新しい朝
【十二月二十五日(日)】<エピローグ>
「先輩、ちょっと起きてください!」
まだ日が昇りきらない明け方に咲苗が俺を起こした。
「おはよう」
寝ぼけまなこで見た時計は五時二十分。早めに寝たので睡眠時間としては妥当だが、温まりきらない室温では理由なく起きるにはハードルが高い。
「先輩これ見てください!」
咲苗はそのハードルを乗り超えて俺をゆさゆさと揺らした。
「なにを見ろって?」
「これですよ、これ! 峰藤先生から送られてきた写真です」
そう言って差し出されたスマホを受け取った俺は、目を擦ってピントを合わせる。
「えぇぇ?!」
それは、皆と解散する前に撮った集合写真だった。だけど、その写真には、おかしな点がひとつあるのだ。
俺の上に座って抱きつく咲苗。左右から腕を掴む真紀と純奈。そして、後ろで俺の肩に手を置いて立つ女性。
「アイさん?! アイさんがいる!」
「そうなんです! 後ろからこっそり写真に入ってたみたいで、それを見てビックリしました」
顔こそ大きな帽子のつばで見えないが、そこには白いワンピースを着た女性が写っていた。
「だから写真を撮ってくれた子がおかしな表情をしていたのか」
「そう……なんでしょうかぁ?」
三人にくっ付かれたことに気を取られ過ぎたためなのか気が付かなかった。俺は写真を見ながらアイさんの手の感触を思い出そうと自分の肩に手を置いた。
「きっと先輩にも届いてると思いますよ」
俺が枕もとのスマホを開いてみると、たしかに純奈からのメッセージと写真が添付されていた。
『昨日は三人で朝まで過ごしたんだ。というか、今もボクの家で話しているんだけどね』
送信された時刻は五時十七分だった。
『まさかアイがこんな子だったなんて驚きだよ。あまりの驚きにMAKIも腰を抜かしたくらいだ。このことはお墓まで持っていかないといけないな。彼女はボクたちの知らないことをいっぱい知っていてね、あの芸能人とあの女優の関係なんてことや、あれは国家機密ってレベルかなぁ……。聞くことすべてが興味深くて、ボクらは創作意欲が爆上がりさ。また引き離しちゃうかもしれないけど、咲苗と別れたらまた引っぱってあげるから言ってね!』
「もしハッカーってことが本当なら、すごい話が聞けてるんだろうな」
「峰藤先生が『こんな子』って書いてますから、女の子なのは間違いないようですね」
咲苗がメッセージにある『別れたら』の部分には突っ込まないのは勝者の貫禄か。
添付されていた写真は二枚。一枚はなぜか真紀と純奈のふたりの自撮り写真だった。
「なんだよ、三人で撮ればいいのに」
「残念賞はふたりだけのモノってことなんですかね」
ふたりが可愛らしく自撮りしている写真にアイさんは写っていない。
なんで自撮り? 撮ってもらえばいいのに。
『君が釣り逃した二匹の大物 MAKI&JYUNNA』
写真には大きめのローマ字で名前が書き込まれている。
「たしかに大物だとは思いますけど、先輩はもっとすごい大物を釣り上げたんです!」
「そ、そうだな……」
俺はそう返して集合写真を開いた。
『これはボクら五人で撮る、最初で最期の写真だよ』
そこには、HARUTO、SANAE、MAKI、JYUNNA、AI、五人の名前と、『メリークリスマス』と書き込まれていた。
帽子のつばの陰からチラッと見えるアイさんの口だけで、俺たちを祝福してくれている表情が伝わってくる。
「なぁ咲苗」
「なんですか?」
「もし、俺がマッチングアプリをしてなかったら、どうしてたんだ?」
俺は、今日まで聞くことのなかった質問を投げかけた。
「それはですねぇ……。きっと先輩でない別の人とマッチングしていたか、咲苗ランキングの誰かと付き合っていたかもしれません」
思っていたのと大きく違う咲苗のその回答に、俺は口を大きく開けていた。
「だってあたしですよ。そこそこモテると思いませんか?」
「たしかにモテるとは思うけど、なんかもっとこうさぁ……」
「最初はメガネっ子で送ったの覚えてますよね? 職場でいきなり告白なんて無理ですぅ。だから、あたしはアイさんに感謝しないといけないんでしょうね。彼女が言ったことが本当に本当なら、あのタイミングで先輩がアプリを始めたのは奇跡的な偶然でした」
昨夜もふたりで話したが、あれらがアイさんに仕組まれたことだというのは今でも半信半疑だ。俺と真紀だけでなく、純奈のことも幼少期から知っているというのは、まさしく奇跡的な偶然だ。咲苗をダークホースと呼んだのは、俺たちの過去の中で唯一繋がりのなかったために計算外だったという理由だろう。
「この写真、プリントアウトして飾っときましょう」
「いいの? ライバルが写ってるけど」
「被写体はライバルでしたが、写っているのは友達です。そして、愛のキュービッドです」
咲苗はにこやかに笑いながらそう言った。
「そうだな」
「ってことで、あたしたちも記念写真とりましょう!」
「えっ、今?」
「そう、今です! 仲睦まじい写真を撮って送り返してあげるんです!」
「咲苗はそういうことしない子だと思ってたんだけどなぁ」
「先輩とお付き合いするために猫被ってたんですよ」
咲苗はニッコリ笑顔を俺に向けた。
「みんなが羨ましがるようなラブラブ写真を取らなきゃ」
咲苗がそんなことを言ったとき、俺のスマホにメッセージが届く音が鳴った。
「誰だ?」
送り主は不明で写真だけが送られてきている。
ふたりで覗きながらタップすると、拡大された写真は俺と咲苗が並んで写っていた。それも今しがたと思える写真だ。
「なんで? あたしまだ撮ってません」
続けて送られてきたメッセージにはこう書かれていた。
『咲苗、ふたりに意地悪するともう一枚の写真が世の中に出回ることになるかもしれないぞ』
それに続く写真は、昨夜俺たちが寝る前にした、人には見せ難いキスシーンだった。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
恥ずかしさと驚きに咲苗は悲鳴を上げた。
その写真はおそらく俺のデスクあたりから撮られている。
「アイさんか? だけど、今彼女は純奈の家にいるんだろ? いくらハッカーだったとしても、こんなことできるわけ……」
再び送られてきたメッセージにはこう書いてあった。
『わたしは君たちふたりの幸せを願い、いつも見守っているよ。もちろん真紀と純奈のこともね。 AIより』
「は、晴翔先輩? これって」
「あぁ、たぶんだけど……アイさんって」
「「AI?!」」
-完-
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