走馬灯の中を走る。
真っ昼間の陽気に打たれて目を覚ます。
外を見るとまだ景色が流れ、移り変わっている。
「なあ、まだ着かないのか。」
運転席にいる女性に声を掛ける。
「あと1時間ぐらいってところね。」
凛としていてハリがある声が帰ってくる。
彼女はマホ。
朝早くから『見せたいものがある』って言って起こされたのはいいけど、10時間程もずっと道を走り続けている。
「そんな遠くまで、俺に何を見せてくれるってんだ。」
語勢を強めてそう言うが、彼女は何も返さない
「おい、聞いてんのか?どこに---」
続けて言ったが、呂律が回らない。
「ど、どど、どどど。え?あれ?」
吃音のように言葉が詰まる。なぜか『どこ』が言えない。
何度試しても一緒だ。
彼女はこう言い放った。
「ごめんね、ちょっとだけ静かにしてて。」
自分の意志が介在できないところで冷静な声。
「・・・わかったよ。」
自分にできることはないと悟り、彼女の運転のままに運ばれることを選んだ。
また静寂が続く中、眠気で俺は寝落ちしてしまった。
そしてそのまま時が過ぎていく---
なにか、体中がビリビリと痺れるような感覚とともに起きた。
窓から外を見ると辺りは明るく、見たこともない、
・・・いや、見たことはあるかも知れないが自分がここだとはっきり分からない断崖絶壁である。
「マホ?」
ふと気になり運転席のマホの方を見る。そこに彼女は少しうつむいて佇んでいる。
10時間もの運転をしてきたのだから疲れるのは仕方ない、と思いちょっと小さい声でもう一度名前を呼びかけた。
すると鼻をすする音とともに彼女は肩を小刻みに震わせ始めた。まるで泣いているかのように。
その時間は1分にも1時間にも、もしかすると1日以上も及んでいるように感じた。
そんな長く感じた時を破るようにマホは口を開いた。
「ごめんなさい、私、あなたと心中するほど好きで・・・。」
声は極限まで震えている。
そして窓の外の景色を思い出す。
「何言ってるんだマホ?」
何言ってるんだ。マホ。言葉に出たそのままの感情を抱いている。
確かに俺もマホのことは溺愛しているが、そんな心中なんて馬鹿なこと。
言葉が続かない。しかし彼女は続けて話す。
「だから、私と一緒に、ここから飛び降りて死んじゃおうよ。」
この瞬間に俺は身の危機を感じた。
今まで震えていたはずの声、泣きそうな声ではなく、ハッキリと、凛とした声で、彼女が、マホが言い放った。
今度はこちらが恐怖で震える番なのかも知れない。
「え・・・どういう意味だよそれは・・・。」
聞きはしたもの意味なんて文字通りの意味だったらどうしよう、という感情しか抱くことが出来ない。
完全に腰は引けてしまい、後部座席のシートにめり込んだのかのような感覚すらある。
数秒が何分にも感じた。その時。
彼女の顔はこちらを見てきた。目は笑っているし、声も笑っている。
「だから、私と一緒に来て?」
その目を見てしまった俺はもう言葉も返せず、できることはその場に硬直することだけだった。
次はなんて返せばいい?嫌だ?慰める?なだめる?了承する?
体がしびれるような感触を感じて体がピクリと動いた。
しかし自ら進んで体を動かすことはままならない。
あぁもう、どうしたらいいんだ!
そんな感覚が一巡りしたかと思うと、彼女は静かにドアを開けて外に出た。
「あ、おい!」
その声だけは、どうにか絞り出すことは出来た。
しかし彼女は声に耳を貸さず、後ろの、左側のドアまで来た。
窓からは満面の笑みでこちらを見ている。
だがおかしい。
鍵は開いている、引きずり出そうと思えばドアを開けてそのまま連れて行くこともできるはずだ。
彼女はこちらを見て手招きするだけ。ドアを開けようともしない。
なぜだなぜだと考えて時間だけが過ぎていく。
その時、脳に電流が走り、一つの推測が成り立った。
「・・・これは、夢か?」
しかしそれを裏付ける決定的な証拠はない。窓の外では懲りずにマホが手を招いている。
心臓の鼓動が一つだけ大きく、体が跳ねるほどの脈動が体中に走った。
しかし、それは自らの身体から生まれたものではなく、今も乗っているこの車から伝わってきたような・・・
そんな事を考えていると車は、ひとりでに、運転手もいないのに後退を始めた。それもかなりの速度で。
窓を見ていた俺は景色が、さっきと逆方向に、さっきのスピードの何十倍にも錯覚するほどの速度でどんどん戻っていく。
若干の恐怖とマホへの意識。
戻る、次々に戻っていく。バックで進んでいる。それは幻想にも見えた。
しかし、止めようにも体はうまく動かせない。
---時間にして数分、いや数時間、もしくは数日、数週間かも知れない。
車は、見覚えのある、自宅付近でひとりでに止まった。いや、止まっている。
止まったかと思った矢先に。誰かが俺の肩を叩いているのに気づく。
この車には俺しか乗っていないはずなのに。
「・・・さん、カズヒトさん!」
耳元で大声で叫ばれている。カズヒト…俺の名前だ。男性の声。
頭で情報を整理していると、ひとりでに目が開いた。
白い天井がめにはいり、ふと。
「ここは・・・?」
口を動かすのも重かった状態から振り絞った言葉。
その言葉は、相手に届いたようで。
「良かった、マナベ カズヒトさん、意識はありますか?」
意識?なんのことだろう。と思いながら。首を縦に振る。
ハッキリとした意識ではないが、横に目をやると白衣の男性と、その隣に薄い桃色の看護服を着た女性が私のことを見つめている。
「ここは病院の中です。あなたは数日間意識がなく、寝たままだったんですよ。」
男性が話しかけているがなんのことだか分からない。
ふと、気になりその男性に聞いてみた。
「なるほど・・・。ところでマホは?」
そうすると少し看護師と医師の二人が顔を見合わせた後にこう話す。
「残念ですが、マホさんはあなたとともに遭った交通事故で亡くなりました。断崖絶壁に投げ出され、即死と判断されたそうです。」
交通事故?なんのことだか、記憶が定かではないが、さっき、そんな体験をした覚えがある。
彼女が死んだと言われても悲しむ感情の余裕もない。
あのままマホと一緒に行っていたらどうなっていたのかはもう二度と誰も知ることが出来ない。




