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Unlimited Sky  作者: 九JACK
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再会

 この世界ができた黒幕には、サイの他に王がいるということがわかった。

 王の目論む世界征服というのは少年には理解しがたかったが、まあ、なんとなく言いたいことはわかる。幸福という概念を洗脳のように植え付けられた人間ならば、譬、独裁を敷かれたとしても、独裁という不幸な言葉は存在しないと思い込んでいるのだから、何の不信感も抱くまい。

 ……まさしく、人形のように操られる世界の完成というわけだ。

「そんな世界は確かに嫌だな」

 そう呟きながら、少年は絵を描いていた。パレットに赤い絵の具と青い絵の具が広げられている。赤い絵の具を水で溶いて伸ばす。濃い部分と薄い部分をパレットの中で作り分けた。

 下絵として描いてあるのは、クラウンの線画だ。太い黒と細い灰色のストライプの入ったジャケットを身に纏うクラウンの姿。独特なジャケットだが、なんとなく、クラウンという感じがする。

 まずは髪の色を塗る。薄い方の赤を筆で取って、さらりと髪の流れのように塗っていく。何度か重ねて、いい感じの濃淡ができたところに、細い筆の先に濃い方をつけて、要所要所に筆を入れる。すると、髪によりリアリティーが生まれてくる。

 髪を塗り終わると、今度は青い絵の具を伸ばした。青い絵の具は水で伸ばすと、次第に白いパレットの中に空のような濃淡を映し出すようになる。

 空の真ん中の色を筆で掬い取って、クラウンの左目に入れた。

「よし」

 本来なら、右目も入れるべきなのだが、それではなんだか違和感が生まれる気がするのだ。少年の知るクラウンは最初から、右目が白かったような気がする。

「……まるで、最初から壊れていたみたいだな」

 それは少年も知らないことだ。

 美好も気づかなかったクラウンの正体は、壊れかけの──だったのだから。


 少年が一所懸命クラウンを描いていたのにも理由がある。

 サイが鏡越しに言ったのだ。

「何か望みはあるかい? よほどのことでない限り、ボクなら叶えてあげられるよ」

 そう言われて、少年はほとんど迷うことはなかった。

「クラウンに会わせてほしい」

 間髪入れずに返ってきたその答えに、サイはほう? と返した。

「キミはなかなかクラウンに固執してるみたいだね」

「……友達だから」

「なるほど。わかった。だけど、クラウンも所詮はボクの人形だ。そちらの世界に行ったところでキミのことは覚えていないかもしれない」

「それでも、俺はクラウンに会いたい」

 途方もない回数を繰り返したというのに、たった一人しかできなかった友達。それは少年にとってかけがえのないものだった。

 それを理解しているのかいないのか、サイは奇妙なことを言った。

「もし、キミが本気でクラウンを望むのなら、クラウンの姿を絵に描いてみるといいよ。そうしたら、キミの望むクラウンがキミの前に現れるだろう」

「俺の望む、クラウン……」

 それはどういう意味だろう、と首を傾げながらも、少年は自分が覚えているクラウンの姿を描き出した。それが今、目の前にあるクラウンの絵だ。

 描き上げて、何も変なところはないだろうか、と眺めていると、不意に鏡にサイの姿が映り、驚いた。鏡に自分じゃない人物の姿が映るというのはやはり驚かざるを得ない。その上、サイは白い髪に赤い目、というなかなかインパクトのある配色をしている。見慣れない色の並びにはやはり驚かされる。

「びっくりした」

「あはは。毎度だけど、そんなに驚くもんかね」

「いつも驚いてるだろうが」

「オーバーリアクションな気がするよ」

「考えすぎだ」

 サイは話してみると話しやすくて、ずっと昔から友人だったかのような感覚さえ湧いてくる。親近感というか。顔がそっくりだから、というだけではない気がする。

「さてと。まあ、ボクがキミの前に現れたのは他でもない、キミが望んだクラウンのことについてだ」

「クラウンに何かあったのか」

「何もないさ。ほら、公園に行ってみるといい」

 なんだかはぐらかされたような気がしなくもないが、クラウンに会えるというのならいいだろう、と少年は公園に向かった。

 ざあ、という噴水の音がする向こう側に人が集まっていた。何事だろうと眺めていると、やがて、拍手が置き、少ししてから賑やいだ様子で方々に散っていった。

 そんな人混みの向こう側にいたのは。

 赤い髪、空のように澄んだ青い瞳、独特なストライプのベスト、黒いハットを持った少年。右目が白いのが一際目を引く。

 見間違いようがない。それはクラウンだった。

 少年は喜びのあまり、飛びついた。

「クラウンッ」

「わっ」

 クラウンは驚いたように一歩退いて受け止めた。目を白黒とさせている。状況が飲み込めないのだろう。

 少年はサイの言葉を思い出した。クラウンは覚えていないかもしれない。あまり嬉しくない言葉だったが、どうやらその通りのようだった。いきなり抱きついたことを謝ると、少年は昔会った友人によく似ていたのだ、とどこか苦しい言い訳をした。

 そんな苦しい言い訳に何の違和感も抱かなかったらしく、クラウンはそっか、と笑って少年のことを受け入れてくれた。友達になってほしい、と控えめに言うと、もちろん、と笑顔で握手してくれた。ループで最後に手を握ったのはいつのことだったか。そんなに前の出来事ではないはずなのに、少年にはその手の温もりがやけに懐かしく感じられた。

 それから日が暮れるまで雑談に花を咲かせた。昔の友達とはどんな人物だったのか、とか、クラウンは今までどんな世界を見てきたのか、とか。話したいことは話せば話すほど増えていって、時間が過ぎるのがあっという間に感じられた。

 クラウンは家無しだが、誰かの家の部屋を借りるということはしない主義らしい。日が暮れると、互いに惜しみながらも別れた。明日また会おう、なんて約束をして。

 明日の約束なんてしたのは一体いつ以来だろうか、と少年は夜空を見上げた。星が綺麗だ。


「よかった、二人がまた会えて」

 虚空でサイはそう呟いていた。人気の間でのことである。人形の間にはサイしか入ることができない。譬、王であってもサイの人形作りの邪魔をしてはいけないからだ。二人しかいない虚空での暗黙の了解となっていた。

 だから人形の間では、サイは存分に独り言を言う。

「まさかとは思ったけど、本当にそうなるとはねぇ」

 サイは少年に願われて、クラウンを送ったわけではなかった。少年の前に現れたクラウンは、少年が絵に描いたクラウンだ。

 つまり、少年もまた、サイのように絵を具現化する能力を持ったということだ。

 が、考えてみれば道理である。元々、絵の具現化能力を持つサイの分身なのだ。サイと同じ能力を持っていてもおかしくはない。ただ、俄には信じがたかったため、少年を試したのだ。まさか実現するとは思っていなかった。

 その能力が、自在に操れるのだとしたら、あの少年はあと、あることに気づけば、王を倒すことも夢ではなくなる。

 とはいえ、最後になるであろう少年の誕生日はまだ先の話だ。そのことはもう少し後に話す、でいいだろう。

 少しくらい、二人に再会を喜ばせる時間を与えたって罰は当たらないはずだ。

 だが、時は残酷なほどに確実に進んでおり、刻一刻とタイムリミットは迫っている。

 世界が終わるまで、あと──


 僕はクラウン。道化という意味の名前なんだって。サイがそう教えてくれた。だから僕はピエロでいなきゃならないんだって。

 義務とか責任とか、そういう難しいことはわからないし、世界とかあまりにも重い荷物は僕には背負えない。ちっぽけな人形の僕は、その重さで壊れてしまうから。

 だからせめてね、頑張る君たちの横でそっと、支えになれたらいいなぁ、なんて思ったんだ。

 だから僕は、最後まで君たちに殉じようと思う。譬、道具でしかなくても。

 それが僕が今ここに在る意味だと信じて。



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