帰り道
「へぇ、バスケ部の助っ人で出るんだ」
「ああ」
帰り道、半澤と一緒になった。半澤には言っていないが、半澤の誕生会で作るケーキの材料を買いに出たときだ。道が一緒だから、と歩きながら、夏休み、バスケ部の助っ人を頼まれたことを話していた。
ふと、半澤が首を傾げる。
「そういえば、海道くんって帰宅部なんだよね? なんで?」
「そりゃ、趣味がないからだよ。運動部にも文化部にも興味ないし」
今度は反対方向に首を傾げる。
「写真は? 趣味じゃないの?」
そう言われると、趣味のような気もするが。
「俺は姉貴にガラケーを旧世代の遺物って言われたのが気に食わなくてやってるだけだよ。お前みたいにのめり込んでるわけじゃない。部活でやりたいってのは、考えたこともねぇな」
そう言いはしたが、実はそこにはもう一つ理由がある。
美好が写真部に入ってしまったら、芋づる式に半澤も写真部に入部してしまうことになるんじゃないか、と危ぶんでいるのだ。
半澤と同じ部活ができたら、楽しいだろうな、とは思う。だが、それを美好が強要することはできない。写真部の先輩との問題があるのだ。そして、その問題に関しては、美好が口出しするようなことではないと考えている。自分たちで踏ん切りをつけなければ、解決したとは言えないのだ。
「お前こそさ、写真部以外の部活とか興味ねぇの?」
「僕?」
すると半澤は苦笑いした。
「僕は写真一筋で生きてきたからなぁ」
「絵も上手いじゃん」
すると、半澤は困ったように眉をひそめた。
「絵は上手いって言われるんだけどね……写真ほどの情熱はかけられないっていうか」
「あー、なるほど」
なんとなく、半澤の言わんとするところはわかった。
例えば美好がバスケ部をやれと言われて、他のバスケ部部員のように青春を懸けるというほどの情熱は持てない。半澤が言っているのは、つまりそういうことなのだ。
バスケ部に入れ、と言われたなら、美好は今回の件を断っていただろう。そんな感じで、半澤は美術部に入るのは躊躇われるのだ。
「それに俺はうちに帰ると主夫だし」
「高校生で主夫ってすごいよね。海道くん、料理上手いし」
「どーも」
半澤には今日の買い物は夕飯の買い出しだと思われているらしい。それならそれでいいのだ。
「あ、そろそろだね」
「だな。気をつけて帰れよ」
「それはこっちの台詞だよ。海道くん何かとこけるし。っていうか僕ん家、目の前だし」
「それもそうか」
からから笑って、半澤とは新田家の前で別れた。
「ケーキだからクリームは必須だよな。卵に、牛乳、いちご……たっか!?」
物価の上昇が嘆かわしい。お財布に優しくない買い物だ。まあ、誕生会のケーキのためだと考えれば心は慰められる。半澤の笑顔のためと思えば……
半澤の笑顔。いつの間にか、美好の中で大きくなっていた半澤の存在。半澤の言葉で言うなら、美好にとって半澤は「写真に撮りたいと思う存在」だ。半澤には春からもう何枚も写真を撮られたが、立場が逆なら、自分も同じことをしていただろうと美好は思う。半澤の、特に「見つけた」というときの笑顔は格別で、家宝にしたっていいくらいだ。
……家宝は言い過ぎか。
「……そういえば、今年の誕生日も結局、何もねだらなかったな。入学祝いももらわなかった」
美好の誕生日は四月初頭。家族は忙しかった。美好も高校入学だったし、暇だったのは気楽な大学生活を送る姉くらいじゃないだろうか。姉に何かをねだるなんて発想はなかった。自分は散々散財するくせに、他人のものを買うとなると、予算を気にし始めるような姉だ。頼むのも馬鹿馬鹿しい。
入学祝いは親戚からもらうイメージがあるが、美好はあまり親戚と会ったことがない。そういえば、姉貴はいつも家のことをしないからって理由で、お盆など親戚回りをするときは姉貴が連れて行かれるんだっけ、と思い出した。美好の存在を覚えている親戚はどれくらいいるのだろう、と考えたら、少し考えたが、悲しい。いや、それより、美好の今の生活スタイルが一体いつから確立されたのだろうか、と思うとなおのこと悲しい。
「ええと、フルーツが全体的に高いな……そういや、半澤は何が好きなんだろ」
オーブンペーパーをかごに入れつつ、考える。半澤が好きなものなんて、写真くらいしか知らない。
「チョコとチョコペン買って、か」
誕生日ケーキお決まりのあれだ。「○○くんおめでとう」的なあれである。
そういえば、何と書けばいいのだろうか。美好としては半澤だが、花隣からすると「さわくん」だ。ただ、「さわくん」は学校の渾名だ。
やはり、「通くん」だろうか。なんだか、普段呼んでいない呼び名だと、なんだか気恥ずかしい。
「それに、『通』って画数多いから、難しいだろうしなぁ。でもひらがなで『とおるくん』だと子どもっぽいしな……」
ううむ、と唸りつつ、食紅を買う。
「『くん』つけなけりゃいいのかな」
まあ、それは追々、花隣の意見も聞きながら決めるとしよう。
「しっかし、小麦粉重っ」
「お車までお持ちいたしましょうか」
女性店員が声をかけてくるが。
「あ、いえ、俺、高校生っす」
「あっ、失礼致しました」
制服に気づいていなかったらしい店員が頬を朱に染める。
自分も男だ。女性に恥をかかせた上に重い荷物を持たせるのは考えものだ。
ケーキの材料は一応、二回分ある。美好は一発で決めようとするほどの冒険者ではない。
家で一回、試しに作るつもりだ。確か、近くに父の誕生日があったはずなので、それにかこつけてみようと思う。近くといっても、来月だが。
「喜んでくれるかな……」
半澤ももちろんだが、父もだ。
無口な父は、家で唯一、美好の料理について何も言わない。美好だけではないが、無口な父はほとんどのことに何も言わない。母のしょっぱい味噌汁も、姉の作るダークマタにすら何も言わない。口煩くないのはいいが、意見が何一つわからないのはちょっと困りどころだ。
それに、美好にはもう一つ課題があった。
「はあ……プレゼントか」
一応、リストバンドを買おうとは考えているが。果たして、半澤が喜んでくれるだろうか。花隣曰く、大事なのはプレゼントそのものではなく、プレゼントをあげるという気持ちだとか。
リストバンドにした理由は単純だ。リストバンドは手首をカバーする役割がある。……包帯の代わりになればと思う。
制服のカーディガンから覗く包帯。それを見るたび、胸が痛む。半澤がまだリストカットを続けているというのがわかるからだ。
きっと、美好に相談するだけでは消化できないフラストレーションというものがあるのだろう。……半澤の中で自分の存在というのがどれくらいの幅を占めているのか、つい、考えてしまう。そんな考えを抱くこと自体が傲慢であるかのように感じる。
「……はあ」
自転車に荷物を縛りつけて漕ぐ。当然のことながら、ペダルが重い。小麦粉、その他諸々だからだろう。粉ものは重い。これ常識である。
そして上り坂。これは何の苦行だろうかと思わざるを得ない。
ただ、何故だか半澤のためだと思うと、踏み込むことができた。……美好にとって、半澤の存在はそれなりに大きいということだ。
「待ってろよ」
力強く踏み込む。ぐん、と坂を上がる。
そのとき。
ぶおおおん。
「うおっ」
通り風に体勢を崩しそうになる。最近多い、暴走車だ。
「ぐ……」
なんとか持ちこたえる。
「はあ、疲れが倍増だよ」
なんとかならないものだろうか、と美好が考えたところで何にもならない。とりあえず今は転ばなかったことを喜ぶべきだろう。
そろそろ坂の中腹、家が見えてきた。




