第八十四話 竜司、兄さんとその竜と対面する。
「やあこんばんは。
今日も始めて行こうか」
###
###
ガチャ
兄さんが入って来た。
僕はぴくんとなる。
緊張してきた。
「ご苦労様です。
では後程……」
兄さんは後ろを向いて挨拶する。
そしてこちらを振り向く。
茶色い髪で横はツーブロック。
前髪はアシンメトリーカット。
短い眉に少し垂れた大きい目。
少し黒い肌。
夢の中で一度見た通り。
間違いない。
豪輝兄さんだ。
兄さんは部屋を見渡してまず敬礼をして涼子さんに挨拶をする。
「涼子さんっ!
お久しぶりですっ!
皇豪輝っ!
貴方の元へ帰って参りましたっ!
この度は弟がお世話になりましたっ!」
深く礼をする兄さん。
顔を見ると若干頬が赤い。
「豪輝さん……
おかえりなさい」
兄さん以上に頬を赤らめながらうっとり見つめる涼子さん。
昨日の涼子さんの反応を見るともしかして上手く行ってないのかな?
とか、思っていたがこれは多分兄さんの方がメロメロだな。
「さて……」
兄さんは僕の方を見る。
少し目が鋭い。
スッと手を上げる。
叩かれる!
そう思いビクッとなる僕。
「豪輝さん!
待って!」
堪らず涼子さんも声を上げる。
ガバッ!
予想に反して兄さんは素早く手を僕の肩に回し自分の方に引き寄せた。
そして自分の左胸辺りの僕を顔を見て笑顔で……
「ハッハッハ!
竜司、久しぶりだなオイ!
元気でやってんのか?」
「兄さんも……
元気そうだね……
って離してよっ!」
僕は兄さんの胸をを強く押し、離れる。
「フフフ……
何だ感動の再会なのに照れてやがんのか?
まあ色々聞きたい事もあるし座れよ」
兄さんは着席を促し、僕も応じる。
兄さんの身体は薄く魔力を纏っている。
よく見ると対流している様だ。
改めて対面すると凄い。
僕はマジマジと見ていると兄さんが……
「竜司、俺の身体の魔力の流れに気付いたか。
と言う事は竜儀の式は終えたのか?」
「うん」
「お前の竜はどうした?
普通は竜河岸の傍に居るはずだが」
「刑事に捕えられてこのビルのどこかに居るよ……」
僕はガレアの事を思ってショボンとなっていると兄さんが慰めてくれた。
「まあ、そんなにしょぼくれるなって。
俺が手続き済ませてやるから今日中には会えるよ」
「良かった……」
僕は本当に安心した。
「お前の竜なんていうんだ?」
「ガレア……」
「ガレアか。
強そうな名前じゃないか。
俺のボギーとどっちが強いかな?」
「ボギー?」
「俺の陸竜だよ。
黄金竜だ。
つえーぞ」
これも刑事ドラマの名前からだろうか。
すると兄さんの顔が少し真剣になる。
「さて……
家族の話はこれぐらいで仕事の話をさせてもらうわ。
竜司、お前は栄の事件の重要参考人だからな」
「栄の町はどうなったの?」
「とりあえず復旧の指針の目途が立ったってトコだな」
「そう……」
「じゃあ、次は俺の番だ。
なぜあんな事になったか教えてほしい」
僕は杏奈との出会いと拉致と闘いについてかいつまんで話した。
隣で涼子さんがペンを忙しなく動かしている。
「なるほど……
確かにあの子を見たがあれはヤベェな。
医者のカルテを見たがアスペルガー障害だとさ」
僕は納得した。
「それだけじゃないぞ。
関係妄想、易刺激性、感情鈍麻、観念奔逸……
とまあ精神疾患のオンパレードだ」
アスペルガー以外の言葉は知らなかった。
だけど、とりあえず重度に精神を病んでいるのはわかった。
「杏奈は今どうしているの?」
「特別留置所に居るよ。
今どんな状態でかは勘弁してくれ。
少なからずお前はショックを受けるだろうから」
僕は黙って頷いた。
大人の世界の話なんだろう。
「杏奈の竜は?」
「ああ、あの呪竜は聖塞帯で拘束されて強制送還の手続き中。
全くまだ数が足りてないのに聖塞帯二本も使いやがって」
兄さんが言うには聖塞帯って言うのは拘束する竜の魔力の質や強さによって本数が上下するらしい。
それで考えるとガレアとシスは同程度か。
喜んでいいのか悪いのか。
「じゃあ、お前は今回の事件では被害者だな。
あと竜河岸の女の子二人は今は?」
「え……?」
僕は驚いた。
兄さんが何故蓮や遥の事を知っているのか?
僕が驚いた顔で黙っていると……
「フフフ……
その顔は何でそんな事まで知っているのって顔だな。
それには理由がある。
俺の特殊交通警ら隊のメンバーで有能な奴が一人居るんだよ」
「居るって誰が?」
「残留思念読者だよ。
事件にもよるがまず最初は俺とこいつで初動捜査をするんだ」
「その人が読み取って兄さんに教えたって事?」
「そう言う事だ。
言うにはかなり強烈な残留思念が残っていたらしい。
そこから一人の男の竜河岸が相対する女の竜河岸を圧倒する所も見えたらしい。
これがもしかしてお前か?」
「その場に居た男の竜河岸は僕だけだから多分そう……」
「マジか……
そいつが言うには俺とタメ張るぐらい強いかもって言ってたぞ」
あの最後の魔力注入の時の事を言ってるのだろう。
僕は別の部分で疑問が沸いた。
確かヤマさんは僕の名前を知っていた。
それの説明がつかない。
僕は兄さんに聞いてみた。
「話を変えるけど一つ質問良い?
何でヤマさんは僕の名前まで知っていたの?」
「あぁ、あのオッサン公安だからなあ。
俺達竜河岸のデータベースからだろ多分。
これ言っていいのかな?
まあ良いか弟だし。
俺達竜河岸の顔とか名前とか動向はほぼ公安部に把握されてんだよ。
事件当日前後に名古屋に入った竜河岸の動向を洗ったんだろうな。
お前の名前を言ったのは多分カマかけたんだよ。
全くあの狸親父は」
警察はやはり怖い組織だ。
僕は改めて再認識した。
僕は落ち着くため、出された紅茶に口を付ける。
「ところで竜司。
その女の子の内どちらが彼女なんだ?」
ブーーーッッ!
僕は飲んでいた紅茶を噴出した。
「ゲホッ!
ゲホッ!
兄さ……
ゲホッ……
何言って……
ゲホッゲホッ!」
咳が止まらない。
「おいおい、大丈夫か竜司」
ようやく落ち着いた。
「もう兄さん何言ってるの。
僕に彼女なんて居ないよ」
それを聞いた兄さんがくっくっくと笑い出した。
隣の涼子さんも笑っている。
「あのな竜司。
今更そんな取り繕って言っても遅いっつーの。
お前の反応でモロバレじゃねーか。
なあ涼子さん?」
「ええ、フフフ。
竜司君も案外隅に置けないわねえ」
涼子さんも優しく笑っている。
「特徴として一人はかなりハイレベルの電撃使い。
もう一人は武器を大量に使う竜河岸。
こっちは何かフリフリの服だったって言ってたぞ。
で、どっちなんだ?」
少し沈黙が流れる。
兄さんは僕の反応を透かすように見ている。
「フリフリの方か?」
「いやそれは無い」
僕は無表情で即答した。
「じゃあ電撃使いの方か」
僕は黙った。
多分頬は赤かったと思う。
「そっちか……」
兄さんは呟く。
僕は焦って弁解した。
「でででっ……
でもっ!
まだ告白とかもっしてないしっ!
まだ友達だよっ!」
兄さんと涼子さんは笑っている。
「まだって事はいつかは恋人になりたいと……
違うか竜司?」
僕は痛い所をつかれ俯いてしまった。
僕もやられっぱなしではいない。
兄さんに反撃だ。
「でも兄さんも涼子さんをほったらかしにしてるじゃないか。
いつも仕事仕事って」
我ながら強引な話題変更。
でもの意味が解らない。
向かいの人の身体がピクッとした。
ただ涼子さんだけ。
兄さんは全然平気そうだ。
「それはある程度は仕方ない部分もある。
俺は事実上竜河岸警官のトップだ。
場合によっては現地に飛ばないといけない事もある。
だけどな俺には揺るぎないものがある。
それは涼子さんに対する愛だっ!」
兄さんは恥ずかしがる事も無く真っ直ぐこっちを見て言いきった。
そして力強く涼子さんの肩を抱く。
「俺は日本のどこに居ようと涼子さんを愛している。
それは俺が死ぬまで変わらない」
「ちょ……
ちょっと豪輝さん……
まだ勤務中ですよ……」
そんな事を言いつつまんざらでもない様子の涼子さん。
頬が赤い。
「あ、そうだ。
豪輝さん」
兄さんにもたれかかっている涼子さんが体を起こした。
「どうしたんですか?
涼子さん」
「竜司君の事です。
処遇をどうされるんですか?」
「まあ、普通に考えたら親を呼んで家に帰されますね」
僕はピクッとなる。
「私は反対です。
昨日聞いたんです。
竜司君は家で酷い仕打ちを受けていたそうじゃないですか」
涼子さんが会ってまだ間もない僕を庇ってくれている。
やはりこの人は優しい人だ。
「聞いたんですね……
じゃあ事件の事も……」
「ええ、125事件についても聞きました」
「竜司、あの時はすまなかった。
お前が引き籠った時は俺の隊の地位を盤石にするために躍起になっていたからな。
正直お前に構っている余裕も無かった。
爺様の扱い方についても感づいてはいたんだ。
いやホントに悪かった」
兄さんがこっちを見て頭を下げる。
「も……
もういいよ……
引き籠もらないとガレアに出会う事は無かったんだし……
でも絶対に家に帰るのは嫌だ」
僕は真っ直ぐ兄の目を見て帰宅を拒否した。
そんな僕の顔を見て兄さんの口角が上がる。
「ほう……
なかなかいい目をするようになったじゃないか。
半年前の俺と目を合わせなかった時とは大違いだ。
でもわかっているのか竜司。
お前はまだ未成年なんだぞ。
保護者が必要な年だ」
痛い所を付いてくる兄さん。
そこへ涼子さんが提案する。
「そこで豪輝さんが保護者になったらどうかしら?
正確には成年後見人だけど」
「……なるほど……
で、竜司。
お前どこに向かってるんだ?
あてのない旅か?」
「最初はあてなんて無かったよ……
旅の中で出会った友達が横浜に供養に行けって……
だから横浜に向かってる……」
それを聞いた兄さんが優しく笑う。
「そうか……
よし!
保護者の件、俺は構わないぞ。
竜司、お前はどうする?」
僕は少し考えた。
だが今の警察に居る状況で僕の答えは決まっていた。
「兄さんが構わないなら……
僕はそれでいいよ」
涼子さんがぽんと柏手を打つ。
「これで決まりね。
さっそく私は手続きの準備に行ってくるわ。
じゃあね竜司君。
良かったわね」
「はい」
涼子さんは退室した。
「そういえばガレアはどうしているだろう……?」
「ん?
じゃあそろそろ会いに行くか?」
「うん」
僕と兄さんは外に出てエレベーターの前に向かう。
中に入り兄さんが一階のボタンを押す。
「一階に俺の竜が居るんだ。
そいつ拾ってからでもいいか?」
僕は頷いた。
少しの沈黙の後、一階に到着する。
通路を進み左に曲がると足元にあった何かを踏ん付けた。
ヌルッとした感触が足から伝わる刹那。
ガンッッッ!
僕は豪快に転倒し、頭を強く打つ。
「いっっっったぁぁ……!
何だコレ……?
バナナの皮?」
僕は踏ん付けたバナナの皮を拾う。
何でこんなものが。
ふと周りを見ると夥しい数のバナナの皮が下に散乱している。
「うわっ!
何だコレ!?」
僕は驚いて声を上げる。
兄さんの方を見るとやれやれという顔をしている。
「あいつはまた……
ボギー!
ボーギーイー!」
兄さんは器用にバナナの皮が無い所を歩いて奥に進む。
僕も起きて、兄さんの歩いた後を進む。
何か視界が黄色くて気持ちが悪い。
少し歩くと竜が居た。
バナナを食べている。
この散乱の元凶はコイツか。
「ボギー!
コラッ!
いつも言ってるだろ!?
喰うのはいいが散らかすなって!
オイ!
話を聞けッ!
バナナを食うのを止めろっ!」
【モグモグ……
あ、豪輝。
終わったの?】
「全くお前は……
掃除するのは俺なんだぞ」
僕は二人のやり取りを見ていたら、兄さんが不思議な行動を取り出した。
しゃがみ右手の平をバナナの皮に当てた。
フン
そんな音が聞こえたと思ったら兄さんの半径一メートルぐらいのバナナの皮が全て霧に変わった。
「全く竜ってのはどんだけ食うんだよ……」
兄さんは手早くどんどん手の平を当てバナナの皮を霧に変えていく。
よく見ると兄さんの魔力の対流が右手に向かって流れているのが解る。
バナナの皮、撤去完了。
【わー豪輝ありがとー】
ポイッ
そう言いながらまたバナナの皮を捨てる。
「だからそれを止めろって!」
ガンッ!
その竜の頭を殴る兄さん。
【イタッ!
ごめんなさぁい】
「竜司、紹介しよう。
俺の竜、ボギーだ」
ボギーというその竜。
頭には四本の立派な角を生やし、身体はキラキラ黄金色に光っている。
いわゆるガレアと同じ洋風の竜だ。
身体から南国の様な甘い香りを漂わせている。
南国には行った事無いけど。
【ねー豪輝ー。
この人誰ー?】
「こいつは竜司。
俺の弟だ」
【へー、豪輝、家族居たんだー。
僕はボギー。
竜界で使ってた別の名前はあるけどこっちに来たらみんなボギーって呼んでるよ。
よろしくー】
ボギーは手を差し出してくる。
「あっ……
こちらこそ……」
僕は何となく恐縮して握手をする。
【ねえねえ、弟君。
バナナって凄いと思わない?
あの色、あの食べ方、あの味。
僕はこっちに来てビックリしたよ。
全くバナナの前にバナナ無く、バナナの後にバナナ無しだよね】
ボギーは何かバナナについて熱く語り、名言みたいなことを吐いている。
「た……
確かに」
妙な説得力があったので同意してしまった。
【弟君は話が分かるねー。
豪輝とは大違いだよ】
今気づいたがこのボギーという竜。
何か話し方が幼い少年の様だ。
「すまんな竜司。
こいつはバナナさえあれば何でもいいんだよ」
【何だよ豪輝ー。
そんな事無いよー
僕だって色々考えてるんだよ。
バナナの新しい食べ方とかバナナの生産量がアップしないかなとか】
ほぼバナナだ。
兄さんの言う通り。
納得。
それより僕は兄さんに聞きたい事があった。
「それより兄さん、あの数のバナナの皮をどうやって片づけたの?」
「ん?
あれか?
あれは俺のスキルだよ」
バナナの皮を片付けたのは兄さんのスキルだった。
###
###
「はい、今日はここまで」
「ねーパパー。
パパのお兄ちゃんって僕からしたら何になるの?」
「龍からしたら伯父さんだね」
「豪輝伯父さんかー。
会った事無いなぁ。
会ってみたいなあ」
「そのうちね……
じゃあ今日はもうおやすみ……」




