十七日目 エピローグ
【十七日目】
俺宛てに茶封筒が届いた。
分厚いそれを受け取って、怪訝に思いながら発信人を確かめる。
「……」
そこには“菅生○○”という氏名が書かれていた。
「…………」
開封する。
中身を覗くと、原稿用紙の束が封入されていた。
一番上の一枚を取り出して、紙面を見る。
『半透明の生者』……はっきりとそう記されていた。
(完成したのか)
粗末な寝台の上に封筒をそっと置いた。すると、ガサリ、と音を立てて封筒からなにかが落ちる。
「……?」
落としたそれは、同封されていたらしき手紙だった。
丁寧に折り畳まれていたそれを広げて読む。
「…………」
その手紙に認められた前半の内容は、はっきりとは覚えていない。ありきたりな言葉や変な社交辞令が書かれていた気がする。
誰の人生だって辛いんだ、とか、そんな内容だ。覚えていないが、欠伸が出そうな文章だった。
…………
結局、『半透明の生者』は原案を書き進めたものを出版したそうだ。
“七夜”は元気にしているだろうか。
彼は、かつての俺の友人に似ていた。境遇や苦悩、口調や思考が、まるで生き写しかクローンを思わせるほどに。
……そんなことを思いつつも、俺は友人だった彼を、実はよくは知らないのかもしれない。表面だけを見ていたのかもしれない。
だけど、だからこそ彼を……七夜を助けたいと思った。
彼が好きだった“菅生先生”その人の手によって生まれた“彼”を、助けてやりたいと思ったのだ。
溜め込んでいた悲しみや怒りを、せめて愛読していた小説の中でだけでも晴らしてやりたかった。
何が幸せかなんて分からなかった、だけど、生きていてほしかった。
昔も今も弱い俺が願えることなんか、それ位しかなかった。
そのためとはいえ、菅生先生には、申し訳ないことをした。
…………
他の内容に目を移せば、俺のせいで色々と大変だったという報告も書かれていた。
あの猫をどれだけ可愛がっていたかということも書かれていた。
そんな文章を読み進めていく内に、不意に目を瞑りたくなった。
今更になって、俺は手紙を読む視線を外そうとした。
ただ、最後に一言だけ。
“亡くなった天城くんに、この作品を捧げる”と、そう書かれていたのを見て、
視界は滲み出していた。
*
「にゃー!」
「ははは、ミツコ、それそれ~、ははは!」
「にゃー! ……にゃー!」
「こらこら、ははは、膝元で暴れるなよ~ははは!」
「先生……ペットと遊んでいないで、さっさとコラムの原稿を書き上げてくださいよ」
「嫌だね!! 僕はミツコと離れ離れになっていた空白の期間を埋め合わせるのに忙しいんだ、帰れ!!」
「菅生先生から小説を取ったらなにも残りませんよ!?」
「ミツコがいる」
「にゃー!」
「はぁ……東尾さんは驚異的なスピードで次の新作を執筆しているそうですよ。あの人を見習いましょうよ、あくまで小説に対する熱意だけ」
「ふむ。……じゃあ、新作でも書くか」
「え、マジですか。どんな内容で?」
「んー、ある小説家が愛猫を拉致されて、挙句に、犯人から新作の物語を書き換えろと脅される話」
「ノンフィクションじゃないですか!! ほほぅ、それでタイトルは!?」
「タイトルは――――」
「ハッピーエンドが書けない理由――――はどうかな」




