはいいとばっちりだ。パーキングエリアでひと休みのところを、突然クリスタルに車内に飛び込まれ銃を突きつけられて、「運転しろ!」と脅され、今に至っているのだった。

 クリスタル・ロンは、裏の組織と戦う武装NGO「NFS」のメンバーの一員で。ジェフリー・ダーマインを退治すべく戦っていたのだが敗れて追われていたところを、シンスケのNSXに飛びこんだという次第。

 鋭いながらも輝く瞳が印象的な、ロングヘアのなびくのもさまになるエキゾチックな美女が突然NSXに飛び込むという漫画でしかありえないようなことに、シンスケは驚いたが、これは残念ながら現実なのだ。

 NSXをこよなく愛し、ハイウェイをかっ飛ばす走り屋のシンスケ。この漫画みたいな展開に非常に驚きつつも、これこそ漫画のようなありえない走りでもかまさない限り、ダッジ・バイパーからは逃げられそうになかった。

 さすがプロレーサーだったというべきか、ありったけのテクをもってNSXを走らせようとも、ダッジ・バイパーは少しも離れない。

 クリスタルは拳銃を握りしめ、しきりに後ろをうかがっている。機会があれば拳銃をぶっ放してやりたいが、シンスケは前へ前へと走ってばかり。

「なんとかしないと、あたしら殺されるよ!」

 NSXのサウンドに負けじとクリスタルは叫ぶ。シンスケは額に脂汗を浮かべ、舌打ちする。

「んなこたあわかってらあ!」

「あいつ両刀だから、あたしはおろか、あんたのケツの穴もどうなることか」

「む……」

 話を聞いて、全身が寒くむずがゆくなる。 

(カマ掘られて、殺されるってのか。冗談じゃない!)

 どうにかせんといかんな、とシンスケは意を決し、

「おい!」

 と咆えた。

「銃は撃てるか!」

「あたぼーよ!」

 とクリスタル意気揚々と拳銃を掲げる。

「よーし、オレが『いけ』と言ったら、撃て。いいか!」

「この車後ろ振り返れないのに、どうやって撃てってのよ!」

「いいから言うとおりにしろ! 死にたくねえだろ」

「死にたくないけど、それ以上にあんな悪漢生かしちゃおけないわ!」

「ならなおさら言うことを聞け!」

 シンスケが何を企んでいるかは知らないが、そこまで言うなら、クリスタルも意を決しうんと頷いた。

 大きく深呼吸した。空気が全身を巡るようだった。

 NSXは目一杯叫んで地を蹴り、突っ走り。右に左に一般車をかわしてゆく。ダッジ・バイパーもそれに続く。

 ハイウェイはビルの林立するコンクリートジャングルの間を縫うように走り、右に左にとうねうね曲がりくねってもいた。そのコーナーごとに、ブレーキを踏みながらかかとでアクセルを煽るヒールアンドトーで回転をあわせながら、シフトチェンジ。マシンのサウンドはエンジン同様のピストン運動をしているようだ。

 二台のマシンは風を打ち砕き、互いの咆哮をないまぜにしながらぶつけ合い、全てそこのけの勢いと、爆音を轟かす。

 が、走るうちに一般車のキャラバンは途切れ。クリアな視界が広がる。目の前には大きなガラス張りのビルが立ちはだかり、ハイウェイはそれを避けるように左へと曲がっている。

 しめた! とシンスケはラインを右に寄せながらコーナーへと一気に加速させる。アクセルを踏む。コンクリートウォールがグングン迫る。

「え、ちょっとここは減速でしょう!」

 まさか勝てぬと悟り、日本人特有の、自決というものでもするつもりか。と焦ったクリスタルだが。シンスケの目は鋭く、真剣そのもの。いつの間にか、左手はサイドブレーキに伸びていた。

「HAHAHA! クラッシュか!」

 馬鹿笑いのジェフリー・ダーマインは巻き添えを避けるためブレーキを踏んで、距離をとる。

 シンスケ、ミラーを一瞬のぞき。ステアを左に回すとともにブレーキング。荷重は前のめりになり、リアが浮き上がろうとするのを感じて、サイドブレーキをがつんと引いた。

 リアタイヤはロックし、回転をやめ。前に進む力は一気に殺され、左に回ろうとするスピン慣性の力がNSXをスピンさせようとする。

 刹那、クリスタルははっとひらめき、左手に銃を持ち替え。車窓から拳銃を握る左腕を伸ばし、右腕で肘を押さえる。

「わぁーっつ!?」

 あ、まさか、と思っても遅かった。

 スピンしたNSXは左サイドの横っ腹をダッジ・バイパーに見せつけるが、それとともにしっかりとこっちを向いた銃口。

「いけー!」

 と血を吐くように叫ぶシンスケ。

 銃口に光閃き。フロントガラスに蜘蛛の巣のようなひび割れが走りその真ん中には、小さい丸い穴。そしてジェフリー・ダーマインの左肩に命中。肉を弾き、血が一気に吹き出る。

「Nooooぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 絶叫。

 コントロールままならず、ダッジ・バイパーはまっすぐにコンクリートウォールに突っ込んで。クラッシュ。

 その間に、シンスケはサイドブレーキを下ろし。アクセルを一気に踏みつけリアタイヤを泣かせて回らせ、ぐるりとサブロク(360度)ターンをかまして。一気に逃げ去った。

 いかにダッジ・バイパー頑丈だとて、ダメージは避けられず。フロントノーズが凹んで、その凹みがエンジンのどこかをこづいたらしい、ボンネットの隙間から一気にオイルと煙が熱泉のように吹き出て。衝撃でピンボール弾のようにコンクリートウォールに弾かれて、スピンしながらあっちへごっつんこっちへごっつん。そのたびに、哀れダッジ・バイパーは一気に老人へと老け込むかのように、ボディのあちこちに皺をつくっていった。

 ジェフリー・ダーマインは中で悶絶し、気絶。生きているのか死んでいるのか……。

 NSXが遥か彼方へ消え去ったのを見届けることは出来なかった。

「よっしゃー!」

「やったわね!」 

 シンスケとクリスタル会心の叫び。 

 余勢を駆ってハイウェイをひたすら激走。

 助かった、という開放感がなによりも快感だった。

「これで、オレは自由だな」

 と言うシンスケに、クリスタルはくすりと微笑み、

「いいえ」

 と冷たく応えた。

「な、なんで。どういうことだ!」

 もう危ない橋は二度とごめんだと思っていただけに、シンスケの驚きひとからならぬものがった。が、当然とクリスタルは微笑んで言う。

「もうあなたはどっぷりと私たちに関わっちゃったから、これからもお付き合い願いますわ」

「マジかよ!」

「マジよ」

 驚きとともに、アクセルを踏む足から力が抜ける。気がつけば、NSXはまあまあと言いたそうにさえずっている。

「あたし、彼女になったげるからさ。観念しなさいよ」

「ええー」

 ちらっと、クリスタルを見た。

 確かに、クリスタルはエキゾチックな美人だ。彼女になってくれるなんて、願っても無いことだし夢のようだ。が、しかし。

「でも滅茶苦茶やばいんだろー」

「大丈夫よ。手取り足取り、戦い方を教えてあげるから」

「そういう問題じゃねえよ」 

 これはえらいことになった。

 美女を得ると引き換えに、平穏な日々を捨てるのだ。

 シンスケはこれからのことを考えると、不安がいっぱいだった。それになんて現実離れした現実だろう。

「こんなのは、漫画の中だけでたくさんだ!」

 と叫ぶその横で、

「うふふ」

 と艶然と微笑むクリスタルに、何もかもが握られていることを嫌でも悟らなければならなかった。

 

終わり

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