ウエのカイ
「初めまして、上の階に引っ越してきました。櫂井です」
「……あ、鈴木です。ご丁寧に有難うございます」
休日の夜。自宅のマンションで、のんびりと過ごしていると部屋のインターフォンが鳴った。玄関ドアを開けると、優しそうな女性がお菓子を差し出した。如何やら上の階に引っ越して来た人のようだ。
「子どもたちが居りますので、何かと五月蠅くすると思いますが……」
「いえいえ、子どもは元気なのが一番ですから。それに休日以外は仕事に行っているので、お気になさらず」
櫂井さんは、申し訳なさそうに眉を下げた。家族で引っ越して来たようだ。今日は昼過ぎまで寝ていたので、引っ越しのことは知らなかった。俺は気にしないで欲しいと伝える。
「有難うございます。これから、よろしくお願いします。鈴木さん」
「こちらこそよろしくお願いします」
安心したように櫂井さんが笑った。礼儀正しく優しい人が引っ越して来てくれて良かった。そう安心しながら、お菓子を受け取った。
それからは時々、上の階から足音が聞こえるようになった。その音は嫌ではなく、不思議と心地よかった。
〇
「丁度良かったわ。鈴木さん」
「あ、大家さん。こんばんは……」
仕事が終わり、玄関ドアを開けようとすると背後から声をかけられた。振り向くと、マンションの大家さんが居た。
「はい、これ。回覧板ね」
「あ、有難うございます。でも……櫂井さんの所からが先では?」
回覧板を受け取ろうとして手を止めた。このマンションでは、回覧板は上の階から回す決まりになっている。櫂井さん家に渡すのが普通だ。そう思い大家さんに質問をした。
「え? 櫂井さん?」
「そうです。俺の部屋の上に越して来た、お子さん連れの……」
大家さんは俺の言葉に首を傾げた。年配者である為、もしかしたら入居者の名前を忘れてしまったのだろうか?俺は櫂井さんについて説明を口にした。
「上の階? 貴方の部屋が最上階じゃない」
「……え……」
不思議そうだが、きっぱりと大家さんは俺に告げた。
そして、今日も上の階から足音がする。