第百九十五話 竜司、任務完了する。
何かが……
光った。
元の目に映ったのは微かな煌めき。
ニニの頭上に微かな煌めきが見えたのだ。
その煌めきはとても小さく微か。
1、2度光っただけで後は見えなくなる。
あの光は何だろう?
「グゥゥッッ……」
光が何なのか考察する暇も無く、元の身体に異変。
全身が赤く腫れ始めたのだ。
キィィィィン!
ザフッザフッ
ガヤガヤ
全身だけでは無い。
大きな耳鳴りと足音。
騒めきも元の鼓膜を揺さぶり始める。
更に土の匂い、乾いた堆肥の匂い。
アスファルトの匂い。
人工的な香水の匂い。
ありとあらゆる匂いが元の鼻腔目掛けて詰め込まれる。
これは五感を強化した事による代償。
数多の情報が一斉に元の身体に流し込まれる。
これにはさしもの元も堪ったものでは無い。
即座に五感強化を解除。
続けて回復の魔力注入で全身の腫れを引かせる。
とにかく手掛かりはさっきの光。
何かが光ったのは間違いない。
となると強化するのは視力だけで良い。
ここから考察して行く。
が…………
宗厳戦でも語った様に戦局は待ってくれない。
戦況は時間を与えてはくれない。
「アヘァ…………
アハァッ…………」
何やら妙な声が聞こえる。
元が見つめる先には口をあんぐり開け、愉悦の表情のニニ。
明らかにさっきと様子が違う。
その表情はいわゆるイッている顔。
緩みに緩み切り、目の焦点が合っていないのではと思われる。
まるで麻薬を打ったジャンキーの様。
事実その通りなのである。
ニニは自身のスキルによって脳内麻薬を大量に分泌させたのだ。
主にドーパミン、アドレナリン、ノルアドレナリン、B-エンドルフィン等である。
この表情はB-エンドルフィンの大量分泌により引き起こされた極度のランナーズハイによるもの。
現在のニニは火事場の馬鹿力状態。
ニニは自らのスキルにより身体強化をかける事が可能なのだ。
これは魔力注入の身体強化とは違う。
別アプローチによる効果。
それがどう言う事を引き起こすか。
「起動……」
ギュンッッッ!
!!!?
元がニニの姿を見失った。
文字通り一瞬で消えたのだ。
「どこやぁっ!
どこいっ……」
「ハァ~イ……
少年……
コッチですヨォ……
起動」
見失った元の発言に被さる様にニニの囁きが元の耳に滑り込む。
ニニはすぐ傍。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
「グハァァァァァァァァァァッッ!!」
ニニの囁きを認識した刹那。
右脇腹に極大の衝撃。
バキボキベキバキベキィィィ!
アバラを大量に折る音と叫び声をあげながら元が吹き飛ぶ。
ザシャァァァッァァァァッッ!
車道から強制的に畑へ吹き飛ばされた元。
何と言う威力。
元は確かに五感強化は解除した。
が、魔力注入による防御までは解除していない。
にも関わらずこの威力。
ニニはスキルによる身体強化に魔力注入を上乗せする事が出来る。
結果、生まれたのがこの威力である。
「グハッ!」
ビチャビチャァッ!
元が吐血。
真っ赤な血が地に飛び散る。
この吐血は折れた骨が臓器に刺さった為だ。
脇腹から全身に巡る激痛により立つ事が出来ない。
ドクドク
更に大量の流血。
これは吐血だけでは無い。
喰らった右脇腹がズタズタに抉れている為、出血しているのだ。
これはニニの起動の特徴。
標的を攻撃する時に仕掛ける特徴の為。
ニニが三則を使用し攻撃する時、拳に集中させた魔力に変化が起きる。
まず拳から魔力が皮膚にまではみ出るのだ。
そのまま手首の少し上辺りまで螺旋を描く形で纏う。
その手に描かれた魔力による螺旋の帯は毛羽立ち、有刺鉄線の様に変化。
そしてニニはその拳を回転させながら殴るのだ。
当たった箇所は抉られた様にズタズタになる。
一撃で再起不能に陥る程の大ダメージを与える事も可能。
まさに掘削ドリルで思い切り殴られたかの様。
しかも元は完全に不意をつかれた。
起き上がれなくてもおかしくない。
しかし……
パァァァッ
元が白色光に包まれる。
回復の魔力注入である。
元には幸運な点があった。
まず日々ケンカに明け暮れていた為、激痛などで動揺しない点。
あと、魔力注入の熟練度がある程度高かった点である。
確かに大ダメージは負ったがすぐさま患部に魔力を集中。
回復を図ったのである。
「フフフ……
アナタ馬鹿デスかぁ?」
だが……
ギュンッッ!
ニニが高く跳躍。
先程、元が捉え切れない速さを叩き出した足で空高く飛び上がった。
棍棒の様な太い二本の脚を白色光に向ける。
もちろんこの光は目下回復中の元である。
ニニは元の回復を待ってやる気などサラサラ無い。
弱った相手に畳み掛ける。
これは戦闘時では常識。
白色光に包まれた元。
周囲の状況は眩い光で解らない。
!!?
バッ!
素早く白色光が動いた。
目視で確認は出来ずとも光内の元は殺気を感じ取ったのだ。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
ニニが強烈な勢いで着弾。
大きく響く炸裂音。
すんでの所で被弾を免れた白色光。
ひいては元。
しかし……
ギャンッッ!
急激に舞い上がる砂煙が瞬時に霧散。
すぐさま白色光を追撃するニニ。
「起動」
元が光っていようといまいとニニには関係無い。
白色光の中にくの字に曲げた左腕を突っ込んだ。
もちろん左拳も右と同様。
集中した魔力は皮膚に螺旋状に巻き付く形。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
炸裂音と共に吹き飛ぶ白色光。
ドンッ!
ドンッ!
ゴロゴロゴロォォッ!
激しく地面をバウンドし転がって行く。
【オイ、ニニ。
殺ったのか?】
「う~ン。
ドウデショ?
多分白い光が消エテ無いノデ生きてマスネェ。
ワタシの螺旋を二発喰らって生きてる竜河岸は久シブリですヨォ」
先程のイッている顔から打って変わって元通りに戻っているニニ。
スキル効果の時間切れである。
そしてニニの言っている螺旋とは拳に起動をかけた攻撃の事。
その形状から螺旋と命名。
これは源蔵の鋼拳。
竜司の颱拳と同様、技名を口にした方が威力は増す。
相手を殺したと言うのは全て技名を呟きながら炸裂させていた為である。
だが元に放った時は通常通りの起動。
特に技名を口にしたり、念じていた訳では無い。
言わば全力では無い攻撃。
一体どう言う事か?
これはニニが元との戦闘で感じている印象が原因。
前述の通りニニからしたら親戚の子供と遊んでいる感覚なのだ。
それだけ元は竜河岸としては未熟。
今まで殺して来た竜河岸と大差はない。
そう感じていたニニ。
早い話が元を見下していたのだ。
こんな奴はいつでも殺せる。
そう言う認識でいた為の手加減。
この手加減は言わば無意識化。
ニニ自身が任意で施したものでは無い。
それだけ元の力量を見くびっていた。
心の底から。
螺旋2発で元を殺せなかった理由は無意識下の手加減も要因ではあるが、元の施した魔力注入の防御力が高かったのも一因としてある事を付け加えておく。
やがて白色光が止んで行く。
中から現れた元。
右脇腹の傷に関しては完治していた。
何や。
何やこいつ。
ごっつう強いやないけ。
しかも何じゃあの起動は。
肉ごと抉って行きよる。
魔力てあんな使い方も出来るんか。
元の額に一筋の冷や汗。
動けない。
初めて体験した世界レベルに圧倒され掛かっている。
しかもニニのスキルの謎はまだ解けていない。
何がトリガーになっているか解らない。
これは…………
コイツを殺るつもりや無いと勝てんのでは?
元の頭の中に危険な思想が過る。
が、すぐに思い留まる。
渇木髄彦戦での踊七の言葉を思い出したからだ。
てめぇっ!
今の顔をそのお婆さんに見せれんのかよぉぉぉっっ!
ブンブンッッ!
顔を横に振る。
今自分は何を考えていたのか。
冷静になれ。
今の謎が解けていない状態で貫通を放ったとしても自滅するのがオチだ。
とにかく観察。
観察だ。
相手を観てスキルの謎を解かなければ。
殺意が芽生えそうな程の強敵を前に必死に心を落ち着かせる元。
バッ
元は高く跳躍。
ベノムの元へ戻る。
鱗に手を当て、魔力補給。
【オイコラ、ニニ。
アイツ、魔力補給してんじゃねぇか。
とっとと殺れよ】
「マァマァ、待ッテ下さいよガジャ。
これぐラいタフな竜河岸は久しブリです。
もうチョット楽しませてモライマショウ。
なあに、殺スのは何時デモ出来ますカラ」
正直、元には打つ手が無かった。
所有するスキルはどれも近接戦闘型。
自らの拳で殴る物だから。
ニニのスキルの謎が解けない限り決定打を与える事が出来ない。
且つ会話などによって手掛かりを模索する事も難しい。
ニニにはウソを見破るスキルがあるからだ。
このスキルに至っても確定した解は何も持ち合わせてはいない。
わかるのはウソを見破ると言う事だけ。
やたらと話しかけて来るのがそのウソを見破るスキルに起因している気がして応答せずにいるが何がトリガーになっているかは不明。
元はニニの行動や所作でスキルの謎を解かなければならない。
クソッ!
悔しさのあまり心の中で短い悪態を吐く元。
とにかく今は時間。
時間が欲しい。
元は取り込んだ魔力を両腕と両脚、両眼に集中させる。
おもむろに身体の前で両腕を立てた。
防御に徹する為だ。
いわゆるボクシングのピーカブースタイル。
両脚に魔力を集中させたのは回避速度を上げる為。
両眼は先程の光をもう一度認識する事とニニのスピードを捉える為。
何とも血気盛んな元らしくない消極的な作戦。
それだけ追い詰められていると言う事である。
「ンフフ~。
サッキまでの元気はドコへイキマシタァ?
そんな亀みたイニ蹲ッテェ。
大方、ワタシのスキルの謎ヲ探ロウとしてるンデショウけど…………
無駄ナンですヨネェ…………
第四」
ニニ、スキル発動。
さきの脳内麻薬を大量分泌させるもの。
「……アハァ…………
アヘェアァ……」
やがて眼がトロンと蕩けて来る。
大量の脳内麻薬が浸透したサイン。
「起動……」
来る。
ギュンッッ!
スキル+魔力注入で身体能力を大幅に上げたニニ。
突風の如く襲い来る。
起動!
ニニの動きに合わせて元も三則発動。
見える。
先程まで見えなかったニニの動きが見える。
左側に薄いカーブを描きながらこっちに向かって来る。
両拳には魔力の螺旋。
そして有刺鉄線の様に毛羽立っているのが解る。
螺旋の体勢。
あの抉り取る一撃。
果たして防御出来るのだろうか。
解らない。
だが今は観る事しか出来ない。
防御に徹してニニを観察するしかない。
もどかしくて歯がゆくてしょうがない気持ち。
瞬時にニニは間近まで迫って来た。
「……第二……」
何かニニが呟いた。
その刹那。
フンッ
!!!?
眼を疑う出来事が起きた。
たった今。
今の今まで目の前に居たニニの姿が消えたのだ。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
消えた事を認識したと同時に右脇腹後方から巨大な衝撃。
バキベキボキ
アバラ骨が折れる音と共に吹き飛ぶ元。
目の前に居た筈のニニがいつの間にか後ろに来ている。
後ろから元を殴ったのだ。
ズザザザザァァァァァッッ!
が、元は倒れず。
何とか踏ん張って着地。
骨折も先と比べれば大分マシ。
魔力のほとんどを防御に振り分けていた賜物である。
「ツゥッ……!!」
威力自体は軽減できたもののやはり右脇腹の肉は抉れ、傷痕が真っ赤な血で染まりグチャグチャになっている。
すぐさま患部に魔力を集中。
傷を治癒し始める。
「アハァ……」
ギャンッッ!
あんぐりと口を開けているニニ。
涎が一筋垂れている。
エンドルフィンによる極度のランナーズハイ。
まだスキル効果は有効。
ニニは回復を待たず追撃。
超速で迫る。
が、元は防御の姿勢を崩さない。
これしか出来ないからだ。
全く手掛かりを見せないニニのスキル。
一体何を仕掛けているのか?
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
考察する暇も無く超強烈な右フックが元の立てた左腕に炸裂。
立てた両腕には大量の魔力を集中させ、三則も使用している。
左腕は抉れてはいなかった。
が……
瞬時に赤く腫れあがった。
「アヘァッッ!」
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
そのまま右拳を振り抜いたニニは強烈に腰を回転させ、更に左フックを元の右腕に叩き込む。
左腕と同様、瞬時に腫れ上がる。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
ブシュゥゥゥゥゥッッ!
そのまま3撃、4撃と次々元の両腕に強烈な打撃を叩き込み続けるニニ。
いくら元の防御が厚かろうと限界が来る。
気が付くと元の両腕は真っ赤な血が噴き出し、ズタズタのグチャグチャになっていた。
まるで両腕だけスパイクタイヤで轢かれた様。
ク……
クソ……
ダラン
元の両腕がダランと下がる。
もう両腕を立てている事すらままならなくなった。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
腕が下がり、ノーガード状態になった元の右頬に容赦無くニニの左螺旋が炸裂。
「ゴハァァァァァァァァッァァァァァッッッッ!!」
真横に吹き飛ぶ元。
ザシャァァァッァァァァッッ!
これは着地する事が出来ず地を滑って行く。
まずい。
このままでは敗けてしまう。
元の脳裏に敗北の影がちらつき始める。
ズキンズキンッッ
両腕と右脇腹。
そして顔面から激痛が全身に伝播。
もはや立つ事もままならない。
「チョォっと殴り過ぎまシタかネェ……?
どれだけタフな竜河岸でもこれだけ螺旋を喰らえば立チ上がル事は…………
オ?」
ググッ……
ググググッッ……
「オォッ!?
凄イデスねぇ!
まだ立ち上がりまスカァッ!」
元は身体に巡る激痛を耐え、何と立ち上がった。
「ハァ……
ハァ……」
ボタボタ
が、満身創痍。
両腕も上がらず流血が地に向かって滴り落ちている。
右頬も真っ赤に染まり顔の半分近くが赤い。
右脇腹は目下回復の魔力注入で治癒を図っている。
何故、傷を全て回復しないのか?
それは残存魔力が影響している。
残る魔力で治癒出来るのは右脇腹が精一杯。
先に集中した魔力を使えば治療できるのでは?
そう考えるかも知れない。
だが、出来ない。
集中した魔力は必要だったから集中した訳である。
防御とスピード。
視力を強化する為に使用。
それを治療に充てると言う事は強化を解除すると言う事。
ニニとの戦闘はまだ続いている。
ならば今の強化を解く訳には行かない。
そもそもその強化を図った状態でボコボコにやられたのだから気にしなくても良い事ともいえる。
戦闘態勢を維持するより五体を修繕する事を優先させた方が良いとも言える。
だが、元の頭はそこまで回っていなかった。
別の感情が大きく、冷静な判断が出来なくなっている。
為す術無くボコボコにやられた悔しさ。
心中に残る闘争心。
それらが身体を突き動かし、立ち上がったのだ。
このままやられっぱなしで終われるかい。
もはや立ち上がったのは意地。
ケンカ自慢としての意地である。
「ンフフゥ~~……
今まデの竜河岸ならフツーに死ンデマスよぉっ。
コンナにタフな竜河岸ハ初めてデスネェ。
ンフゥ……
将来ユーボーな少年デスのにネェ…………
殺シチャウのはモッタイない気もしますが……」
やはり気付いていない。
ニニは螺旋を手加減して放っている事に気付いていない。
そもそもニニ自体、手加減する様な人間では無い。
今まで戦闘して来た敵と言うとアフリカのゲリラやヨーロッパのマフィア。
中東の民兵など常に生死が隣り合わせの血生臭い連中ばかり。
基本自分を殺しに来る様な相手とばかり闘りあっていたのだ。
もちろん死にかけた事も何度かある。
ニニのスキルは性質上飛び道具には弱い。
罠に嵌められ大多数の敵からの一斉射撃を浴びて生死の境を彷徨った事もある。
そんな経歴のニニが任意で手加減など出来る筈が無い。
ニニからすると元ぐらいの年の竜河岸が向かって来る事自体初めてだったのだ。
B.Gと言う組織は少数精鋭。
社員は40人程。
モナルカが前社員をほとんど惨殺してしまったのが原因だがそれ以前に業務に人数は必要としない。
人手がいるオークションイベント等はヴィリーの服従で従わせた一般人や竜河岸で事足りるのだ。
ちなみに社員になる為には代理人の紹介が必要。
そう言う意味では宗厳は社員になれた可能性があった。
しかし、B.Gは邪竜を戦闘用にリースしている死の商人。
社員はヴィリー、モナルカ。
ニニを初めとする全員人格的に何処か破綻している人物ばかり。
そんな中に入っても長続きするとは思えないが。
話は少し脱線してしまったがニニは自身が手加減している事に気付いていない。
だから元が立ち上がった事に驚いているのだ。
「サァァ~……
どうしてやりマショウかネェ……?
一度の戦闘で第四三回は久し……」
プルルル
プルルルル
ここで携帯が鳴る。
「ン……?
コレはワタシの携帯電話ですネ」
おもむろにチェスターコートの内ポケットに手を入れる。
取り出したのは携帯電話。
「もしもし?
ハァイ、ニニですヨォ。
オヤ?
マイですか。
ドーシマした?
交渉はジュンチ……
え?
モナルカの内蔵コロナが発動した?
見ツカったんでスカ。
今回はえラク早いデスネェ。
ソレでワタシにドーしろと……?
戻って来い?
シゴトはドーするんですカァ?」
電話して来たのはマイ・セッタリング。
スウェーデン女性の竜河岸である。
B.Gで会計などの財務を一手に担っている幹部。
「フン……
フンフン……
ソレ……
ワタシ殺されマセン……?
ン……
まあ現在地が特定出来テルならやりようは……
エ……?
第二兆候まで進んデルんでスカ……
ソレちょットマズいですネェ……」
マイが言っているのはモナルカの場所の特定とスキルの内蔵コロナが発動したと言う報。
モナルカは基本B.Gの本部と呼べる場所には居ない。
行方不明になるのが常である。
いつも場所が特定出来る時はスキルが発動した時。
この内蔵コロナはモナルカの極大スキル太陽風が発動する前兆して起こるもの。
太陽風が発動すれば四方に百万度のプラズマ波を放射する事になる。
この温度は地図を書き換わるレベル。
参照話:閑話 第五章
モナルカの極大スキル発動の兆候に焦りを覚えるニニ。
確かにニニは人殺しに何の躊躇いもない破綻者と言える。
が、世界を破壊し尽くしたい訳では無い。
地図が書き換わるレベルの大惨事が起こるとなれば普通に焦るのだ。
ニニの生きる目的は取り立てて珍しいものでは無く、陽気なイタリア人らしい世の中の物を色々見て感じて楽しみたいと言う物。
別段、目的自体は普通。
周囲を見渡してもそう言う人物はいるかとは思う。
だが一点。
ただ一点。
世間一般の人間と大きくかけ離れている点がある
それは自身が楽しむ為なら人殺しも平然と行える点である。
独善的な性格。
自らの欲が最優先。
楽しみを邪魔する様な輩が居れば何の躊躇も無く…………
殺せる人物。
仮に目の前に自分の楽しみを邪魔する者が現れたら喉笛にナイフを簡単に突き立てる。
返り血で真っ赤になろうと気にしない。
それがニニ・ロッソと言う男なのである。
「ソレジャー、バイラはドーするんでスカァ?
……まぁ確かに太陽風が発動するとソレ所ジャ無いですシネェ……
八尾も毎回、律義に太陽圏を張るとも限らないデスシィ……
ハァ……
セッカク楽しクなって来タのに…………
わかりマシタヨ……
戻りマス……」
プツッ
電話を切るニニ。
「OH少年、ソメマセーン。
ワタシ行かなケレバならなくなりマーシタ」
ニニは両手を広げ、西欧人らしいオーバアクションでこの場を去ると言う。
「ふざ……
けん……
ハァ……
ハァ……
なや……」
脇腹の治癒は完了したが両腕と顔からの出血が酷く、朦朧とし出していた元。
ザッ
ザッ
だが、一歩。
一歩ずつゆっくりとニニに歩み寄り始めた元。
もう戦える状態では無いのに。
今、元を突き動かしているのは不良の気骨。
シンプルで純粋な不良としての原始の気骨。
元自身は不良と呼ばれると否定するが、やはり不良・ヤンキーなのだ。
ナメられっぱなしで終われるかい。
要するにこう言う事である。
「ン~~……
ガッツありマスネェ。
もう血ガ流レ過ぎテ満足ニ戦えル状態ジャ無いとイウノニぃ」
ザッ
ザッ
「やか……
ましい……」
「ショーがナイデスネェ………………
第一」
ニニがスキル発動。
ガツンッッッッッッッッッッッッッ!!
脳を内側からぶっ叩かれた様な感覚。
やばい!
意識が持って行かれる!
元に襲い掛かった気絶しそうな程の衝撃。
意識を繋いでいる線の様なものがプツプツと途切れて行くのが解る。
駄目や!
気を失ったらアカンッ!
今、意識が飛んだらアカン!
せっかく!
せっかく!
スキルの手掛かりを掴んだのに!
ニニが仕掛けたスキル。
これは悪手だったのかも知れない。
螺旋で一撃でも食らわせれば勝敗は決していた。
だが、ニニはスキルによって意識を奪う事を選択した。
これが元に謎を解く手掛かりを与えてしまう事になる。
ガリッ!
ツゥ……
元の口元から一筋の血。
元は自分の唇を強く噛み、意識を繋ごうとする。
「ヒュゥ~♪
第一を喰らって気絶シナい竜河岸も久しブリですヨォ。
ソレにシてもアナタァ……
漫画ミタイな事シマ…………」
「……………………匂い……」
ニニの発言に被さる様に元の呟き。
それを聞いたニニの顔が変わる。
今まで浅い弧を描き、薄笑いを浮かべていた唇が真っ直ぐ。
真一文字へと形を変える。
「そん……
顔は……
図星っちゅう……
顔や……
の……」
だんだん言葉が途切れて行く。
痛みによる意識の維持も一瞬。
だんだん遠のいて行く。
「螺旋」
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
意識を失う寸前の元に三則を使用したニニの一撃が叩き込まれる。
ギュンッッ!
ダンッ!
ダンッ!
ズザザザザァァァァァッッーッッ!
声を発さず吹き飛び、地を撥ね、滑って行く元の身体。
もう既に元は意識を失っている。
今、ニニが放った一撃は手加減をしていない。
技名を呟きながら元を殴りつけた。
最後の一撃は手加減をしていない。
普段通りの一撃。
殺し合いをする時に放つ三則。
手加減をしていた時とは段違いの一撃だった。
それだけ元の呟きが脅威だったのだ。
ニニのスキルの謎を暴いた訳だから。
ニニのスキル。
名を調臭と言う。
その名の通り、魔力により匂いを調合し操るのだ。
■調臭
ニニのスキル。
魔力により調合された匂いを対象に嗅がせる事であらゆる現象を引き起こす。
現在発生させる事が出来る匂いは五種。
それぞれ第一、第二、第三、第四、第五。
仕組みは魔力で生成した匂い分子を結晶化させ、体外へ散布させる。
大きさはおよそ6ナノメートル。
匂い結晶体と言うべき物が鼻孔から嗅覚神経を経て体内に侵入する。
射程は3~4メートル。
〇第一:送り込んだ匂い結晶体が脳の電気信号リズムを低下させ、失神させる。
匂いは超悪臭でアンモニアの十倍以上。
〇第二:鼻孔から侵入した匂い結晶体が視神経から送られる電気信号を書き換え、標的に残像を見せる。
匂いとは言っているが無香。
〇第三:手足に伝わる電気信号を書き換え、標的を操る。
匂い結晶体が物凄く小さい為、動きは“曲げる”“伸ばす”と言った単純な動きしか出来ない。
受動技能の暴露と連動していて、攻性の動きにしか反応しない。
無香。
〇第四:自ら吸引する事で発動するバフスキル。
吸い込むと脳内麻薬が大量に分泌され、火事場の馬鹿力状態になる。
発動すると極度のランナーズハイ状態に陥り、トリップする。
魔力注入との併用も可能。
匂いは柑橘系にダージリンティーの香りを合わせた物。
ニニ、愛用の香水。
ブルガリプールオムをイメージして生成された。
〇第五:大量に侵入した匂い結晶体が体内の迷走神経を異常興奮させ、心臓麻痺を引き起こす。
もちろん第五にかかったものは絶命を免れない必殺スキル。
弱点は他四種に比べて匂い結晶体が大量に必要な点と敵味方の判別が出来ない点。
無香。
これがニニのスキル、調臭の概要である。
元が目撃した微かな光は微細な匂い結晶が反射した光。
この光は常人では認識不可能。
6ナノメートルしかない結晶体の反射など無いも同然。
元が目視できたのは魔力注入で視力を超強化していたからだ。
そして体内に侵入しても気付かないのは毒物では無いから。
あくまでも匂い。
ただの匂いなのである。
調臭の匂い自体には異常を起こす様な毒性は無い。
このスキルの肝は脳内電気信号の書き換えにある。
あらゆる形に電気信号を書き換え標的を攻撃する。
匂いと言う膜に覆われて体内に侵入し、超速で書き換えを行うのだ。
その動きはまるでコンピューターウィルスのトロイの木馬の様。
無害に見せかけて内部に侵入し、標的の体内に奔る電気信号を書き換える。
一見無敵の様に聞こえるかも知れないが決定的な弱点がある。
それはどれも全て匂いである点。
匂い。
すなわち電気信号の書き換えが発生するのも鼻腔から。
皮膚の接触等では全く効果を発揮しない。
つまり鼻を塞げば簡単に防ぐ事が出来る。
ネタが割れると脆いスキルなのである。
だが、今の今まで謎が明るみになった事が無い。
事実を知っているのはB.Gの幹部のみ。
大抵の敵は攻撃を仕掛けて第三により自滅するか、第二で後ろに回り込まれ、螺旋で殴殺される。
もしくは第一で失神した所をナイフなどで刺殺。
どの相手も訳が解らず死んでいくのが常であった。
そんな中、失神寸前の元がスキルのトリガーを暴いたのだ。
その事に脅威を感じ、手加減せずに螺旋を放ったのだ。
当たった箇所は胸。
これがほんの少しだけ元に幸運をもたらしていた。
元は胸廻りには比較的厚めに魔力を集中させていた。
これは心臓と肺を護る為である。
これによって螺旋の威力は軽減されていた。
スカジャンとインナーはズタズタに破れてしまっているが、肉体は薄く抉れた程度。
命を奪う程では無い。
「もう時間ハ無い……
急ぎマショウ」
くるりと倒れている元に背を向けるニニ。
戦闘終結を意味する。
【オイオイ、ニニよ。
いつものニヤケ顔はどうしたんだよ】
ガジャがニニの顔を覗き込む。
その顔は眉間に皴を寄せ、口を真一文字に結んだ厳しい顔。
初めて相手にスキルの謎がバレたのだ。
致し方ない所もある。
「……ガジャ……
亜空間を……」
【ホラヨ】
ガジャは亜空間を開く。
その先はB.G本部。
「ハッ……」
【また元に戻りやがった。
よくわかんねぇな人間はよ】
ニニの顔は戻っていた。
先の厳しい顔から打って変わって薄ら笑いを浮かべた表情に戻っていた。
「ンフフゥ~~
確か……
少年の名前は……
ソーですソーです……
サメジマゲンでしたっけネェ……
アナタ……
なかなか面白かったデスヨォ……
このママ経験ヲ積めバかなり強い竜河岸にナッテましたネェ。
マァそんナ事、今更言っテモ遅いンデスけどね」
ここでニニのミス。
痛恨のミス。
ニニは元の生死を確認していなかった。
胸に螺旋を喰らい吹き飛んだのだ。
死んで当然と考えていた。
表情が戻ったのはスキルの謎はまだ流出していないと言うその安堵感からである。
元はもちろん死んではいない。
ダメージは負ったが死んではいない。
胸部に厚く張った防御の魔力注入のお陰で。
今、動かないのは調臭の第一による失神の為である。
普段のニニであれば止めを刺す所まで行っていた。
が、それを怠った。
ニニには時間が無かった。
モナルカが内蔵コロナを発動させたから。
一刻も早く戻らないと大惨事になりかねない。
「ワタシに出会ッタのが運ノ尽きッテ事デスねぇ。
ソレジャ、お休みなさい元……」
依然として失神している元に背中で別れを告げ、ニニは亜空間の中に消えて行った。
ニニと元との対決は元の完敗で幕を閉じた。
―――
時は30分弱経過。
「……んっ!!」
元の耳に遠くから声が聞こえる。
「…ノムッ!
……やくっ!
早く魔力を送り込んでェッ!」
聞き慣れた声。
同時に何かが侵入して来る感覚。
これは魔力だ。
大きな力が入って来た事によりどんどん覚醒し始める元。
この声は竜司。
ズキンッッ!
腕を少し動かそうとすると激痛が奔る。
傷は……
両腕……
顔も灼ける様な感覚……
顔と……
後は胸か……?
取り込んだ魔力を患部に集中。
起動
パァァッ……
元の身体が優しい白色光に包まれる。
見る見るうちに傷が癒えて行くのが解る。
「これは魔力注入の光……
良かった……」
元の身体が白い光に包まれたのを見て安堵する竜司。
やがて傷口は完治。
ゆっくりと眼を開ける元。
「元、治った?」
右側には心配そうな顔で見降ろしている竜司。
【元、お前敗けたのかよ】
左側には長い首を曲げて見降ろしている緑色の竜とオレンジ色の瞳を向けている灰色の竜。
ガレアとベノムである。
敗けた。
このガレアが言った何気ない一言。
これがニニとの戦闘をフラッシュバックさせた。
同時に湧いて来る憤怒の気持ち。
その量は膨大。
心中を埋め尽くす程、湧き上がる。
憤慨。
激昂。
「げ……
元……?」
表情が一瞬で変化。
激怒しているのは明らか。
獅子の歯噛みとはこの事。
竜司のかける声も少し怖気付いている。
ガバッッ!
勢い良く起き上がる元。
「クッッッッソォォォォォォォォッッッッ!!」
起動ッッ!
ヒュボォォォッッ!
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!!
「うわぁっ!?」
瞬時に右拳へ魔力を集中させ、三則を使用した強烈な一撃を地に放った。
その威力は凄まじいの一言。
軽い地鳴りを起こし、全経5メートル以上のクレーターを生成。
威力の大きさにバランスを崩し転倒してしまう竜司。
まさに沸き上がった怒りを全て載せた一撃。
悔しい。
何も出来なかった。
口惜しい。
口惜しくて仕方が無い。
悔しさが溢れて堪らない。
弱い。
自分はまだまだ弱い。
自分の弱さを痛感する。
が、今の一撃を見ても解る様に元は決して弱い訳では無い。
元の一撃ならば例え防御の魔力注入を施したとしてもダメージはある。
ニニに敗れた理由は相性の問題である。
近接戦闘に特化した元では勝つのが難しい。
ニニと対峙したのが竜司とガレアであればもしかして勝ちの目もあったかも知れない。
スキルの謎が解けるかどうかは置いておいて遠距離から標的捕縛や反射蒼鏡を駆使すれば魔力閃光を炸裂させる事も可能だろう。
第一を嗅がされ、失神寸前に追いやられた所、踏みとどまり超絶刺激臭からニニのスキルは匂いでは無いかと見抜いたのは流石、元と言わざるを得ない。
幸運もあった。
ニニは普通、第一で失神した相手を確実に殺す。
殺さなかった理由は時間が無い事ともう殺したと言う勘違いから。
もし普段通り、元を殺害していれば調臭の謎は謎のままだった。
「元、代理人はどうしたの?」
敗北の苦汁を舐める思いの元に気を使わない一言が竜司の口から放たれた。
この一言で次々と脳裏に蘇る記憶。
自分で自分を殴っていた無様な姿。
思い切り不意を衝かれて吹き飛んだ不格好な自分。
防御に徹したにも関わらず結局力でゴリ押しされ、いい様に殴られた情けない己の有様。
ありありと浮かんで来る。
プルプルプル
元の身体が震え出す。
震えて拳を握る。
膨れ上がっていた憤怒と悔しさの気持ちが更に超膨大。
「クソォォォォォォォォォォォォッッッッ!」
今度は両拳に魔力を集中。
起動ッッ!
ヒュボボゥッッ!
イメージしたジッポライターから出る炎は大きい。
激昂した元の気持ちを表す大きさ。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
右拳が地に突き刺さる。
クレーターが更に深くなる。
激しく鳴る衝撃音。
だが一発では元の気持ちは治まらない。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
放たれる事5発。
轟いた炸裂音。
気が付くとクレーターは竜司の胸下あたりまである穴と化していた。
「ちょっ!?
ちょっと元っっ!
落ち着いてぇッ!」
倒れたまま起き上がれない竜司。
堪らず制止の声を上げる。
6発目を放とうとした寸前。
ピタリと拳が止まる。
ブルブルと依然として震えている拳。
声がかかり、地に拳を打ち付けるのを止めた元。
だが、心中に溢れ蠢いている憤怒と悔しさの奔流は止まらない。
そんな元の背中を見つめて何も言えない竜司。
「全方位」
そんな竜司だったがゆっくりと起き上がりスキル発動。
範囲はそんなに広くない。
畑地帯を覆う程度。
「神道巫術」
更にスキルを重ねる竜司。
そのまま蒼白く灯る両人差し指で鳥居を描いた。
「水虬……
ちょっと水虬出て来てくれない?」
竜司の足下に現れた二重円のサークル。
「水虬、チルアウトを元の頭から降らせてくれない?
え……?
まぁ言いたい事も解らなくも無いけど……
さ?
僕の頼みだと思って……
ね?
高めた効果はお前の姿が見えない人でも有効なんだろ?」
竜司は元にチルアウトを飲ませて落ち着かせる気だった。
水虬の精製するチルアウトは一般販売されているそれとは大きくかけ離れた強い効果を発揮する。
溢れ出る液体は水虬の姿が見える見えないは関係無い。
誰でも有効な物。
が、あまりに高い効果と魔力を使用している為、一般人が飲むとその毒性に蝕まれてしまうが。
「うん、じゃあお願い。
元、空を見上げて」
口を上に向かせるため顔の向きを変える様、促す。
だが、元の耳には届いていない。
まだ俯いて拳を震わせている元。
「あ、ちょっと待って水虬。
元、聞いてないや。
ねぇっ?
ねぇっ?
元っ?
元っっ!?」
竜司の呼びかけにも応じない。
「しょうがないなあ。
水虬、僕が強引に口を上げるからタイミング合わせて……
ん?
まぁ元は親友だしね……
集中」
右手に魔力を集中させた竜司。
ガシッ
魔力注入を使用した右手で元のくたびれた金髪リーゼントを掴んだ。
グイッ!
そのまま手前に引く。
さすがの元でも魔力注入で強化された腕力には抗えない。
顔を空に向けた。
ジョボボボボ
空から液体が降る。
そのまま雑に元の顔を濡らした。
「プワァッ!?
何っ?
何やぁっ!?」
唐突な流水に驚く元。
「元、安心して。
その液体は毒とかじゃない。
ゆっくりと飲んで」
ゴク……
ゴク……
言われるままに飲んで行く元。
「元、どう?
落ち着いた?」
「オウ……
これ何や?」
先程まで溢れていた怒りの凶相が消え、普段通りの顔に戻っている。
チルアウトの効果は覿面。
「これはチルアウトって言う落ち着く飲みものだよ」
「お前のスキルで出したんか?」
「うん、神道巫術で。
僕がって言うか水虬がだけどね。
それよりも一体何があったの?」
「…………敗けたんや……
完敗や……」
チルアウトの効果で落ち着きを取り戻した元。
冷静に勝敗の結果を竜司に告げた。
「……元が……
敗けるって……
一体どんなスキルを使う奴だったの?」
「……スキルの謎は全部解いた訳ちゃうけどな……
多分あれは匂いや」
「匂い?」
「そうや。
スキルで生成した匂いを相手に嗅がせる事で動きを操ったりしよる……
確証は無いけどな」
動きを操る。
このジャンルの敵には元は滅法弱い。
直感で悟った竜司。
元のスキルは全て威力の高いものだが拳で殴って初めて効果を発揮するもの。
精神操作や肉体操作には弱い。
元が敗けた理由は相性の問題。
それを理解した竜司。
「あの……
流血もそのスキルで?」
「それはちゃう……
多分起動。
ニニとか言うオッサンの起動や」
「起動?
それって三則の集中した魔力を爆発させる技術なんじゃ?」
「ワイらが知っとるんはそうや。
んでも多分理解の仕方が間違っとった……
バアちゃんらに教えて貰う知識に胡坐を掻いとったな……
魔力はイメージで如何様にも変化する。
強烈やった……
魔力を鎖みたいに巻き付けて棘を生やしとった……
その拳を回転させながら叩き付ける……」
ブルッ
竜司の背筋がゾワッとする。
発見した時の酷い傷痕の理由が解ったから。
「よ……
よくあの傷で生きてたね……」
「最後に喰らった場所が胸やったからのう。
ケンカん時、胸は厚めに魔力集中するんや。
あれが腹やったら胃やら色々抉り取られとったかも知れん」
「そ……
それで代理人は何処行ったの……?」
「何か……
電話に出て帰って行ったわ」
「電話?
どんな電話だったの?」
「ようわからん。
何や誰やの何かが発動したとか言うとったわ。
んでお前の方はどうやったんや?」
「僕は……
まあ……」
そう言いながら後ろを指差す竜司。
先には木の蔓でグルグル巻きになり眠っている柳生宗厳の姿があった。
「上手くいったみたいやのう。
竜はどないしたんや?」
「ガレアの亜空間の中で寝てるよ」
「そうか……
なら仕事自体は上手く行ったって考えたらええんやな。
……竜司……
スマンのう……
ワイ、ワレの仕事手伝う言うて何も役に立てんかった……」
元らしからぬネガティブな意見。
ニニに為す術無くボコボコにやられたのが相当ショックだったのだろう。
「何言ってんのさ元。
元がハッパかけてくれなきゃ柳生さんを捕らえる事なんて出来なかったんだよ?
他にも元が言ってくれないと柳生さんの家に泊まるなんて言い出せなかったし。
他にもご飯、作ってくれたりとか。
元が役に立たなかったなんて事、有り得る訳が無いじゃ無いか」
「そうか……
そう言うてくれるとちょお救われるわ。
んで柳生さんはどないするんや?」
「うん、とりあえず兄さんに聞いてみようと思う」
そう言って携帯を取り出す竜司。
かける先は皇豪輝警視正。
竜河岸だけで構成された特殊交通警ら隊の隊長で竜司の兄である。
今回の護衛の仕事を頼んだ張本人。
プルルル
プルルル
ガチャ
「おう竜司。
どうした?
定時報告にはまだ早いぞ」
「兄さん……
えっと……
仕事はとりあえず終わったよ」
「ん?
どう言う事だ?
あと四日もあるぞ」
「うん、今日代理人が接触して来た……
それで……
兄さんの言ってた通りだった……
別の事件は起きていたよ」
「……詳しく話せ……」
竜司は柳生さんが既にB.G側の竜とコンタクトを取っていた事。
バイラと共にB.Gへ加入するつもりだった事。
父親を殺害した事を話した。
「……と言う訳だよ」
「そうか……
それで柳生さんはどうした?」
「僕のスキルで拘束して眠らせてあるよ」
「そうか。
代理人はどうした?」
「元の話だと電話がかかって帰ったんだって」
「電話が?
一体どう言う事だ?」
「僕は当事者じゃ無いから良く解らないよ」
「なら身柄の確保は俺が直接向かう。
そこで話を聞こう。
今何処にいる?」
「だだっ広い所。
多分畑じゃないかな?
側に165号線がある」
「165号線か。
近くまではボギーの亜空間で行く。
30分ぐらい待っていてくれ」
「うん、解った」
電話を切る竜司。
「兄やん何て?」
「30分ぐらい経ったら来るってさ」
「そうか……
ほんで柳生さんとの戦闘はどうやったんや?
詳しく話さんかい」
「えっ?
えっと……
まず翔如が物凄かった……
僕は勘違いしていたよ……
甘く見てた……」
「ん?
何を勘違いしてたんや?」
「射程だよ射程。
半端ない広さだった……
2~3キロはある」
「まぁ確か点在言うスキルで斬撃を飛ばすんやったっけ?
それやったら点在の範囲がまんま射程になるわな」
元は冷静に翔如の射程を分析。
先程まで怒りのままに地へ拳を打ち付けていたとは思えない。
これもチルアウトの鎮静効果である。
「あ……
そ……
そう……?
僕はそこまで広大だとは思って無くて……
何度か斬られちゃったよ……」
「ブルル……
竜司……
ワレ、日本刀で斬られたんかい……
よう生きとったのう」
普段通りの元。
日本刀で斬られた話をおどけて怖がって返す。
が……
「めちゃくちゃ痛かったよ。
そりゃ死ぬぐらい。
右腕もちょん斬られかけたし。
魔力注入が使えて本当に良かったよ」
しかし……
「まあワイも内蔵抉られかけたからのう。
んでどうやって勝ったんや?」
内心ではニニへの怒りを募らせていた。
ここまで完膚なきまでに叩きのめされたのはフネと竜司の父親ぐらいしか思い浮かばない。
冷静に話が出来て、竜司に余計な心配をかけぬ様普段通りの接し方を心掛ける気配りもしているのはチルアウトの鎮静効果のお陰である。
「全方位の方が射程は広かったからね。
ガレアに乗って射程外に逃げてそこからガレアの超スピードで突っ込んで一気に間合いを詰めたんだ…………
って元?
聞いてる?」
「え?
あ?
あぁ……
聞いとるで。
ガレアのスピードやったら斬られる前に飛び込めるかもなぁ」
「いや、結果は斬られたよ。
ガレアの超スピードにも合わせて来た」
ニニ・ロッソ。
名前覚えたからな。
次会うた時は覚悟しとけや。
心中。
心の奥底でニニへのリベンジを誓う元なのであった。
「うお。
それはごっついのう。
それでどうなったんや?
斬られたんか?」
「いや、磐土で防いだ。
真っ二つに切断されたけどね」
「磐土て神道巫術で出した精霊か?」
「うん、岩の精霊で攻撃を防いだりしてくれるんだ」
「へえ、ワイと闘った時に蹴ったんもその磐土か?」
「うん。
一回斬られたから念を入れて大型魔力4つも使って強化したにも関わらず真っ二つだったからね……
本当に物凄い威力だよ翔如は」
「それ確かに翔如の性能も凄いけど柳生さんの力量が凄いんとちゃうか?」
「うん、本当にその通りだよ」
「んでワレの一撃は当たったんか?」
「いやいや。
それは無理だよ。
ガレアの超スピードに三則の脚力も上乗せされてるからね。
全方位で場所は解っても狙い通りの場所に当てるなんて絶対無理。
速過ぎる」
「なら外れたんかい」
「うん。
まあ別に目的は間合いを詰める事で当てるつもりは無かったから構わないんだけどね。
仮に当たったら柳生さんは生きちゃいないよ」
「なるほどのう。
そっから取っ組み合いか?」
「うん、水虬に豪雨を降らせて視界を遮ってね。
一度はマウントを取れたんだけど……
殴れなかったよ」
「あの身体やったら一発殴ったら終わりやろ?
何で殴らんかったんや?」
「眼が合っちゃってね。
物凄く怯えた眼をしてた……
あんな眼を見ちゃったら……
殴れないよ」
「う~ん……
まあ竜司らしい言うたら竜司らしいけど。
んで反撃喰らったんか?」
「柳生さんからじゃ無くバイラからね。
横から魔力光ぶっ放された」
「うお、そらごっついのう。
無事言う事は避けれたんやな」
「すんでの所だったけどね。
それで逃げられた」
「二転三転しよんのう。
んでもそれやったら追撃してもバイラが邪魔して来るから厄介やのう」
「いや……
それが……
僕が向かったら……
柳生さんがバイラを斬ってた……」
その発言を聞き、姿勢を正す元。
それだけ有り得ないのだ。
自ら使役する竜に攻撃を加えると言う事は。
根本的に造りが違う竜。
生物として圧倒的優位に立つ竜。
その力は強大で非力な人間ではとても太刀打ち出来るものでは無い。
絶大な力を誇る竜。
その力故に文化レベルは低い。
人間文化はそんな竜にとって鮮烈だった。
永久の時の中、眠っていた感情が次々と目を覚ます程に。
だから竜はよほどの事が無いと人間に危害は加えない。
使役している竜河岸も竜の力の一端を分け与えて貰っている。
人間は文化を。
竜は力を。
そうやって持ちつ持たれつの関係を築いている。
それが世間一般での常識。
もちろん元も決別する話なんて聞いた事が無い。
しかも戦闘時に。
竜河岸のスキルは魔力を使用する。
その魔力は竜から補給する。
その補給源を自ら断ったのだ。
気が狂ったとしか思えない。
「マジでか……
何考えとんねんコイツ……」
理解出来ない元が目を向ける先には依然として眠っている柳生宗厳。
「…………多分、二人の間に何かあったんだろうと思う。
柳生さんとバイラって僕らの関係よりももっと冷え切ってたんじゃないかな?
いや……
冷える以前に暖かさなんか無い……
クールで乾いた関係。
ここからは僕の予想も入るけど……
バイラが柳生さんに付いていたのって日本刀で斬る音が好きだったからだって。
それで僕との闘いの中で斬る音が響かなくなったから見限ったんじゃないかなって思う」
「斬る音?
またようわからんもんが好きなんやな」
竜司の言っている事は概ね正解と言える。
真相は最高の翔如を放ったが全く通じなかった(様に見えた)為、宗厳がショックを受け、刀が振るえなくなり、その事を知ったバイラが見捨てたのだ。
結局は見捨てられた絶望のあまり再び刀を振るえる様にはなるが。
「うん、ヘンな組織が狙ってるだけあるよ。
一番好きな音は人を斬る音だってさ」
「……胸糞悪うなって来た……
んで柳生さんとタイマン張って捕らえた言う事かい。
んでバイラはガレアが片付けたんか?」
ひょいと首を曲げ、ガレアの方を見る元。
【ん?
そーだぞ。
俺がぶっ飛ばしだぞ】
眼をまん丸とさせながら愛らしいキョトン顔で答えるガレア。
「全く音とかせんかったけどまた亜空間の中で闘り合うたんか?」
【うん】
まだキョトン顔が治まらないガレア。
無垢な子供の様な返答。
「最近ガレア勝ったんやろ?
そんな相手が向かって来とんのにようケンカに応じたのう。
何や勝てる算段でもあったんか?
それとも只のアホか?」
【そんな事言われても良く解んねぇよ。
何か傷治してたトコにバイラの顔が見えたからそのまま亜空間の中に押し込んでやった】
ガレアは両腕を斬られ治療していたバイラに体当たりをかまし、そのまま亜空間に自分ごと押し込んだのだ。
「荒っぽいやっちゃのう」
【オメーらがアレ壊すなコレ壊すな言うからだろうがよ】
「ほんで中でシバいたんか。
前に比べてエラい時間速かったな」
【何かバイラのヤローすっげえ弱かった。
全然歯応えがねぇでやんの】
これは内包魔力が原因。
バイラは竜河岸戦の経験に乏しい。
父親についていた頃に2、3回経験がある程度。
しかも父親のスキルは刀身の重さを変化させるもののみ。
消費魔力も点在や翔如に比べて大きくない。
それが宗厳に変わった途端、大型魔力をガンガン持って行かれる様になる。
バイラは短期間で膨大な魔力を吸い出されるのに慣れていないのだ。
ガレアと竜司の様に少しずつ補給量を増やして行けば体内の魔力生成器官も慣れていき、内包魔力量もそれに応じで増えて行くもの。
魔力補給量が軽微だった所に段違いに魔力を使用する宗厳に代わったものだから環境変化に追いついていないのだ。
が、そうは言う物の昨日今日竜儀の式を終えた訳では無い。
そこそこ身体も慣れて来ていた所だったのだ。
そんな中バイラに予想外の出来事が起きる。
それは……
宗厳に両腕を斬り落とされた事。
これを元通りに復元するのにかなりの魔力を使用した。
それぐらい魔力を使えばちょちょいのちょいでは?
そう思うかも知れない。
が、それは少し誤り。
治らない訳では無い。
元通り無傷の状態まで復元する事は可能ではあるが、それには魔力を使う。
その使用量を左右するのは一言で言って経験である。
両腕を斬り落とされた事がある。
バイラがそう言うのならもう少しガレアとの戦闘は長引いたかも知れない。
(結局の所、敗けてはいたが)
が、未経験。
バイラは鋭利な日本刀で両腕を切断された事が無いのだ。
魔力とはイメージで変化するエネルギー。
経験がある。
と言う事はそれだけイメージがし易いと言う事。
従って使用魔力量もそれに応じて減少する。
が、未経験となると話は別。
バイラは腕を喰い千切られた事はあっても斬り落とされた事など無い。
傷口は鋭利な方が繋がる可能性がある。
そんな話を耳にする。
が、それはあくまでも人間の話。
人間が両腕を切断されてしまった時の話。
竜は異生物。
傷の治療方法も人間とは大きく異なる。
医者の技術や自然治癒など関係無い。
治療コストを決めるのは己の経験のみ。
他の竜も関係無い。
己の経験だけが頼りなのだ。
少し長くなってしまったがバイラは未経験の手傷を負ってしまった為、予想外の魔力消費を余儀なくされてしまう。
それに加え、捻曲の連発。
宗厳による複数回の魔力補給。
これらが響き、内包魔力が激減していたのだ。
しかし、激減したと言ってもすぐに眠りこけてしまう訳では無い。
普通に活動出来るぐらいの余力はある。
アンポンタン三兄弟ぐらいなら勝てるぐらいの魔力は残っていた。
だが相手はガレア。
高位の竜に匹敵するポテンシャルを有するガレアなのだ。
短時間で勝敗が決してもおかしくはない状況だったと言う訳である。
竜司と元はしばらく談笑を続けていた。
普段通りと言えば普段通りなのだがほのかに違和感を感じる竜司。
笑ってはいるし、普通に冗談も飛ばす。
普段通りの元。
だが、違う。
何処か似非。
取り繕っている気がしてならなかった。
この感じた違和感は竜司と元との深い関係を表すとも言える。
竜司はずっと元を親友として見て来た。
初めて出来た親友。
そう思って竜司は接して来た。
だからこそ感じた違和感。
だがその事を追及出来ずにいた。
そうしているのは元の考えがあっての事だと感じ、違和感はそっと心の奥底に封じ込めたのだった。
親友ならば言ってあげるべき。
いやいや、空気を読めよ。
慮れよ等色々意見はあるだろうが、この場合どれが正解等は無い。
あくまでも分かれ道。
追及するかしないか。
その分かれ道で竜司は言わない方を選択しただけなのだ。
プルルル
プルルル
ここで電話が鳴る。
皇豪輝からの着信。
「もしもし?
兄さん?」
「おう竜司か。
今、165号線を桜井市方面へ進んでいる。
そろそろ道路脇に出ておいてくれないか?」
「うん、わかった」
プツッ
「元。
兄さんが来たから国道沿いに出ておいてだって。
行こ…………
元?」
「ん?
あ、あぁ……
兄やん、来はったんやな。
ほな行こか」
「……うん」
明らかに様子がヘンな元だったが、前述の通り何も言わず呑み込んだ竜司。
「よいしょっと……
ガレア、ちょっと背中貸して」
【ん?
いいぞ】
ドサッ
眠っている宗厳を持ち上げた竜司はそのままガレアの背中に載せる。
「落とさないでよ」
【めんどくせーなー】
そのまま四人は歩き、165号線脇まですぐ辿り着く。
「ここで……
いいのかな?」
スマホのマップアプリを見ながら進んだ竜司。
戦闘地帯だった休田地帯から思ったより近く、目の前には高架橋道路が聳え立つ。
あまりにも近く目立たない場所の為、疑問が浮かぶ竜司。
そこは中和幹線と国道165号線の合流付近。
高架橋道路が中和幹線。
高架下脇の道路が国道となる。
豪輝が言ってた道路脇に出てくれとなるとこうなる訳である。
「エラい目立たん場所やけど、こないなトコでええんか?」
「に……
兄さんが国道に出て来いって言ってたからここで良い筈……
なんだけど」
高架下側道と言う待ち合わせには適さない場所にだんだん不安を覚えて来る竜司。
そうこうしていたら……
ドドドドド……
力強く地を蹴る音が響いて来る。
音のする方を向くと一人の黄金竜がこちらに爆走して来るのが見えた。
ギギィッッ!
と、思ったらすぐに目の前で急ブレーキ。
思っている以上に速度は速かった。
皇豪輝とボギーである。
手綱を掴んで颯爽と現れたその堂々とした姿はまさに白馬の王子様。
この場合は白馬では無く黄金色に輝く竜。
豪輝もタイプ的には線の細い王子様と言うよりかはワイルドな戦士タイプだが。
「竜司、お疲れさん」
スタッ
軽々とボギーの背から飛び降りる。
「兄さん、お疲れ様」
ちらりとガレアの背に目を向けた豪輝。
「その人が被疑者か」
豪輝は宗厳をもう護衛対象と呼ばない。
捜査機関によって疑いをかけられている者。
被疑者。
もしくは容疑者と呼ぶ。
「とりあえず身柄は俺が預かろう」
そう言って眠っている宗厳を肩に担ぐ豪輝。
「ボギー、亜空間を頼む」
【はぁい。
ん?
見た事あると思ったら弟君じゃん。
それに弟君の友達君も。
二人共バナナ食べてる?】
「やぁボギー、久しぶり。
バナナは……
まぁそこそこかな?
タハハ……」
「おうボギー、めっちゃ久しぶりやのう。
相変わらずワイの名前は憶えんなあお前」
ボギーと会話している間に宗厳を肩に担いだ豪輝は亜空間の中に消えていった。
しばらく待っているとやがて外に出て来る。
肩に担いでいた宗厳は居ない。
おそらく亜空間の中に置いてきたのだろう。
「グッスリ眠ってやがるな。
一体どんなスキルを使ったんだ竜司」
「兄さん、そんな事より柳生さんはどうしたの?」
「ん?
中に置いてきたに決まってるだろ」
「た……
確かに今は眠ってるけど相手は竜河岸だよ?
いつ起きて暴れるか解らないんじゃない?」
「何言ってんだ竜司。
使役してる竜がいねえだろ?
どうやって魔力補給するんだよ。
別に4時間も5時間もそのままって訳じゃねえし問題無いだろ。
周りはタングステンの壁で覆ってるし」
豪輝の言っているタングステンの壁とはスキル、不等価交換で生成した物体の事である。
「そう……
なら大丈夫かな」
「それはそうと、護衛対象の竜はどうしたんだ?」
「ガレアにやられて亜空間の中で寝てるよ。
そうそう、兄さん。
一つ思ったんだけど竜をB.Gに渡したくないなら亜空間の中に隠したらいいんじゃないの?」
「まぁな。
確かにお前に言う通りだ。
んでもな、そんな簡単に事は運ばねねぇんだよ。
大体護衛対象が普通の竜じゃねぇ。
邪竜と呼ばれてる気性の荒い竜だ。
そんな竜が俺達の言う事を大人しく聞くと思うか?」
豪輝の言っている事は何処か説得力がある。
それもそのはず。
その案は一度実践済みなのだ。
結果は失敗。
特殊交通警ら隊隊員の使役する竜の亜空間に格納しようと試みた所、護衛対象の竜は拒否。
何処の誰とも知らない竜の亜空間なんか入りたくないと言うのが理由。
その理由自体は解らなくも無い。
無いが、何とその竜は隊員に攻撃を仕掛けて来たのだ。
気性の荒い竜ならではの行動。
護衛対象の竜はそのまま逃走し、代理人と合流。
追いかけた隊員と戦闘に突入。
百戦錬磨のB.G社員と使役している竜。
それに加えて護衛対象の竜も相手にする事になる。
こっちは隊員と使役している竜。
そして魔力補給が出来ない竜河岸。
圧倒的不利。
生物と言う括りで見ても竜2人と人間1人の3人対人間2人と竜1人の3人。
どちらが強いかは火を見るより明らか。
結果、隊員は病院送りになる。
「そ……
そう……
そう言う事を言うって事は一度試したんだね……」
「そう言う事だ」
「それでバイラはどうするの?」
「う~ん……
このケースは初めてだからなあ。
俺としては竜界に強制送還したい所だが……
まあどうするか決定するまでは⑬で収容だな」
⑬と言うのは東京都の竜専用特別留置所の事である。
この施設は地下深くに竜用の監房が設置してあり、壁の材質はマザーが精製した特別製。
交渉人小松行政の努力の結果、マザーに了承を得て精製を依頼した一品。
参照話:閑話 第九章
壁の材質は魔力はおろかX線、電子ビーム、中性子線を通さず、強酸でも溶解させる事の出来ない堅固なもの。
いかな竜が強大な力を持っていると言ってもその源の魔力が封じられればどうしようもない。
かの赤の王、ボルゲも現在静岡の第二十二竜特別留置所。
通称㉒で拘禁されている。
「ならいいけど。
じゃあどうしよう。
バイラもボギーの亜空間に入れる?」
「竜をどうするかは報告を聞いてから考える。
竜司、任務ご苦労だった。
元君もお疲れさん。
挨拶が遅れて悪かったな。
今回は竜司を助けてくれてありがとう。
二人共、俺に報告してくれ。
一体何があったのか俺に教えて欲しい」
「うん、どうする?
元からする?」
「もともとの任務はワレが終わらせたんやからお前からするんがスジちゃうか?」
「そう?
じゃあ僕から……
まず僕らが着いた時……」
竜司は話す。
奈良護衛任務の事のあらましを話す。
もちろん宗厳のスキルについても報告。
戦闘中にバイラと仲間割れが発生した事。
説得を試みたが応じず攻撃を加え取り押さえた事を伝えた。
戦闘時の所感などは敢えて伝えず事務的機械的に報告した。
そんな事はこの任務には関係無い。
そう竜司は考えたからだ。
「そうか……
よし、大体解った。
竜司、被疑者を眠らせた方法を教えてくれ」
「えっと……
僕のスキルで神道巫術ってのがあって色んな精霊を呼び出せるんだけど、それで水虬って言う水の精霊が培養したイソフルランって言う麻酔薬で」
「何か妙なスキルだなそれ。
確かにイソフルランは吸入麻酔薬だが。
それでその水虬……
だったけか?
どうやってイソフルランを持って来たんだ?」
「水虬は特殊能力で地球上の色んな液体とリンクを張って取り寄せる事が出来るんだよ」
それを聞いた豪輝の動きが止まる。
豪輝の持っていた竜河岸のスキルの常識を大きく逸脱した性能だったからだ。
「り……
竜司……
そのスキル……
お前がイメージして作成したのか……?」
「そうなんだけど、少しやり方が特殊なんだ。
せんぱ……
踊七さんに教えて貰ったやり方で僕が生成したスキルだよ」
「そ……
そうか……
まあお前の新スキルについてはおいおい聞かせてもらう。
その前にイソフルランを今用意する事は可能か?」
「多分大丈夫だと思う」
「なら頼む。
被疑者は当分眠らせとかないといけなさそうだからな」
豪輝は宗厳の点在を警戒していた。
このスキルがあれば監房が全く意味を為さなくなる。
バイラと仲違いしてくれたのが幸運。
残存魔力が消化されるまで眠ってもらう。
そう考えたのだ。
「うん、わかった。
ちょっと待ってね……
全方位」
竜司を中心に翠色のフィールドが広がる。
神道巫術を使う為なので範囲は狭い。
「神道巫術」
蒼白く灯った両指が描く鳥居。
「水虬?
何度もゴメン。
もう一度出て来てくれない?
………………
ありがとう水虬、イソフルランをもう少しお願いしたいんだけど大丈夫?」
豪輝に見えたのは全方位のフィールドと蒼白く灯った両指のみ。
「り……
竜司……
俺にはお前が一人で話している様にしか見えんがお前の前には何かいるのか?」
「うん、肌の蒼いお姉さんが……
あ、この人は僕の兄さんだよ。
やっぱりお前の姿は見えないの?
…………あ、そう……」
「…………どうやら本当みたいだな……
竜司、イソフルランがどれぐらい持つものか確認してくれないか?」
「うん、わかった……
え?
そこら辺はよくわからない?
だってさ兄さん」
「そうか。
なら効果のコントロールはある程度可能なのか?」
「うん、効果はかなり高める事が出来るよ」
「よし、なら持続時間と揮発性を高める様に伝えてくれないか。
常温で放置すれば1分ぐらいで蒸発するぐらいにまで」
「水虬、出来る?
大丈夫?
流石。
オッケーだよ」
「よし、ボギーこっちに来い」
【なあに?】
「亜空間を頼む」
【はぁい】
ボギーが言われるままに亜空間の口を開く。
中に手を入れる豪輝。
取り出したのはハンカチと空のペットボトル。
そのままハンカチを口に当てた。
「このペットボトルにイソフルランを頼む。
竜司、それに元君。
効果を高める事が出来るなら少し離れるか口を塞いでいた方が良いぞ」
「う……
うん……
水虬、聞いてた通りだよ。
お願い」
ジョボボボボ
虚空から唐突に水が流れ落ち始める。
位置は蓋を開けたペットボトルの真上。
どんどん液体がペットボトルを満たして行く。
「こんなもんでいいだろ」
キュッ
そう言って流水からペットボトルを離し、蓋をする豪輝。
「あ、水虬、もう良いってさ。
止めて。
……ありがとう、お疲れ様」
そう言うと途端に展開されていた緑のフィールドが消失。
全方位を解除したのだ。
「全方位を解除したって事はその精霊を呼び出すスキルを解除したって事で良いのか?」
「うん、そうだよ。
それにしても兄さん。
よく空のペットボトルなんて持ってたね」
「職業柄な。
いつどんな訳わかんねぇ液体と対峙するかわからんからな。
念には念だ」
「不等価交換で生成出来るでしょ?」
「いくら不等価交換でも無から有を作り出せるんじゃねぇ。
スキルだから魔力を使うんだよ。
俺らはいつ戦闘になるかわからないからな。
節約するに越した事は無い」
「ふうん、そんなもんなんだ。
それとそのイソフルランをどうするの?」
「ん?
被疑者の傍に置いてやろうと思ってな。
点在を使われると面倒だからな」
「……なるほど、そう言う事ね。
体内の魔力って時間が経ったら消えていくの?」
「そうだ。
体内に取りこんだ魔力は時間が経つと体内から消えていく。
どれぐらいかかるかは個体差があるけどな」
「兄さんのやろうとしてる事がわかったよ。
確かに点在を使われたら牢屋とか関係無いもんね」
今のやり取りで豪輝の狙いを察した竜司。
「さて……
ボギー、もう一度亜空間だ」
【んもう、竜遣いが荒いなあ】
「そうボヤくな。
後でバナナ食って良いから」
【しょうがないなあ。
はい】
ボヤキながらも亜空間を開くボギー。
豪輝はイソフルランが満たされたペットボトルを持って中に消えて行った。
しばらく待っていると中から出て来た豪輝。
「ふう、これで被疑者は大丈夫だろ。
それとバイラだが……
出来れば別の竜の亜空間で連れて行きたい所だが……
竜司、頼めるか?」
タングステンの壁で取り囲み、水虬の力で効果を高めたイソフルランを側に置いているのも関わらずこの念の入れようである。
「別に構わないよ」
「…………兄やん……
スマンけど、その護送はワイにやらせてくれへんか……?」
不意に声を上げたのは元だった。
「ん?
元君がか?
別に俺は構わんが……
どうした?
何処と無く元気が無さそうだが」
「ワイ、代理人と一戦交えたんですわ……
詳しい部分の話はあっち行ってからさしてもらおかな思いまして」
元は戦闘の詳細までは竜司に伝えていない。
語ったのはさわりの部分と仮説も交えたニニのスキルのみ。
元はニニとの戦闘がどれだけ無様だったかは身に染みて知っている。
だからこそ親友の竜司には聞かせたくなかった。
竜司は自身のスキルを駆使して目的を達成した。
かたや自分は何も出来ず、スキルの謎も解らず、いい様に殴られ叩きのめされ敵の都合で勝手に戦闘終了。
何と惨めな事だろうか。
そんな自分が堪らなく嫌だった元。
竜司はどう思うかは知らないが現時点で劣等感に似た感情を抱いていたのだ。
こんな弱い自分が竜司の親友などと胸を張れる訳が無い。
親友とは対等な物。
弱い自分の無様な経過など竜司に聞かせたくない。
そう思っていた。
バイラの護送に手を上げたのは仕事の依頼人である豪輝には戦闘経過を報告する義務があると考えたから。
あと何か強くなるヒントを掴めたらと相談も込みでこの任務を買って出たのだ。
「元、バイラは今ガレアの亜空間に居るから別に良いのに」
竜司は元が自分に劣等感を抱いているなんて発想は全く無い。
これは想像の枠外。
何故なら竜司は元が弱いだなんて微塵も思っていないから。
強くて頼りになる親友。
その印象に揺るぎは無い。
「まぁそう言うなや竜司。
ワレはどう思とるか知らんけどワイは仕事したとは思うてへんのや。
眠っとる竜の護送ぐらいやらせてくれへんとよう七万も貰えんわ」
これは取り繕った理由。
言い訳の類。
動機は報告内容を豪輝以外に聞かせたくなかったから。
それ程、先の戦闘を恥じていた元だった。
「ふうん、まあ元がそう言うなら僕は良いけど。
それじゃあ僕は帰って良いって事?」
「そう言う事ならそうだな。
竜司、お疲れさん。
金は明日にでも振り込んどいてやる」
「ありがとう兄さん」
この後、ガレアの亜空間からベノムの亜空間へ寝ているバイラを移し豪輝とボギー、元とベノムの四人はボギーの出した亜空間の中に消えて行った。
竜司は約束通り大神神社で精霊達を顕現し、帰宅の途に就いた。
こうして奈良竜河岸護衛任務は幕を閉じたのであった。
続く