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Unlimited Sky  作者: 九JACK
坂の上から
27/70

花畑のチケット

 土曜日。花畑に問い合わせていた件について、直接花畑に伺うことになった美好は、自転車を走らせていた。途中、当然のように転んだ。飛び石が脳天ぎりぎりを掠めて驚いたのだ。

「ったく、この街はびっくり箱か何かかよ」

 道路整備がよろしくないらしい。嘆かわしいことだ。

 花畑とは、文字通り、あらゆる季節のあらゆる花畑を設けている施設のことだ。ただ、客足が減ってきたことから、この夏に閉園するらしい。地元民はなかなかに愛着のある場所なのだが、観光客が来ない。今時花畑なんて、どこに行っても見られるという、世のひねくれた考えがこのようなことを招いたとも言えるが、花の名所は全国各地にある。花畑はあまりネームバリューがなかったのだろう。何せ名前が「花畑」とシンプルすぎる。調べてみたところ、そこそこに歴史があり、建設当初は花畑というのが珍しかったらしく、そのまま何の捻りもない名前になったそうな。

 建物は何度か改修されているらしく、古い感じはしない。維持費というやつもそれなりにかかるのであろう、と美好は建物を見上げた。高校生にもなれば、ちょっとは事業などの大変さもわかるのだ。

 受付に行くと、花畑という場所に相応しい華やかでいて、主張の激しくない服を着た女性が座っていた。この施設には制服という概念がないらしく、受付はいつもこんな感じだ。ただ、花を管理する作業員は統一されたオレンジのつなぎを着ている。オレンジだなんて、字面だけだと随分派手な印象を受けるが、案外とどんな花畑にも馴染む色合いで、作業員が邪魔だと思ったことはない。

 まあ、受付嬢がつなぎでは華がないだろう、と苦笑を浮かべつつ、声をかけた。

「こんにちは。電話でチケットを問い合わせていた海道美好という者ですが」

「あ、海道美好さまですね。今日はわざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます」

 話は通っているらしい。というか、他に事務員らしき人影がないし、電話で聞いた声だ。

「もしかして、事務員さんは……」

「はい、現在私一人で務めさせていただいております。あまり閉園に関するお問い合わせもございませんもので」

 なるほどなかなか寂しい話だ。ついでに言うと、作業員は花の刈り取りや植え替えの作業のため、まだまだ残っているらしい。桜などの樹木も切るのは惜しまれるので、別な場所に移しているのだとか。木の植え替えって、聞いたところによると、かなり大変らしいが……まあ、それはいい。

 受付嬢が首を傾げる。

「早速ですが、チケットはいつのものになさいますか?」

 美好は小さく息を飲む。

 半澤と打ち合わせはした。そうしてその日取りに決まったのだが、やはり、いざ口にするとなると躊躇われる。

「八月の十五日のものって、ありますかね?」


 八月十五日。

 言わずと知れたお盆休みの真っ只中である。お墓参りに行ったり、親戚に挨拶に行ったりという日だ。

 海道家では、美好は行ったり行かなかったりである。というのも、美好の両親は長男である美好よりも一番上の姉の方を全面に出していたからだ。

 跡取りとか難しいことはあまり考えないようにしているが、普通は長男がそうなるべきところであろうに。

 一度、父にそんな疑問をぶつけたところ、父は言葉少なにこう答えた。

「血に縛られるのはいけない。血は自分では選べないものだ。お前は自由に生きろ」

「じゃあ、なんで姉ちゃんは家に縛るの?」

「あいつは自由がすぎるから、ある程度首輪をつける必要があると判断した」

「ふぅん?」

 当時は全くといっていいほど興味を持たなかったが、今思えば笑えるくらいに言い得て妙だ。姉は自由奔放な節があるのは、美好と比べるべくもない。

 そんなわけで美好はフリーなのである。よしばっかり遊んでずるい、と言った姉を母が、「こんなときしかお姉ちゃんは役に立たないんだから任せておきなさい」と言って沈めたことはまだ記憶に新しい。

 だが、半澤はどうなのだろうか。

「僕は、八月十五日がいいかな」

 そう微笑んだ半澤。だが、本来なら半澤は肉親が死んでいるのだし、墓参りに行く方が妥当だと思うのだが。

 何度か聞き直したが、答えは同じだったため、この日取りにした。まあ、美好にとってはよかった。心置きなく、半澤との時間を過ごせるのはいいことだ。八月十五日なら、花隣が邪魔してくることもない。

 花隣というと、最近あまり顔を合わせていないから少し心配だ。コンクールが控えているというのに、スランプだと聞いた。お家事情は美好にはどうしようもないことだが、精神状態は気になる。花隣のことは無神経で図太い女だと思っているが、芸術家はセンシティブだという。窶れていたりしたら、少しはショックを受けるかもしれない。

「では、八月十五日のチケットを二枚ですね」

 受付嬢がチケットを出してきたところで回想から立ち直る。お待ちしております、と言われたのに対し、はい、と答えてチケットを受け取った。

 半澤と花畑に行く話は、流れでクラスメイトにもした。男子には「園崎を差し置いて男とかよ」と言われたが、誰が何を言おうと半澤は親友なので、そこを譲るつもりはない。

 鞄にチケットを仕舞ってから、ふと花隣のことに思いを馳せる。花隣と美好は幼なじみ。そのことから何度も恋仲説が飛び交った。美好はそれを断固として否定している。そのたびに鈍感鈍感と非難を受けているわけだが、他人に非難される謂れはない。美好にとって、花隣は幼なじみで、腐れ縁で、それ以上でもそれ以下でもない。これは永久不変の現実だと思う。

 先日、半澤へのプレゼントを買うときに、バスケ部の女子マネが、バスケ部の男子に惚れているのを自ら激白してくれた。美好はこれを軽くあしらったのだが、あのときから、美好の中には「恋愛感情」というものに対して壁があると自覚した。つまり、美好のスタンスに恋愛は似合わないし、そぐわない。

 誰かを恋愛感情で好きになることはないということだ。十年以上一緒に過ごしてきた美人の花隣にさえ、これっぽっちも感情を抱かないのだから、これはもう諦めるしかないだろう。別に興味もないので、かまわない。

 鈍い、というのが悪口だというのはわかっている。わかっているが、美好からすると、鈍くて何が悪い? といった状態なのだ。はっきり好きだとか嫌いだとか言わないからわからないのだ。恋愛アニメや恋愛ドラマを見ていて思うが、「そんなに好きならなんでさっさと告白しないんだ」と思うのが美好である。恋愛のわびさびのわからない美好の手に恋愛が負えるはずがない。最低と言われようとかまわない。言ってこない方が悪いのだ。

 それはつまり、受け取り方によっては美好は花隣の好意に気づかないふりをしているということになる。随分と外聞の悪い。

 だが、逆に、「お前、俺のこと好きだろ」とかいうのもどうかしている。好きでもないやつから向けられる好意に応えられるほど、美好は器用にはできていない。

「もう夏休みか。だりぃな」

 美好が呟いた通り、終業式は昨日に終わり、夏休みに入った。それは事実であるが、全く関係ない。だが、全く関係のないことを呟いて誤魔化すくらいしかできないのだ。

 今度は転ばないように気をつけて、自転車に跨がり、漕ぎ始める。

 空は胸の透くような青。ペダルを思い切り踏み込めば、爽やかな風が吹く。

「平和だなぁ」

 平凡だな、と思う。だが、自分は平凡で充分だ。平凡すぎるくらいがちょうどいい。一日一日を生きるのに必死で、自分のことしか見えていない、まだ青い高校生であればいい、そう思っていた。



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