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運命の実  作者: 葡萄鼠
*もうひとつの、物語*
8/11


「ああ、鏡よ鏡、この国で一番美しい者は」


 鏡へ問いかけるのがいつの間にか習慣になっていた。

しかしそんなある日、鏡が今までとは異なる答えを返してきた。


「鏡よ鏡、この国で一番美しい者は」


《 この国で一番美しい者は、森で暮すあの子です。あのが一番お美しい 》


 それを聞いた途端、嫉妬で怒り狂いすぐさま鏡の言う「森に住む女」を命じて捜させた。


「この国で一番美しいのは私よ。私でなければならない」


 あの子の全てが私と一緒になったのだから。そうでなければいけない。私は、代わりのきかない一番でなければいけない。


 そして鏡の言った「一番美しい女」らしき女を見つけ出したとの知らせを受けすぐに行動に移した。

深く濃い化粧をし、深いローブを身に纏い老婆へと姿を変え、複雑に編み込まれた美しい腰を縛るための紐を一本持って女の許へ向かった。


 一人で城を抜け出し、森を彷徨い、あの女が一人になった時を見計らい女の住む家の扉をノックする。

 すると無防備な女は簡単に扉を開き、その姿を見せる。


〖 お嬢さん、お嬢さん。この綺麗な腰紐はいらんかね? 〗

「まあ、綺麗な腰紐! とっても欲しいけど、わたし、今買えないの……」


 女はアッサリと紐を気に入り、なんて思い通りに事が運ぶのかと口角が僅かにあがる。


〖 それは可哀そうに。せっかくだ、この腰紐もお嬢さんのような人に使ってもらいたいだろう。今日は出逢った記念に差し上げようかねぇ 〗

「まあ! いいんですか?」

〖 ええ、ええ。よければ私が付けてあげようか 〗

「ありがとう、おばあさんって優しいのね」


 後ろを向かせ、その簡単にへし折れそうな細腰に持ってきた腰紐を一周させて手元で交差させる。


〖 少し、お腹に力を入れて息を止めてもらおうかねぇ 〗

「こう?」


 女が従順に言うとおりにし腹が多少凹んだタイミングを見計らい、力いっぱい腰紐を締め上げて簡単にほどけぬように結ぶ。

 女は息を詰まらせ、圧迫され呼吸ができなくなりその場に崩れ落ちた。


 無事に当初の予定通り女を紐で締め付けることに成功し、素早くその場を後にして城に戻る。




「鏡よ鏡、聞かせておくれ。この国で一番美しい者は」


《 この国で一番美しい者は、后です。后が一番お美しい 》


 問いかけに対し、不思議な鏡は平坦な声音で答える。

 その答えに私は何よりも安堵する。


「これでもう、私を煩わせるものもなくなった」


 そうして変わらぬ優雅な午後を過ごし、ここ一番落ち着いて眠りにつくことができた。

 そして朝起床し、完璧に身支度を整えたあと僅かに浮足立つままあの鏡の前へ立つ。


「ああ、ああ、鏡よ鏡、聞かせておくれ。この国で一番美しい者は」

《 この国で一番美しい者は、森で暮すあの()です。あの()が一番お美しい 》


 カシャーーーン!!!


 と、自らの豊かな青毛を美しくまとめ上げ華やかさを添えていた飾りを勢いよく引き抜き、衝動のままに床に投げつける。


「どうして!!? あの女は私がこの手で息を殺したのに!!!」


 ほどけ乱れた髪を気にする余裕もなく、抑えきれない怒気を発しながらもどこか冷静な考えの通りに動く。もう一度、あの女を今度こそ、その息の根を止め私が最も美しいものであるために。


 今度は前回とは違うローブを身に纏い、毒をたっぷりと塗り込んだ櫛を手に森へと向かった。

 そしてそこで見たのはあの女を縛りつけたはずの腰紐、長さが半分ほどになったソレで美しくも豊かな黒髪を結い上げ笑っているあの女の姿。


〖 お嬢さん、お嬢さん。その美しい御髪だが、それだけ長いと手入れも大変だろう。よければこの櫛を差し上げようね。この櫛を使えば、一度髪を梳くだけで艶やかな髪になるよ 〗


 女は今度も同じように嬉しそうな笑みを浮かべ、喜んでその手にとり自ら髪を梳こうと櫛を髪に刺した途端頭皮にささった櫛の先から毒が回りその場に倒れこんだ。


〖 ――――今度こそ……、今度こそ…… 〗


 今度こそは死んだだろう、と急ぎ城に戻り何もかも放り出し一目散に鏡の元へ向かう。

 しかし、どういうわけか今回も女はその命を長らえた。再び鏡に問いかけるも、


《 この国で一番美しい者は、森で暮すあの()です。あの()が一番お美しい 》


「もう、もう、なぜ!! どうしてうまくいかないの!!!?」


 振り乱しざんばら髪になるのも構わず、目も血走らせその姿は他人(ひと)が見れば「狂気」と捉えられるだろう。しかし、そんなことにかまっている余裕などどこにもない。今の私に必要なのは他者にどう思われるかではなく、私が国一番の美しさを持っているという事実だけ。


「次で、最後よ……」


 ダン! と、果物用ナイフを思いきり台に突き立て、その拍子に刃が指をかすめ目にも見えない傷口から深紅の血が滲み血玉を作る。そして重力に逆らうことなくゆっくりと、静かに下へ落ちたそれは台に染みをつくった。




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