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六日目 1/2

【六日目】


 締め切り当日。担当の(さかき)が妙に調子の良さそうな顔で家にやってきた。

 なぜこいつはこんなにも楽しそうなんだ。僕が眉を(ひそ)めていると、


「文句もなんだかんだと言いましたが、先生がどんな“結末”を用意するのか、内心では非常に楽しみにしていました」


 と、浮き浮きとした調子で答えた。

 ……すっかり忘れていた。こいつは担当編集という仕事の傍ら、僕の作品を一個人として楽しんでくれているのだった。


 だが、その楽しみにしてくれているシナリオは結局、“七夜(ななや)”の時点で採用されないことに決まったのだ。

 仮に今日見せるシナリオが彼に承認されたところで、僕自身がそれを拒否しなくてはならない。

 担当の榊からすれば、まるで訳の分からない行動だろう。


 どうせ捨てなくちゃいけない原稿ならば、いっそ、榊には締め切りまでに“思い付かなかった”ことして……


「……先生? 菅生先生、どうしたんですか、ぼーっとして」

「え、あ、ああ、ごめん。ちょっと頭痛がしてね」


 本当は腹痛を起こすことの方が多いんだけども。


「それは大変ですね、頭痛薬でも買ってきましょうか」

「いや、いいんだ。それよりも」


 結局、僕は机の上に置かれた原稿用紙を渡すことにした。

 首を傾げていた榊はそれを受け取ると、「どれどれ……」と呟きながら原稿用紙に目を通し始めた。


 ………………

 彼がそれを読んでいる間、しばし沈黙が流れる。

 お互い、咳きの一つも漏らさなかった。

 僕は無言を続ける裏で、ハッピーエンドについての思案を巡らしていた。


 “七夜”が要求する“七夜にとってのハッピーエンド”。彼はあくまでそれを固持するが、では一体どのような結末を辿れば“ハッピーエンド”なのか。


 それを望む本人に訊ねてみても答えは返ってこなかった。たしかに小説家は、自分自身で物語を作り出す職業だが、それにしたってヒントが少なすぎる。

 このままでは、あれやこれやと考え抜いたところで、“七夜”に全て却下されてしまう。無意味に時間を浪費するだけだ。


 その頃にはミツコも憔悴(しょうすい)しきってしまい、僕より先にこのふざけたいたちごっこから脱落してしまうかもしれない。

 …………おいおい小説家。冗談でもそんなことを考えるんじゃない。ミツコをなんとしてでも助け出すんだ。


「ふぅあ……ふ、ふぅぅああ!」

「…………ん?」


 いつの間にか読み終わった榊の変な声に、僕の思考は中断された。

 後に、それは感動の咆哮だったのだと知らされる。


「ふぅぅぁ…………す、素晴らしいです!!」

「……え、そんなに?」

「はい! ええ全く以って素晴らしいの一言です! やっぱり、先生はなにを書かせても泣かせてきますねぇっ!!」


 そう言って、榊は涙を流していた。


 その反応を見て、……困惑する。

 “七夜”を納得させるために書いた結末だが、当人にはこれではダメだと却下された結末。

 正直に言えば、僕も半ば投げやりに書いた節があるので、クオリティの面にはあまり自信がなかったのだ。


 ……しかし、榊はこれを良しとした。涙まで流して。

 もしや、これが僕の作品を読んでくれた読者が示す通常の反応なのか……!?


(…………なわけないか)


 榊が少しズレているのは百も承知だ。それに担当という立場も相まって、僕を過剰に褒めてくれているだけだろう。


「……それで、どうなんだい。これ」


 手にした原稿用紙を、空中でぺらぺらと泳がせる。


「あ、はい。七夜の物語をあんな形で終わらせるとは思いもしませんでした。素晴らしい、素晴らしいんですけども…………」

「……採用はできない、と」

「……ええ」


 榊は僕が機嫌を悪くするとでも思ったのか、ちらちらと僕の顔色を窺っていた。

 もちろん、今更、不採用になったところで悔しがったりはしない。昨日の時点から、これは没になる運命だったのだ。


「そうか」


 と、短く返答して、僕は仰向けに倒れた。昨晩の疲労感がまだ抜け切っていない。

 もういっそ、このまま眠りについてしまおうか――そんな風に思っていると、


「“七夜”にとっての“ハッピーエンド”って、こうじゃないと思うんですよ」


 榊が神妙(しんみょう)な様子で話し始めた。

 相手が喋り出したので、仕方なく僕も体を起こして榊に向き直る。


「……素晴らしいんじゃなかったのか?」

「素晴らしいんですけど、これが“七夜”にとって幸せかと考えると、そうじゃないような……」


 榊は「うーん」と唸りながら、黙考する。


「最初に先生はこの作品の結末を“バッドエンド”に変えたいって言いましたよね」

「あ、ああ……そうだったような気がする」

「でも、この話、主人公の友樹からすればバッドかも知れませんが、七夜視点ではそうじゃない」

「まぁ、そうなるように書いたから」

「だからと言って、七夜にとってハッピーかといえば、そうじゃないと思うんです。つまり、どっちつかずのような……」

「お前、さっきは滝のように涙を流して絶賛していたじゃないか! あの感涙は嘘だったのか!?」

「いやいや、物語としてはこれはこれで素晴らしいんですよ! ただ、先生が言う七夜が報われるような結末かと問われれば、違うと思うんで……」

「…………」


 ややこしいな。

 榊が言いたいことはつまり、七夜にとって真の幸せは復讐を成功させることではない、ということだろう。

 でも七夜は、作中で自分の幸福を自覚するような台詞を吐いているはずだ。もちろん、そんな台詞を吐かせたのは僕だけど。


 これが読者である榊には不自然に思えたのかもしれない。……もしかしたら、電話の方の“七夜”も。

 ということで、疑問を率直にぶつけてみる。


「じゃあ、どんな結末なら、七夜は幸せになるんだ」

「そうですねぇ、結末はやっぱり先生の原案が一番しっくり来たんですよ」


 ……ん?


「というわけで、『半透明の生者』の結末に“変更はなし”! 異議は認めません、以上」

「…………そ、うか」


 ……もう反論する気力がない。というか、する必要もないか。

 結局、幸せってなんなんだろうなぁ……


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