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雨の日  作者: 電撃乙女
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出会の雨


頭が痛い。

雨の日はいつも低気圧による偏頭痛で悩まされる。

布団の中で起きたくないという気持ちとスマホに入っている通知のチェックをしたい気持ちが交差する。

眠い目を擦り、ロック画面を見るといつもいく喫茶店のマスターからLINEが入っていた。


『今日は雨が降ってるから空いていますよ』


淹れたてのコーヒーの写真も添付してある。

一気に目が覚め、大きく伸びをしてから布団を出た。

書斎からパソコンとメモ用紙、筆記用具をカバンに詰めて身支度をする。


高校生の時、趣味で始めたWeb小説がきっかけで小説家の端くれになった私はここの喫茶店「市川珈琲」でよくコーヒーを飲みながら仕事している。

なぜだかここのコーヒーはとびきり美味しいのだ。

なんと家から徒歩5分!好立地である。


「おはようございますー」

からんからんと、懐かしい音を立てながら開く扉。

「いらっしゃい」

口髭を生やしたロマンスグレーの渋い見た目をしたマスター。

まさに完璧な理想の喫茶店。

一番端のカウンター席に¨予約席¨の札。

「そこ。とっときました。」

マスターは札を中にしまい、おしぼりを私にくれた。


「外すごい雨ですね。ちょっと寒いくらい」

「もう梅雨ですね。洗濯物も乾かなくて困ったものです。左丸さん、コーヒーでよかったかな?」

「はい。ウインナーコーヒーでお願いします。ちなみにモーニングって…?」

「かしこまりました。今日のモーニングはトーストと小倉バター。ベーコンエッグです」

やった、と小さく笑って私はノートを取り出す。

こうして食べたものや、感じたことをノートに書いて小説のネタにしようとメモしている。


鉛筆のノートを走る音。

雨の音。

豆を挽く音。


ここにいると、たくさんの音が聞けてたくさん刺激がもらえる。


食事を済ませ、ウインナーコーヒを食べながらパソコンに向かい小説の続きを書く。

1話書いては読み返し、変なところはないかチェックする。


左丸 梨花。

私の名前。BL小説家である。

先ほども紹介した通り、BL小説家だ。

こうして喫茶店で書いているからとても破廉恥な場面は流石に家で描く。

誰に見られても恥ずかしくない部分だけ、こうして気持ちを高めるために市川珈琲で書いているのだ。

なぜなら、いつもここの喫茶店にはお昼にいろいろな人物像が見られる。


サラリーマン、老夫婦、主婦、大学生。


中でも、お昼時に週3くらいで現れる見た目がタイプのサラリーマン目当てである。

今日は予定では彼が昼休憩に来る予定だ。

顔が本当にタイプ。声も髪質も眼鏡をかけているところまで全て好きだ。

だがしかし一度たりとも話したことはない。

いつか話してみたいけれど、全然話すネタもないし自分から話しかける勇気もない。

もちろんマスターにこんな話ししたことないし、BLを書いているなんてことも知らない。


「しかし今日はよく雨が降りますね」

マスターがグラスを拭きながら私に声をかけた。

窓を見ると、私が家をでた時よりも雨が強まっていた。

「雨の日嫌いな人も多いけれど、私は結構好きです」

「おや、珍しい」

「頭痛くなるし、重い感じもするけど。雨の匂いとか、水が落ちる音とかなんとなく集中できるっていうか」

「確かに。水滴の音は落ち着きますね。その感性はとても素敵だ」

マスターは優しく微笑んでくれた。

ちょっと恥ずかしいことを言ってしまった気がする。



カランカランー、扉が開き勢いよく中に人が入ってきた。

「いらっしゃい」

「すみません。傘さしてもすごい雨で」

そこには、私の推しサラリーマンの姿だった。

しかも、雨で濡れて身体にワイシャツがひっつき妖艶さがカンストしている。

思わず2度見を超え、3度見をしてしまった。

「あらあら、大変でしたね」

「床濡らしてしまってすみません」

慌てながらハンドタオルで服も間に合っていない。

私は思わず、カバンから長めのタオルを取り出した。

この後ジムに行こうと用意していたものが役に立ったのだ。

「あの、これよかったら使ってください」

彼は少し驚いた顔したが、笑って「悪いですよ、そんな綺麗なタオル」と言って眉を下げた。

「風邪ひくと大変だし。あ、これまだ使ってないタオルなので」

「じゃあお言葉に甘えて…ありがとうございます」

マスターは気を利かせて私の席の一個開けて隣の席におしぼりを出した。

「こちらへどうぞ。今日はお一人なんですね」

「ええ。他の先輩たちは今日コンビニで済ますって。今日は火曜なんで。火曜ランチを楽しみにしてて」

市川珈琲には曜日によってランチメニューが違う。火曜日はハンバーグ定食なのだ。

こんな可愛い人がハンバーグ好きなんて。神様ありがとう。

「美味しいですよね」

「ありがとうございます。食後はブレンドコーヒーでよろしいですか?」

はい、とハニカム彼の横顔をうっとりと見つめてしまう。

「あの、タオルありがとうございます。これ洗って返します」

目があって、急いでそらしてしまった。

「あ、いえ!そのままで大丈夫です!」

「でも濡れちゃったし…。あ、これ僕の名刺です。多分また明日にでもここで会うかもですけど」

彼の名前。”井上 要”公務員だった。

それにしてもまた明日も会うかもって言った?

もしかして認知してくれていたのあろうか。

今まで気になって気になって仕方なかった彼のことがこの5分の間にたくさん知れてしまった。

雨、ありがとう。


「あ、私はこういうものです」

たまたま財布に入れていた表向きの名刺を取り出して渡す。

頂戴します、と言って彼はまじまじとみてくれた。

「左丸、さん。変わった苗字ですね。出版、脚本家さん?」

「あ、いえ。脚本はほとんどしていなくて!今は小説を書いています」

「へえ!小説家さんなんですね!すごい、初めて小説家の方にお会いしました」

子供みたいに笑うんだな、彼と目が合うたびに見惚れてしまう。

これは夢だろうか。

今書いているBL小説の主人公モデルにさせてもらった愛しの彼とこうして仲良くお話しできるなんて。

私はどんな徳を積んだんだろう。

小説家さんすごいなあ、って称賛してくれてとっても嬉しいのに実は言うとBLを書いてるなんて口が裂けても言えない。

自分の職業を知られていくうちに、だんだんと罪悪感に似た何かが私の心にのしかかった。


しかし彼はそれ以上聞かなかった。

静かにカバンから小説を取り出し、ハンバーグ定食が来るまで読書をし始めた。

なんて居心地のいい人なんだろう。



ご飯が食べ終わり、食後のコーヒーを飲んでいる頃には雨は上がって眩しい日差しが差していた。

「そろそろ仕事に戻ります。ご馳走様でした。あ、左丸さん。タオルやっぱ洗って返させてください」

荷物を持ち、お会計を済ませた彼はこちらに会釈をしてお店を出た。


「マスター、私も…お会計で」

「ふふ、かしこまりました」


多分今ものすごく顔が赤い。

普段マスターとしか話なんかしないのに、推しと偶然話したのだ。

もう今死んでも悔いはない。

いや、井上さんが洗濯したタオルの匂いを嗅ぐまで死にきれない!


早く、また会いたい。

閲覧ありがとうございました。

このお話は今後少しづつ続きを出したいと考えています。

まずは出会のお話を書かせていただきました。

どうしても私は好きな人、憧れの人の前ではうまく話せない。

きっと皆さんも一度は経験したことあるはず。

誰しも乙女。そう言うことです。

また次回作も読んでいただけると幸いです。

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