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やらかしてしまったのかもしれない①

登場人物紹介


小塚真琴:新人。渡部正嗣が指導係。渡部薫を性的に愛している。

金森千尋:期待の新人で薫の部下。渡部正嗣を性的に愛している(らしい)。


一色玲香:大口の取引先『サイトウ・テクニクス』の社員。


渡部正嗣:小塚真琴の指導社員。金森千尋の想い人。

 渡部薫:仏頂面。小塚真琴の想い人。

 ……空気が湿っている。息が熱っぽい。部屋の中が薄暗い。


 彼の荒い息遣いが、私の耳に妙に熱い。吐息の感触と熱が、私の素肌をくすぐっていく。


 私に覆いかぶさる誰かの、その胸に触れる。服の上からはさっぱり分からなかった彼のしなやかな身体は、しっとりと汗で湿っている。


 視界がぼやける。意識がはっきりしない。息が整わない。ついさっきまで相手によって無理矢理に声を絞り出されていたおかげで、私の体も熱く汗ばんでいる。整わない息で必死に空気を吸い込むが、それもうまくいかない。私の胸は、浅い呼吸を繰り返すことしか出来なくなっていた。


 赤く薄暗い室内でぼんやりと映る相手の顔は、よく見知ったはずの男性だ。彼の手が汗で湿った私の髪に触れる。さっきまであんなに私を責め立てていたはずの右手は、今は普段の彼のように優しい。彼はその手で、私の頬を愛おしそうに撫でた。


『小塚さん』


 彼は息が整わないまま、耳元で私の名を読んだ。その、熱を帯びた彼の吐息が耳に届く度、私の全身をぞくぞくとした違和感が駆け巡る。身体が波打つ慣れない感覚に耐えきれず、私は声を漏らして目を閉じ、身を強張らせた。


『……いくよ』


 彼の声が、再び私の身体をくすぐっていった。ぼんやりした意識の中、私は何も考えられず……そして目を閉じたまま、ほんの少しだけ頷いた。


 その瞬間、私の全身は、彼の素肌の感触に激しく包み込まれた。私は耐えられず、彼によって身体の奥から押し出された声を、ただひたすら口から漏らし続けることしか出来なかった。


 その口は、彼によってすぐに塞がれた。


………………


…………


……


 ゆっくりと瞼が開き始めた。ぼんやりした視界に飛び込んできたのは、なんだか見慣れない天井。点灯してない四角い照明が見える。室内がほのかにオレンジ色に見えるのは、部屋の隅にある間接照明のせいか。


 イマイチ意識がはっきりしないが、あの天井が、私の知らない見慣れない天井だと言うことは分かった。ではここはどこだろう。まだ完全に覚醒していない頭で、ぼんやりとしたまま、考える。


 そういえば、何か夢を見ていたような……妙に気になり、回転が鈍い頭でぼんやりと夢の記憶を辿る。随分と見知った相手と一緒に部屋に入り、そしてとりとめのない話をした後、互いの体に触れ、そして、相手を受け入れて……誰だったっけ……妙に生々しくて、とてもリアルな感触の夢だったけれど……


 ……。


 ……。


 ……!?


「金森くん!?」


 頭が突然フルスロットルで動き出し、私は意識の覚醒と共に上半身を勢いよく起こした。


「ちょ……待って待っ……!?」


 額に手を当て、必死に昨晩のことを思い出すが、困ったことに思い出せない。


 昨日はクリスマスイブで、愛する薫お姉さまの家にパーティーをお呼ばれしたことは覚えている。その場に、金森くんがいたことも覚えている。


 そして、次の日……つまり今日が平日で仕事があるからということで、9時には解散になったことも覚えている。あの時間に、私と金森くんは一緒にお姉さまの家を出たことも覚えている。


 問題はその後だ。さっぱり思い出せない。必死に昨夜の記憶をたどりながら、自分の身体を手でさすって、自分の状況を確認する。昨晩お姉さまの家からお暇したときと同じ服装であったことに多少胸をなでおろし、それでもまだ安心は出来ないと警戒しながら、私は周囲を見回した。


 ……何度見返しても、私の部屋ではない。私の部屋のように狭くないし、私の部屋にあるはずのない、おしゃれな間接照明がいくつか置いてある。兄貴の嫁の小春さんが作ってくれたお気に入りのソファもないし、私の部屋のテレビはあんな大画面のテレビではないはずだ。第一、私の部屋のベッドは、こんなふかふかでオシャレなベッドではない。小さい頃から使い続けたボロボロのパイプベッドのはずだ。


 私は落ち着いて状況を整理しようとするけれど、今の私の混乱する頭では、それすら難しい。


「えっと……落ち着け……落ち着いて状況を確認しろ……」


 改めて周囲を見回す。大きなテレビとベッドの間には、革張りでブラウンの二人がけのソファが置いてある。


 そのソファから、男性の足が伸びている事に気がついた。さっきは背もたれに隠れてよく見えなかったけれど、飛び出た足の長さから考えると、相手は相当背が高い。


「んー……」


 背もたれの向こう側から、かわいい唸り声のような音が聞こえた。私はベッドから起き、背もたれの向こう側を覗き込む。この知らない部屋の中で、私が一晩過ごす羽目になったのは誰だ……もし知らない男だったらどうしよう……緊張する気持ちを押さえ、私はその男性の顔を確認した。


「す~……」


 背もたれの向こう側で、実に気持ちよさそうに寝息を立てていた男性……それは、私と同期の仕事仲間にして、あのグータラ渡部正嗣先輩を好きだと世迷い言をふりまく、我が社きっての残念なイケメン、金森千尋くんだった。


「よかった……金森くんなら……あ、いや待てマズい……ッ」


 相手が見知った男性であったことに多少は安堵したものの、すぐに頭は再沸騰した。


 問題はまだ解決していない。金森くんがここで眠っているということは……私が一晩共に過ごした相手は、この金森くんで間違いない。部屋の中は生活臭はけっこうあるけれど、キチンと整理整頓がされていてオシャレだ。ということは、ここはきっと金森くんの家。


――いくよ


 唐突に夢の一言を思い出し、私の顔から吹き出す湯気の量が増えた。妙にリアルなあの夢は、ひょっとして夢ではなく……


 さっき以上に私の頭が混乱していく。頭を抱え、ワシャワシャとかきむしった。この静かな室内で、頭をかきむしる音がいつもよりも大きく聞こえた気がした。


「バカな……! ひょっとして私、金森くんと……!?」

「んー……あれ。おき……た……?」


 そんな私の静かな大混乱は、目の前の眠れる王子様を起こしてしまうには充分過ぎたらしい。気持ちよさそうに安心しきった寝顔を見せていた金森くんが、目をこすりながらゆっくりと、その大きな上半身を起こした。


 その後、金森くんは眠そうに大あくびをしたあと、いつもの機敏な動きとは似ても似つかない、じつにゆっくりとした動きで右手を上げ、ニヘっと力なく微笑んだ。


「んー……」

「……」

「小塚さん。……おはよ」

「……」

「……?」


 返事ができん……金森くんの顔を直視することが出来んッ。もしあの夢が、夢ではなかったとしたら……どうしよう……聞くのも怖いけど……でも、聞かないと……


「あ、あのさ金森くん……」

「うん?」


 金森くんはかなりぼんやりとしている。気のせいか、金森くんの頭からは、くるくる線と小さなお日様が飛び出ているようにも見えた。


「昨日……私達……」

「昨日……?」

「えっと……」

「……?」


 無邪気に微笑みながら首を傾げる金森くんを前に、私の心がみるみる萎縮していく。でも顔はそれに反比例してまっかっかだ。


 意を決し、でも恐る恐る、私は昨日の夜のことを金森くんに問いただしたいのだけど。


「えっとさ……私達」

「うん……?」

「んーと……」


 その第一声が出てこない。もし『ゆうべはおいしくいただきました』みたいなことでも言われたら……ッ!?


 私が最後の一声が出せずにしどろもどろしていたら……金森くんの頭も寝起きからだいぶ覚醒してきたらしい。だんだんと顔がシャッキリしてきて、私のことを不思議そうに見る眼差しにも、力がこもってきた。


 その後、人差し指で自分のあごをぽりぽりとかいた金森くんは、私の顔を覗き込み、そして起き抜けの静かな空気を破らないような、とても静かな声を出した。


「……昨日のこと、覚えてない?」


 そう! その通りなんだよ金森くん!! 私は首を縦に大きくぶんぶんと振り、これみよがしに頷いた。


 そんな私の様子をみた金森くんはすべてを察したようで、ニヘッと微笑んだ後、昨日の夜のこと……特に、お姉さまの家を二人でお暇したあとのことを、優しい笑顔と共に私に語ってくれた。



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