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朝議のみならずあらゆる政務に姿を現すことなく日がな一日自室に引き篭り、最愛の妃の死を悼み嘆き続ける国王。
―― そんな日がどれほど続いただろうか。
臣下たちは現状、私という后がいること。(それも国政を国王の代わりに行えるほどの能力をもった人物であり、)国王の血をひく、今は亡き彼女との間に授かった娘がいるため表立って新しく妃を迎えては、と進言することもできず何も変わらぬ日々が続いた。
いつしかあの人がいないことが当たり前となり、国政も多少の変化をみせながら滞りなく回ってゆき、大事が大事であることすら忘れられてから幾日も、幾月も、幾年も過ぎていった。
昔はまだ、私を「わたし」として見てくれる人たちがいた。
戻ることは二度と叶わぬ、わたしの故郷。
懐かしの地。
けれども今は、「わたし」を見てくれる人はいない。
どの人も私を「后」として、「王」としてしか見ない。
后の役割を全うすることしか求められない。
前のようにもっと近くで、もっと同じ位置で、目線で話し、語り合いたいのに。
「王」は、「后」は、孤独だ。
伴侶である人は最初から私を否定し。
唯一の友であった人はこの世には亡く。
仲間は居らず配下がいるのみ。
誰も、同じ場に立って私を見、話してくれる者はいない。
それでも、私には唯一の安らぎである「姫」がいた。
あの男が愛し、愛された彼女との間に授かった、たった一人王の血をひく王女が。
日々成長し、彼女の面影を色濃く受け継ぐ娘。
日に日にその面立ちは彼女の姿を思い出させ、彼女が願ったとおりの色は色艶を増し、輝きに溢れている。まるで彼女の子どもだった時を見ているかのように錯覚するほど、あの姫の面立ちは彼女に似ていて美しく幼子の愛らしさも相まって成長を一番傍で見守れることだけが喜楽のない人生の中で唯一の安らぎと憩いだった。
しかし、そんなたった一つの安らぎも翳りを見せ始めた。
あの男が引き篭っていた己だけの世界から歩を進め、何年もの月日が流れやっと、己が愛し愛された女との子を認識したのだろう。国政に携わらないのは相変わらずだが、引き篭もっていた部屋から己の娘の部屋へと渡り構うようになった。
――――それだけなら、まだ、良かったのだ。
あの姫はどこか他国の、姫にとって良いと思える家へ嫁がせ、この国は別の誰か、国王の親戚筋のものに任せてしまってもいい。彼女の忘れ形見であるあの姫は彼女の分も幸せに、誰よりも幸せに生きてくれればそれだけでよかった。
そんな、私の願いを阻むように悪夢が襲いかかった。
初めて会ってから十二年の月日が流れ、王と后であっても誰よりも他人として過ぎた時間。あの男は壊れた心を修復し戻ってきたのではなく、とっくの昔に壊れ果て狂化していたのだ。
己が愛した妃に成長するにつれて似てくる己の娘に彼女の面影を求めていたのではなく、何時の頃からなのか、最初からなのか、血の繋がった実の娘を妃の身代わりに、否、妃自身だと思い込んでいたのだ。
壊れたあの男でも、幼い妃にはただ触れ合う以上のことをしていないようだったが。
いつ、それが破られるのかわからない……。
私は忙しい政務の暇をなんとか作っては、彼女が眠る霊廟へ足を運んだ。
この場所だけが唯一、私が安らげる、気負うことなく私でいられる場所……。
あの男とあの姫はこの場所にだけは、絶対に寄り付かない。
かつて愛し合った后がいたことも。己を産み育て愛してくれた母がいたことも忘れてしまったのだろう。
「――ごめんなさい。もう、あの娘と一緒に、ここには来られないの。訪れるのは、私だけになってしまったわ……」
あの子へと情けなくも許しを乞い、共に過した日々を思い返し懐かしんでは癒やされ終わりなき現実へと戻っていく日々。
あらゆる手を尽くし、あの姫を守るために尽力しあの男の魔の手から庇い続けた。
――だが、誰が囁いたのか。それはあの男以外にあり得ないが、あの男が姿を見せてから二年。
「あの女は、お前の美しさを妬んでいるのだよ。私から一心に愛されるお前が、面白くないのだ」
あの姫はその言葉を鵜呑みにし、姫は、私を避けるようになっていった。
そして彼女は自分に優しく、甘い「父」の傍に侍り、甘愛を乞うようになった。