第32話 みんな守りたいものがあるんだ
私の今の力では近接戦での対応が厳しい。
しかしその点で有利なエルエイスが代わりを引き受けてくれた。
おかげで今、戦況は大きな変化を見せている。
防戦から攻戦へと。
それは「一般市民街に行かせない」という第一目標を果たせたから。
シャウグハイ本体の意識が私に引っ張られ、城跡へと引き返し始めたのだ。
私自身が囮となって城跡の方へと移動した事によってね。
「おおおおーーーーーーッ!!!」
その最中にエルエイスが触手の上をも走り、遂には本体へと飛び移る。
しかも続けてその腹の側面をも走り抜けていったのだ。
槍で奴の表皮を切り裂きながら、すさまじい速さで。
その足先をよく見れば素足。
つまり足の指の筋力で取り付きつつ走っているのだろう。
ほんと、なんて面白――器用な事をする奴なのかしらね。
もちろん活躍しているのはエルエイスだけではない。
私と彼の攻撃を皮切りに、周囲からの一斉攻撃が浴びせられたのだ。
矢弾と魔術による波状攻撃。
それが私達の開いた傷口へと向けられて無数に放たれている。
そのおかげでシャウグハイがたちまち悲鳴を上げてひるみ始めていた。
効いているんだ。
その証拠に、傷口から蒸気が立ったり矢弾が抜けずにいる。
あの脅威の魔耐性も、おそらくは皮にしか付与されていないのだろう。
「今だ、傷口を撃てェ!」
「歩兵に当てるんじゃあないぞおッ!」
それにその皮も当初よりずっと薄い。
つまり、巨大化した事で物理防御力が極端に落ちている。
特に斬撃に対する耐性低下が著しいわ。
だから今、足元でもヴァルグリンドナイツが猛威を奮っている。
奴の足を切り刻み、触手をもコンビネーションで断ち切って応戦しているのだ。
ラギュース達も必死ね、エルエイスに負けてたまるかという感じで。
かくいう私も触手と応戦しながらエルエイスの援護中。
逃げ飛びながら魔術で触手撃ち落としつつ、アイツの足場として立ち回っている。
少しでも多くの傷を増やして、遠距離部隊にダメージを与えさせるために。
すると、そんな応戦のおかげで遂にシャウグハイが膝を突いた。
足止めに成功したのである。
「よぉし、この意気だ! このまま一気にシャウグハイを倒せェ!」
「「「おおおーーー!!!」」」
だがシャウグハイも当然黙ってはいなかった。
途端に巨大な腕そのものを伸ばし、遠くの防衛部隊を攻撃し始めたのだ。
たちまち蹴散らされていく防衛部隊。
その様子はまるで、群がるアリを踏み潰すかのように圧倒的だ。
そのせいで遠距離部隊はもうすでに壊滅に近い。
なんて攻撃力なの!?
しかもその間に、私の切った場所がみるみるくっついて塞がっていく。
あの表皮には再生能力が備わっているのだろう。
にしたってあの速度は驚異だわ。
もうエルエイスの付けた傷もが塞がり始めているから。
これでは決定打を与えるにも、その機会を作る方が難しいじゃない!
……まずいわ、このままでは。
少しずつ体力を奪うにせよ、絶対的な戦力が乏しい。
防衛部隊は壊滅、ママ上達はおそらく魔力充填中。
頼りはもうエルエイスとヴァルグリンドナイツだけ。
しかし諦めずと攻撃を続ける私達。
状況を切り拓く可能性を模索するためにと。
すると、そんな時だった。
「今こそ俺達の力を見せる時だ! 冒険者の意地を見せてみやがれぇ!」
「「「うおおおーーーッ!!!」」」
突如、庭園側から雄叫びが上がる。
それで振り返れば、なんと大勢の者達の走り込む姿が。
そのいずれも冒険者ギルドの腕証を身に着けた者達。
大量の冒険者が戦列に加わったのである。
その数――ああ、ええっと、もう数えきれないほど!
そんな中にはあのジーナルス達の姿も。
むしろ彼等が率先して前を走り、さらにはクロスボウや弓矢を撃ち放っていて。
「援護に来たぞミルカ殿! 無力だったあの時の借りを返す為にッ!」
「命を救われた恩は忘れないわ! それにこの国も奪わせない!」
「貴方達……!」
その統制はもはや正規兵のそれとさほど変わらない。
なにせ今の冒険者ギルドは元正規兵だった者で一杯だって話なのだから。
つまり彼等は自らの意思でここに来た。
立場に関係無く、ただ国を守ろうとして立ち上がったんだ。
その戦力はもはや先ほどよりもずっと多い。
おまけに冒険者はこういう特異な相手に馴れているから立ち回りも早い。
おかげで巨腕が飛ぼうとも被害がほとんど出ずにいて。
「……これなら、やれるかもしれないッ!」
その状況が私に希望を与えてくれた。
このシャウグハイという化け物を倒す可能性を。
――例え相手が巨人でも、勝ち目が無い訳では無い。
こちらが小人ならば、小人らしく立ち回ればいいのだと。
数で攻め、動きを止め、確実に急所を突けば絶対に勝てるんだ。
まるでおとぎ話にあった、小人の国に迷い込んだ男の物語のように。
そして今、そうできる条件はそろった。
「今から私が奴を拘束するわっ! だからその隙に皆で一斉攻撃をお願いッ!!」
「「「おおおーーーッッッ!!!!!」」」
しかしシャウグハイはおとぎ話の男のように大人しくはない。
悠長にしていてはまた蹴散らされてしまうのがオチだ。
だから私が即時拘束する。
けど魔戦王の力はもういらない。
ドレスギアの出力で充分に対応可能だと試算したから。
ゆえに最大出力で大空へと飛び上がる。
奴を拘束するための一撃を見舞うためにと。
おあつらえ向きにまた膝を崩した今がチャンス!
「奴をハリツケにしてやるわ!〝ドレスギア・ランス〟……!」
そこで私はドレスギア一本の巨大突撃槍へと変形させた。
私自身をも出力媒体として組み込んだ超特大の楔だ。
「いっけぇぇぇーーーーーーッ!!!」
その巨槍が意志を受け、大量の魔力噴出によって急速下降。
シャウグハイの背へと向けて一気に突き抜ける。
そのままうずくまっていろっ!
今すぐ標本として大地に打ち付けてやるわ、虫野郎!
狙いは完璧。
強度は充分。
仲間の援護も申し分ない。
これならいける。
問題無い。
――そう、思い込んでいた。
けどもしかしたら私にはおごりがあったのかもしれない。
魔戦王の力を使わずに、自分達の力だけでどうにかできるのだと。
もうもう一人の私に頼らなくても生きていけるんだって。
だがその願いは幻想だと思い知る。
私の全身にすさまじいまでの衝撃が走った事によって。
その原因はなんとシャウグハイのカウンター。
死角からの剛腕による一撃が見舞われたのである。
それも槍が突き刺さる直前で。
「あ、が……っ!?」
槍の影に隠れて見えていなかったのだ。
巨槍を打ち砕かれた事で今やっと理解できた。
私の策が見破られていたという事も同時に。
そのせいで私は再び大空へと打ち上げられていた。
全身に走る激痛により意識を朦朧とさせる中で。
「ちく、しょう……!」
もう少しだと思ったのに。
勝てると思っていたのに。
どうしてここで、うまくいかないのよ……!