決意
「あのさ」
試合が終わる。僅差でこの高校のバスケ部が勝った。
試合終了のホイッスルが鳴ってから、半澤は花隣に話しかけた。隣にいた花隣がスケッチブックから顔を上げ、半澤を見る。口には出さないが、続きを促しているようだった。
半澤はこの試合中、当然美好の応援もしたが、隣でずっと花隣が描き続けているのも眺めていた。その横顔を見つめ続けて、思ったことがあった。だから今、ありったけの勇気を振り絞って、花隣に話しかけたのだ。
花隣に聞く気があるうちに決めてしまおうと思ったが。
「今度、うちに来るんだってね」
「ええ」
「そのときに、大事な話があるんだ」
一世一代の告白は、結局先送りにした。
花隣はただ、わかったわ、とだけ言って、その場を後にした。
ふう、と力が抜けるが、今、宣言してしまったからには、次回は言い逃れができない。今度花隣が家に来たときにはけりをつけようと思う。
──花隣が好きだという、この気持ちに、終止符を。
ギャラリーから降りる。美好が仲間たちから、ばしばしと背中を叩かれたり、よかったよ、などと称えられたりしている。
「……見つけた」
ぱしゃり。密かにシャッターを切る。青春の一ページを切り取ったような写真が出来上がった。
すぐに美好が気づく。
「よ、とーる」
「うみくん、かっこよかったよ」
「お、おう」
率直な感想になんだか照れてしまう美好。半澤はにこにこと笑んだまま続けた。
「おかげでいい写真いっぱい撮れたし」
「安定のとーるだな」
安定といえば、と半澤はさらりと話題を変える。
「園崎さんもすごかったよ。一筆入魂って感じで」
「さっすがそのちゃん。あとで存分にいじるぞー」
「おい」
刺さってきた女子マネに美好が突っ込む。それにしてもかいとくん大活躍だったねぇ、とそちらもあっさり話を逸らす。
スコアを見せてもらったがさっぱりなので、解説してもらうと、今日の美好は得点王になれるのではないかというくらいシュートを決めていたらしい。確かに、すぽすぽ入っていたような気がする。
「んなもん、まぐれだろ」
「あれがまぐれだったら、本家のおれたち自信なくすぞ」
バスケ部部員が半泣きだ。
「いやいや、俺にはドリブルとかフェイントとかできねぇから、数打ちゃ当たるってシュートしただけだよ。お前らの繋ぐ力がなきゃ無理だって」
「かいといいやつ」
「切り替え早ぇな」
ま、いいや、とバスケ部部員たちの言葉を軽く流し、美好は半澤に微笑む。
「とーる、応援、ありがとな」
「園崎さんに言いなよ」
「あいつは絵描いてただけじゃねぇか」
と言ったところで美好が、普段なら突っ込んでくるはずの女子マネが突っ込んでこないな、と思い、見ると、いつの間にやら女子マネのみならず、バスケ部一同が美好を遠巻きに見ていた。
「あのかいとが笑った、だと……」
「まさか、明日は槍が降るんじゃ」
「血の雨かもしれないぞ」
「おい、お前ら俺を何だと思ってるんだ」
美好の目が据わる。辺りは冗談だって、とからから笑った。
「でも、仏頂面がデフォルトのかいとが笑うなんて初めて見たかも」
「こんなレアシーン見逃すとかそのちゃんも抜けてるなあ」
うーん、と半澤が声を上げる。
「うみくん、わりと笑うと思うんだけど」
すると、ぐわっと女子マネが半澤に近づく。顔がかなり至近距離だったため、半澤は思わず半歩引いた。
「まじで? っていうか気になってたけど、さわくんとかいとくん呼び方変わったよね。どういう関係?」
「親友を渾名呼びくらいでいちいち騒ぐか?」
美好が呆れたように肩を竦める。だが、美好の発言に、むしろ女子の好奇心は白熱したようだ。今度は美好にずい、と寄る。
美好は女子との距離感と男子との距離感がさして変わらないので、特に疑問を抱く様子もない。
女子の押しは強い。
「親友? 初めて知った。私たちのさわくん情報網には一切ないのに」
「さわくん情報網ってなんだよ? 怖ぇな」
女子から一定の人気を誇る半澤はどこから漏洩するのか、個人情報が駄々漏れである。半澤は特に気にしていないようだが、美好は女子の情報収集能力に若干引いていた。
美好は口を尖らせる。
「俺ととーるが親友じゃいけねぇのかよ」
「いや、そんなことはないんだけど……」
言い淀む女子マネに、男子部員がフォローを入れる。
「意外っつうかなんつうか、不機嫌番長海道美好と爽やか少年半澤通を線で結びつけるのが難しいっつうか、なあ」
男子の目線に女子マネがこくこくと何度も首を縦に振る。美好が不機嫌面に戻った。
「その不機嫌番長ってのはなんだよ」
「それだよ」
顔に指を指す男子に、人に指差さない、と指摘する美好。そこからなんでもない言い合いが始まり、辺りは苦笑で包まれることとなった。
しばらくしてから、美好がふと首を傾げる。
「そういやリンは? なんかもういないみたいだけど」
「今頃か」
女子マネの突っ込みはスルーし、美好は半澤を見る。花隣は試合中ずっと、半澤の隣にいたのだから、半澤に水が差し向けられても不思議はない。
半澤はかくりと首を傾げた。
「なんか、試合終わるなり帰ってったよ」
「ふぅん」
さして興味もなさそうな声だが、美好は不思議そうにしていた。あいつなら一声くらいかけていくと思ってたんだけどな、と呟くと、それを聞き逃さなかった女子マネが、何気に意識してるんじゃん、と美好をからかった。何の意識だよ、と返す辺り、実に美好らしい。
そんな美好を、半澤はどこか悲しみのこもった目で見つめていた。
明日には、友達という関係が、崩れるかもしれない。そんな可能性がただ悲しくて仕方なかった。
半澤は花隣に告白しようと思っている。ただの告白ではない。恋愛感情の発露である。
花隣は美好のことが好きだ。そんなことはわかりきっている。つまり、一縷の望み、なんて確率はなくて、半澤の告白は玉砕に終わることがもう今からわかりきっているのだ。
それでも半澤は、花隣に想いを伝えようと思った。まだ花隣とは付き合いが浅い。だから今、告白しても友情にひびが入るなんて少女漫画やライトノベルみたいなことは発生しないだろう。そんな今だからこそいいのだ。互いを意識してしまう前に決着をつけてしまえば、その後の関係にもさして問題は生じない。譬、花隣が激情を発露して、絶交などと言い出しても、半澤の心はさして傷つくことはない。
傷は浅い方がいい。半澤はそう思っていた。
ただ、不安なのは、美好との関係が変わってしまうかもしれないということだった。
もしかしたらの話ではあるが、半澤が告白したことをきっかけに、花隣も美好に対する感情に覚悟を決めてしまい、花隣が美好に告白するという事態に至ったなら、今後、美好との関係性はどうなってしまうのだろうか……花隣のことは割り切れても、美好との関係にひびが入るのは受け入れられなかった。
「一生親友でいるつもりなんだからな」
美好はそう言ってくれた。だが、あのとき半澤が言った通り、一生変わらないでいるというのは非常に難しいことなのだ。
もし、花隣が美好に想いを伝えたとして、美好は何を思うのだろうか。
半澤は花隣に告白することを美好には打ち明けるつもりでいる。もちろん、事後ではあるが。それを聞いて、美好は何を思うのだろうか。
今の様子からすると、美好が花隣の告白を受けるかどうかは怪しい。……美好はどのように花隣の想いに応えるのだろうか。
それを考えると、少し不安になってきた。美好が花隣の告白を断るかもしれないというのは今の段階で半澤の想像に過ぎない。
──この夏、僕たちの関係はどうなってしまうんだろうか、と窓から見える空を眺めた。空は答えなんてくれるわけもなく、ただ、どこまでもどこまでも、青かった。




