『あなた』
私は毎朝、目覚まし時計が鳴る前に目覚める。
今朝も目覚めは良かった。
パチリと目を開けて、伸びをする。枕元の目覚まし時計を止めて、カーテンを開ける。しばらくまだ薄暗い景色を眺めてぼーっとしていた。ハッと気づき、顔を洗って、急いで制服に着替える。
『あなた』に会いに行く。
少し早足になって、いつも朝食をとるサロンに駆け込むようにしてドアを開けた。瞬間、『あなた』の優しい笑顔に出迎えられる。目の前には、惚れ惚れとするほど美しい青年が礼儀正しく控えていた。
「おはようございます。お嬢様」
この瞬間の言いようのないほどの幸福を、私は至愛している。
「おはよう、ハヅキ」
でも、表面上の私はひどく冷静に対応していた。そつなく挨拶をして、席につく。両手を合わせてから、さっそくパンに手をつけた。
こうして平静を装っていられるのも長年の習慣の賜物だ。
本当は名前を呼ぶだけでも胸が痛くなるほどなのに。
少しだけ自分を褒めてやりたくなる。
私はこの感情をおくびにも出してはいけない身の上。
斜め後ろに控えるハヅキを気にしながらも、私は淡々と朝食を片付けていく。
「ごちそうさまでした」
両手を合わせて、膝に置いていたナプキンで口元を拭う。
気づかれないよう、小さく深呼吸をしてからハヅキを振り返る。ハヅキはいつも私の右斜め後ろにいる。ハヅキは柔らかな表情で私の視線を受け止めた。
視線をそらしたり、ゴクリと喉を鳴らしそうになるのを我慢する。
「ハヅキ、今日は帰りが遅くなるから夕飯はいいわ」
「どちらへ?」
「高宮と食事の約束をしたので。場所がどこかは…決めてないので、後で連絡します」
「高宮様、ですね。それでは、お電話をお待ちしております」
「はい。では」
ハヅキは私が立つと同時にスッと椅子を引いてくれる。
丁寧なこの仕草が、私は嫌いだった。
被害妄想とは分かっているけど『早く出ていけ』という合図に思えてしょうがない。
だから朝食を終えてサロンを出ていく時、いつも私は小さな悲しみを抱えている。