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Unlimited Sky  作者: 九JACK
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白い菊の絵

「これからボクが語るのは、おとぎ話であり、実話であり、過去であり、ボク自身が負った、罪の話である。聞きたいというのなら、どうか最後まで聞いておくれ──」

 そうして、サイは語り始めた。


 サイの過ちの始まりは、白い菊の絵を描いたことだろう。きっと。


 サイのいた世界では、子どもたちはこぞって絵を描いて楽しんだ。上手い、下手っぴ、なんて言い合って、笑い合う、遊びの道具だった。

 だが、ある年齢を境に、何故だかみんな、絵からぱったり興味をなくし、仕事だなんだ、と大人になり、それなりの生活に勤しむようになるのだ。

 故に、絵描きは子どもの遊戯。それが大人の共通認識で、その認識は世間の常識と化していった。

 何故、絵を捨てなければならないのだろう。絵を描くことが大好きで大好きで堪らなかった少年は思った。彼は大人の思惑に抗うように、自分なりに懸命に絵を描き続けた。評価されなくったってよかった。少年はただ、絵を描くことが大好きだったのだから。

 だが、「絵は子どもの遊戯」。そうしてずうっと絵を描いている少年は、やがて大人たちから後ろ指を指されるようになる。

「ほら、ご覧なさいよ、あそこの子ったら、もう十五にもなるのに、絵なんて描きくさって。十五と言ったら、もう充分大人でしょう」

「全くですわ」

「あら、あの絵を描く坊っちゃんを見て、母親として何と思いますの? 奥さん」

 母は控えめに微笑んだ。

「私は、好きなようにさせるのがいいと思っておりますので……」

 それは目に見えて愛想笑いだった。

 そんなぐちぐちと責め立てられる母の姿を見て少年は思うところがなかったわけではないが、誰に責められるわけでもないので、やはり好きな絵を描き続けた。母もそれを止めることはせず、周りのお節介でねちっこいおばさんたちからの言葉に目一杯の愛想笑いで対処していた。

 そうして誰も決定的に止めないから、少年の絵描き好きには拍車がかかっていった。ただの遊戯だったのに、遊戯という認識があるのに、少年は心底真剣に絵と向き合うようになったのだ。何色と何色を混ぜればどんな色ができ、何色と何色を合わせれば、美しい色の並びに見えるか、など、少年は独学で絵を極めていった。

 次第に周りはそんな些細な日常の異変を気にしなくなっていき、いよいよ少年は正々堂々と絵を描くことができるようになっていった。

 そんなある日のことである。

 少年は雨上がりに、素晴らしい被写体を見つけた。

 それは数多の花弁を持つ白い花だった。その花は露を帯び、光が様々な方向に反射して、とても輝いて見えた。

 その感動をどうしたら胸の中に収めることができるだろうか、とちょっと興奮気味に少年が考えたのが、その花を絵で描くことだった。

 この輝きを、どう表したらいいだろう、と少年はちょっと異常とも思えるくらいに考えた。その花をそのまま千切って取れたなら、少年の思いも幾分か晴れたことだろうが、誰のものかもわからない花を千切り取ることは躊躇われた。故に、千切らずに胸の中に留めておく方法として、絵に描くことを選択したのだ。

 そのときは絵を描くことに神様がいるのなら、その神様が降臨しているのではないかというくらい、少年は集中し、持てる技法の全てをもって、その花を描き上げた。

 自分で描いたことが信じられないくらいに美しいその花を見て、少年はほう、と溜め息をこぼした。もしかしたら自分はこの花を絵に描くために生まれたのではないか、とまで錯覚するほどに。

 ……そんな彼には、はからずも、神に似た力が宿っていた。いや、彼の執念がそうさせたのかもしれない。

 彼の足下には白いその花が二輪、並んで咲いていたのだ──


 つまり、要約すると、少年は絵に描いたものを具現化する能力を得たということになる。

 その才能に目をつけた人物がいた。

 その人物の名前を知るのは、その人物の家族くらいなものだろうが、誰一人として彼の家族を見たことはなかった。故に、彼は変わり者としてよくよく周りの目を引いた。目を引くという点においては少年以上だったかもしれない。

 その変わり者はいつからか、町の公園に現れ、「我が名は王なり。いつか、世界を征服する者よ」と語るようになった、少年以上に変わり者として有名だった。もちろん少年も噂くらいは聞いたことがある。それくらい有名な存在だった。

 そんな人物が、菊を描き終えた少年に話しかけてきた。

「お前、変わった絵を描くな」

 少年は顔を歪める。

「やっぱりおかしいかな。この年でまだ絵を描いているなんて」

 すると、彼は首を横に大きく振った。

「否である。それはもはや神より授けられし才能といっても良いほどのものだ」

 少年は嬉しかった。何がって、自分の絵が初めて他人に認められたからだ。これが嬉しくなくて何が嬉しいというのか。

 だから少年は彼に聞いた。

「あなたの名前、聞いてもいい」

「俺か。俺は王だ。いつか世界を征服し、治める者よ」

「へー……」

 噂には聞いていたが聞いていたより変だな、と思った。だが、世界で初めて自分のことを認めてくれた人だ、という尊敬の方が上回った。

「じゃあ、ぼく、あなたのこと、王様って呼ぶね」

「よかろう。では俺はお前を部下としよう。共に世界を手中に治めようではないか」

 お遊びだと思っていた。

「して、お前の名は」

 少年は笑って答えた。

「ぼくはサイだよ」

「そうか、ではサイ、お前に一つ、頼みがある。絵を描いてほしいのだ」

「いいよ」


 そんな安請け合いが、世界の始まりだったのだ。


「王様って噂通り変な人だったけど、いい人だったな」

 少年は家に帰り、玄関の鍵を開けながら言う。

 扉の向こうはしん、と静まり返っていた。サイははあ、と溜め息を吐く。家族は出払っている。旅行に行くと言っていた。

「……息子の誕生日も忘れて、どこぞで遊び呆ける親なんかよりは、ずうっと」

 そう、サイはこの日、誕生日だった。ただ、サイは今日はこの家の留守を任されただけ。留守といっても、戸締まりさえしっかりすれば、外へ遊びに行ってもいい、という約束だったから、サイは戸締まりをしっかりして、外で絵を描いていたのだ。

 今日描いた大切な菊の絵を自分の部屋に置き、サイは家にいてもつまらないから、ともう一度外へ出た。

 もちろん、しっかり戸締まりはした。


 王のところへ行った。自分に絵を描いてほしいなんて言ってくる人は今まで一人もいなかったから、少年はどんな絵を描かせてもらえるのか、楽しみで楽しみで仕方なかった。

「王様は、世界征服世界征服って言ってるけど、どんな風に世界征服するつもりなの」

 すると、王は得意げに胸を張った。

「俺が成す世界征服とは、皆が言うほど物騒なものではないぞ。誰もが幸福な世界を作って誰もが幸せな世界を幸せなまま、支配下に置くのだ。そうすれば、誰も支配されているとは思わない。それこそ、幸せな世界征服だとは思わないか」

 少年は王の力説に圧倒された。幸福、幸せ、そんなことを見据えて世界征服を唱える人物など、今まで見たことがなかったのだ。

「幸せな世界征服かぁ……なんだか素敵だね」

「ああ。ただ、そんな世界にするためには、まず世界を作るところから始めなければならない。そこでサイ、お前の力を借りたい」

「世界を、作る?」

 あまりにもスケールの大きい話で、サイは最初ついていけなかった。そこに王が漬け込んだのだ。

「サイ、お前には描いたものを具現化するという素晴らしい能力が備わっている。世界に二つとない能力だ。その能力を使えば、思い通りの世界を文字通り描き出せることになる」

「絵が、世界になる?」

「そういうことだ。描いてくれるな?」

「……」

 サイはよくわからないまま、こくりと頷いてしまった。

 それがまさに、過ちの始まりだったのだ。

 ただ、そうなると世界の創造主である自分たちは別な世界で世界の管理をすることになる、と言われたので、サイは王に、ちょっと待っててね、と言って家に帰った。

 誕生日も祝ってくれないけれど、一応家族なのだから、挨拶くらいはしておこうと行ったところ、家はまだ静かだった。誰も帰ってきてないらしい。

「もしかして、泊まってくるのかなぁ」

 むすぅ、とサイはむくれた。除け者扱いされては気分も悪くなるというものだ。

 と思って、部屋から画材だけ持ち出そうとしたところで、サイは衝撃的なものを目にする。

 部屋のあちこちに飾られた絵には泥だの滅茶苦茶な色の絵の具だのが塗りたくられ、置いてあった絵は皆、八つ裂きにされていた。

 さっき完成させた、丹精込めて描いた菊の絵も、

 黒く塗り潰されていた。絵が全く見えなくなるほどではない。ただ適当にぐしゃぐしゃと塗られていた。

 サイの中で、何かがふっつりと切れた瞬間だった。



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