バスケ部
昼下がり、天気はすっかり夏模様で、胸の透くような青い空がどこまでもどこまでも広がっていた。美好は相変わらず、今日もこけたが。
夏休みが近いためか、学校は浮き足立った雰囲気になっている。
そんな浮き足立ったテンションで、美好に話しかけてくる生徒がいた。男子だ。無情なことによく名前は覚えていないが、よく話す友人である。
「かいと、夏休みって暇?」
「一日以外は暇だな」
その一日とは半澤の誕生日のことであるが、言ってから気づく。そういえば、半澤との用事はもう一件ある。だが、まだ日取りが決まっていないので、訂正することはなかった。
美好のそんな夏休みの予定が一日だけあることに、男子がいやらしい笑みを浮かべる。
「もしかして、その一日って、園崎とデート?」
「んなわけあるか。っていうか、お前らなんで俺に用事があるとすぐリンと結びつけるんだよ」
美好はやはり全くわかっていない。花隣の好意を。男子は呆れたように肩を竦める。
花隣の話をあまりしたくない美好は、すぐさま話を逸らす。
「で、話しかけてきたからには用があるんだろうな?」
「さすが。察しがよくて助かるぜ。最初の日曜、バスケ部の助っ人頼む」
「はあ?」
確かにその男子がバスケ部に所属していて、我が校のバスケ部は深刻な人員不足であることも知っているが。
「バスケって確か、五人いればできるんだろ? そこまで人いないのかよ」
先輩も何人かいたはずだが。
「五人きっかしなんだよ。ベンチ暖めてくれるだけでいいから」
「俺はそんな便利な暇人じゃないし、予定も安売りしてない」
半澤のサプライズ誕生会の準備もあるし、海道家の胃袋は美好が握っているのだから、高校生ながらに主夫なのだ。家事だけで普通に忙しい。
母がカバーしてくれるときもあるが、母はそそっかしく、危なっかしい。美好が働かないと姉がぶつくさぶつくさ文句を言う。うざいので結局、全て美好がやることになる。
それに八月にやってくる盆の準備もある。夏休みだから、宿題もある。全然暇じゃない。
だが、高校生で主夫をやっているやつなんて美好くらいしかいるはずもなく、理解は得られない。
断れないことを早々に悟り、美好は、で? と聞いた。
「それ、本当に必要なの?」
「当たり前さ。俺たち、バスケに青春懸けてるんだぜ?」
「おー、眩しー」
「めっちゃ棒読みだな!?」
それでも引き受ける気にはあまりならない。自慢ではないが、美好はスポーツやなんやらかんやらを極めようと思ったことがないので、本当にわからない領域なのだ。
「つうか、他にいるだろ、色々」
「悉く運動音痴なんだよ」
「んなわけあるか」
一人二人は大丈夫なやつがいるだろうに。
「本当にやる気ねぇな」
「主夫は大変なんだよ」
「ふぅん」
じゃあ、とその男子は空を見上げる。
「あとは隣のクラスの半澤に頼むっきゃねぇな」
「半澤!?」
「うおぉ!?」
すたん、と立ち上がった美好に男子が驚く。
「ど、どうした、かいと」
「半澤、半澤って、あの半澤通か」
「それ以外半澤っていねぇと思うけど……」
すると、にたりとその男子が笑う。
「何何? 半澤に食い付きいいね。出てほしくないとか」
「そんなわけ……」
あるかもしれない。
そもそも、半澤の運動神経というのがどんななのか知らないが、写真部からの強引な勧誘に苦しんでいる半澤に更なる苦しみを与えたくない。美好はそう考えていた。バスケ部が大変なのかどうかは知ったことじゃないが。
男子はにやけ顔をやめないまま、少しふんぞり返って提案してくる。
「では、海道美好くん、半澤に声をかけない代わりに出てくれるかね?」
「うっ」
なんだか、妙な弱味を握られた気分だ。だがしかし、半澤に出てほしくないのも確かだ。観念して引き受けるしかあるまい。
「はあ、しゃーねーな。試合に出なくていいんだよな?」
「おう。ベンチ暖めてくれ」
「わかった。ベンチ暖めるくらいならやってやろうじゃねぇか」
「おっ、やる気だねぇ」
「やる気というか、仕方なくだよ」
「というわけで、放課後体育館に挨拶に来てくれ」
「……本当に出なくていいんだよな?」
疑いの眼差しを向けると、相手はからからと笑った。
「ベンチだけでも入ってもらうんだから、前もって挨拶とか顔合わせとか必要だろ?」
それは確かだが。ううむ、いいように扱われているような気がする。
腑に落ちない部分もありながら、美好は放課後、体育館に向かう。最近、花隣がスランプになってから、絵のモデルを頼まれることがないため、放課後は暇っちゃ暇だ。
体育館に入ると、女子がやっほー、と手を振ってくる。マネージャーらしい。よく見たら同じクラスのやつだ。
「よかった、かいとくん、本当に来てくれたよー」
「嘘吐くとでも思ってたのか」
「だって、全然乗り気じゃなさそうじゃん」
「おう」
「威張るなし」
はっきり言って、乗り気でないのは確かだ。自分からやりたいと名乗り出たわけではない。半ば脅されてやってきたようなものだ。本当に来ただけ有難く思ってほしい。言わないが。
よくわからずに、言われた通り体操着で来たが、よかったのだろうか。体操着なんて、体育の授業以外で着ることがないから、違和感ばりばりなのだが。
「やあ、でも、かいとくん来てくれてよかったー」
「試合は出ねぇぞ?」
「いいんだよ。そのちゃんをいじる材料がほしいだけだから」
美好の口角がひくつく。
「リンを?」
「そうそう。ベンチだけでもかいとくんが参加するってなったらさ、そのちゃん絶対応援来るじゃん」
一瞬考える。
「来るか?」
「来るの!」
さいで。
それから目をうきうきと輝かせながら、女子マネは続ける。
「でさ、もし出るってなったら、コートを走るかいとくんに声援送るんだよ。『みーくん、頑張れー。あ、ボール来た。よし、そこ、シュートだ! きゃー、入った! みーくんすごいよ』って盛り上がって、ハーフタイム辺りに、『みーくんお疲れさま。スポドリ買っといたよ』なんてやってるところに、熱々ですなってからかいに入るの」
力説する女子マネを美好は冷めた目で見つめる。テンションダウンというか、モチベーションがみるみる下がっていくというか。そもそも花隣は「きゃー」とか言う清純派キャラではない。
「出るのやめよっかな」
「あああああっ、ごめん、そこは後生だからお願いします」
「どうしよっかなー」
拝み倒す女子マネを冷たくあしらう美好。この下がったモチベーションをそう簡単には戻せない。
すると、タイミングの悪いことに、美好にこの話を持ちかけた男子がやってくる。
「おいおい、かいとくん、いいのかね? お前が出ないと半澤に声をかけるが」
「何その脅し文句」
女子マネが訝しむ脇で、美好はけっ、とやっていた。
半澤の名前を出されると弱い。本当に半澤には出てほしくないのだ。なんとなくではあるが。
「そういえば、さわくんと仲いいんだっけ」
「まあな」
「いいなぁ、男子って」
「そうか?」
「腹の探り合いとかないじゃん」
「女子はあるのかよ?」
「あるよ。普通に」
「女子、怖っ」
まあ、普段仲よさそうにしているにも拘らず、からかいネタを探しているくらいなのだから、それくらいの駆け引きはあってもおかしくはない。
「怖くないよ。楽しいよ」
「ネタにされる方の身にもなれ」
全くである。
とかなんとか言い合っているうちに、おーい、と件の男子から声がかかった。
「かいとー、三対三やるから手伝ってくれ」
早速約束と違う現象が起こっているのだが。仕方ない。三対三では六人必要だ。五人しかいないバスケ部ではどうにもならないだろう。
仕方なく、コートに行き、練習に参加させられる美好であった。




