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離島

「館までご案内いたします。こちらへどうぞ」

 荒木さんの案内に従って歩く。館は立派に違いない。島の大きさからも期待できるし、館までの道は石畳で舗装されていた。石畳は年季が入っている。

「これから皆さんをご案内する館は少し変わっております」

「どこが変わっているのかしら?」と酒井さん。

「皆さん、このバカンスに応募時の条件を思い出してください」

「確か『姓名いずれかに春・夏・秋・冬の文字が入っていること』だったよな? まあ、誰かさんに勝手に応募されてたけどな」

 夏央はまだ根に持っているらしい。まあ、無理もない。

「さようでございます。その条件には理由があります。館には、『春の間』、『夏の間』、『秋の間』、『冬の間』という、四つの間がございます。それにちなんで、そのような応募条件が付けられたのです」

「なるほど。して、荒木殿、あとどれくらい歩くのかの? この炎天下の中、これ以上歩くのは老体には厳しいわい」


 太陽は無慈悲に僕たちを照り付けている。漁船の時はこんなに暑く感じなかった。恐らく風のおかげだったに違いない。

「もうすぐ見えてまいります」

 そう答える荒木さんも黒いタキシードのせいか、額から汗が滝のように流れ落ちている。


 しばらく歩くと、館の上部が木々の間からちらちら見えはじめた。

 外観は洋風にも見えるし、和風にも見える。知識のない僕には、よく分からない。

「和洋折衷建築か。中々立派なもんじゃないか」

 磯部さんが目を細めて言う。僕よりかなり建築に詳しいに違いない。建物にも和洋折衷があるなんて知らなかった。和洋折衷といえば料理しか思い浮かばない。反射的によだれが出てくる。違う違う、料理じゃなくて建物だ。


 僕はよっぽど、あほ面をしていたに違いない。磯部さんが僕を見て説明を続ける。

「和洋折衷建築はな、幕末の横浜にルーツがあるんだ。明治維新後に各地に広まってな、有名どころで言うとそうだな、千八百八十二年に建てられた『第一国立銀行本店』なんかだな。小僧、知ってるか?」

「いえ、初めて知りました。とても博識なんですね」僕は素直に感心した。やっぱり、年長者だけあって知識が豊富だ。


「まあな。小僧はもう少し勉強すべきだな。世界は広いぞ。『井の中の蛙大海を知らず』ではいかんぞ」

 磯部さんがそう言った時だった。荒木さんがムッとした表情で言った。

「それは間違いでございます。『第一国立銀行本店』が建てられたのは『千八百七十二年』でございます」

「それはお前の記憶間違いだろう。俺が言うんだ、間違いない!」

 磯部さんは火山が爆発したかのように大声で言い返す。怒りのあまり胸をそらしているので、アロハシャツのボタンがはち切れんばかりだ。

「それはあり得ません。私は執事をする前は、建築業界におりました。自信がございます」


 普段は冷静そうな荒木さんがここまで取り乱すのは珍しいに違いない。このままでは二人の言い争いは納まりそうにもない。その時だった。


「その執事さんの方が正しいぜ! 『第一国立銀行本店が竣工したのは、千八百七十二年の六月である』。今の時代、ネットっていう便利なものがあるんだぜ」

 暁はスマホを水戸黄門の印籠のように突きつけた。

「それは、その、えーとだな……つまり、誰にでも間違いはあるってことだ」

 磯部さんはしどろもどろに言った。酒井さんが「いつものことよ」と僕の耳元でささやいた。

 そんなことをしているうちに、館にたどり着いた。

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