イラスト
教室に戻ると、女子の輪ができていた。珍しいことではない。半澤と同じクラスの花隣は友達が多く、よく他の教室に行ったり、この教室に集まったりして話しているのを見る。今日は集まる日だったらしい、と推測した。
まあ、半澤にはあまり関係のないことだ。花隣とは友達になったが改まって話をしたことはない。好かれているわけでもないのでこれくらいの距離感がちょうどいいだろうと考えている。妙に近づかれて、勘違いするのも辛いものだ。
半澤はノートを開く。ノートといっても、授業のノートではなく、所謂自由帳というやつだ。
半澤は絵を描くのも嫌いじゃないというのは先日語った通りである。自由帳には専ら絵ばかり描いている。ただ、やはり人に見せるようなことはしない。恥ずかしいから、というのもある。
それに、自由帳に描いているのは、絵なんてちゃんとしたものじゃなくて、自由に想像したキャラクターのようなものだ。モデルは自分だったり、身近な人物だったり。様々ある。見られたら少し恥ずかしい。自分がその人物をどう思っているか知られることになるのだから。
ひっそりとページを開く。そこには髪の短い少年の姿。深緑色のローブで体型ははっきりとは見えないが、あまり体格がいいようには見えなかった。髪は白で目は赤い。一般的にアルビノと呼ばれる人種だ。光に弱い虚弱体質として知られている。
これは半澤自身のイメージキャラクターだった。半澤はお世辞にも体格がいいとは言えない。どちらかというと、ひ弱な印象だ。……という半澤に対する印象を周囲から聞いた結果、こんなキャラクターになってしまった。アルビノ設定なんて、中二臭くて恥ずかしい。
次のページを開く。そこには先程のキャラクターと色違いの少年の姿があった。黒髪で意志の強そうな紫の瞳を持っている。服装はシャツにスラックスで、先程の少年に似ているのに、こちらは心持ち強気な印象がある。
このキャラクターは半澤が美好をイメージして描いたものだ。美好は感覚がこちらに近いけれど、考え方がまるで違うところから、色違いにしてみた。今の美好のイメージを損なわない勝ち気なイメージのキャラクターになっていると思う。
さて、今日は誰を描こうか、となんとなく女子の輪を見る。その中心には花隣がいた。何か意図があるわけでもないが、彼女にすることにした。
クラスのみならず、女子という女子の中心的存在の彼女は、美好とはまた違った意味で勝ち気だ。
そんなイメージが湧いてくると、シャーペンを滑らせる。
輪郭を描いていく。すっとした顔立ち、凛とした眼差し。髪は本物より短く、顎の辺りで切り揃えられ、ハーフアップにしているのが印象的だ。はっきりした顔立ち。ただ、やはり、本人をスケッチしているわけではないので、似てはいない。見られてもばれないようにそうしているのだが、見られていないのだろうか、とふとペンを止める。
すると、なんとなく見ていた女子の輪のうちの一人と目が合った。瞬時にまずいと思い、目を逸らすが、時既に遅し。その女子が半澤の手元に気づいてしまった。
「え、何々? さわくんも絵を描くの? 見せて見せて」
「あ、いや、その、これは」
恥ずかしさが込み上げる。絵なんて、女子のやるもので、ましてやこんなイラストなど……見られるのが恥ずかしくてこっそりやっていたのに、結局ばれてしまうのか。いや、誰を描いているというのがばれなければそれでいいのか。
なんだか、考えているうちにもうどうにでもなれという気分になって、自由帳を見せた。寄ってきた女子の声がおお、と色めき立つ。
「何これ。漫画みたい」
「アニメっていうか、ゲームっていうか」
「さわくんこんな絵描くんだね。知らなかったー」
「……意外な趣味発見」
口々に感想を言われると恥ずかしいような気がしてくる。まあ、写真が趣味とばれるよりはいいか。
そう楽観していると、一番見てほしくない人物が寄ってきた。
「絵、ね。どれどれ」
「そのちゃんとはまた違うタッチだよ」
花隣が騒ぐ女子に反応して寄ってきたのだ。背筋が無理矢理伸ばされるような緊張を覚えた。
花隣は絵が上手い。絵といえば花隣、とイコールを引いてもいいほどだ。美好からも花隣の絵の上手さは聞いている。
まあ、雰囲気は損われていないが、見た目は別人だ。気づかれないだろう、と自分に言い聞かせる。花隣が自由帳を手にして、絵を眺めるのを見ていると異様に心臓が五月蝿くなった。先日、美好に見られたときとはまた違った緊張だ。
ぺら、ぺら、と花隣がページをめくって見ていく。緊張が抑えられない。神に懲罰でも課されているかのような気分だ。
やがて、自由帳が半澤の手元に帰ってくる。
見上げると、花隣の目線とかち合った。絵の印象と変わらない、勝ち気で強気な印象の目。
半澤はまともに口を聞くこともできなかった。絵の感想なんて、軽く聞くことはできない。
花隣が口を開くのを待っていると、花隣は友人たちには見せないような険しい表情で半澤を見ていた。強い眼差しに当てられるのは、これが初めてではない。美好で一度経験がある。だが、やはり美好と花隣とでは質が違う。半澤寄りの感性の美好と、半澤とは全く違う価値観を持つ花隣では違いすぎると言っても過言ではない。
花隣は何も言わない。ただ、半澤にノートを返すのが役割であるかのように手を前に突き出していた。
「あ、ありがとう……」
どうにかこうにかそう声を絞り出す。受け取る手は震えていた。何も言われないというのがまた怖い。
恐々と顔色を伺うと、花隣は何も思っていないようだった。花隣から感想があるとしても聞かない方が身のためだろうと思う。
ページを開き直し、続きを描く。アクティブな感じを出すためにタンクトップを着せて、オフショルダーのセーターを着せると、だんだんとイメージに近くなってきた。ただ強気でつんつんしているだけではなく、どこかちゃんと女の子らしさを持っている子。花隣をキャラクター化するならこうだろうな、というのが形になった。なんとなくほっとする。
写真と絵で言ったら、圧倒的に写真の方が好きだ。だが、絵が嫌いというわけでもない。ただ、なんとなく、たしなむ程度に描いているだけである。だから、力んでいるわけではない。だというのに、何故こんなに意識するのか。やはり、花隣を意識しているからだろうか。
絵は難しい。ベストショットをタイミングを逃さなければ撮れる写真とは違う。自分で創造していく感じは嫌いではないが、写真を撮る方が気楽でいい。
これは意外と言われるのだが、実は半澤は写実画が苦手だ。写真のような絵を描くのが苦手なのである。観察は苦手ではないのだが、それを絵に起こすという作業がいまいちイメージできないのだ。
故に、半澤は写実画より、イメージイラスト的なものの方が気楽にできる。
その後、何人かの女子からぱらぱらと賛辞を受け、流していたのだが……一人の言葉に反応する。
「さわくん、そういえば、なんで部活入ってないの? 確か、帰宅部だったよね」
帰宅部。まあ、聞いて名の通り、放課後、特に何もせずに帰宅する者のことを言う。半澤も部活に所属していない身。帰宅部で呼称は合っているだろう。
部活動の所属義務のある学校ではない。だから、部活に所属するつもりは入学当初からなかった。先輩たちのいる写真部だって、断り続けている。
部活なんて、もうやりたくない。あんな思いをするくらいなら、絶対に。
ぎり、と手を握りしめ、顔を背けた。今日も目に刺さるほど、空の青が痛かった。




