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Unlimited Sky  作者: 九JACK
坂の上から
34/70

日常的非日常

 がしゃーんっ

「っつうっ、またこけた。最悪だ。頭いてー」

 美好が自転車と一緒に道路に転がりつつ、呟いた。

 最近、更に坂道の暴走車が増えた。もうすぐ八月である。帰省ラッシュというやつが来て、お盆は田舎道でも渋滞するかもしれない。ここは都会とは言えないが、田舎でもない。渋滞が起こる可能性はゼロではないだろう。先が思いやられる。

 お盆といえば、海道家は十三日に墓参り、十四日に家に来る人々を待ち、十五日に親戚の家に行く、という決まりがある。料理は美好の担当だ。十六日の流し素麺くらい母にやらせればいいだろうに、姉がいっちょまえに「つゆが濃い」と文句をつけ、五月蝿いため、仕方なく、美好がやることになった。

 というわけで、お盆用のメニューの材料の買い出しだ。誰か手伝ってくれやしないものかと自転車を引きながら思うが、警察官の父は仕事、母は知り合いの結婚式で昨日からいない。姉は……彼氏とデートだという。なんかむかついたので、出る前、玄関先に塩を撒いておいた。

 どうせ、海道家の台所事情は美好お抱えの問題だ。できるのは肩を竦めるくらいだろう。

 と、歩いているうちに学校に着いた。学校の前を抜けるのが近道である。

「坂のこっちにもスーパーがありゃいい話なんだが」

 とは言いつつ、美好はここを通るのを楽しみにしている。きゅ、と花壇の前で自転車を停めた。

「よ、とーる」

「あ、おはよう、うみくん」

 いつも通り、半澤が花壇に水をやっていた。これを見ると、なんだか安心する。半澤が毎日花壇に水をやるのが習慣であるように、美好はその半澤を見るのが習慣のようになっていた。

「今日は買い物かな」

「おう。正月もだが、お盆の料理は大変だよ」

「えっ、うみくんお盆の料理も作るの」

 ハイスペックな主夫だなぁ、と半澤が苦笑いする。美好も苦笑いするしかなかった。

「お務めお疲れさまです」

「敬礼せんでもいいよ」

 くすりと笑ってから、美好はんじゃ、と身を翻す。

 その途端、うみくん!? と半澤から悲鳴のような声が上がった。美好が振り返ると半澤は顔を青ざめさせていた。

「どうした」

「どうした、じゃないよ。頭から血が出てるよ」

「あー、道理で痛いわけだ」

「呑気に言わない」

 全く、と言いながら、半澤は桜色のハンカチで傷に触れる。美好は痛みを感じなかった。

「血は止まってるみたい」

「そうか」

「そうかじゃなくて」

 半澤がびしりという。

「転んだんなら怪我の確認はちゃんとしてよ? 痛覚が鈍いとどんな怪我になるかわからないんだからね」

「まあ、そうだな」

 美好は気まずそうに目を逸らし、頬を掻く。痛覚が鈍くなってきている自覚は一応ある。毎日毎日こけすぎているからだろう。嬉しくはない。

「あと、フードが血塗れになってるから、あとで着替えた方がいいよ」

「さんきゅ」

 ずっとその話では気まずいので、美好からも話題を振った。

「あー、その、花畑に行くの、十五日でよかったのか? 本当に」

 ずっと気になっていたことである。海道家に海道家の決まりがあるように、半澤の家も墓参りに行く日があるのではないかと。しかも半澤は両親を両方共亡くしているのだ。墓参りに行かなくていいのだろうか。殊更父のことは愛していたようだし……と気にしていた。

 すると、半澤はほろ苦い笑みを浮かべ、告げる。

「こういうお盆とかお彼岸とか、みんながお墓参りに行くときはお墓参りに行かないって決めてるんだ。その……親戚と鉢合わせちゃうと気まずいから」

 親戚との関係は良好ではないらしい。新田家も親戚ではあるらしいが、遠いのだとか。半澤を受け取らなかった後ろめたさとか、色々事情があるのだろう。

 他人のお家事情に踏み込んでも仕方ない。半澤と美好は友人だが、それだけだ。美好にも思うところはあるが、美好が半澤の親戚を叱るのはお門違いというものだろう。

「そっか」

 とだけ、返しておいた。

 美好は、通年なら、他の家族と一緒に他の家を回って来なくてはならないのだが、母より「こういうときしかお姉ちゃんは役に立たないんだから、美好は羽根を伸ばしてらっしゃい」とのお言葉をいただいた。八月十五日は天下御免で楽しめるというわけである。

 美好は半澤に微笑んだ。

「楽しもうな、十五日」

「うん」

 涼風でも吹きそうな爽やかな笑みを浮かべる半澤に少し元気をもらったような気がした。

 半澤がくすりと笑って続ける。

「っていうか、今からもう楽しみだよ。友達と二人でお出かけなんて初めてだから」

「そうなのか。意外だな」

 人好きしそうな顔だと思うのだが。

「女子人気が高いと男子に恨まれて恨まれて」

「あ、その言い方ちょっとむかつく」

「でしょ」

 確かに、半澤の女子人気は高い。その上女泣かせときたら、恨まない男子の方が少ないだろう。

 まあ、今のは冗談だろう。なんとなく、半澤に友達が寄りつかなかった理由はわかる。友達になっておいてから言うのもあれだが、半澤はつかみどころがなくて難しい。ぽへっとしていて、急にシャッターチャンスが来ると写真を撮る。世に言う不思議っ子だ。女子ならそれも属性として売り込めるが、男子は女子受けしか見込めない。

 ははは、と笑い合ってから、美好は自転車を漕ぎ出した。

 家に着いたのは昼頃。買い物にそこそこ時間を食ったのは、いつものやつがなんと販売中止になっていたのである。本日売り切れなら後日買いに行けばいい話だが、販売中止はどうにもならない。代用品を探して回った結果、こうなった。

 昼飯どうしようかなぁ、と考えていると、家の戸ががらがらと開いた。

「ただいま〜、よし、お腹減った」

 美好を「よし」と呼ぶのは姉だけだ。美好は意外に思ったのと、冷やかすために顔を出した。

「姉貴、お早いお帰りで」

 彼氏とデートというくらいだから、ランチでも食べてくるのかと思っていたのだが。

「あいつったら、ランチ割り勘とか言うんだよ? 信じられる? お店の雰囲気もそんなによくなかったし、それならよしのご飯食べた方がお得」

「そんなんだから長続きしないんだろうが」

 いいだろ、割り勘くらい、というが、男の子が女の子に支払わせるなんてかっこ悪いよ、とのこと。勝手な価値観を押し付けるのはやめてほしいところだ。

 が、まあ、ここは前向きに捉えることにしよう。ちょうど、一人で昼食というのも侘しいと思っていたところだ。

「冷やしぶっかけうどんでも作るか。今日はすだちが安かった」

「よし、お店みたいなメニュー」

 お洒落なパスタを蹴ってうどんとは。日本人ここに極まれりということなのか、単に姉の舌が凡人向けなのか。まあ、そこを追及するのは野暮ってもんだ。

「はあ、にしても夏休みに姉と食卓を囲むとは」

「何よ? 私じゃ不満ってわけ」

「そう言ってる」

「よし、ナチュラルにひどいわね」

 モテない姉とモテない弟。そう考えると、麺をすする音が虚しい。

「私が羨ましいんだったら、よしも友達と遊べばいいんだよ」

「あちらさんにも都合ってもんがあんだろ」

「お堅い高校生ね。爽やかくんしか友達いないものね」

「何を言うか。こないだ助っ人に行ったおかげでバスケ部の皆さんとはマブダチだ」

「バスケ部って弱小でしょ」

「何を言うか。練習試合には勝ったぞ」

「嘘でしょ!?」

「マジレスがむかつく」

 だから姉貴はモテないんだよ、とモテない弟の一撃。だがさすがは姉、慣れっこのように受け流す。

「モテるモテないは関係ありませんー。それに、よしには花隣ちゃんという優良物件があるでしょうに」

「人を物件扱いしない」

「つまりよし的には花隣ちゃんはノーマークと」

「あいつに何のマークつけんだよ」

「わー、出たよ鈍感。まじ最低」

 言い合いながらうどんをかっ込んでいると、電話が鳴り、姉が出た。少しの受け答えの後、ずい、と子機を美好につきつける。

「お噂の園崎のお嬢様よ」



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