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Unlimited Sky  作者: 九JACK
坂の上から
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海道家

「半澤くん、よく来たね」

 美好の姉が半澤を歓迎した。写真を撮るのに専念していた半澤は少しタイミングが遅れながらも、ぺこぺこと挨拶をした。

 半澤のことは姉に任せ、美好は台所に向かう。母がお湯を沸かしていた。

「お客さんが来たんだから、お茶くらい出さないとね」

「茶菓子食わせすぎるなよ? 夕飯も食ってくんだから」

 そう告げて、料理の準備をし始める美好を見、母がこぼす。

「美好に友達ができて、お母さん嬉しいわ」

「母さん、自分のこと『お母さん』っていうのやめろよ。年が出てる」

「いいじゃない、本当のことなんだから」

「それはまあ、そうだけど」

 根菜類を刻む音の合間合間に二人の会話が続く。

「美好はね、昔っから人を寄せ付けないオーラを出してたからね、みんな怖がって近寄ってこなかったのよね」

「そんなことあったか」

「まだこんくらいの小さいときよ」

 母が手を肩幅くらいに広げて言う。美好は包丁を使っているので、ちらりとも見ないが。

 母は母親らしい慈しみに満ちた目で、どこか遠くを見る。

「それがこんなに大きくなって、お友達を家に連れてくるようになるなんて……お母さん想像してなかったわ。涙が出そう」

「そんなことで泣くなよ。俺にだって、友達くらいいるし、クラスで仲のいいやつだっているからな……目付きに関しては黙秘を希望するけど」

 その証拠に美好にはもう色々な渾名がついている。かいとくんとか、よっしーとか。目付きは悪いが、人は悪くないので、割と好かれるのだ。まあ、家に連れてくる程仲がいいのは半澤くらいだが。人の距離感なんて人それぞれで、様々だ。

 それでもお母さんは嬉しいの、と母は言った。

「美好に親しく接してくれる子なんて、花隣ちゃんくらいしかいなかったでしょう?」

「リンはただの腐れ縁だよ」

「それでも、縁は縁だわ」

 切り返しが上手い。年の功というやつだろう。口に出したら怒られるので、言わないが。

「お母さんはね、美好に男の子の友達ができたのが嬉しいのよ」

「そうなの?」

 よくわからない、と思いながら、鍋に水と昆布を入れる。それからまた野菜切りに戻った。

 男友達と女友達。そこにどれほどの違いがあるのだろう。思春期なので、同性と異性への意識の違いはわかるが。

「そうねぇ……恋愛とは違う意味で美好を思ってくれる人がいるっていうのが嬉しいのよ」

「ふぅん」

 よくわからない。もしかしたら、親の心子知らずというやつかもしれない。世の中とは無情なものだ。

「そういえば、美好、鼻のそれ、どうしたの?」

「今頃?」

 鼻の絆創膏はつけたままだ。かさぶたになって取れるくらいまではつけておいた方がいいだろうという判断である。

「こけたの」

「また?」

「それ、俺も思った。坂道は危なくてしゃーない」

 ぶつくさ文句を垂れていると、母が火にかけていた笛吹やかんが鳴き出した。ひよこが暴走したかのような笛吹やかんの音に話も雰囲気もぶち壊される。まあ、さして重要な話でもなかったので、話はそこで打ち切りになった。

 茶菓子を食べさせすぎるな、と言ったのに、堅煎餅のパックを一袋持っていった母の神経を疑う。半澤は見た目に違わず少食だ。堅煎餅一枚で腹いっぱいになられては困る。その辺は、まあ、半澤本人がなんとか気を遣ってくれるだろう。客人に気を遣わせるのもどうかと思うが。

「……男の子の友達ねぇ」

 クラスにも親しい男子はいる。確か、バスケ部のなんとかというやつ。席が近いだか、元々そいつの距離感が近いだかなんだかで知り合った。

 だが、そいつと半澤は別格だろうと思う。そいつが大切なものを生徒指導部に取られそうになっていても、生徒指導室まで入っていこうとは思わないし、暴力を振るわれているのを身を挺してまで止めたりしないだろう。やはり、美好にとって、半澤は特別な存在なのだ。

「特別、か……」

 その言葉を反芻しながら、美好はフライパンで鮭を焼き始めた。


「海道くんはさ、どうしてそんなに優しいの?」

 食後、自主的に皿洗いを手伝いに来た半澤に問われて、美好は首を傾げた。

 自分が優しいだなんて、言われたこともなければ、考えたこともなかった。

「俺は善意の塊だぜ?」

「僕は真剣に聞いてるの」

 ふざけて返したら、案の定怒られた。

 半澤をちらと見ると、怒っている割には俯いてしょんぼりとしている印象だった。冗談のつもりだったが、そんなに傷ついたのだろうか。

 半澤が語り出す様子がないので、代わりに美好が口を開いた。

「別に、優しくしてるつもりなんてないさ。敢えて言うなら普通だよ。俺は普通に接してるだけ」

「……なるほど」

 俯き加減の半澤の賛同は小さいものだった。別に賛同されなくても気にはしない。

 美好が続きを考えあぐねていると、半澤が先に口を開いた。

「それならやっぱりすごいや。よく言われる話だけど、普通のことをするのが、一番難しいからね」

「俺を褒めそやしたって、何も出ないぞ。スポンジからなら泡は出るが」

「別に対価とか代償行為を求めてるわけじゃないよ。にしても、スポンジから泡が出るって、面白いこと言うね」

「当たり前のことだろうが」

「ギャグセンスの話だよ」

「そりゃどうも」

 くすくすと半澤が笑う。

「園崎さんが言ってた通りだ」

 あいつ、何を話した?

「海道くんは面白いなぁ。被写体(モデル)としても面白いし」

 モデルと言われて思い出す。

「そういえば、今日の写真は何がどう面白かったんだ?」

「えっ、どうしてわかったの?」

「顔に書いてある」

「嘘、どこどこ?」

「半澤、食器用洗剤で顔を洗うな」

 美好的には天然すぎて半澤の方が面白いのだが。顔に書いてあるを真に受けるくらいに純粋とは。

「お前のそういうところ、嫌いじゃないぜ」

 すると、半澤はぽかんとした。

 それから、にっこりと笑った。

「ありがと」

 その笑顔を撮る機器が手元にないのが惜しまれる。それに食器洗い中だ。機械に水気は駄目だろう。

 半澤って本当にずるいな。お前ばっかりシャッターチャンス撮ってんじゃねぇよ。

 口にはしなかったが、美好はそう思った。



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