記念撮影
【十二月二十四(土)】<その12>
「ここは?」
純奈に先導されてやってきたベンチソファーは、さきほどまでアイさんが座っていた場所だった。スマホの通話は切れており、この場所にアイさんがいた痕跡はない。
咲苗はえぐえぐとしつつも泣きやんだのだが、俺の腕にがっしりしがみついている。
それを少々恨めしそうに真紀が見ているが、悔しげだったり悲しげだったりということはなかった。
「ちょっと座ろうか」
純奈の促しを受けた俺たちがソファーベンチに腰を下ろしたところで、彼女のスマホの着信音が鳴る。
「アイさんからか?」
純奈はその通話に出ると音声をスピーカーに切り替えた。
「みんな、約四ヶ月に及ぶ戦いもついに決着したね」
「決着したね、じゃないよ。なんで移動しちゃったんだ? 戦いが終わったってことなら集合してもいいじゃないか」
「中年のおじさんが待っていたら晴翔のショックは大きいだろ?」
「中年のおじさんのイメージを植え付けるのはやめてくれ。そこはせめて女性にしてくれないか?」
「だったらその正体をあかせばいいじゃないか。アバターを解除すれば一発だろ? ボクの欲求を満たしてよ」
「わたしがそこにいないのは、役目を終えたからさ。それに、敗者はただ去るのみ、なんて言葉があるだろ?」
「敗者っていうか、アイさんは負けるが勝ちだったんだろ? それ以前に、真紀は辞退して純奈はアイさんに奪われたんだぜ。咲苗に拒否られたときの俺の心情からしたら、あのときの俺こそが敗者だぞ」
それは選ぶ側の立場だったはずの俺が一瞬にしてすべてを失った瞬間だ。あのままだったらどんな顔をしてその場を去り、どんなに惨めな気持ちで帰路につくことになったのか……。想像したくもないのだが、そこはあえて想像して今後の創作に役立てよう。ただし、それを考えるのは気持ちが落ち着いてからだ。
目をつぶり、うんうんと自己解決した俺の腕を強く引き寄せて咲苗が言った。
「先輩は敗者なんかじゃありません。あたしを選んでくれたのだから人生勝ち組です!」
「お、おう」
「強気だね。咲苗ちゃんが別れたらボクが拾うつもりだったけど、出番なしかな?」
真紀も指を当てがった唇を尖らせていた。
「この勝負は紙一重の結果だったと思う。だけど、わたしの計算によれば咲苗が勝ち取る確率は低かった。純奈は不確定要素だったが、咲苗はダークフォース(ダークホース?)。咲苗の勝利は純奈がいてこそだろう」
「そんな漁夫の利みたいな言い方やめてください」
「あははは、すまない。もちろん咲苗の人の良さと魅力があってこそだから、その大きな胸を張って誇るといいぞ」
それを聞いた真紀と純奈も自分の胸に視線を落とした。
張ったのが胸なのか空気なのかわからない雰囲気を作ったアイさんは、本当に謎の多い人だ。むしろ、その謎は増えたと言える。そのアイさんに俺は謝罪した。
「アイさん、ごめん」
「なぜ晴翔くんが謝るんだい?」
「アイさんが言っていた本来辿るべき世界線っていうのは、俺とアイさんではなくて、俺と真紀が付き合う世界線だったんだね。だから、アイさんの思うとおりにならなかったことを謝ったんだ」
「いいんだ。それに君が言っていただろ? 自分の選択がその世界線なんだって。つまり、咲苗と付き合うことになったこの世界がもともとの世界線なのさ」
俺の気持ちを考えてだろう。アイさんの優しい言葉が俺の心苦しさを緩めてくれた。
「だけど……。この四ヶ月で、絶対に有り得ないであろう君と結ばれるという夢を、少なからず描いてしまったことを伝えておくよ」
ここにきてまたまた俺の心に引っかかりを残すアイさん節が炸裂した。
「絶対有り得ないであろう夢かよ。真紀を裏切れば夢じゃなかったかもしれないだろ?」
「主人公と結ばれないヒロインの物語は多々ある。だけどそれが悲劇とは限らない。わたしはそんなヒロインなのさ」
「アイは異世界人。使命を終えて元の世界に帰っていく。それを見送る主人公とそのライバルであるボクら。今はそんな流れだね」
純奈がそれっぽく締めくくったところでアイさんがひとつ提案した。
「どうだろう? 最後に記念撮影をしてみたらどうかな?」
この提案に皆が視線を送り合う。俺は嫌というわけではないけど、咲苗以外のふたりの心情はどうなのだろうか? それを気にしているのは咲苗も同じだったようで、少し気まずそうだ。
「撮りましょ!」
真紀のこの返答に迷いはなく、続く純奈も「いいね!」と返し、立ち上がって咲苗にスマホを差し出した。
「晴翔を勝ち取った咲苗ちゃんが頼んできなよ」
純奈は近くを通りかかった学生カップルを指さしてそう言った。
「よろしくね」
カップルの女の子にスマホを渡した咲苗が戻ったとき、俺の右隣には純奈が、左隣には真紀が座って、腕に抱きついてきた。
「あーっ! 峰藤先生!! 真紀さんまで!!」
恋愛勝負を勝ち抜いた咲苗が座るべき勝者の椅子は、どちらも敗者に奪われてしまったのだ。
しばし立ち尽くす咲苗だったが、寄せていた眉根がゆるんだ瞬間に俺の膝に座って抱きついてくる。
「そうきたかぁ。まぁ表彰台の真ん中は咲苗ちゃんにゆずってあげるよ」
ポジションの取り合いを終えたところでスマホを持って立つ女子高生は、照れ笑いを浮かべていた。
「君たちは付き合い始めたばかりなの? でも、きっとすぐボクらのようにじゃれ合う日がくるさ」
そう言って純奈はピースを決める。
「では撮りまーす。ハイチーズ」
カシャッ
撮った写真を確認しようとスマホを覗く女子高生の目が大きく見開かれた。失敗したのかと思ったのだが、そこに純奈が確認に向かったところ「よく撮れてる。大丈夫、これでいいんだよ」と言ってスマホを受け取った。
「ありがとう。君たちも素敵な恋愛を」
そんなふうに見送った純奈は「写真はあとで送るね」とニヤニヤしている。
なにか気持ち悪い笑みだったのだが純奈の考えを読むのは骨が折れるので、俺はすぐにあきらめた。
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