第七十八話 竜司、竜司に話しかけられる。
「こんばんは。
今日も始めて行こうかな」
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杏奈の事件から一日が過ぎていた。
僕はというと身体は相変わらずだった。
首から下の感覚がまだ戻らない。
けど、幸せだったんだ。
何故かって僕の世話は全部蓮がやってくれたからだ。
今は蓮は買い物に行っている。
ルンルとガレアを連れてっているのが気になるが。
しかし身体が動かないというの退屈だ。
(ただいま私は栄の街に来ております)
TVから声が聞こえる。
蓮が退屈だろうとつけて出て行ってくれたのだ。
今やっているのはニュースみたいだ。
(先日の集団乱闘事件の爪痕はまだ深く残っています)
集団乱闘事件って杏奈の起こした事件の事か。
ううっ……
見たい。
でも体が動かない。
TVはスタジオに戻ってきたようだ。
(いやー、山入端さん驚きましたね。
急に五百人を超える人が乱闘を起こすなんてあり得るんでしょうか?)
司会者が話している。
(ええ、専門医は集団催眠との見解を示しているらしいですけどね。
でも私が集めた情報によるとどうやら違うらしいですよ)
コメンテーターがそう言う。
(違うというのは?)
(目撃証言によるとおかしくなった人に触れられるとその人もおかしくなって乱闘に加わったと聞きます。
どうやらこの事件には竜河岸が関与しているっていう話ですよ)
(竜河岸っていうとあの……)
(ええ、さらに私が警察関連から聞き出した情報によると
これは竜河岸の特異能力から引き起こされた事件らしいです)
(ではまたいつこういう事件が起きるかもわからないって事ですか?)
(今回の事件の犯人はもう逮捕したと言ってましたけどね。
しかし竜河岸って人種……
危険な存在かも知れませんよ)
コメンテーターはそう言って締めくくっていた。
やはり杏奈は逮捕されたのか。
この放送で竜河岸の立場が悪くなったら嫌だなあ。
そんな事を考えていると玄関の方で音がする。
「ただいま~
竜司おとなしくしてた?」
【ばかうけのカレー味楽しみだなあ】
【ようやくカネブウの新コスメ買えたわん。
早速試さないと】
蓮が帰って来た。
ルンルとガレアも一緒の様だ。
蓮が僕の状態を確認するように顔を覗き込む。
「おかえり蓮」
「よしっおとなしくしてたようね。
待っててすぐにご飯作るから」
そう言うと蓮は僕の視界から消え、キッチンに消えて行った。
昨夜から不思議な事に何を食べてもトイレに行きたくならないのだ。
まあ感覚が無いから尿意も感じる訳がない。
栄養は全部身体に行き渡っているのだろうか。
とにかくこんな状態だとトイレもままならない。
ポリポリ
何か堅いものを咀嚼する音が聞こえる。
【なかなか美味いな。
ばかうけカレー味】
ガレアが何か言ってる。
買ってもらったばかうけを食べているのだろう。
僕は何となくばかうけが食べたくなった。
「ねえ、ガレア……
そのばかうけ、僕にも一つくれない?」
【一個だけだぞ】
のしのしガレアガ近づいて来た。
ばかうけが一つ僕の口に入る。
ポリポリ
美味いなあ。
大体ばかうけを買ったら全部ガレアが食べるけど、僕も元々好きなおやつなんだ。
数十分後。
蓮がキッチンから帰って来た。
「さあお待たせ竜司。
今日のお昼はカレーよ」
香辛料の刺激的な香りが鼻に入る。
美味しそうだ。
口の中から唾が湧き出る。
「じゃあ竜司、起こしてあげるね……
よいしょっと」
蓮は僕を上半身だけ抱き起こし、ソファーにもたれさせた。
「はいっ
竜司っ
あーん」
「あーん」
素直に口を開く僕。
蓮が掬ってくれたカレーが入る。
物凄く美味しい。
「どう?
美味しい」
美味しいんだけど熱くてうまく喋れない僕は首を縦に力いっぱい降った。
「よかったぁ、まだまだあるからどんどん食べてねっ」
嬉しい。
本当に嬉しい。
生きてて良かった。
僕はしみじみと今の自分の状況に感激した。
【これうめぇな。
キャンプで食った時と同じくらい美味いぞ】
ガレアも満足そうだ。
そこで蓮があるキーワードに引っかかったようだ。
「はいっあーん。
ところで竜司、キャンプってなあに?」
笑顔でスプーンを差し出しながらノータイムで聞いて来た。
蓮って結構嫉妬深いのかな?
でもキャンプは別にやましい事は無い。
「あぁ、奈良で知り合った竜河岸と行ったんだよ」
モグモグ。
カレーを食べながら説明する僕。
「はいっ
竜司、あーん
その竜河岸って女の子?」
「そうだよ」
僕が言い終わるか終わらないかの刹那。
僕の右頬に熱さが奔る。
蓮がアツアツのカレーを僕の右頬に当ててきたのだ。
「あっつぅぅっ!!」
僕は熱さのあまり顔を縦横にぶんぶん降る。
「あら?
ごめんなさい。
へ……
へぇ……
その女の子っていくつぐらいなのかしら?」
「十一歳だから小学五年じゃないかな?」
これを聞いた途端、物凄い安堵の表情を見せる蓮。
「なぁんだ。
あっごめんっ!
竜司熱かったでしょう?」
蓮はおしぼりで僕の顔を拭いてくれた。
そんなこんなで昼食は終わった。
僕は満を持して聞いてみた。
「ねえ……
蓮……?」
「何?
どうしたの竜司」
「僕……
もしかしておねしょとかしてない……」
「え?
別に大丈夫だけど」
良かった。
でもこのままじゃあ僕はずっとおねしょの恐怖にさらされなければならない。
何か無いだろうか。
あ、蓮で思い出した。
確か僕はフネさんの漢方を持っていた。
もしかして効くかもしれない。
早速蓮に頼んでみた。
「蓮、ちょっと悪いんだけど僕のカバンを持ってきてくれない?」
「いいわよ」
蓮は隣の部屋から僕のカバンを持ってきてくれた。
「この中からフネさんの漢方が入っているはずなんだ。
それちょっと飲んでみるよ。
もしかして身体が治るかも知れない」
「えっと……
漢方漢方……
これね」
抹茶色の巾着から怪しげな瓶が二瓶。
ラベルが貼ってあるが全て漢字で書いてあるからわからない。
二つの違いはフタだ。
赤いフタと黒いフタ。
流石にこれを飲むのには勇気が要るなあ。
「竜司……
これ飲むの……?
フネさんに確認してからの方が良くない……?」
「そうだね……
でも僕、フネさんの電話番号を知らない……」
「私知ってるからかけてみるね」
蓮が携帯を取り出す。
「……あ、もしもしフネさん?
ええ……
私は元気ですよ。
今名古屋で竜司と一緒なんですよ。
……違いますよっそんなんじゃ無くて、私も名古屋に用事があったからですよっ。
グーゼンですっグーゼン。
あっそうそう今竜司が大変で……」
多分前半はフネさんがからかってたんだろう。
ようやく今の僕の状況を説明し始めた。
「ええ……
はい……
そんなすぐにっ!?
ええ……
わかりました……
じゃあ」
プツッ
「蓮?
どうだった」
「竜司、この赤いフタの物を飲むんだって。
一回につき二錠。
で、確か病状によっては物凄く苦しむそうよ。
それで、ひと眠りした後は黒いフタからもう二錠飲むって。
竜司……
飲む?」
僕は頷いた。
これでおねしょの恐怖から逃れられるなら。
「じゃあ……
行くよっ」
意を決して蓮が赤いフタを開けて二錠取り出す。
「じゃあ……
竜司、口を開けて……」
僕は口を開けた。
口に二錠放り込まれ、水を流し込まれる。
ゴックン
飲んでしまった。
別に何ともない。
「何ともないよ蓮」
「フネさんはすぐ効くって言ってたけどなあ」
そんなやり取りをしていた矢先
僕の身体に異変が起き始めた。
キィーーン
ワンワン
まずは耳鳴りが激しくなった。
顔が熱い。
焼けるようだ。
「あ……
熱い……」
僕の様子を見て蓮も焦り出した。
「待っててっ!
氷枕作ってきてあげるっ!」
キッチンに急ぐ連。
蓮の後ろ姿を見つめる僕。
蓮の身体がぼやけて見える。
視界の淵から黒くなる。
十階から飛び降りた時と一緒だ。
僕はそのまま気を失った。
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僕は目が覚めた。
部屋は薄暗い。
もう夜か。
ガレアとルンルも寝ているようだ。
顔の熱さも引いている。
チャプ
頭の後で水の音が聞こえる。
僕は手を回してみた。
手触りからゴムというのが判る。
蓮が氷枕を敷いてくれたのだろう。
ん?
手が動く?
そう言えば今気づいた。
体の感覚が戻っている。
僕はゆっくり体を起こしてみる。
やった、起きるぞ。
身体が動く。
ポキポキ
まるまる二日全く動かしてなかったせいか動かす度身体がポキポキ鳴る。
そういえばひと眠りした後は黒いフタから二錠飲むって言ってたっけ。
側のテーブルに書置きとその上にコップに入った水と薬が二錠おいてある。
起きたら飲む事。蓮
書置きにはそう書いてある。
僕は言う事を聞いて二錠口に入れ、水と一緒に体内に入れた。
あっそうだ。
蓮はどこだ?
僕はキョロキョロ辺りを見ると廊下から光が漏れている。
そちらに行くと廊下は電灯が付いていた。
僕は顔を洗おうと洗面所に向かった。
シャァァァァ
風呂場から水が流れている音が聞こえる。
「フンフーン♪」
風呂場の中から声が聞こえる。
蓮の声だ。
ってこの状況ヤバくないか?
蓮が出てくる前にここから出ないと。
ふと目をやると蓮の着替えが置いてある。
「今日は白か……」
って何を言ってるんだ僕は。
水流が弱まる音がする。
まずいっ!
蓮が出てくる。
僕は静かに急いで布団に戻った。
そして狸寝入りを決め込んだ。
名古屋で二回目の寝たふりだ。
ガチャ
蓮が着替えて出てきた。
みしりみしりと近づいてくる感じがする。
「竜司……
まだ寝ているのね……」
湯上りのシャンプーの香りが鼻を通る。
良い匂い。
「竜司……
明日はいつもの竜司に戻ってね……
そしていっぱいデートしようね……
おやすみなさい」
蓮は小声でそう囁いた。
ギシギシと僕から離れる音が聞こえる。
僕は申し訳ない気持ちになった。
蓮、ごめんね。
明日は出かけられるから。
僕はじきに狸寝入りからホントに寝てしまった。
深く深く。
僕は夢を見た。
荒廃した町。
前の続きだろうか。
辺りはアスファルトが砕け、地面がむき出しになりビルもボロボロに崩れている。
そこを僕はプカプカ浮いている。
フワフワ浮いていると大きなブロック片に座っている男の人とその傍らに竜が居る。
僕は近くに寄ってみた。
その男の人はボロボロの包帯を頭に巻いて無精髭を生やしている。
ふと目をやるとに見慣れたカバンが置いてある。
これは僕のカバンだ。
うすうす感づいていたがこれは僕か。
何年か先の僕だ。
何年か先の僕は傷だらけだった。
腕や足に包帯を巻いていて全てボロボロだ。
なら傍に居る竜はガレアか。
いつも通りかなと思ったらガレアも若干傷ついていた。
するとその何年か先の僕が喋り出した。
「見てるんだろ?
十四歳の俺」
え?
それって僕の事か?
その何年か先の僕は話を続ける。
「確か俺の時も夢の中だったから話せなかったんだっけ。
まあいいや。
お前に聞いて欲しい事がある。
俺は今から八尾との戦いに赴く。
多分死ぬだろう。
そこでお前に頼みがある。
このクソッタレな未来を変えてくれ」
この何年か先の僕が何を言ってるか理解できなかった。
「竜も人も幸せに楽しく暮らせる未来に変えてくれ。
どこがキーになるかは解らない。
ただどこかで俺は選択肢を誤ったんだろう。
俺の現実はここしか無い。
たけどお前は違う。
いくらでも修正が可能だ。
多分コイツ何言ってんだぐらいにしか思ってないだろう。
だがこれは事実だ。
俺がこの夢を見た時は名古屋だったから、そこからお前は色々な選択肢に悩まされることになる。
お前は……」
【竜司、そろそろヤツが近づいて来たぞ】
何年か後のガレアが何年か後の僕に話しかける。
辺りが急に風が吹き出した。
どんどん風が強くなりあっという間に台風の中に居るようになった。
砂煙ももうもうと上がり視界を遮る。
何年か後の僕は立ち上がり一方向を見定めた。
砂煙でよく見えないが泣いているのではないか。
「それを絶対踏み間違えるなっ!
竜司っ!
お前の未来は明るいものになる事を祈っているっ!
行くぞぉぉぉ!
ガレアァァァ!」
「竜融合ッ!!」
【竜融合ッ!!】
ここで目が覚めた。
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「はい、今日はここまで」
「ねぇパパ?
夢の中で誰と話してたの?」
「十八歳のパパだよ」
「パパがパパと話するの?
何かおっかしーの」
「そうだね。
龍の言う通り。
おかしな不思議な出来事だったよ。
僕も起きた後は……
あ、これは明日話しよう……
じゃあおやすみ……」




