第百九十四話 竜司、宗厳を確保する。
2048年2月 某県某屋敷寝室
ガチャ
「やあ、こんばんは龍」
「あ、りあじゅーのパパ。
うす」
昨日教えた30年前の言葉を使っている龍。
「こら龍。
そんな古い言葉を使うんじゃない。
それに僕はリア充じゃないよ」
「えー、でもパパ?
毎日仕事してさ。
帰って来てママのご飯を食べて、僕に昔話を聞かせてくれる。
それって充実して無いの?」
我が息子ながらなかなか鋭い。
言葉の意味や本質を理解して使用している。
「いや……
まあ……
そりゃ……
充実してるけど……」
ニヤァ
龍はいやらしい笑みを浮かべた。
「でしょぉ~?
じゃあやっぱりパパはリア充じゃん」
僕を凹ませたと思い勝ち誇った笑みなのだろう。
「そうかも知れないけど、そもそもリア充って言葉は現状に満足していない人が隣のハツラツとした人とかを皮肉って出来た言葉だよ?
龍は毎日楽しくないの?」
「ううん、楽しいよ」
「なら、龍も言ったらリア充じゃない。
毎日が充実している人が他人を見てリアルが充実してるねって言うのっておかしくない?」
「ん?
ん?
何だか良く解らなくなって来た」
僕も言ってて思う。
良く解らん。
「そもそも何で突然リア充なんて使ったんだい?」
「何となくパパの話を聞いて響きが良いなって思って」
「そ……
そう……」
リア充を学校で流行らせないか心配だ。
親として心配だ。
「パパ、今日は柳生さんが逃げた所からだね」
「そうだよ。
それじゃあ前置きはこれぐらいにして話して行くよ」
「うん」
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バッッ!
状況の精査も覚束ない内に柳生さんが動いた。
ガサガサッ
森林に飛び込み、生い茂る草を掻き分けここから離れて行く。
さっきの躊躇ない攻撃。
やはり僕を殺す気なのだろう。
逃げると言うよりかは距離を取ったと言う印象。
おっと悠長に構えている暇は無い。
早く追わないと。
脇では依然として煌々と輝く白色光。
多分バイラだと思うが確証は無い。
「ん?」
全方位内で異変。
柳生さんの反応が一瞬で移動したのだ。
それも一度では無い、二度、三度と繰り返された変な挙動。
これは点在だ。
点在で移動しているんだ。
このままだと離される一方。
しかし白色光は未だ止まず。
どうしよう?
結局取った結論は……
バッ
勢い良くガレアの鱗に手を添えた。
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
大型魔力補給。
保持をかける。
「ガレアッッ!
僕は一人で柳生さんを追うっっ!
お前はその白色光からバイラが出たら取り押さえてくれっっ!」
【トリオサエ?
何だそりゃ?
食いもんか?】
何でこの緊急事態に……
いや、もうツッコんでる暇も無い。
こうしている内にもどんどん距離が離れて行く。
「違うっっ!
バイラが現れたらケンカを売ってぶちのめせって言ってるんだよっ!」
【何だそう言う事か】
「あぁっ!
頼んだっっ!
行くぞっっ!
磐土ッッ!
水虬ッッ!」
〖頭ァッ!
行きましょうやぁっ!〗
両脚に魔力を集中。
〖わかりんしたぁっ!〗
「起動ォォォッッ!」
ドルンッッ!
ドルルルンッッ!
ドルルルルンッッ!
ダンッッッッ!
大地を強く蹴り発進。
ギュンッッ!
超速で風景が後ろに流れて行く。
ダッッ!
グルンッッ!
立ち塞がる木々の枝を掴み、回転しながら更に進む。
柳生さんを目指し。
現在、柳生さんは走って進んでいる。
スピードからしておそらく魔力注入は使用していない。
先程見た点在の瞬間移動も使用していない様だ。
これならすぐに追い付く。
柳生さんの方へ急ぎながら考えていた。
何故一人で離れて行ったのかを。
竜河岸同士の争いで竜の側から離れるのは自殺行為に近い。
何故こんな行動を取ったのか?
考えられる理由は一つしかない。
そう、仲間割れだ。
何らかの理由で柳生さんとバイラが仲違いしたんだ。
離れる事が作戦なのでは?
こんな事も過ったがそれは考えにくい。
作戦ならばバイラが傷ついた説明がつかないからだ。
何らかの理由でバイラと柳生さんが決別した。
だから柳生さんがバイラを…………
斬ったんだ。
だから治療の為、白色光で包まれた。
決別した柳生さんはこの場から離れたんだ。
多分、柳生さんは降参しない。
警察に捕まりたくないからだ。
となるとバイラとの間にどんな事が起きたのだろう?
これは僕の想像の枠外だ。
竜河岸が魔力の補給源を絶って戦いを挑む。
これがどう言う意味か解っているのだろうか?
ほぼ十割敗北決定だ。
ならば今の柳生さんの心境は自暴自棄。
いわゆる背水の陣。
おや?
柳生さんが止まった。
大きく開けた広場の様な場所。
そこの端で止まった。
広場の上の隅。
木々を背にした状態で止まった。
そこで闘る気だと言う事だろうか?
―――
数分前 柳生宗厳側
ガサガサッ
宗厳は密林の中を一人駆け抜けていた。
とにかく場から離れる。
自分に必要なのは時間だ。
考える時間を作るんだ。
考えろ。
考えろ。
どうやれば……
皇さんを殺せる?
もはや宗厳に殺人に対しての躊躇いや戸惑いの類は一切無い。
世界で自分只一人。
それがつい数刻前に確定したのだから。
殺人を犯す事に良心の呵責などは全く働かなくなっていた。
今、残っている魔力でどうやれば竜司を殺せるか?
その事をずっと考えていた。
点在は……
まだ展開している。
動き出した。
竜司と思しき反応がこちらに向かい始めた。
だが宗厳にとっては想定内。
竜司には全方位を有しているし、なによりリア充が非リア充にナメられてそのままの訳が無い。
必ず追って来る。
その確信を持っていた。
もう少し。
もう少し離れないと。
「点在」
宗厳、瞬間移動発動。
距離は50メートル以下。
瞬時に場の風景が変化。
「おや……?」
ここで気付いた事がある。
体内の魔力消費が軽微だったのだ。
点在は移動距離によって消費魔力が大きく変わるスキルだった。
それに気付いた宗厳。
2度、3度と点在を連発し、距離を取った。
更に宗厳の思考は進む。
あの斬撃を防いだのは何なんだろう?
何らかのスキルだと思うが、確かに皇さんは斬れていなかった。
竜司を斬る為にはその正体不明の防御法を突破しないといけない。
宗厳は考えていた。
だがそれはどう言ったスキルなのかと言う謎を解明する動きでは無く、防御範囲は何処までなのか?
前方だけなのだろうか?
全方位なのだろうか?
盾の様なもので横から斬ると盾も移動するのだろうか?
と言った竜司を殺す為にはどう動けば良いのか。
その部分にのみ思考は動いていた。
宗厳からしたらどう言うスキルか等はどうでも良い。
とにかくその防御を突破しないと竜司を殺せない。
この時の宗厳の思考は常に生死が隣り合わせの兵士。
憎き相手と対峙した時の侍。
それらに近しいものに変化していた。
点在連発で距離は取れた。
後は開けて距離が取れるぐらい広い場所。
そこを目指す。
理由は2つ。
現在翔如は使えない。
精神的に動揺や狼狽等は無い。
極めて落ち着いている。
使えない理由はそこでは無く消費魔力の部分。
魔力注入、纏、瞬間移動。
魔力だけで考えても3つ使用する形となる。
しかも仮に翔如を放ったとしても竜司にはおそらく通じない。
何故なら先程、最高の翔如で無傷だったのだから。
残存魔力のみで闘わないといけない為、翔如は使えない。
斬撃魔力を飛ばして竜司と戦わないといけない。
通常の斬撃魔力の場合は点在を使わない。
目視で狙いを付ける。
従って開けた場所が適していると言う訳である。
広い場所を選択したのはずっと語られている事だが近接戦闘に持ち込まれたら勝ち目が無いから。
着いた。
空が見える。
結構広い。
だが横にでは無く、縦に大きい様だ。
と言っても幅は200メートルぐらいある。
これぐらいあれば充分だろうか。
ここを決戦の場に決めた宗厳。
端の大木を背に竜司を待ち構える。
―――
竜司側
全方位内を注視していても柳生さんは動かない。
大きな広場の様な場所。
端の大木を背に立っている。
どうやらそこを決戦の場とした様だ。
さっきの点在の連発。
確か消費魔力が大きいから連発は出来ないと言っていたがどう言う事だろう?
動きながら少し考えて見る。
すぐに答えは出た。
見た所、一回の移動距離は50メートルにも満たなかった。
おそらく消費魔力が大きいのは長距離移動時だけなのだろう。
短距離移動であれば軽微で済むのでは?
今までの竜河岸戦での経験が活かされた瞬間。
僕はいつも仮説を立てて敵と相対する。
そこから思考は飛躍した。
もし翔如をバラして使用したら?
翔如とは複合スキル。
魔力注入、刀身への魔力付与、点在をそれぞれ個別に使用したら?
これのメリットは消費魔力、身体にかかる負荷のコントロールが可能。
デメリットは翔如程の威力は望めない。
こんな所だろうか?
これは少し警戒しておいた方が良いかも知れない。
―――
柳生宗厳側。
場は静寂。
気配らしい気配は一つも感じられない。
2月の冬。
三輪山は霊山の為、2月でも登頂礼拝する登山客は存在するが、宗厳の居る場所は登山ルートから大きく離れている。
耳鳴りがする程の静寂。
大木にもたれかかりながら宗厳は考えていた。
どうしてこんな事になったんだろうと。
少し後悔。
後先考えなかった行動だったと反省の様な心境も見受けられる。
落ち着いた所で自分のしでかした事を改めて見直したのだ。
仮に竜司の場合であれば同じ境遇に陥った場合、ガタガタと震え出すだろう。
自分は何を考えていたのだろうかと。
人を殺すなんて恐ろしい事を平気で行おうとしていたのかと。
へたり込んで体内に産まれた膨大な恐怖に縛られる。
もう戦闘所では無い心境。
だが、宗厳は違う。
心中は至って静。
さざ波一つ立っていない。
宗厳は殺人に対する理性のタガ等とうに外れて消失していたのだ。
それもその筈。
宗厳にとっての人間は周りに一人も居ない。
悪魔か鬼畜か人外の化物。
それしかいない。
そもそも殺人に対する理性のタガは無かったのかも知れない。
猛獣の檻の中で一人産まれた。
そんなイメージなのだから。
本当ならば背後から二人を斬って今頃は代理人と現地に出向いている筈なのにどうしてこうなったんだろう?
もう二、三箇所ほど斬ったらバイラと仲直り出来たかも知れない。
後先考えない行動だったな。
先の思惑を正確に述べるとこうなる。
何とも身勝手な思惑。
自分勝手な妄想に近い思惑。
しかし、もうどれだけ考えても時、既に遅し。
賽は投げられたのだ。
もう悲惨な死は確定。
迫って来る竜司を斬り殺し、逃亡したとしても世知に長けてない宗厳ならば行きつく先は野垂れ死に。
よしんば食糧を強盗して食い繫いだとしても果ては捕まり、刑務所行き。
それか竜司に敗北して刑務所行き。
最終的には虐めによる獄中死。
思いつく選択肢とすればこれぐらい。
宗厳にはもはや明るい未来など存在しない。
バイラと仲違いした時点でB.Gに入れる可能性も絶たれた。
「…………プッ…………
クククククク……」
突然、噴き出し笑い出した宗厳。
自分の人生を悲観し過ぎた結果、哀しみを通り越して笑いがこみ上げて来たのだ。
何だこれは?
何てクソな人生。
思いつく選択肢の内、半分以上が刑務所行き。
残る一つも野垂れ死に。
ホームレスでももう少しマシな人生を送っている。
こんなクソな人生は早々に見切りをつけて死んでしまった方が良いのかもな。
死ぬってどんな感じなのかな?
死ぬ程の苦痛や屈辱なら何度も味わった事はあるけど、本当に死ぬとどうなるのか全然解らない。
宗厳の卑屈で悲観的な考えはついに自殺願望へと変容しようとしていた。
いや……
違う。
「まあ……
良いか……
それはなった時に解る事……
今僕がやる事は……
そろそろ来る……
皇さんを斬る事だけ……」
死への考察は悲観した結果生まれた自殺願望等では無い。
本人はまだまだ抗う気なのだ。
体内の残存魔力が尽きるまで。
斬って斬って逃げて逃げてを繰り返す気でいた。
ガサァッッッッ!
ザシャァァァッ!
密林から飛び出す様に現れた竜司。
勢い良く着地し、地を滑る。
「ハハッ……
リア充は……
登場シーンも……
カッコいいな……」
宗厳の自虐的な意味合いが修飾された呟き。
―――
竜司側。
ザシャァァァッ!
少し離れた場所に柳生さんが見える。
距離にしておおよそ150メートル。
まだ柳生さんは動かない。
僕はゆっくり近づいた。
とにかく柳生さんと話がしたかったから。
〖頭、そがな無防備に近づいて大丈夫なんですかいのう?〗
「うん、大丈夫だと思う。
考えられる攻撃の対策はあるから。
それよりも磐土、油断しちゃ駄目だよ。
いつ斬りかかって来るか解らないから」
〖へいっ!
わかりやしたっ!〗
―――
柳生宗厳側。
ん?
何か近づいて来るぞ?
さすがリア充の取る行動は違うなあ。
王者の前ではゴミカスの抗いなんて大した事無いって事ですか。
そうですか。
近づいて来る竜司を見た宗厳の思惑である。
自分がゴミカスの位置であると言う事に疑いは無い。
それだけバイラにゴミカスと断じられたのがショックだったのだ。
さっき検証した結果、50メートル未満の点在なら消費魔力も少ない。
もう少し。
もう少し近づいて来い。
このリア充め。
―――
竜司側
間合いは100メートルを切った。
まだ動かない柳生さん。
さっきの瞬間移動は50メートル未満だった。
多分仕掛けて来るのは……
点在による瞬間移動後の斬撃魔力。
点在の怖い所は移動ポイントが術者の自由と言う点。
何処に瞬間移動するか予想がつかない。
加えて柳生さんのハンドスピード。
翔如の時ほどでは無いにせよかなりの速さだろう。
距離がある為、良く解らないが身体に魔力が集中されているのが見える。
凛子さんの流透過なら何処にどれぐらいの魔力が集中されているか解るのになあ。
僕は戦闘時にあまり相手の魔力を視ると言った行動をしない為、慣れていない。
解るのは魔力があるか無いかぐらいだ。
―――
柳生宗厳側。
まだだ。
まだ遠い。
もう少しこっちに来い。
残存魔力から計算して、もう少し近づかないと魔力をムダに使用してしまう。
大木にもたれた姿勢のままゆっくり近づいて来る竜司を待ち構えていた。
宗厳の思惑はほぼ竜司の思惑と一致。
点在により、竜司の死角に瞬間移動。
そして纏で付与した魔力にて……
斬る。
宗厳は一刀で勝負がつくとは考えていない。
何故なら竜司には神道巫術で顕現した磐土が居るからだ。
だが宗厳の眼には磐土の姿は見えない。
従ってまずは攻撃を仕掛けて竜司の防御範囲を知る事。
それを優先させる。
仕掛ける攻撃は点在連続使用による多方向からの重攻撃。
間合いは目算で60メートル。
そろそろ準備をしよう。
ゆっくり身体を持ち上げた宗厳。
―――
竜司側。
僕はゆっくりと歩を進める。
目算で大体65メートル。
もう少し。
もう少し間合いを詰めよう。
柳生さんとの距離55メートルまで近づいた。
ゆっくりともたれた身体を起こしているのが見える。
ここで僕は歩みを止めた。
「柳生さんっ!」
少し声を張る。
そして極少量の魔力を耳に集中。
起動
ドルンッ!
魔力注入発動。
聴力強化。
離れて柳生さんと会話する為だ。
「な……
何ですか……?」
よし、クリアに聞こえる。
「一体何があったんですっ!?
良かったら僕に教えてくれないですかっ!?」
僕の仮説は竜と竜河岸の仲間割れ。
だがそんなケースは聞いた事が無い。
基本ついている竜はついている理由と言うものがある。
例えば元や蓮。
駆流等の竜は先代からずっとついているある種の情みたいな物で付き従っている。
踊七さんのナナオの様にぽちぽちが愛らしくて仕方が無くてついている竜。
お爺ちゃんのカイザ、呼炎灼のボルゲや母さんのダイナは竜河岸が持つポテンシャルやカリスマに惹かれて付き従っている。
それぞれ人間の行為にボヤキを零したり、腐しはすれども決別する事なんて聞いた事が無い。
しかし仲間割れとでも考えないと先の不可思議な光景の説明がつかない。
「な……
何の話ですか……?」
「何故バイラから離れたんですかっ!?
竜河岸のエネルギーである魔力は竜からしか供給出来ないのは知ってるでしょうっ!?」
「あ……
あぁ……
そんな事ですか……
か……
簡単な話ですよ……
僕がバイラに見限られただけです……
そりゃそうですよね……
最高の翔如を放ったにも関わらず……
かすり傷一つ負わせる事が出来なかったんですから……
斬る事の出来ない僕はゴミカスと呼ばれ、見捨てられてもしょうがないですよね……」
自虐的な言葉が多分に含まれていて一体何があったのか一瞬解らなかった。
要約すると、やはり仲間割れを起こした様だ。
先の座った体勢は強大な一撃を仕掛ける為の物だったんだ。
だが、その最高の翔如は身体を強化した磐土によって僕には届かなかった。
それが原因で仲違いする事になったのか?
そこが良く解らない。
「それぐらいで竜が主を見捨てる所が良く解りませんっ!
一体バイラは何故、柳生家に付いていたんですかっ!?」
「バ……
バイラは……
日本刀で斬った時に出る音が凄く好きなんですよ……
斬る物は何でも良いんですけどね……
遠くにあるものを斬った時に響く音を聞くとそれはそれは喜んだものです……
そんな中、麻薬中毒者の様にトリップ出来る音に出会ったんです……
一体何を斬った音だと思います…………?」
柳生さんからの問い。
僕には答えがすぐに解った。
手掛かりはバイラの性格と柳生さんの父親殺害。
「…………人を……
斬る音……」
「ち……
違いますね……
僕の周りにヒトは居ないんですから……
肉ですよ……
肉。
生物の肉を斬った時の音を聞くとトリップする程、悦に浸るんですよ……」
ズキンッッ!
胸が痛い。
物凄く痛い。
僕の周りに人は居ない。
こんな台詞が吐ける程、辛い生活だったんだ。
おそらく生物の肉と言っているのは……
実父の事。
肉親を父と呼ばず親と呼ばず生物と断じてしまう。
その事が堪らなく哀しかった。
しかしこれで大体の事情は解った。
柳生さんは向かって来る僕らに向かって翔如を放った。
自信の無い柳生さんが最高の翔如と言うぐらいだから本当に自信があったんだろう。
だがその刃は僕に届かなかった。
磐土が居たから。
それで細く脆い自信が崩れた。
多分、自信喪失した心境は刀を振るえないぐらいまで達していたんだろう。
それを見たバイラは柳生さんを見限ったんだ。
バイラの性格から考えて有り得る話。
そこでゴミカスと言う蔑称が出たのでは無いだろうか?
それ以外にも心無い言葉を投げかけられたのだろう。
自分の使役している竜に見捨てられた柳生さんは…………
バイラに刃を向けたんだ。
いわゆる自暴自棄。
ヤケクソの心境。
ズキンッッ!
ここまで思案した所で再び胸が痛む。
哀しい。
物凄く哀しい。
加えて桜井市で起きていた謎の斬り傷事件の犯人も柳生さんでほぼ確定だろう。
多分、翔如で斬ったんだ。
理由はスキルの修練とバイラに音を聞かせる為。
「柳生さんっっ!」
「な……
何ですか……?」
「投降して下さいっっ!」
僕は堪らず呼びかける。
「な……
何を……
言ってるんです……?」
「貴方は刑務所送りを気にしているかも知れませんが僕が貴方の味方になるっ!
僕が兄さんに事情を説明しますっっ!
だからっ!
だからっ!
投降して下さいっっ!」
僕は救いたかった。
どうにかして柳生さんを救いたかったんだ。
「……そんな事を言って……
僕を騙す気なんでしょう……?」
しめた。
騙す気なのでは。
この発言が意味するのは真偽を知りたいと言う事。
もしかして刑務所に行かなくて済む。
その事自体には興味があるんだ。
だからこその発言。
けど今の柳生さんは今、他人を信じられなくなっている。
だから騙して刑務所に連れて行くと言う穿った見方しか出来なくなっているんだ。
「そんな事はしないっっ!
絶対にっ!
今ならまだ間に合うっ!
兄さんに頼めば新しい竜との竜儀の式も可能ですっっ!
だからっ!
投降して下さいっっ!」
「え…………?
バイラ以外の竜と契約を交わす事って出来るんですか……?」
やった。
喰い付いた。
竜儀の式自体に拘束力は存在しない。
例え離れたとしても再び式を執り行えば別の竜も使役可能。
実際、そう言う竜河岸を見た事がある訳じゃ無い。
だけど兄さんがそう言ってたから間違い無い。
「はいっ!
兄さんに頼めば穏やかな竜を斡旋して貰える筈っっ!
竜はバイラだけじゃないんですっ!」
頼む。
投稿してくれ。
―――
柳生宗厳側。
一体この人は何を言ってるんだろう?
自分を殺そうとしている相手に降参しろだなんて。
何だろう?
上からだな。
僕では勝てないと思ってる。
竜を捨てた僕では敵わないと思ってる。
だから手を差し伸べてやっている。
助けようとしてやっている。
リア充だからこその発言だよな。
僕を非リア充と見下して。
圧倒的優位から見降ろして。
抵抗するなとコイツは言う。
無駄な努力は止めろと言う。
悪足掻きは止めろと言う。
お前では俺を殺せないからとっとと降参しろと言う。
ふざけるなよ。
誰が投降などするものか。
どうせ信じた所で裏切られる。
結局アイツを殺した僕はどう転んだって結局刑務所送りにされるだけだ。
コイツは僕に手を差し伸べる事で悦に浸っているだけだ。
確かフランス語でこう言うの何て言ったっけな?
あぁそうそう。
ノブレスオブリージュだ。
貴族が庶民を助ける義務が有る的な意味合いだったっけな。
強者が地を這う弱者を助けてやるみたいなクソの考え方。
まさしくそれだ。
ほざくな。
こっちはもう後が無いんだ。
確かに僕ではお前に勝てないかも知れない。
が、だからと言って諦める言われは無い。
こっちもただでは死なない。
死なば諸共だ。
一太刀でも多く斬ってやる。
けど、良い事を聞いたな。
竜儀の式って何度でも出来るんだ。
それならもしここから逃げおおせたら何処かに居る適当な竜を連れて、もう一度執り行おう。
神主は刀で脅せば何とかなる。
これが竜司の必死の説得を聞いていた宗厳の思惑である。
要約すると全く届いていなかった。
何とか宗厳を救いたいと考え、声を張り、必死に投降を促していた竜司の気持ちは一片たりとも届いていなかった。
ブレの無い歪んだ思考。
ここまで堕ちてしまうと人間は他人の言葉など届きはしない。
だが、これはとどのつまりひねくれて拗ねているだけである。
証拠に死を覚悟している風ではあるが再度竜儀の式が可能と聞いた時、生き残った時の事を考えている。
要するに決死の覚悟では無い。
歪んだ考えにはブレは無いが、死の覚悟自体は甘い。
ブレまくっているのだ。
死を覚悟した人間と生に執着する人間。
どちらが優れているとは言えない。
その時の気持ちの強さで勝敗は別れるもの。
ただブレの無い人間とブレのある人間なら圧倒的に前者の方が強い。
「ホントに……
ホントに……」
「はいっ!
本当ですっ!
貴方はやり直せるんですよっっ!」
呟きながら宗厳が歩み寄って来る。
竜司の必死な声が響く。
届く筈の無い言葉が。
―――
竜司側
ゆっくりとこっちに歩み寄って来る柳生さん。
良かった。
解ってくれたのか……
「ホントに……
ホントに……」
と、今までの僕ならそう思ったかも知れない。
けど、旅を経て僕は人間の悪意の底知れ無さを知った。
僕は油断していない。
柳生さんに笑顔を向けながら警戒は怠って無かったんだ。
言い換えれば柳生さんを疑っていた。
我ながら嫌な人間になったと自分でも思う。
でもこうでもしないと自分の身は護れない。
それを肌で感じた旅だったんだ。
40メートル。
25メートル。
どんどん間合いを狭め、近づいて来る。
もちろん本当に投降するなら大歓迎だ。
頼む。
そうであってくれ。
距離15メートルを切った。
「ホントに…………」
距離10メートル。
「ホントに…………
貴方は…………
…………人を馬鹿にしてますねえ……」
ゾクゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!
背中に立ち昇る巨大な悪寒。
やっぱり……
駄目なのか……
神通三世
―――
柳生宗厳側。
コイツ笑ってやがる。
嫌な笑い方だ。
人を小馬鹿にした様な笑い方。
多分、点在の魔力消費は距離で増減する。
近距離での移動なら連続使用も可能だろう。
眼に物見せてやる。
点在連続使用による多方向からの抜刀術。
あらゆる方向から超スピードの居合を喰らわせてやる。
現在、おおよその距離は25メートル。
もう少し。
もう少し近づこう。
仕掛けるポイントは10メートル付近。
「ホントに……
ホントに……」
集中
この宗厳の呟きは単なる時間稼ぎ。
竜司に投降すると思わせれれば何でも良かった。
裏では残存魔力を細く速くイメージして体内の神経各所に張り巡らしていたのだ。
竜司を斬る為の準備。
たどたどしく歩きながら準備完了。
距離10メートル。
「ホントに…………
貴方は…………
人を馬鹿にしてますねぇ……」
点在
宗厳、スキル発動。
瞬時に視界が変化。
移動ポイントは竜司の背後。
カッッッ!
名刀三池典太の刃が強く鞘を滑る音。
チンッッッッ!
!!!!!??
刃滑りの音が聞こえたと思うと即響く納刀音。
やはり宗厳のハンドスピードは脅威。
だが…………
刀は空を切るのみ。
何も斬っていない。
宗厳は動揺する。
先程まで在った竜司の姿が消えたのだから。
何処だ!?
アイツは何処へ行った!?
これは竜司のスキル、神通三世の効果。
10秒間、術者に絶対防御を施す。
これが竜司の警戒した結果。
宗厳の元へ向かいながら黄道大天宮図を展開していた。
星団図を携えた左手はさりげなく身体の後ろに置き、見えにくくしていたのだ。
動揺は大きく、点在を連発しようと考えていたが次の一手が打てずにいた宗厳。
それもその筈、狙うべき相手を見失ったのだから。
ドンッッッッッッッッッッッッッ!!!
!!!!!!!!!!!????
動揺していた所、右脇腹に衝撃。
極大な衝撃。
バキボキベキバキベキィィィ!
右脇腹から全身に伝わる破壊圧力。
体内に響く骨折音の多重奏。
身体に奔る激痛。
あまりの痛みに声も上げる事も出来ない宗厳。
何だ!?
何が起こったんだ!?
訳も解らず吹き飛ぶ。
ザシャァァァァァッッ!
空高く舞い上がった身体は放物線を描き、地面に叩き付けられ滑って行く。
「久久能智ィィィィィッッッ!
今だァァァァッッ!」
〖はいなぁぁっっ!〗
ボコォッ!
ボコォッ!
ボコォッ!
ボコォッ!
久久能智の声に呼応する様に地中から太い木の根が無数飛び出して来る。
ギュルルルッッ!
その木の根は瞬く間に宗厳に絡み付き拘束。
まるで意思を持っているかの様。
これも竜司の対策の一つ。
途中、水虬から久久能智に変更していた。
神通三世が発動する事になれば一撃で勝負は決する。
そう確信していた竜司は沈黙させた後の事を考えていたのである。
―――
竜司側
「ふう……
終わったかな……」
〖主はん、終わりましたどす〗
声をかけて来た緑のお姉さん。
〖何じゃ。
結局ええトコ持ってったんは久久能智じゃあ。
つまらんのう〗
「ま……
まあまあ。
確かに最後は久久能智だったかも知れないけど今回の作戦の最優秀賞は紛れも無く磐土だよ」
〖おおっ!?
頭ァッ!
ホンマかぁっ!?〗
簡単に喜ぶ磐土。
こう言う単純な奴は嫌いじゃない。
〖ほんにアホの脳筋は単純でよろしおすなぁ〗
ここで久久能智の毒舌が飛ぶ。
〖あぁっ!?
誰が脳筋じゃいっ!
こんクサレ根っこがぁっ!〗
本当にこの二人は水と油って感じ。
早々に最後の仕上げに移らないと。
「じゃあ、磐土。
お前の役目は完了だよ。
ご苦労様。
お疲れ様」
〖エェッ!?
頭ァッ!
ワシはまだこのクサレ根……〗
フィンッ!
何か久久能智に言いたい事があったみたいだけど強引に指を横に振り、磐土を消してしまう。
「水虬……
水虬……
出番だよ。
出て来て」
フン
僕の前に二重円が現れ、大量の水と共にセクシーな花魁着物を纏った蒼いお姉さんが競り上がって来る。
「水虬、早速で悪いんだけど相手を眠らせる液体って用意できる?」
〖はいな。
イソフルラン言うのがありんす〗
「イソフルラン?
それってどんな薬?」
「穢れた人間共を眠らせる吸入麻酔薬でありんす」
「へえ……
それってすぐに準備出来る?」
〖日本でもよう使われとるでありんすからなあ。
多分30秒も要りんせん〗
「そう。
なら頼むよ」
〖わかりんした〗
相変わらずこの水虬のリンク能力は凄い。
地球上のありとあらゆる場所からすぐさま取り寄せる事が出来る。
条件はただ一つ。
液体であると言う事だけ。
さて、これで準備は整う。
僕はゆっくり木の根で簀巻きになっている柳生さんの元へ歩み寄って行く。
グルグル巻きになっている太い木の蔓の隙間から白色光が漏れている。
回復の魔力注入だ。
「水虬……
イソフルランの即効性と持続性を上げておいて……」
〖わかりんした楼主はん〗
柳生さんの傍まで辿り着いた。
眼下には静かに空を見つめている柳生さんの顔が見える。
黙って。
ただ黙って空を見上げている。
しばし静寂。
僕も何て声をかけて良いか解らない。
黙って。
ただ黙って柳生さんを見降ろしていた。
「け……
結局……
貴方はいくつスキルを持ってるんですか……?」
ようやく口を開いた柳生さん。
「…………最近使わない物も含めたら……
五つです……」
全方位、標的捕縛、反射蒼鏡、占星装術、神道巫術の五つ。
「……さっき姿を消したのも……
その内の一つですか……?」
「…………はい……」
「クッ……
ククク……
クククク……」
突然、静かに笑いだした柳生さん。
「ど……
どうしたんですか?」
「いや……
流石だなと思って……
五つもスキルを有している相手を殺そうとしてたんだなって思って……
何で皇さんみたいな強いリア充が来たんだろうって……
自分の不運さに哀しさを通り越して笑えて来たんですよ……」
「僕が勝てた理由は竜河岸戦の経験の差です。
スキルの数じゃありませんよ」
確かに僕の方が有しているスキルの数は多い。
でも充分、翔如も脅威だったのは間違い無い。
一つ間違えたら僕が惨殺されていた可能性もある。
決して勝敗を分けたのは異能の数じゃ無い。
僕は柳生さんの動きをつぶさに考察し、仮説を立てて戦っていた。
違和感を感じたらその出所も探る。
そうして僕は数々の死闘を潜り抜けて来た。
やはり柳生さんと僕の差は経験だと思う。
「ハッ……
何ですかそれ……
僕に気でも使ってるんですか……?
それとも僕が考えた敗因すらも否定して嬲ろうとでも言うんですか……?」
卑屈。
痛烈で陰湿な言葉が柳生さんの口から洩れる。
「そんな訳無いじゃ無いですか……
純粋な感想ですよ……
貴方の翔如は本当に凄いスキルだと思います」
「ハッ……
そりゃどうも……
リア充の皇さんのお褒めに預かり、光栄の至りですよ……
……そんな事はどうでもいい……
それで非リア充の僕は……
どうなるんですか……?」
「僕ではどうしたらいいか解らないのでとりあえず兄さんに連絡します。
だから具体的にどうなるかまでは解りません。
何かの拍子に逃げられても困るので柳生さんには眠っていて貰います」
「僕のこの姿を見て眠らそうだなんて周到な事で……
それで……
どうやって眠らせるんですか……?
まさか麻酔薬でも携帯しているって訳じゃ無いでしょう」
「そのまさかですよ……
水虬、お願い」
僕はすっくと立ち上がる。
〖わかりんした〗
ジョボボボ
水虬のかざした蒼い右手から大量の液体が流れ落ちる。
水虬は体内で培養出来る。
あの液体全てがイソフルランと言う吸入麻酔薬なのだろう。
「プワァッ!?」
柳生さんからしたら、突然虚空に流水が現れた感覚だろう。
「柳生さん……
本当に……
本当に……
貴方とは友達になれると思ってたんですよ……
すろうに剣介の話を一緒にしてる時は本当に楽しかったのに……」
突然の流水に勢い良く左右に振っていた首の動きが止まって行く。
麻酔が効いて来たんだ。
僕の言葉が届いているか解らない。
けど、柳生さんと友達になれるかもと思った僕の気持ちに嘘偽りはなかった。
「さようなら」
決着。
眠ってしまった柳生さんを抱えて僕はガレアの元へと急いだ。
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2048年2月 某県某屋敷寝室
「はい、今日はここまで」
「あれ?
パパ、今日は早いね」
「うん。
明日から仕事でちょっと遠くに行くんだよ。
数日帰って来ない。
朝も早いから今日はこれぐらいでと思ってね」
明日から僕は出張。
他県の元竜河岸のケアをする。
周りから狂人扱いされて引き籠ってしまったらしい。
「あ、そうなんだ。
じゃあお話もお休み?」
「うん、ごめんね」
「いいよいいよ。
お仕事だもん。
パパ、気を付けて行って来てね」
「うん、ありがとう。
じゃあおやすみなさい」
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2018年2月 奈良
時間は竜司と宗厳が決着した頃から30分程前に戻る。
ポタ……
ポタ……
血が滴り落ちる。
元の口から地面に向かって落ちる血。
「ガハァッ!」
元が吐血。
口から真っ赤な鮮血が畑に飛び散る。
「ゲホッゲホッ……」
「オヤオヤァ~?
サメジマさん?
ダイジョブですカァ~?」
元の向かいに立つ黒のタートルネックセーターに白のタイトパンツの男。
顔は四角く立派な髭を生やしている。
脇には浮いている黒い蛇竜。
眼は刃の様に鋭い。
ニニ・ロッソとガジャである。
「クソッ……
初めて自分で喰ろうたけど何ちゅう威力なんじゃ……」
元はダメージを受けていた。
自らのスキル、震拳によってである。
元は目下体内の魔力を使い回復を行っている。
何故か自身のスキルを自ら喰らってしまった為。
体内で増幅された衝撃波が身体中を駆け巡り、重要臓器を破壊。
まさに一撃必殺のスキル。
元も自ら喰らって初めて痛感するその威力。
救いなのはフォームの部分。
元は自らの右拳で自分の腹を殴った形になった。
右腕は折り曲げた状態で殴る形になる。
踏み込みや体重移動などは全く出来ていない為、威力は軽減されている。
やがて回復完了。
バッ
元は一先ず間合いを広げた。
「オヤァ?
割ト回復が早いですネェ……
魔力注入を使い慣れテルノカ……
ソレとも……
アナタのスキルが大シタ事無いンでショウかネェ……?
プクク……
ハーッハッハッハッ!」
明らかな挑発。
この挑発には意味がある。
目的は受動技能、暴露の段階を上げる為。
■暴露
ニニの受動技能。
相手の発言の真偽、行動等を読む事が出来る読心能力。
トリガーは発汗。
対象が発汗すると発動するスキル。
発汗のみであれば発言の是非ぐらいしか解らない。
もちろん発言しなければ効力を発揮しない。
これが第一段階。
そこから対象の名前を知ると第二段階に移行する。
第二段階に移れば行動が攻性か防性かが解る様になる。
術者。
つまりニニに攻撃を仕掛けて来る場合は攻性。
それ以外は全て防性と判別される。
そこから複数回会話を交わすと第三段階に移行。
第三段階に移行するとどう言う動きをするのか詳細まで解る様になる。
移行回数はその日のニニの体調や対象によって上下する。
具体的な数字はニニも把握していない。
現在、暴露は第二段階。
元の行動が攻性か防性かはニニは把握している。
ここから第三段階に移行する為、元を挑発し会話を重ねようとしたのだ。
が、元は挑発には引っかからなかった。
元の性格であれば簡単に引っかかって大声を張り上げそうなもの。
だが、元の耳にはニニの挑発は聞こえていない。
別の事を考えていた。
それはたった今起きた不可思議な出来事。
ニニを震拳で殴ろうとした。
が、その拳は意志に反して自分の腹にスキルを炸裂させた。
この現象について考察をしていたのだ。
何や?
何でワイは自分殴っとんねん。
毒とか催眠の類か?
しかし身体に異物が侵入して来た気配は無い。
身体に不調は感じられない。
毒であれば体内に魔力を集中させ、除去する様イメージすれば良い。
恨気除去の応用だ。
だが、今回は難しい。
何故なら異物が入って来た感覚が無いからだ。
毒を除去するのは魔力注入使いであれば作業自体は比較的簡単。
毒物が体内に入れば気付くからである。
魔力を扱う上で大事なのはイメージ。
体内に入って来た異物を除去するイメージをすれば良いと言う話である。
しかし異物が侵入した形跡が無いとイメージする的が解らない。
催眠も考えにくい。
催眠とは暗示をかける事。
暗示とは他からの影響で行動、思考等を操作、誘導する心理作用の事。
暗示の特徴としてはかけられた本人は自然にそうなったと考え、気が付かない点。
元は自らの行動に違和感、疑問を感じていた。
従って催眠は考えにくいと言う訳である。
ここで元は思考するポイントを変えてみる。
何故意志に反して動いたのかと言う部分では無く。
動いた時の感覚がどうだったか。
そこを考えて見る。
右拳がUターンして自分の腹に向かって行った時。
何か強い力での強制力は感じられなかった。
強制的に方向を変えさせた様な感覚は無かった。
例えば見えない魔力の糸の様なもので操るスキルだとしたら、感覚として拘束感や強制力が感じられる。
だがそんな感覚は一切無かった。
まるで右腕だけが自分の腹を殴るのに疑いも無く動いた様なイメージ。
「なんぼか……
試してみるか……
起動」
ヒュンッッッ!
元の姿が消えた。
三則を使用した縮地走法である。
一気に間合いを詰める。
目の前に長身のイタリア人男性。
不敵な笑みを浮かべている。
ブゥンッッ!
元が仕掛ける右ハンマーフック。
軌道はニニの左頬に向かって行っている。
クンッ!
が、突然。
唐突に軌道が変化。
ドコォォッッ!
「つぅっ…………!」
元の右拳はニニの前で急旋回し、自身の左肩に炸裂。
ン?
今ノ攻撃ハ魔力が込めらレテいなイ……
ナルホドナルホド。
ドーヤラただのやんちゃ坊主ではナイようデスネェ。
ニニは今の素の拳を見て、元が探りを入れて来たと察知。
自身の右拳で己の右肩を強打した元。
続けざま左拳も硬く握りハンマーフックを仕掛ける。
ブゥンッッ!
狙いはニニの右頬。
が……
クンッ!
やはり拳の軌道は急旋回し、自身の右肘辺りを強打。
やはりニニには当たらない。
元の考察は続く。
拳が駄目なら脚ではどうだ?
ブンッッ!
腰を回し、丸太の様な太い右脚で強烈なローキックを繰り出した。
狙いはニニの左脚。
だが……
ザフッッ!
元の繰り出した蹴りは唐突に軌道を変え地面に激突。
やはりニニには当たらない。
が、今回は自分に当たった訳では無い。
バッッ!
元は一旦間合いを広げ、ベノムの元へ戻る。
だが魔力補給はしない。
残存魔力は充分だからだ。
間合いを広げたのは相手のスキルが不明なままではいくら攻撃を仕掛けても埒が明かないと考えたから。
現在解っている事。
■近接攻撃は当たらない。
■全てが自分に帰って來る訳では無い。
■動きにはバラつきがある。
■操られている様な強制力や催眠の類では無い。
確定した事となるとこれぐらい。
何らかのスキルで元の身体を操っている事は確か。
でないと強烈な元の攻撃が向かって来ているのに薄ら笑いを浮かべ平然としている事に説明がつかない。
一体どう言うスキルなのか?
外部から何かされている気配が無いとなると内部に何か侵入して来たと考えるのが自然だが何が入って来たのか全く分からない。
痕跡が無いのだ。
手掛かりが少ない為、片鱗すら解らない。
こう言う時は今解っている部分を考察するのが定石。
まず近接攻撃が当たらない。
殴ろうとすると拳や脚の軌道が大きく変化し、自分に当たるか地面に激突する。
「…………もっかい試してみるか……」
ヒュンッッ!
再び縮地走法で一気に間合いを詰める元。
「オホゥッ!
少年は元気があってイーデスネー」
一気に間合いを詰めたにも関わらず平然としているニニ。
自分に攻撃は当たらないと確信しているからだ。
が、何度も同じ轍を踏む程、元は馬鹿では無い。
間近まで近づいた元は……
グルンッッ!
何と背をニニに向けたのだ。
ブゥンッッ!
そのまま右腕でハンマーフック。
クンッッッ!
やはり拳の軌道は大きく変わり、同じ様に自身の左肩へと向かって行く右拳。
「ここやぁっ!」
大きく身体を落とす元。
素早くしゃがんだのだ。
結果右拳は肩に当たらず、すぐ後ろに居たニニに向かって行く。
「オオット」
バッ
ニニ、バックステップ。
少し間合いを広げた。
「アナタ面白イですネー。
ソンナ攻撃をワタシに仕掛ケテ来タ人は初メテですヨー。
今ワタシのスキルの謎ヲ探ってるんデショ?
何か解りまシタカ?」
このニニの発言に対して元は無言。
元の頭ではニニに名前を告げる事すら警戒していた竜司の姿が浮かんでいた。
それに倣って元も警戒し始めたのだ。
さっきからやたらと話しかけて来たり、見え見えの挑発を仕掛けて来たりする。
そこに違和感を感じた為の行動である。
ここでまた判明した事がある。
このスキルは別に自分に向かって来るかどうかを判別している訳では無い。
証拠にたった今関係無い虚空を殴ろうとしても軌道が変わったからだ。
おそらく範囲指定のスキル。
そして操れる行動回数は多く無い。
さっきしゃがむ事が出来たからだ。
回数が少ないのか操れる部位が限定されているのか。
そこはまだ解らない。
だがもし前者なら多少被弾するがダメージを与える方法はある。
簡単な話。
ラッシュを仕掛ければいいのだ。
最初は魔力を込めずに殴り、続ける中でどんどん魔力を込めて行けばいい。
よし決まった。
とにかく検証だ。
検証しないと話が進まない。
ヒュンッッ!
間合いを広げたニニを追撃。
縮地走法で間合いを詰める。
「おおおおおおおおっっ!」
両拳を硬く握り、ラッシュを仕掛ける。
右拳。
ドコォッ!
自らの左肩に炸裂。
やはり軌道が大きく変化する。
左拳。
バキィッ!
やはり軌道は大きく変化して自らの右上腕部を打ちつける形。
だがこの動きは想定内。
多少痛みはあるが魔力を全く込めていない為、耐えれる。
歯を食いしばって第3撃、4撃、5撃と次々パンチを仕掛ける元。
バキィッ!
ドコォッ!
ボコォッ!
ドコォッ!
が、全て軌道は変わり自らの身体を打ち据える形になる。
「グゥッ……」
魔力を込めていないとは言え、こう何度も殴られてはダメージが蓄積される。
くそぉっ!
まだまだぁっ!
歯を食いしばり、痛みを堪え、更に両拳でパンチを繰り出す事合計10発。
結果一発もニニには当たっていない。
ザシャァッ……
ついに片膝を付いてしまう元。
魔力は込めていないが巨木の様な元の両腕を思い切りぶん回している。
その拳を10回も自分の身体に受けたのだ。
片膝をついても致し方ない所である。
元の立てた仮説は間違ってはいなかった。
だが真実は後者側。
操れる部位が限定されていたのだ。
ニニの仕掛けたスキルはかかった者が繰り出すパンチやキックの軌道を急カーブさせる物。
これは魔力で強引に操ったり暗示などで自ら殴る様に仕向けている訳では無い。
ニニのスキルは主に骨格筋と運動神経に作用する。
元が狙いを付けてニニを殴る為に拳を動かそうとする。
体内では脳からそのように動かす為の信号が運動神経に伝わり、骨格筋を収縮させ、パンチの軌道を描く。
ニニのスキルはこの信号を書き換えるのだ。
神経を伝わり、反応するまでの平均的時間は0.25秒と言われる。
ニニのスキルはその僅かな時間の間に割り込み信号を書き換える。
これだけでも脅威である事はお解り頂けるかと思われる。
欠点としては複雑な書き換えは出来ず、弧を描くなど単純な動きに限定される。
そしてこのスキルはニニの受動技能である暴露に連動しており、攻性の動きをする時にだけ働く。
元がしゃがむ事が出来たのはしゃがむ動きが防性だったためである。
「オヤオヤァ?
ソンナに自分の身体を殴ッテどーシタンデスカー?
アナタ、ストレスでも溜まッテルんジャないデスカー?
チョコでも食べて落ち着キマショウー」
片膝をついた元の頭上から嘲った言葉を投げかけるニニ。
悔しい。
ここまで手玉に取られた事はフネ以外では考えられない。
心中では煮えくり返っている元。
だが、言い返せない。
ニニには暴露があるから。
厳密には得体の知れない嘘を見破るスキルを有しており、やたらと話しかけて来るのはこのスキルに関係している。
そう言った疑念があるからだ。
こいつと会話はしてはいけない。
そう考えて何も言い返せずにいる元。
ゴロゴロゴロォォッ
元は転がり、再び間合いを広げる。
「アッハッハァッ!
転ガッテル様はまるでダンゴ虫のヨーデスネーッ!
アッハッハ!
これはオカシイッ!」
無視や。
無視。
コイツの言っとる事に反応したらアカン。
心中でそう自分に言い聞かせ、ぐっと堪え我慢する元。
ようやくベノムの元まで戻って来る。
ピトッ
おもむろにベノムへ手を添える元。
魔力補給である。
取り込んだ魔力を保持。
すぐさまダメージのあった箇所に魔力を集中する。
回復の魔力注入。
素の拳によるダメージの為、すぐに完治する。
するが、このままだと自分の拳骨を叩き込めない。
あらゆる状況で検証が必要だ。
元は思案する。
結果思いついた。
ダダッ
元はニニに向かって走り出す。
今回は縮地走法では無い。
通常のダッシュ。
これには意味がある。
走る中、右人差し指と中指を立て、クンッと上げた。
これは元のピンポイント地震のフォーム。
元は思い出していた。
対峙した時に地震を仕掛けたらニニが転んでいたのを。
ならばピンポイント地震を仕掛け、転んだ所を殴りかかって見たらどうだろうと。
ゴゴゴゴゴゴゴ
地鳴り。
ニニの足下だけ大きく揺れる。
「ウワッッ!?」
ズデェッ!
突然大きく揺れ出した地面にニニがうつ伏せに転んだ。
ニニの背後から殴る形になる。
多少気が引けるが気にしてはいられない。
それだけ元の中ではフラストレーションが溜まっているのだ。
ザシャァッ!
ニニの傍まで辿り着いた。
タイミングバッチリ。
眼下にはうつ伏せで転んでいるニニ。
即座に右拳を硬く握る元。
ブンッッッ!
巨岩のような右拳をニニの腰、目掛け打ち降ろす。
が…………
バキィィィッ!
これも当たらない。
元の右拳は急旋回し、己の腹に突き刺さる。
「カハッ…………」
背後から殴ってもニニのスキルが発動している。
「アービックリしたぁ」
むくりと起き上がるニニ。
腹から右拳を外し、悔しそうな表情を滲ませながら立ち竦む元と眼が合った。
ニヤァッッ
見下した笑み。
蔑んだ笑み。
侮った笑み。
「アナタ凄いデスねー。
地震を起こセルんデスネー。
サスガ地震大国日本の国民デスネー。
さっきの少年も地震起こセルんデスカー?」
どうでも良い事を聞くニニ。
事実どうでも良いのである。
結局の所いくら地震で転ばせたとしても決定打になり得ない。
転ばせるだけなら大道芸とさして変わらないからだ。
地震を起こせるだけでは全く意に介する必要は無い。
今まで元と対峙してニニは解っていた。
元は近接戦闘タイプ。
自分と相性が最も良いと。
ニニの嘲った発言も無視。
再びベノムの元へ戻る元。
背後から攻撃しても当たらなかった。
となるとこのスキルは視認などを必要としない。
どちらかと言うと竜司の全方位に近い範囲スキル。
「おいベノム……
ついてこんかい……
起動」
ヒュボッ
元の体内でジッポライターの着火音が響く。
ヒュンッッ!
続けざま高く跳躍。
闘っていた畑地帯から脇の車道に降りる元とベノム。
「オヤ?」
元の行動に意外性を感じ、少し首をかしげるニニ。
集中
ギュゥッッ!
大型魔力を集中させた右拳を硬く握った元。
起動!
ヒュボォッッ!
「オラァッッッ!」
ドゴォォォォォォォォォンッッ!
巨大な炸裂音。
拳を足元に打ち降ろしたのだ。
大魔力を三則で爆発させ、放たれる元の一撃はアスファルトなど豆腐に等しい。
四散するアスファルトの瓦礫。
舞い上がる砂煙。
一体、元は何をしようと言うのか。
「オヤオヤ……
チョォット……
頭ガオカしくなったんデスカネェ?
あの少年は」
ニニにも元の真意は解らず、自分のスキルが凄過ぎて錯乱してしまったと判断。
が……
それは否。
断じて否なのである。
あの元が。
バトルマニアの元が。
敵のスキルが解らないぐらいの些細な事で狼狽えてヤケになる訳が無い。
この行動ももちろん意味があった。
やがて砂煙が晴れて行く。
「ン……?」
中から現れたのは左腕に瓦礫を山ほど抱えた元。
ガラ……
抱えた瓦礫の一つを右手で掴んだ。
大きさはハンドボール大。
集中
右腕全体に魔力を集中。
起動!
「オラァァァッッ!」
ビュンッッッッッ!
!!!!!?
ニニの顔色が一変する。
元は三則を使用した状態で思い切り瓦礫を投げつけたのだ。
「起動ッッッ!」
バッッ
すかさず魔力注入を発動し、顔の前でクロスガードするニニ。
バカァァァァァァッァァァァンッッッ!
ニニの腕に瓦礫が炸裂し、四散。
元の放った瓦礫は魔力注入を使用している為、恐るべき勢いを持っていた。
腰の回転などを使用しないほぼ手投げに近い状態だが威力は充分。
その証拠にニニは元と戦って初めて魔力注入を使用した。
「フー……
危ナイ危ナイ。
アナタ無茶苦茶シマスねぇ……
魔力注入ヲ使って岩ナン……」
!!!!!!!!!??
途中。
発言が止まる。
目の前には超スピードで襲い来る無数の岩。
「クッッ!」
さしものニニもこれは堪ったものでは無いと回避行動。
バカァァァァァンッッ!
ボコォォォォォンッッ!
が、元の放った岩は超スピード。
回避が間に合わず1、2発被弾。
ザシャァァァッッ!
転倒するニニ。
スゥーーーッッ
大きく息を吸い込んだ元。
「オイ!
オッサン!
ワレのスキルなぁっ!
近くにおらんと発動せんもんやろっっ!!
んで操れる場所も全身やのうて手足だけっ!
となるとやっ!
こんな感じで遠くから攻撃されたらひとたまりもないわなぁっ!
んでウソ見破るスキル、キモいからワレと会話はせん!
一切無視や!」
大声で張り上げる元。
まるで今まで溜まっていた鬱憤を吐き出す様。
だが依然として何が元を操っているのか解らない。
しかも岩を投擲すればひとたまりも無いとは言ったがこれで勝利するのは元の趣味では無い。
やはり拳。
自身の拳で殴って勝利を掴みたいのだ。
下がった溜飲は全体の3割程度。
ゆっくりと起き上がるニニ。
「フーイタタ……
こんな岩ヲぶつけるなンテ死ンジャったらドーするンですカー…………
クククク……
イーデスネェ……
これだから竜河岸と殺リ合ウのはタマリまセーン。
みんな色んな事を考えナガラ色々仕掛けて来マース。
ダケド誰モ私ノスキルの謎は解けまセンでしたケドネェ……
クククク」
笑っているニニ。
まだまだ余裕があると言った雰囲気。
ニニは元の性格をある程度把握していた。
この男は戦いにおいて自分の希望を押し通すタイプ。
敵の脅威にあてられて飛び道具の様な妥協案で勝利を掴もうとはしない。
どうにか自分の拳を叩き込みたいと考える筈だと。
そう踏んでいた。
拳。
いわゆる近接戦闘ならばほぼ攻撃は当たらない。
確率で言うと100%に近い。
だからこその余裕。
よしんば飛び道具での攻撃を続けたとしてもそれはそれでやり方はある。
だからこその落ち着きなのだ。
ニニは元の様なバトルマニアでは無い。
結局の所、スキルの謎を解こうと右往左往し、解らず死んでいく竜河岸の姿が面白いだけなのだ。
何とも趣味の悪い嗜好である。
ガラガラガラッ
左腕に抱えていた瓦礫の山を全て地に落とす元。
投擲攻撃は検証のみ。
ガシガシ
頭を掻く元。
スキルの謎を暴く手立ては無い訳では無い。
だがその方法を取ると下手したら戦闘不能になってしまう恐れがある。
しかも探っている最中に攻め込まれたら一気に敗けてしまう可能性がある。
危険な一手。
今は少し間合いが離れている。
良く解らないが敵は笑っている。
やるなら今しかない。
ピトッ
ベノムの鱗に手を添えた。
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
大型魔力を補給。
続き保持。
集中
集中させた箇所は全身。
全身隅々まで。
髪の毛から足爪の先まで。
隈なく行き渡らせる。
起動ッッ!
ビュボボゥッ!
体内で響くジッポの大きな着火音。
元が魔力注入を使用した箇所は五感。
触覚、味覚、嗅覚、視覚、聴覚を大幅強化。
ニニのスキルは何らかの形で身体に影響しているのは間違いない。
ならば体内で網を張り、ニニのスキルがどの感覚で察知するか。
そこを探ろうと言うのだ。
だがこのやり方は諸刃の剣。
超鋭敏になった五感は場合によっては圧倒的不利に陥る可能性がある。
触覚超鋭敏は無害の空気に触れても赤く腫れデキモノが浮かび上がる程の敏感肌を作り上げ、味覚超鋭敏は空気の味すら感じ、脳に情報を送り思考を阻害する。
嗅覚超鋭敏は遠く離れた微かな異臭も嗅ぎ分ける。
その精度はアフリカゾウに匹敵。
聴覚超鋭敏は聞き取れないレベルの超音波ですら聞き分ける。
視覚超鋭敏は遠く離れた人間の薄笑いも認識でき、僅かな光量による小さな反射ですら察知するレベル。
こんな五つの超感覚に晒されてしまうと常人では立っていられなくなる。
瞬く間に身体は絶不調を訴え倒れてしまう。
だがニニのスキルを見破るにはこれしか無い。
そう考えた元は実践。
少し間合いが開いている今しか無い。
何やら自分の竜と話している今しか無い。
そう考えたのだ。
【オイ、ニニ】
「ガジャ、何でスカァ?
今イイ所ナンですカラ邪魔しなイデ下さいヨ」
【バイラから連絡があったぞ。
何か一人で行くみたいな事を言ってる】
「一人デ?
ムネトシはドーしたんデスカァ?」
【俺が知るかよ馬鹿野郎】
たった今遠く離れた所でバイラが宗厳を見捨てた。
絶望のテレパシーを受けた瞬間だった。
「何カあったンですかネェ?
ンー……
マーいいデショウ。
我々の第一目的ハ竜デスカラ」
【お前こそ何やってんだよニニ・ロッソ。
見ててイライラするわ。
とっとと殺れよ】
ガジャがニニをフルネームで呼ぶ時は本気でイラついている時である。
ニニが本気を出せば元など簡単に殺せる。
そう考えているからこそのイラつき。
ニニも同じ様に考えていた。
これは元を侮ってはいるが決して油断している訳では無い。
今までありとあらゆる竜河岸と殺し合いをして来たニニ。
かたや元はいくらケンカ自慢と言っても極東の数県内で殺し合いでは無い殴り合いで強いだけ。
経験の差は歴然なのだ。
ニニの心境としてはフラッと遊びに行った親戚の家の子と遊んでいる感覚。
「ワカリまシタよ。
じゃあそろそろ終わりまスカ。
…………第四……」
そして現在はその親戚の家から帰らないといけなくなった感覚。
ん?
何かに気付いた元。
超鋭敏になった五感で最初に察知したのは視覚だった。
何かが……
光った?
続く