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Unlimited Sky  作者: 九JACK
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遺された者

「みーくん、なんで、なんで」

 海道美好は病室の窓から飛び降り自殺を謀った。結果、落下により、頸椎骨折、頭蓋陥没、出血多量と並べられ、一言で簡単にまとめるなら死亡した、となる。

 その報告に幼なじみである園崎花隣は涙した。見舞いに来たときに、看護師から事件の概要を聞いたのだ。亡くなったのは深夜未明とのことである。

 家族には真っ先に伝えられたのだろう。見舞いに来た花隣に次いで、病院にやってきた美好の姉は、花隣を見て申し訳なさそうな表情をしていた。

「……そっか。誰よりも早く花隣ちゃんが来てくれたわけね」

 色男め、という憎まれ口も、どこか虚しい。軽口という風には響かなかった。姉として、弟の自殺はやはり衝撃的なものであったらしい。

 ただ、泣き叫ぶ花隣とは対照的に、美好の姉は淡々と作業を進めた。美好が入院するに当たって持ち込んでいたもの──言ってしまうと、遺品を回収して回った。

 花隣も手伝う、というようなことを言ったのだが、大丈夫だから一回落ち着いてちょうだい、と言われた。涙は次から次へと溢れ出て、止まることを知らなかった。

 美好の姉が部屋を片付けていく中で気慰みにか、話を始める。

「無情なもんよね。お父さんとお母さんはさ、仕事が忙しくて来られないんだってよ。息子が死んだってのに、仕事とは、感心したらいいんだか何なんだか。あたしなんか、彼氏との予定一つすっぽかしてまで駆けつけたってのに、これじゃ美好も報われないわよね」

「……報われる、ってなんですか」

 涙混じりに訊ねると、大した真剣味のない返事が返ってくる。

「自殺でも他殺でもそうだけどさ、家族が死んだってのに、家族が立ち合ってくれないって、報われないと思わない? あたしゃよしとはしょっちゅう口喧嘩してたからさ、よしのことは好きとは言えないよ。でも血の繋がりってさ、自分で決められるもんじゃないじゃない。よしだって、こんな姉貴なんか嫌いだ、とか言いそうだけどさ、あいつはあたしよりかなり生真面目そうだから、あたしが死んだら死んだで死後の手続き? とか律儀にやってくれると思うのよね。文句の一つも垂らさずに。だからってわけじゃないけど? ま、家族だし? 来ないっていう選択肢はないかなぁって。花隣ちゃんとかさ、他にもあいつ友達いっぱいいるらしいけど、こういうのって、他に任せるわけにはいかないじゃん。お父さんもお母さんも、仕事の一つや二つ、ほっぽり出してきてやればいいのに。はあ、なんであたしなんだろ。天国のよしも嫌がるだろうなぁ」

「そんなこと」

 ない、と言おうとした花隣だが、美好の姉にお世辞はいいのよー、と軽く返す。

「あたしだって、好きで来てるわけじゃない、親不孝ならぬ弟不孝な姉なんだから。花隣ちゃんのように涙の一つも流してやれないロクデナシ。今もなんでこんなことやってんだろって思ってるから。それなら愛しの彼氏とデートしてる方がずっといいし。あー、本当何してんだろ、あたし。自殺なんて勝手な死に方したやつのためなんかに」

 そこで花隣の中でぶつんと何かが切れた。

「なんかってなんですか。嫌々やってるって? それでもあなたはみーくんのお姉さんですか?」

「うおっと?」

 地雷源を踏んだらしいことを察した美好の姉が手を止め、ちら、と花隣を見る。花隣は眦に涙を溢れそうなほどに溜めていた。

 だが、ありゃま、と肩を竦めるだけだ。悪びれる様子はない。

「言ったでしょ、弟不孝って。繋がってるのは血だけだよ」

「だからって……言い方ってもんがあるでしょう?」

「花隣ちゃんはむしろ、こんな死に方をしたやつの肩をどうして持つわけ?」

 こんな死に方。……投身自殺。

 なんでと嘆いた。涙を流した。そう簡単には止まってくれない。

 肩を持つ。その通りだ。花隣がしているのは自殺した美好を擁護しているということになる。もちろん、花隣が美好の自殺という死に方に納得がいっているわけではない。だが、美好の姉の言うことはあまりにも無情に聞こえた。

 花隣はめげずにはっきり答えた。

「私は、みーくんが好きだからです」

 美好の姉が肩を竦める。

「わからないわね。自分を置いて死んでいくようなやつのどこがいいのさ」

「いいとか悪いとかじゃないです。私はただみーくんが好きなんです。だから、戻ってきてほしかった」

 いまいち要領を得ない花隣の言葉に美好の姉は首を傾げる。

「戻ってくる? 意識は戻ったじゃない」

 そういうことではない。だが、どう話しても、上手く伝わることはないだろう。

 生と死の淵をさまよった美好を招いた不思議な世界の物語を理解してもらうのは難しい。

 無限に繰り返す世界から、脱出させるために、あるとき、花隣も呼ばれた。サイの作った人形のリエラとして。

 そこでその世界からクラウンを使って脱出すれば、紫の瞳の少年であった美好は死から脱することができたかもしれない。

 けれど、花隣はリエラとして失敗し、二度とあの世界には行けぬまま、二日が経った。

 そんなとき、美好がようやく目を覚ましたのだ。

 きっとサイ──半澤が上手くやったのだろうと思う。それは半澤に感謝している。

 だが、半澤は美好にとって最も重要なことを隠したまま、美好をこちらへ返してしまったのだ。……即ち、半澤の死。

 言わなかったのか、言えなかったのかはわからない。ただ、美好は半澤が死んだことを知らなかった。もし、知っていたなら、自殺なんてするはずがない。サイとして半澤が宥めるなりすかすなりして、美好に生きる希望を与えたはずだ。

 それとも、それでも尚、美好は生きる希望を得ることができなかったのだろうか。……いや、知っていたにしては、昨日の反応はおかしかった。最初から知らなかったと考えるのが妥当だろう。

 ……だとしたらみーくんは(こちら)ではなく、さわくん(あちら)を選んだ、ということね。

 花隣はその場に泣き崩れる。さすがに言い過ぎたと思ったのか、美好の姉が慌てて駆け寄り、介抱する。

 ひどい泣き方だ、と花隣は思った。これは美好を思って流す涙ではないのだ。悔しくて流す涙。死んでも、半澤には敵わないのだ。そのことが悔しくてくてくて仕方がない。

 きっと、美好は半澤が死んだと聞いて、生きていく意味を見出だすことができなかったのだと思う。生きていく意味なんて、これから見つけていけばいいようなものなのに、美好は半澤というたった一人の親友にすがって、その親友を追いかけるように死を選んだ。あの不思議な世界に最後までいて、戻ってきたのなら、美好がサイを半澤だと気づいていても何らおかしくない。……気づいたからこそ、死んでまた同じ世界で過ごそうと考えたのかもしれない。

「みーくんの、みーくんの馬鹿ぁ、なんで、なんで、私がいるのに」

「花隣ちゃん……」

「うああああああっ」

 美好が最後に何を思って逝ったのか、花隣には到底、わかりそうもない。

 半澤と花隣がわかり合うことは決してないのだ。美好、花隣、半澤。三人の思いは三人共擦れ違ったまま進み、終わる。それなら、いっそ。

 花隣は虚ろな目を開けた。介抱してくれる美好の姉の腕から脱け出し、窓の方へ。美好が飛び降りた窓だ。

 同じ方法で死んだら、同じ場所に行けるかな。

 空っぽな心でそんなことを思い、花隣は窓を開け──

「駄目よ」

 美好の姉に羽交い締めにされて、止められた。

「……なんでみーくんはよくて、私は駄目なんですか」

「あなたとよしの違いなんて、たった一つだけよ」

 美好の姉は花隣が離れていかないようにぎゅ、と花隣を抱きしめた。

「そこに、止めてくれる人がいたかどうか。……そう考えると、よしのやつ、深夜なんかに死んで……そんな時間に、誰かが止められるわけないじゃない。本当、狡猾なやつ」

「……でも」

 花隣はぽつりと涙をこぼしながらとある可能性を呟いた。

「きっとさわくんなら止めたわ。あらゆる不可能という可能性すら飛び越えて、きっとみーくんの腕を掴んで」

 悔しそうにこぼす花隣の頭を美好の姉はよしよし、と撫でた。

「そもそも、あの爽やかくんが生きてたら、こんなことにはならなかったかもしれないわね。よし決めた。あたし、あの子を恨むから」

「えっ」

「そうでもしないとやってられないでしょ。あの子を恨んで、それで終わり。恨むべき相手が死んでるんだから、あたしたち生きてる人間にできるのは、せいぜい恨んで、気が済んだら前を向くことよ。だから、花隣ちゃんも死ぬんじゃなくて、よしをそんな世界に連れていってしまった爽やかくんを恨みなさい。それで気が済むまで恨んだら、お墓参りにでも行きましょ。

 あんたがよしを連れてったんだから、ちゃんと責任取ってよね、とか言ってやるの」

「理不尽な……」

「そんなこと言ってたら、何もできないでしょ。それにあたしたちはあの子に理不尽によしを連れ去られたんだから、理不尽に理不尽を返すことに何の問題もないわ」

 暴論だ、と思ったが、なんだか深刻になっているのが馬鹿らしく思えた。

「あとは、あの二人の問題、ですか」

「そうよ。あ、花隣ちゃん笑った」

「えへへ」

 花隣は少しはにかんで、空を見上げた。

 果てしなく続く空は、どこまでもどこまでも青く、噛みしめた果実が苦くとも、残された者は生きるという道をまだ、選ぶことができる。

「あ、これ」

「なんですか」

 美好の姉がポケットから何か取り出し、花隣の手に乗せる。

 見ると、それはオレンジに近い赤をした二つ折携帯電話だった。

「よしの遺品よ。一つくらいは花隣ちゃんに持っててほしくて」

 花隣はゆらりと揺らめいた赤に目を見開き、ありがとうございます、と受け取った。

「あなたが、クラウンだったのね──」



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