Kと銃
男は夜の街が輝く景色をビルの屋上から眺め、人を待っていた。
「よう、K。久しぶりだな」
聞き覚えのある陽気な声が後ろから聞こえてくる。
「珍しく待ち合わせの時間に遅れたな、N。最近どんな調子だ?」
「どうもこうもねぇよ。俺の腕疑ってんのか?この前そこの銀行から大金かっさらっていったばかりだ」
「あれやっぱりお前か。どうりでやり口が荒いと思った」
Kの小馬鹿にした口調に飽き飽きとして、受け流すように言い返す。
「うるせぇよ」
少しの間沈黙が続いた後Nが口を開く。
「世界一の泥棒『ノック』って知ってるか?」
「ああ、聞いたことはあるが見たことも仕事も知らねぇな」
「やっぱそうだよなぁ」
Kは不思議そうにNの方を向いて聞き返す。
「探してるのか?」
「まぁそんなとこだな、ガキのお前には関係ねぇよ。気にしないでくれ」
Nに少しイラつき言い返す。
「ガキって言うけどそこまで歳離れてねぇだろジジイ」
「お?やんのかガキンチョ?」
「ガキンチョでも同じだ、歳の話はもういい」
Nの挑発を慣れたようにかわし、Kは本題の話に移る。
「それはさておき、ちょっと大きな仕事があるんだが、久しぶりに組まねぇ?」
「俺をここに呼ぶってことはそんな事だろうと思ったよ」
2人はここに来た時にそれを予知してたかのよう話を進めた。情報伝達の途中で割り込むようにNが口を挟む。
「お前と仕事をすることには何の問題もないんだが、1つ聞いていいか?」
「何だ。手短に言え」
「いつも胸ポケットに銃を忍ばせてるがそれ使ったことあるのか?」
Nからの心外な質問にKは呆れたように言葉を返す。
「ねぇよ。今関係ないだろ。話を進めるぞ」
「相変わらず堅いなぁ。一緒に仕事をする上で相棒のことを知っておくのは互いにとってプラスだろ?それ、何のために持ってんだ?」
Kは深くため息をつき、渋々銃について話を始める。
「これは、俺が泥棒やってる理由の1つでもあるんだ。男手ひとつで俺を育ててくれた親父の形見でな。俺が小さい頃、親父は珍しい絵や骨頂品とか、高くつくような物を部屋いっぱいに持ってたんだ。よくその部屋に勝手に入って怒られてたよ。でも俺が15になった日の夜、強盗グループがそれらを盗みに押しかかってきたんだ。抵抗した親父は、これだけは盗られてはいけないと、隠れていた俺のところに来て、この銃を渡しヤツらの方に向かっていった。物音が消えたあと部屋に行ったら、もぬけの殻になった部屋に親父が横たわってた」
「それで盗まれた物を取り返すために泥棒やってるって訳か」
「簡単に言えばそんなとこだ、もういいか?お前の世間話には付き合わねぇぞ?」
「分かってるって。邪魔したな、仕事の話進めてくれ」
「ああ、今回の難点はな・・・」
Nに無駄に時間を取られたせいか、急ぐような口調で作戦を説明する。
車で現場に向かう途中、運転していたKが問いかける。
「なぁ『幻の銃』って知ってるか?」
「聞いたことねぇな、今回の物と関係あるのか?」
「どうもそれが結構な代物らしい。しかも今向かってるところの近くだ。それに『ノック』に先に取られちゃまずいだろ?」
2人の結論は同じだった。
「銃も盗るとしたら先にそっちに寄ることになるけどいいか?」
「ああ、本命の方に影響が出ないなら問題ねぇ」
車を走らせ銃のある屋敷に着くと、Kが車を降り1人で盗みに入った。数分で銃を手にして戻ってきたKを見て、車をKの前に移動させて拾い即座にその場を離れた。
「相変わらず仕事が早いな。手本にしたいくらいだ」
「実は屋敷を調べてあったんだ。どうせ盗りに行くだろうなと思ってな」
Kは盗んだ銃を胸ポケットにしまい、次の目標場所の最終確認に移った。
数十分で目標のある美術館が見えた。車を路地裏に停め、裏口を目指して2人は音を立てずに走った。
「さぁぱぱっと盗ってくるか。K、カメラとアラーム頼んだぞ」
「おう、5分後に実行だ。スタート」
2人は美術館に入って約10分後に大きめの絵画を持って車に戻った。
「にしてもでかいなこれ、ワゴンでも斜めにしてギリ入ってるくらいだ。この車Kのか?」
「そんなわけ、俺ら泥棒だろ?」
「だと思った」
仕事を終えた2人は数日後、ビルの上で酒と戯れていた。
「今回の仕事K1人でもいけたんじゃないのか?簡単に思えたぞ」
「そう思ってんならもう引退だなジジイ。どう考えても1人じゃ時間が足りねぇだろ、な?」
小馬鹿にしてNに聞き返す。
「はいはい分かったよガキンチョ」
やけになりながらウィスキーを流し込み、瓶が空になったNがゆっくりと腰を上げる。
「じゃあな、俺は次の仕事の準備にかかるよ」
Kはドアに向かって歩いていくNを、不意をつくように呼び止める。
「俺の銃を盗んでか?」
Nは歩めていた足を止めKの方を向いた。
「盗む?人聞き悪いな。取り返してんだよ」
「取り返す?ついに記憶まで荒くなったか?言ったよな、それは親父の形見だって」
「ほんとに何も知らないんだな。この銃とお前の親父について」
しかめた顔をしたKに対して話を続けた。
「お前の親父の部屋には、絵や骨頂品がいっぱいあるって言ってたよな。それ、どこから仕入れたと思う?」
Kは察したようにNを見つめる。
「お前の親父も泥棒やってたんだよ、お前と同じKという名でな。部屋にあったものは全部盗んだものだ。もちろんこの銃もな」
「なるほどな。それであの時唯一取り返し損ねた銃を、今日取り返しに来たってことか」
「そんなとこだが少し話を省きすぎたな。順を追って説明してやろう。昔、俺とお前の親父は組んでたんだ。俺はLという別の名でな。ただヤツと組んでしばらく経ったある日、ヤツが警察と絡んでる所を目にしたんだ。その時、俺は売られると直感で分かったよ。だからその日の夜、ヤツの部屋に保管してあった物を全て持っていったんだ、この銃を除いてな。」
「親父の話は理解出来たが、結局その銃は何なんだ?」
Kは形見の銃について疑問が残っていた。その問いに拍車をかけるように答える。
「『幻の銃』だよ。あの時、絵を盗むついでにヤツが1人で盗ってきた代物だ」
幻の銃の存在を知っていたKは、驚きを隠せないでいた。
「それがか!?本当にあったんだなそんなものが。しかもこんな身近に」
「よく分かったか?じゃあなこの銃は貰ってくよ」
真実に打ちのめされるKを置いて、Nはドアの向こうに消えていく。屋上で1人取り残されたKは、Nがいなくなり気が抜けたように独り言を呟く。
「全部知らないと思ってたんだなあいつ。むしろ逆なんだよな。親父が泥棒だったのもNが親父と組んでたのも。親父が世界一の泥棒『ノック』ってことも。しかもあいつ勘違いしてたな。親父は警察にLを売ったんじゃない、警察とも組んでたんだ。それすらも分からないようじゃ、ほんとに引退した方が良さそうだなジジイ」
Kは胸ポケットにしまっていた本物の幻の銃を手に取り、夜の街を見下ろしていた。