第百九十三話 竜司の電撃戦。
2048年2月 某県某屋敷寝室
ガチャ
「やあこんばんは龍」
「あ、パパうす」
「今日は……
えっと……
あぁ僕が斬られた所までだったっけ?」
「斬られたって……
簡単に言うけど物凄い事だよそれ。
その斬り傷って残ってたりするの……?」
「いや、その痕はもう無いよ。
ホラ」
僕は両腕の袖を捲り上げて見せる。
綺麗な両肘裏。
「ホントだ。
何で?」
「そりゃこの頃の僕は魔力注入が使えたからね」
「でも、呼炎灼の時の火傷痕は残ってたじゃない」
「あぁそれは呼炎灼と戦った頃からレベルアップしているからだよ。
多分消そうと思えば消せたのかも知れないけど忘れてたよ……
いや……
違うな。
多分、思い出として残して置きたい気持ちが僕の中にあったんじゃないかな?」
「火傷って物凄く熱かったんでしょ?
そんな思い出、忘れたいもんじゃないの?」
「確かに本当に洒落にならないぐらい熱かったよ。
出来れば忘れた方が良いかも知れない……
けど、この火傷痕が僕と一緒にガレアが居た証になると僕はそう思う。
この火傷痕を見る度、思い出すんだ。
僕の隣には自分勝手でアステバンが物凄く好きでばかうけも凄く好きな相棒が居たんだなって」
「パパ……
本当に……
ガレアはもう居ないの……?」
あ、しまった。
話す前から少ししんみりさせてしまった。
「うん、僕らの傍にはね。
多分今頃、竜界で色々やってるんじゃないかな?
居なくはなったけど死んだ訳じゃ無いから」
「それならいいけど……
でも僕もガレアに会いたいなあ」
「う~ん……
今は難しいかも知れないけど、その内ひょっこり現れるかも知れないよ。
なんせあのガレアだからね。
本当に気まぐれな奴だったから」
「プッ……
そうだったらいいなあ」
龍は噴き出し、少し沈んていた顔が明るくなる。
良かった。
「さあ今日も始めて行くよ」
「うん」
###
###
ザンッッッッッッッッッッッ!
横一線に奔る熱さ。
それも極熱。
プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!
目の前が紅くなる。
これは僕の血だ。
斬られた事で噴き出た僕の血。
更に驚くべき事はこれだけでは無かった。
僕の目の前に居た……
磐土が……
真っ二つに両断された。
声も発さず。
音も立てず。
両断された磐土の身体は地に伏す。
「グアァァァァァァァッッッ…………!!」
磐土が斬られた事を確認した直後、両肘や腹から激痛が奔る。
堪らず呻き声が漏れてしまう。
痛い。
痛い痛い痛い痛い。
この痛みはシャレになっていない。
身を焦がす激痛が感覚を大きく震わせる。
〖楼主はんッッッ!!?
しっかりィッ!
しっかりしておくんなんしィィッ!〗
僕の惨劇を目の当たりにした水虬の叫び声が響く。
だが、その声に応答している暇は無い。
そんな事をしている場合では無い。
集中ッッ!
体内に蓄積した魔力を患部。
両肘と腹に急いで集中させる。
見ると先程の一刀より傷は浅い。
磐土が護ってくれたからだろうか?
―――
数秒前 柳生宗厳側。
「……翔如ッッ……!」
カッ!
チンッッ!
鞘を刃が滑る音。
同時に響く納刀音。
横一線でスキル発動させた宗厳。
相変わらずのハンドスピード。
このスピードを見切るのは容易では無い。
「ん……?」
少し違和感を感じる宗厳。
【ん……?
宗厳、お前何斬ったんだ?
何かオトが弱くて別のオトが入ってんぞ。
何かすんげぇ邪魔なオトだ】
同時にバイラも感じた違和感。
「うん……
な……
何か別のモノを斬ったっぽい……
お……
おかしいな……
点在を……
か……
確認しても……
皇さんと使役している竜しか居ない筈なのに……」
これは点在の欠点。
範囲内で認識できるのは物質のみ。
竜司の神道巫術で顕現された精霊は認識出来ないのだ。
従って宗厳には磐土や水虬が竜司の傍に居る事を知らない。
感じた違和感は手応え等では無く感覚として伝わって来た微かなもの。
その程度のものなのだ。
【あ~、何か気持ちワリィ。
せっかくキモチ良いオトが聞けるかと思ってたトコに訳解んねぇオトが混じりやがってよ。
んでどうすんだよ宗厳】
「う……
うん……
どちらにせよ……
ここから離れないと……」
【オウ、今度はちゃんと聞かせろよ】
宗厳はバイラに跨り、更に奥へ消えて行った。
神道巫術で顕現した精霊が認識出来ない。
この事が宗厳の剣に迷いを生じさせるとはこの時はまだ気付いていなかった。
―――
竜司側。
起動ッッッ!
僕の胸から下が眩い白色光に包まれる。
先程、使ったものと同レベルの魔力注入。
眩しい光の中、見る見るうちに痛みが引いて行くのが解る。
光の中、考えていた。
今やられた攻撃について。
これは翔如。
柳生さんの翔如だ。
信じられないが翔如は1キロ近く離れていても届く。
恐るべき射程。
ふとここで翔如の仕組みについて考えて見る。
まずは点在を展開。
続いて魔力注入発動。
刀身に魔力を纏わせ、抜刀。
同時に斬撃に変化させた魔力を目標に飛ばし…………
斬る。
この複数動作をほぼ同時に行う。
それが複合スキル、翔如の仕組み。
あ
ここで気付いた。
それは翔如の射程。
決めるのは何かと言う話だ。
翔如の射程は点在の範囲。
点在とは展開したフィールド内での瞬間移動。
となると点在の展開範囲がそのまま射程と考えるのが道理だ。
間抜けな事にたった今その事に気付いた僕。
初めて見た翔如の射程に誤魔化されていた。
考えて見れば柳生さんはスキルの練習を目撃した段階で僕を殺す気だったんだ。
手の内を全て晒す訳が無い。
それならばまず僕がやらないといけない事は……
やがて光が止む。
「ガレアッッ!
僕を乗せて飛んでくれッッ!
全力を出して構わないィッ!」
バッ
急いでガレアの背に飛び乗る。
まず僕がやらないといけないのは点在の範囲が何処まであるのかを把握しないと。
【何だ飛んで良いのか。
さっきは飛ぶなとか言ってたくせによ】
「事情が変わったんだッッ!
早くッッ!
今なら攻撃されないッッ!」
【わかったよ。
どっちに飛べば良いんだ?】
「何処でもいいっ!
早くッッ!
早く飛んでッッ!」
【アイヨ】
ギュンッッ!
バキバキバキッッ!
「うわっ!?」
アイヨと言う軽い返事とは裏腹にガレア急発進。
目の前に塞がる生い茂った木々の枝を薙ぎ倒し、瞬く間に大空へ。
空に出て、まず目についたのは遠くに見える蒼白い壁。
蒼白いのだが向こう側は透けて見える。
あれが点在だ。
「ガレアッッ!
まずあの蒼白い壁の向こう側を目指してくれッッ!」
僕は真っすぐ真横の蒼白い壁を指差す。
【おう、何か良く解らんが解ったぞ】
ギャンッッ!
ガレアが真横に超速で飛ぶ。
澄み渡った大空に一筋の翠流星。
グングン近づき、簡単に蒼白い壁を通り越してしまう。
よし、これで点在の範囲外に出た筈だ。
「よしっ!
ガレアストップッッ!」
キキィッ!
僕の声が響いた途端、ガレア急ブレーキ。
ひょいっ
長い首を僕の方に曲げるガレア。
【何だもういいのかよ】
「うん、さすがガレアだ。
相変わらず速いね」
【へへん。
当たり前だろ?
もっと褒めやがれ】
もっと褒めたいのは山々だけど。
せっかく範囲外に出たんだ。
色々と考えたい。
〖楼主はん……
さっきえろう斬られていたでありんすが……
大丈夫でありんすか……?〗
水虬が心配そうな顔で話しかけて来る。
「うん、まあ何とかね。
とりあえずリポDとチルアウト用意してくれる?」
〖わかりんした……
ハァ……
全くこの楼主はんは無茶ばっかりしんすなあ……〗
「タハハ……
ごめんね。
僕も出来れば傷なんて負いたくないんだけどね水虬……
ん?
水虬……?」
あぁっ!?
そうだっ!?
思い出したっっ!
磐土ッッ!
翔如でぶった斬られたんだッッ!
〖ん?
楼主はん、何でありんしょう?〗
「水虬ィッッ!
大変だッッ!
大変だよォッ!
磐土がッッ!
磐土が斬られちゃったァァッッ!」
僕は慌てて大声を出す。
精霊が斬られた。
これはどうなるんだ!?
もしかして……
もしかして死んでしまったのだろうか!?
〖ちょおちょお。
楼主はん、落ち着いておくれやす〗
かたや水虬は平然としている。
「でっ……
でもっ……」
〖ウフフ……
やっぱり楼主はんは優しいなぁ……
多分、磐土がおっ死んだとでも考えとんのやろけど心配せんでよろしんすえ。
わっちらは精霊。
もともと生物の様な命は持ち合わせてはありゃあせん。
試しに呼んで見てくんなまし〗
「う……
うん……
イ……
磐土……
磐土……
僕の声が聞こえる?
聞こえてたら出て来て欲しい……」
命を持ち合わせていない?
どう言う事だろう?
僕は言われるままに磐土を呼び出してみた。
フン
空中に現れた二重円。
中央から競り上がって来る無数の岩棘。
岩の顔。
なで肩の磐。
巌の様な巨体。
現れたのは見慣れた磐土の姿。
〖あービックリした……
あんないつ、ぶち強いのう……〗
「イ……
磐土……
身体、大丈夫なの?」
〖ん?
頭、大丈夫と言うなあ、いなげな話かも知れんが、ワシは平気やけぇ。
そもそもワシら精霊には命なんて無いんじゃけぇ。
さっきみたいに斬られたとしても、もっぺん呼び出してくれりゃあ元通りじゃ〗
〖な?
楼主はん、わっちの言うた通りでありんしょ?
わっち等が死ぬんは楼主はんが死にはる時だけでありんす。
まあ“死ぬ”言う言葉が当てはまるかどうかはわかりんせんですけんどなぁ〗
なるほど。
精霊は僕がスキルで産み出したもの。
だからいくらやられても死んだりはしないって事か。
良かった。
「ホッ……
安心したよ磐土……」
〖んで、頭。
こがな所でチンタラしとってええんですかいのう?
さっきの攻撃を見る限りじゃと相手、頭を殺す気じゃろう?〗
「うん。
多分、磐土の言う通りだと思うけど今の所は多分大丈夫だと思う」
現在、僕は点在の範囲外。
ここなら翔如は届かない筈だ。
全方位内確認。
端の方ではあるが、二人の反応は見えている。
どうやら点在より僕の全方位の方が範囲は広い。
これはかなり有益な情報。
それにしても、全方位程では無いにしても、範囲は2~3キロはあるぞ。
射程が3キロもある剣術なんて聞いた事が無い。
怖ろしい。
本当に脅威のスキル。
全方位の方が広範囲で助かった。
どうだろう?
柳生さんは焦ってるんじゃないかな?
何せ僕らの反応が点在内から消えたんだから。
―――
数分前 柳生宗厳側。
「ん……?
ちょ……
ちょっと……
バイラ……
止まって……」
異変に気付いた宗厳。
身体はぐにゃりと歪に捻じ曲がっている。
【ん?
何だよ】
キキッ
バイラ、ストップ。
同じ様に身体は歪にぐんにゃりと捻じ曲がっている。
これが捻曲の効果である。
「む……
向こうに……
う……
動きがあった……
どんどん三輪山から離れて行ってる……」
そう言う宗厳の身体は大きく湾曲。
まるでびっくりミラーで自身の身体を写した様。
【ん?
奴等、逃げたのかよ】
「い……
いや……
逃げたと言うよりかは点在の範囲から……
で……
出ようとしてる感じ……
そ……
それなら……
ここで良い……
ディ……
捻曲解除して……」
【何だ解除して良いのか】
途端に二人の身体は元に戻る。
捻曲解除。
ゆっくりバイラの背から降りる宗厳。
ピトッ
バイラの鱗に手を添える。
大型魔力補充。
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
大きく心臓が高鳴る。
「レ……
保持……」
取り込んだ魔力に三則をかけ、封入。
戦闘準備が完了した直後、ゆっくり腰を降ろす。
何をするかと思えば、その場に正座したのだ。
【もう奴等、何処に居るかわかんねぇじゃねぇのか?
そんな悠長に座ってて良いのか?】
「い……
居合って……
居合わせた時、どう動くべきかと言うのを……
突き詰めた剣術なんだ……
居合わせる……
つ……
つまり……
迎撃用の……
剣術……」
【何だよそりゃ。
何言ってんのかわかるかよボケ】
「ご……
ごめん……
だから……
ぼ……
僕はここで精神を集中させて点在を展開させる……
範囲内に入ったら……
き……
斬って見せるよ……」
【ケッ、そんな事やってて逃げたらどうすんだよ】
「た……
多分……
皇さん……
なら……
逃げないよ……
リ……
リア充が……
非リア充に……
負けるなんて許せないだろうしね……」
宗厳は勘違いしていた。
竜司が自分を非リア充と見下して捕えようとしていると。
実際は自身に課せられた任務を全うする為に宗厳を確保しようとしている。
竜司は自分をリア充等と微塵も思ってはいない。
もちろん宗厳を非リア充と見下すなんて発想も浮かばない。
逆に翔如の脅威に驚嘆しているぐらいだ。
だが、そんな事を宗厳は気付きもしない。
穿った認識。
周りの人間は全て自分を見下している。
そう言う歪んた考えでしか物を見れなくなっていた。
―――
竜司側
さてここからどうしようか。
一先ず長考出来る時間は確保した。
まずは全方位内を確認。
二人は停止している。
しかも柳生さんは降りて……
これは座っている?
点在の範囲外から出たのは気付いている筈だ。
これはどう言う事だろう?
観念したと言う事か?
……いや。
違う。
現在、柳生さんは周りの人間を信じられなくなっている。
だからB.Gに加入したいんだ。
厳密には海外に行きたい。
誰も自分の事を知らない所に移りたい。
となると戦闘放棄するのは考えにくい。
それは警察に捕まる事を意味するからだ。
確か柳生さんの年は15歳。
未成年が犯罪を犯し、捕まったらどう言う処遇を受けるのだろう。
知らない。
知らないけど、柳生さんが望む形では無い。
ならば、諦めていない。
この座っている姿勢にも何か秘密があるのだろうか?
―――
柳生宗厳側。
静かに正座の姿勢を崩さず、声も発さず静かに時を待つ宗厳。
意識は自身の右腕。
そして左側に置いてある名刀三池典太光世の刀身に集中していた。
体内の魔力は紐よりも糸よりも細く。
そして速く。
光の様に速くイメージ。
体内に封入されたバイラの大魔力が宗厳のイメージに呼応するかの様に変化。
網の目の様に体内に張り巡らされた末梢神経から中枢神経に至るまで全てに行き渡る。
これは三則の集中。
宗厳は三則の中でも集中を得意としている。
体内のかなり細かい所まで魔力を集中させる事が出来る。
ミリ単位の魔力量までコントロールする源蔵の集中とはまた違う秀でた部分。
【オイ、宗厳。
いつまでボサッと座ってんだよ】
苛ついたバイラ。
「まだ……
まだ……
だ……
点在に反応は無い……」
ポツリと小声で呟く宗厳。
【ケッ。
いつまで待ってりゃいいんだよ】
この問いに対して宗厳は無言。
それ程精神を集中させていた。
現在の宗厳には周囲の雑音など聞こえない。
ただ点在の中を俯瞰で注視するだけ。
一種のトランス状態。
その様は静かに揺らめきもせず燃える燈火の様。
迎撃の準備は完了している。
―――
竜司側。
依然として点在は展開されたまま。
もしかしてこの座っている姿勢が迎撃の体勢なのだろうか?
座ったままで居合を放つと言うのだろうか?
普通に考えて、座った姿勢よりも立った方が踏み込める分だけ威力は増す筈。
……いや、違う。
僕が対峙しているのは普通の剣術家では無い。
竜河岸の剣術家だ。
しかも優れた魔力技術を持った。
常識で考えたら駄目だ。
剣術家が刀を振るう時、踏み込むのはより深く標的を斬る為だと思う。
けど柳生さんの場合はそれが当てはまらない気がする。
何故なら翔如と言うスキルは斬撃を瞬間移動させるものだから。
範囲内であればそれこそ自在に飛ばす事が出来るのだろう。
踏み込まなくても深く斬る事は可能なんだ。
姿勢を問わない翔如と言うスキル。
となると今、座っている姿勢は一番威力の出る一刀。
その準備を行っていると言う事だろうか?
「ねぇ磐土」
〖頭、なんじゃ?〗
「仮にたくさんの糧をお前に与えたとしたら身体の強度はあがるの?」
〖そりゃあもちろんじゃ。
さっきよりももっと硬く出来ますけぇのう〗
「よし、わかった」
そう言って僕は座ってるガレアの背中に手を合わせる。
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
三度心臓が大きく高鳴る。
大型魔力三回補給。
取り込んだ魔力に保持をかける。
「磐土、さっき受けた一撃は覚えてる?」
〖もちろんじゃ〗
「なら、その一撃を防ぐ為にどれだけ糧が必要かわかる?」
〖もちろん、わかるんじゃ。
ただ具体的にどんだけ要るかはわからんけぇ、大体ですけんのう〗
「わかった。
今、糧を用意したから持って行ってくれ。
さっきの一刀の……
2倍……
いや、3倍。
それぐらいの一撃が来る。
それを想定して身体の強度を作って欲しい。
足りないのなら言ってくれ」
〖わかりやしたぁっ!
頭、いただきやすっ!〗
途端、身体に襲い来る喪失感。
たった今取り込んだ大型魔力3つ。
全て持っていかれた様だ。
念には念を入れての3倍と言ったがやはりさっきの一刀は物凄い一撃だったんだろう。
〖頭ァ、すいやせんっ!
ちぃーと足りやせんっ!
もう少し糧を都合付けてくれんですかいのう?〗
まだ足りないのか?
ガレアの大型魔力3つだぞ?
「わ……
わかった……
ちょっと待ってね」
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ
再び2回の高鳴り。
大型魔力2回補給。
右から保持。
「はい、用意出来たよ」
〖いただきやすっ!〗
軽い喪失感。
2つの内、一つだけ持って行った様だ。
〖頭、出来やしたっ!〗
早い。
糧さえあれば作業はすぐと言う事か。
カンカン
試しに軽く磐土の身体を叩いてみる。
別段変わった様子は無い。
「これ……
何か変わった感じがしないけど……
大丈夫?」
〖あんだけ糧もろたんじゃあ。
信用してつかぁさい〗
「う……
うん……」
まあ本人が大丈夫と言うのならそうなんだろう。
〖そんで頭ァ、ワシの身体を硬ァしてどうするんですかいのう?〗
「あぁ、そうだった。
それじゃあ作戦を話す。
まずガレア」
【ん?
何だ?】
「お前は合図したら僕が指し示した方向に真っすぐ飛んでくれ。
結構スピード出していい。
全力の半分ぐらいで」
【ん?
真っ直ぐ?
木とかあるけどどうすんだ?
お前さっき折るなだの何だの言ってたじゃねぇか】
「僕がやめろっていったのは魔力をぶっ放すのをやめろって言ったんだ。
木を折るなとは言って無い」
【ふうん。
まあ考えて見ればそうか。
それじゃあ邪魔な木は折って良いんだな】
「うん。
とりあえずお前は真っすぐ飛ぶ事だけ考えてくれ。
僕が離脱したら急上昇、旋回して戻って来る。
それでいい」
【ん?
そんなんで良いのか?
お前何考えてやがる】
僕の立てた作戦はこうだ。
まず点在範囲外からまっすぐ柳生さんに向かって突っ込む。
おそらく翔如を放って来るだろう。
それを磐土で受ける。
翔如の弱点は連発出来ない所。
一刀さえ凌げば何とかなる。
そのままガレアの超速に乗って至近距離まで接近したら僕が離脱。
柳生さんに一撃を喰らわす。
三則を使用した上、ガレアの超速に乗っているから威力は相当なものになる筈だ。
当てる所を考えないと柳生さんが死んでしまうかも知れない。
出来れば左側。
刀に当たれば儲けもの。
ガレアの超速で弾き飛ばされたスピードでインパクトポイントを選定する程余裕があるかどうかは解らない。
しかもシチュエーションは森林。
視界もかなり制限される。
でもやらないとこっちが殺されてしまう。
まず僕が勝利する為には柳生さんを視認しないといけない。
「…………って感じで考えたんだけどどうかな?」
〖おおっ!?
ワシが中心の作戦じゃあっ!
やらせて頂きやすっ!
立派に盾役勤めてみせますけんのうっ!〗
磐土はやる気満々。
【俺もいいぞ。
何かおもしろそうだし】
ガレアもOK。
これは電撃戦。
僕の立案した電撃戦だ。
■電撃戦
一般的に機甲部隊の高い機動能力を活用した戦闘教義を差す。
電撃の様に迅速に短時間で決着がついた為、この呼称が付いた。
史実で初めて実践されたのは第二次大戦中のドイツ。
〖楼主はん……
わっちは……
わっちは何をしたらよろしんす……?〗
「心配しないで水虬。
お前の役割もちゃんと考えているよ。
お前は保険だ。
もし僕の一撃が外れてしまった時、僕と相手の頭上から豪雨を振らせて欲しい。
もう視界が奪われる程の豪雨を。
見えなくなっても僕には全方位があるから問題無い。
多分、外れた時は柳生さんの近くに着弾する筈。
そのまま掴んで乱戦に持ち込む」
〖……わかりんした……
ハァ……
保険……
保険かぁ……〗
どうやらサブと言う位置が気に入らない様子。
「ま……
まあまあ。
確かにこの作戦での主では無いけど重要な位置だよ。
考えてもご覧。
ガレアの超スピードで弾き飛ばされるんだよ?
狙い通りの場所に当たるなんてとても考えにくくない?」
〖まあ……
そりゃそうでありんすけど……〗
「ね?
なら水虬の豪雨は必要になるって事じゃ無いか」
〖わかりんした……〗
やはり元気は無いが、とりあえず了承はしてくれた様だ。
「じゃあ3人共準備して」
僕は今一度、全方位内を確認。
やはり動かず座っている柳生さん。
動かないだけに不気味だ。
【竜司、俺はいつでも行けるぞ】
〖ワシも準備出来とりますけんのう〗
〖わっちも問題ありんせん〗
「よし。
多分、点在の範囲内に侵入したらもういつ斬られてもおかしくない。
今の段階で磐土は前に来てくれ」
〖わかりやしたぁっ!〗
磐土を前に。
正確には僕の乗ってる位置とガレアの首の間。
基本的に精霊と言うのは神道巫術で出した魔法陣みたいな二重円の上に居る。
そして僕はガレアの背に乗っている。
従って磐土を防御に回すとなるとこういう形になる。
僕の目の前には巨大な岩で出来た尻。
磐土の尻がある。
精霊だから特に臭いとかは無いんだけど何か気持ち的に嫌。
それにしても大きい。
力士の様な尻が目の前に。
全く前が見えない。
物凄い圧迫感。
いつもゆったり座っている広いガレアの背中が物凄く狭い。
ずり落ちる程では無いが眼前に聳える岩の巨人の背中の大きさよ。
ガレアの背中が広くて助かった。
「イ……
磐土……
ガレアは物凄く速いから振り落とされない様に首を掴んで。
後頭部にあるコブには絶対触れないでね」
〖わかりやした〗
【ん?
じゃけーが掴んでんのか?
後ろのコブには触るなよ】
ガレアの後頭部にあるコブはガレアの逆鱗。
これに触る訳にはいかない。
「もう掴んだ?
本当にガレアは速いから気を付けてね」
何せ視界は岩の尻に塞がれて解らない。
〖はいっ!
もう大丈夫じゃあ〗
よし。
僕は大きい磐土の腰に手を回す。
集中
体内の大型魔力を振り分ける。
落下の際の衝撃に備え、防御に5。
スピードに少しでもついて行く為、両眼に1。
主に動体視力強化。
そして残る4は右拳に。
それぞれ魔力を振り分けた。
「僕も準備出来たよ。
それじゃあ行こうか…………
スゥーーッ……
ガレアァァァァッッ!
こっちだァァァァッッ!
僕の差す方向へ真っすぐ飛べェェェッッ!」
僕は大きく息を吸い込み、大声でガレアに指示。
これは戦いの狼煙。
同時に自身を鼓舞する為の物。
電撃戦開始。
ギャンッッッ!
僕の大声と同時にガレア発進。
瞬時に高スピード到達。
真っ直ぐ。
ただ真っすぐ。
一直線に突き進む。
―――
柳生宗厳側。
ピクッ
微かに身体が動く。
「き……
来た……」
〖おっ?
ようやく来やがったかっ。
早くっ。
早くオトを聞かせてくれよっ〗
「ま……
まだだ……
もう少し……
もう少し近づいてから……」
宗厳が座している位置から竜司の居た位置までおよそ4.5キロ。
現在のガレアの速度なら18秒で到達する。
速度にして900キロ。
素直に全力の半分ぐらい出した結果。
まさに脅威の速度である。
まだ動かない。
動かない宗厳。
理由は動きから竜司の狙いを探る為。
どうやら真っ直ぐこちらに向かって来ている様だ。
「そ……
速度を出せば……
し……
翔如が……
当たらないとでも……
思ったんだろうけど……
そ……
それは……
甘いよ……」
現在、宗厳の体内には網の目に魔力が張り巡らされている。
パワーを上げる為では無い。
全て速さ。
速さを出す為の処置。
神速を超えた超神速の抜刀。
仕組みは違うが天翔龍閃に類似する一刀を竜司に喰らわせる為の準備。
「……5……」
宗厳、秒読み開始。
左手で刀袋を持つ。
「……4……」
ゆっくり。
ゆっくりと右手が動く。
「……3……」
小川の緩やかなせせらぎの様にゆっくり。
自然と動く右手が向かう先は名刀三池典太の柄。
「……2……」
宗厳の心中は静。
静かな夜の湖面の様に静を保っている。
「……1……」
緩やかに動いていた右手が刀の柄に到達。
今、超神速の一刀が放たれる。
「……ゼロ……
翔如っ!」
カッッッッッッ!
チィンッ!
スキル発動したかと思った時にはもう納刀していた。
それは宗厳が斬撃を点在で送った事を意味する。
―――
数秒前 竜司側。
ゴォッッッッ!!
超速で進むガレア。
大気の壁を強引に押し退け突き進む。
耳には激しい風圧の音。
既に点在内。
いつ斬られてもおかしくない。
下を見るともう山林地帯。
柳生さんはもう僕らの接近に気付いている筈だ。
いつだ!?
いつ来る!?
ここでさっきの背筋に奔った悪寒を思い出す。
あれは多分、柳生さんの殺気。
殺気を身体が感じ取って奔った悪寒。
感覚を研ぎ澄ませろ。
神経を外に広げるイメージ。
感じ取れ。
柳生さんの殺気を。
ゴォォッッッ!
僕が静かに柳生さんの殺気を感じ取ろうとしている間もガレアはただ真っすぐ。
真っ直ぐ僕の指し示した方向へ飛び続ける。
依然として周囲には変化は無い。
いつだ?
いつ来る?
ザンッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!
大きな斬撃音。
目の前に在った巨大な岩の身体が斜めに切断。
再び声も発さず、音も立てず二つに分かれた磐土は落下して行った。
突如。
唐突。
突然。
何も感じなかった。
背筋に悪寒が奔る事無く磐土が……
斬られた。
「ガレアァァァァァァァッッッッ!
構わず突き進めェェェェェッッッ!」
来た!
翔如だ!
僕に動揺は無い。
磐土が斬られる事は想定内。
檄を発する様に叫ぶ。
何故、殺気を感じなかったのかは解らない。
そんな事は後回しだ。
現在位置は大分近づいている。
磐土は斬られたが、お陰で僕は無傷だ。
この好機。
逃す手は無い。
―――
柳生宗厳側。
「え……?」
【おい宗厳。
何やってんだ?
何、斬ったんだよ?
全然良いオトじゃねぇじゃねぇか】
バイラの愚痴が飛ぶ。
それもその筈。
宗厳が斬ったのは磐土なのだから。
望んでいた音じゃ無くボヤキを零すバイラを尻目に急激に焦り出した宗厳。
「え……?
な……
何で……?
何で斬れてない……
ぼ……
僕は……
最高の……
一刀を……
放った筈だ……
ど……
どうして……?」
先程の静から打って変わって激しく動揺し出す宗厳。
自身の放った翔如にかなりの自信を持っていた。
手などは抜いていない。
だからこその動揺。
訳が解らず混乱し出す。
これは宗厳の経験不足が原因。
圧倒的に出会った竜河岸の数が少ない。
厳密には見たスキルの数が少ない。
魔力の可能性を甘く見ていた。
魔力は無限の可能性を秘めている万能エネルギー。
有り得ない事が有り得る。
往々にして信じられない。
考えられない事が起こりうる。
それが竜河岸のスキル戦なのだ。
宗厳が見た事あるのは父親である厳勝のスキルのみ。
それは刀身の重さを変化させて威力を増すと言う物。
枷の類似スキルだったのだ。
見た事ある他のスキルはこれのみ。
スキルが超能力めいたものと言うのは知っていた。
竜司が広範囲の人物や竜河岸を探知出来る事も知っていた。
だが神道巫術の存在は知らなかった。
竜司が精霊と言う訳の解らない物を呼び出せるとは露程も考えつかなかった。
「な……
何で……
何で……
何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で……
斬れてないィィィィィィィッッッッ!!」
竜司と接していた時からは考えられない程の大声。
座して精神を集中し、取り込んだ魔力を神経の隅々まで行き渡らせ、心を落ち着かせて放った一刀。
掛け値なしの壮絶な威力。
それはガレアの大型魔力4つも使用して形成した磐土の身体が両断された事からも解るだろう。
この一刀には自信を持っていた。
喰らえば死ぬ。
確実に死ぬ。
その確信を持って放ったのだ。
その一撃を喰らったにも関わらず標的は未だ健在。
思考回路がエラーを起こす。
考えらえない程の大声を出しても無理は無い。
そんな激しい動揺も。
強い戸惑いも。
戦況は気にも留めない。
打ち砕かれた自信。
傷ついた心を癒す時間も。
戦局は待ってくれない。
依然として竜司はガレアの背に乗って猛然と向かって来ているのだ。
―――
竜司側。
ゴォォッッッ!
超速で突き進むガレア。
前に立っていた磐土が居なくなった事で視界が開けた。
だが、物凄い勢いで風景が後ろに吹っ飛んで行っている。
今、僕がどの場所に居るか判別する間もない。
あと半秒で森林に飛び込む。
ちょっと待て。
このガレアのスピードだと柳生さんを視認してから離脱してたんじゃ遅い。
森林に飛び込んだ瞬間に離脱しないと僕も一緒に再び空へ舞い戻る形になる。
幸い全方位で柳生さんの位置は解る。
翔如を放ったにも関わらず動いていない。
何故だろう?
ガサガサガサガサガサッッ!
そうこうしている内に森林へ飛び込んだ。
今だ!
バッ!
「ガレアァァァァァァッッッ!
飛べぇぇぇぇぇっっ!
急上昇だァァァァッッッ!」
起動ッッッ!
ドルンッ!
ドルルンッ!
ドルルルンッ!
ダンッッッッッッ!
僕は素早く立ち上がり、防御に割いていた両脚の魔力を爆発。
ガレアの左肩を思い切り蹴った。
ギュンッッ!
ガレアから離脱した僕は更にスピードを増して真っすぐ飛ぶ。
まるでカタパルトから射出されたかの様。
上手くガレアのスピードに上乗せ出来た様だ。
速度は良し。
方向は……
全方位内を確認。
真っ直ぐ柳生さんとバイラの元に向かっている。
よし。
僕は魔力を集中させた右拳を前に突き出した。
バキィッ!
バキベキボキバキボキィィッ!
右拳を突き出した僕は巨矢と化し、次々と動線上に塞がる枝を折って行く。
もう少し。
もう少しで二人の姿が見える。
見えた。
長い黒髪と暗い灰色の鱗。
接触まで後0.5秒。
起動ッッッ!
ドルンッ!
ドルルンッ!
ドルルルンッ!
右拳に集中させた魔力を爆発。
あれ……?
これって……
もう殴る場所変える事なんて出来ないんじゃあ。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
巨大な炸裂音。
ガレアのスピード+魔力注入を使用した跳躍+三則を使用した強烈な一撃が炸裂した。
―――
柳生宗厳側。
ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!
耳をつんざく炸裂音。
!!!!!!???
声も出ない程、驚く宗厳。
自身の放った一刀を喰らっても向かって来る相手に混乱している所の爆音。
宗厳の性格から考えて声が出よう筈が無い。
辺りはたちまち砂煙が逆巻き、一瞬で視界が不明瞭になる。
すぐさま行った事は点在内の確認。
いくら竜河岸と出会った数が少なかろうと自分のスキルの扱い方は熟知していたのだ。
反応はある。
自分のすぐ傍に人がいる。
これはもちろん竜司である。
竜司の放った一撃は幸か不幸か外れたのだ。
外れるのは予想していた事。
ザァァァァァァァァァァァッッッッッ!
突如、頭上から大量の雨が降って来た。
砂煙に成り代わりお次は豪雨で視界が不明瞭になる。
更に混乱する宗厳。
何だ!?
さっきまで晴れていたじゃ無いか!?
何で急に雨が降って来るんだ!?
この雨は水虬が降らせたもの。
点在で竜司の位置は確認出来るものの立て続けに起きる不可思議な現象に混乱。
宗厳はどう動いて良いか解らなくなっていた。
グイィィッッ!
混乱している所。
左腕を強く掴まれる。
バシャァッ!
そのまま宗厳は強引に倒される。
突然の集中豪雨でぬかるんだ地面にダイブ。
全身泥まみれ。
―――
数秒前 竜司側
くそっ!
やはり当たらなかったかっ!
が、僕に動揺は無い。
想定内だから。
ザーーーーーーッッ!
耳には滝の様に振る激しい豪雨の音。
水虬が降らせたんだ。
よし!
全方位内確認。
柳生さんはすぐ傍。
突然の豪雨に戸惑い、立ち尽くしている様子。
手を伸ばせば届く距離。
ここだ!
ガッ!
僕は素早く右手を伸ばし、柳生さんの左腕を掴んだ。
グィィィッ!
バシャァァッ!
そのまま地面に引き摺り降ろす。
いとも容易く。
軽々と。
豪雨によりぬかるんだ地面に倒れ込む柳生さん。
まだ魔力注入の効果が有効だったんだ。
バシャッ!
そのまま僕は柳生さんの上に跨る。
いわゆるマウントポジション。
これで。
これで決めてやる。
右拳の三則が有効な内に。
ギュウゥゥゥッッ!
硬く。
硬く右拳を握りこむ。
この体格だ。
連打は必要無い。
一発で終わるだろう。
右腕を高く振り上げた。
目標は鳩尾。
柳生さんの鳩尾。
目標を定める為に柳生さんを見降ろした。
この瞬間。
眼が合った。
柳生さんと眼が合ったんだ。
その眼から伝わるのは……
怯え。
酷く怯えていた。
そして眼が激しく泳いでおり混乱しているのが見て取れる。
まるで迷路に迷い、道を見失っている小鼠の様。
今の柳生さんからは戦意、殺気の類は感じられない。
喪失……
いや、委縮してしまっている。
多分、柳生さんは他の竜河岸と戦闘なんてした事が無いんだろう。
経験が無いんだ。
竜河岸が超能力を使えると知っていても感じた事は無いんだ。
だから斬れると思っていた僕が無事だったり突然の豪雨とかの急激な戦況の変化に頭が付いて来ないんだ。
僕は右拳を振り下ろす事に一瞬、躊躇。
その恐怖と混乱で訳が解らなくなっている柳生さんの瞳を見てしまったから。
その右拳を振り降ろせば後はバイラを取り押さえるだけになると言うのに。
けど、止まってしまった。
ゾクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!
ここで背筋に悪寒が超速で立ち昇る。
これは殺気。
危機を知らせる合図。
バッッッ!
僕はすかさず身体を後ろに倒す。
ギャンッッ!
目の前に眩い白色光が物凄いスピードで通り過ぎるのが見えた。
ドッカァァァァァァァァンッッ!
左から右へ通り過ぎた白色光。
それを認識した瞬間、右側から巨大な爆発音。
「うわぁっっ!?」
爆風に吹き飛ばされる僕の身体。
バシャァッ!
水虬の雨で激しくぬかるんだ地面に倒れ込む。
全身泥まみれ。
何だ!?
何が起きた!?
唐突な出来事に戸惑う。
いや、その前に柳生さんだ!
しまった、マウントを解いてしまった。
ザーーーーーーッッ!!
依然として水虬の豪雨は降り続いている。
すぐさま全方位内を確認…………
するが、時は既に遅かった。
柳生さんとバイラが既にこの場から離れて行っている姿が見えた。
ザーーーーーーッッ!
「水虬ッッ!
雨を止めてくれっっ!」
ピタッ
天空から滝の様に降っていた雨がピタリと止まる。
〖楼主はん、彼奴は逃げんしたなあ〗
水虬が話しかけて来る。
逃げられたのは僕が悪い。
僕が拳を振り下ろすのを躊躇ったからだ。
あの脇から唐突に僕を襲った白色光はおそらく魔力光。
バイラが放った。
柳生さんを逃がす為に。
主を護ったんだ。
邪竜とか呼ばれるもんだから人間が危機に瀕しようとも助けたりはしない物だと思っていた。
やはり邪竜と言うのは人間の偏見の眼でついた呼称なのだろうか?
―――
柳生宗厳側。
ザッ!
ザザッ!
ザッ!
地面を激しく蹴る音。
身体を歪に大きく捻じ曲げながら真っ直ぐ。
戦闘域から離れている一人の灰色の竜。
口には共にぐんにゃりと身体を捻じ曲げている陰気な少年を咥えている。
柳生宗厳とバイラである。
【…………とりあえずここら辺で良いか……】
ギャリギャリィィッ!
地面に強く足爪を突き立て急ブレーキ。
ドサッ
無造作に口から宗厳を離すバイラ。
【オイ宗厳。
さっきはヤバかったな】
驚くべき事に宗厳の身を案じている様なバイラ。
やはり邪竜と言う呼称は汚い人間の偏見で付けられたものなのだろうか?
そんなバイラの言葉に無言の宗厳。
ただガタガタ震えているだけ。
【でもこれぐらい離れればいいだろ?
さあ斬れや。
斬って良いオト聞かせてくれや】
前言撤回。
やはり邪竜は邪竜。
この呼称は汚い人間の手で付けられたものかも知れない。
だが、そう区別される要因も竜側にあるのだ。
多分に。
バイラが宗厳を助けた理由はオトが聞けなくなるから。
先の話では無い。
今、現在の話。
ここで宗厳がやられてしまったら戦闘が終わってしまい気持ち良い音が聞けなくなってしまう。
それは嫌だ。
助けた動機はこんな所。
宗厳とバイラの関係は竜司とガレアの関係とは大きく違う。
仮に竜司が危機に陥ると何をおいても先んじてガレアは助けようとする。
それはある種ガレアが竜司を主と認めているだけでは無く、ガレアが竜司に好意を持っていると言う部分が大きい。
かたやバイラと宗厳の関係は親愛や友愛と言うよりかはもっとドライな関係。
利害関係の一致。
一番近い言葉で表現するならビジネスライクな間柄。
バイラが宗厳の傍に居るのはトリップする程気持ちいい音を聞かせてくれるから。
宗厳側からするとバイラは強引に押し付けられた爆弾の様な印象。
扱いをある程度知っている爆弾。
この爆弾は定期的に刀で切る音を聞かせていれば爆発はしない。
宗厳にとって魔力やスキルとはその爆弾から力を貰っていると言った印象。
こんな危ない爆弾を預かる事になったんだ。
それなら利用させて貰おう。
言葉にするとそんな感覚なのだ。
もちろん宗厳は人間的には全く好きじゃない。
合わないタイプ。
もし人間でバイラの様な性格の奴が居たら絶対仲良く出来ない。
要するに嫌いなのだ。
が、バイラが居ないと翔如を初めとする数々の魔力技術は使えない。
嫌い。
だが、傍に居ないと超能力は使えない。
そんなジレンマを持って日々を過ごしている。
従ってお互いがお互いを気遣わない。
全く。
宗厳からしたらバイラは自分が他へ移る為の交渉材料に過ぎない。
竜に対する感覚はB.Gに近い。
この二人の心の距離は遠い。
我が身を危険に晒しても救うと言う考えはお互い持ち合わせていない。
そんな間柄だからこそ相棒が自慢の一刀が通じずショックを受けている事に全く気にも留めず、バイラはさあ斬れと急かすのである。
自分が悦に浸りたいから。
トリップしたいから。
宗厳に早く斬って見せろと急き立てるのである。
そんなバイラの発言に何も答えない宗厳。
ただガタガタ震えているだけ。
竜司にマウントを取られた事で辛い虐めの記憶がフラッシュバックしたのだ。
しかもマウントポジションを取ったのは最高の翔如を放ったにも関わらず無傷で向かって来た竜司。
まだショックから立ち直れない。
【オイコラ宗厳。
何無視してんだよテメー。
ぶっ殺されてぇのか?】
ピクッ
宗厳の身体が反応。
殺すと言う言葉に反応したんだ。
「駄目だ……
だ……
駄目なんだよ……
あ……
あの一刀で……
ま……
全く……
斬れて……
無いんだ……
も……
もう何をしても……
き……
斬れない……
斬れないんだよ……」
たどたどしく話すその様はまるで濡れた捨て犬。
厳密には斬っていない訳では無い。
逆にガレアの大型魔力4つを使って形成された堅固な磐土の身体を両断したのだ。
威力としては壮絶な物。
宗厳は竜司が魔力を使って防いだぐらいにしか発想出来ていない。
合ってはいるが魔力を使って精霊を呼び出し、盾にしたなんて発想の外。
単純な発想しか出来ないから怯える。
震えているのだ。
これは恐怖と言うよりかは畏怖に近い。
未知に対する恐怖。
思考停止。
ただ自分の境遇に絶望し、震える事しか出来なくなっている。
【何だそりゃ?
もう斬れねぇのか?
マジでか?】
ガタガタと震えている主の姿に全く意に介さず、自身の興味ある部分だけ問うてくるバイラ。
震えながらコクンと頷く宗厳。
瞬間。
バイラの眼が変わる。
宗厳を見つめる黄色い眼が変化。
何かが失せた。
そんな印象の眼。
【ハァ…………
オイ、ガジャ。
ガジャ聞こえるか?】
不意にニニの竜を呼び出したバイラ。
これは竜のテレパシー。
別に口に出さなくても念じるだけで可能。
口に出すか出さないかは竜によって様々。
気分によって様々なのだ。
あらぬ方向へ話し出したバイラをただただ唖然と見ているしか出来ない宗厳。
【オー、お前ントコ行く話あっただろ?
あれ、俺だけ行くわ。
あぁ?
アレはもう駄目だ。
ゴミカスになりやがった。
だから俺だけ行くわ。
んじゃヨロシク】
テレパシーが終わった。
宗厳にとって絶望のテレパシーが。
バイラの眼から失せたのは興味。
宗厳への興味。
もう斬れない。
となると自分が好きな音はもう聞けない。
そう判断したバイラは宗厳に早々に見切りをつけたのだ。
―――
竜司側。
おっと。
ぼうっと邪竜の名前について考えている場合では無い。
今は点在の中。
翔如の射程。
今はインターバルかも知れないがいつ終わるのかは解らない。
インターバルが終わるとまた飛んで来る。
翔如が。
行動は機敏に。
迅速に行わないといけない。
「ガレアァァァァッァッッッ!
こっちに来ォォォォいッッッッ!!」
神道巫術。
僕は大声で相棒を呼ぶ。
その声を発しながらスキル発動。
蒼白く灯る両人差し指で鳥居を描く。
「磐土…………
来ぉぉぉぉいッッッ!!」
ブン
ギュオッ!
目の前に二重円が現れたと思ったら飛び出す様に現れた巨大な岩人間。
磐土だ。
えらく出て来るのが早いな。
僕の発動テンションに呼応でもしたのだろうか。
バサァッ!
後ろから激しい風圧。
【おい竜司。
骨とバイラは何処行った?】
風圧の正体はガレア。
側に降りて来たんだ。
〖頭ァァッ!
無事でなによりじゃあっ!〗
僕が無事だったのを喜んでいる様子の磐土。
いや、お前は引っ込んでても見てるだろ。
「二人はこっちの方向に逃げた。
磐土、まだ行ける?」
〖当り前じゃあっ!〗
【何ださっきの当たらなかったのか?
んで追うんだろ?】
「もちろん」
バッ
ガレアの背に飛び乗る。
全方位内確認。
距離はここからおよそ600メートル。
ガレアの翼なら一瞬だ。
「ガレアッッッ!
こっちの方向へ飛べッッッ!」
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
叫びながら僕は尻から大型魔力補給。
保持をかけ、即集中。
割り振りは耳部に1。
前面に9。
先程全身に張り巡らせていた魔力に追加するイメージ。
極端な割り振り。
と言うか何故耳に魔力を割り振ったのか。
それはここが山林地帯と言うのが理由。
辺りは木々が生い茂っている。
そんな中、ガレアが超速で突っ切るとどうなるか?
中田戦の再来。
おそらくガレアは超スピードの中、縦横無尽に木々の枝を避けて飛ぶのだろう。
この連続した急激な方向転換。
何も処置を施してなかった僕は一撃で酔い、降りた瞬間、吐いた。
あの激しい乗り物酔いを防ぐ為に耳部。
厳密には三半規管に魔力を集中させたんだ。
あれはもう懲り懲りだ。
ギャンッッ!
ガレア急発進。
案の定すぐに視界が変化。
地面が頭上に。
いや……
これは僕が逆さまになっているんだ。
ガレアごと。
そんな事を考える間も無く急激に左右へ身体が引っ張られる。
危なかった。
魔力注入を施してなかったら吹き飛ばされていた。
脳も上下左右とブレているのが解る。
だが、三半規管に魔力を集中させているせいか吐き気はもよおさない。
一体ガレアはどうやってこの急激な方向転換をコントロールしてるのだろう。
翼の生えている生物とは思えない動きをしている。
バキッ
飛翔するガレアの巨体が木々の枝に引っかかり、折れ飛ぶ。
大木の枝如きでガレアの勢いは止まらない。
網の目の様に立ち塞がる木々の枝の間を縫う様に駆け抜ける翠色の光。
最低限の枝しか折らず超高速飛行をしている所は流石ガレア。
あと3秒足らずで柳生さん達と接触する。
文字通り一瞬だ。
―――
数分前 柳生宗厳側。
「え……
な……
何……
言ってるの……?
バイラ……」
自分は見捨てられた。
そう結論出来る絶望のテレパシー。
宗厳の両眼は恐怖と混乱の色に加え、酷い絶望の色が加わる。
【あ?
俺だけ行くっつったんだよ。
オトを聞かせねえゴミカスには用はねぇ。
まあそう言うこった。
もうテメーが死のうと生きようと知ったこっちゃねぇよ。
俺はガレアのクソヤローが来る前にガジャんトコ行くわ。
んじゃな】
まかりなりにも主従の契りを交わした間柄とは思えない物言い。
え?
何?
自分だけ行くってどう言う事?
僕は?
僕は?
僕はどうなるんだ?
宗厳の脳裏に過った思考。
バイラの発言を全て理解出来ていない。
自分だけ行く。
この発言の衝撃が大き過ぎてその後の発言は聞こえていない。
混乱。
昏迷。
精神が錯乱。
絶望が重い。
心が重い。
理解が追い付かない中、バイラがこの場を去ろうと動き出す。
ガバッッッッ!
そんなバイラの左脚にしがみ付く宗厳。
【あ?
何だゴミカス。
うっとおしい。
離せよ】
もはやバイラの中では宗厳はゴミカス。
役に立たない物と断じてしまっていた。
「ねぇっ!?
僕もぉっ!
僕も連れてってヨォッ!
ここは嫌だッッ!
ここには人が居ないッッ!
僕をっっ!
僕を人間のいる場所へ連れてってェェッッ!」
これが宗厳の感覚。
周りには自分を迫害する人間しか居なかった宗厳の感覚。
竜司は当然、普段通りに接していたがそんな事とうに忘れている。
何故なら最高の翔如を喰らっても無傷だったのだから。
宗厳の中で竜司はもう化物。
人外の位置に推移していた。
B.Gに組したとして、そこに宗厳の思う人が居るかどうかは解らない。
だが少なくともここには。
自分の周りには人間が居ない。
だから必死で縋る。
どうにか自分も別の場所に連れて行ってくれと必死にしがみ付くのだ。
が……
【うるせぇなゴミカス。
もうテメーには用はねえんだよ。
こう言うのを人間の言葉で何て言ったかな……?
あーそうそう、オハライバコだ】
しがみついている両腕の力が抜ける。
取り付く島。
交渉できる余地が一片も見当たらないからだ。
もうバイラは自分の事を名前で呼ばない。
永遠に。
ブン
バイラが脚を振る。
ドシャァッ……
力の抜けた宗厳は離れ、地面に倒れ込んだ。
心が重たくて立ち上がる事も出来ない。
絶望。
もう駄目だ。
僕はこのまま父親殺害の罪で刑務所送り決定だ。
おそらくそこでも虐めはあるのだろう。
結局、僕の人生はクソだった。
クソみたいな家に生まれ、悪魔や鬼しか周りに居ない環境で掃き溜めの様な暮らし。
良い事なんて一つも無かった。
【とりあえずゴミカスはゴミカスらしく人知れずプチッと死んどけや。
もうオトを出せないオメーに生きてる価値はねえんだからよ】
あぁ、そうか。
僕に生きている価値は無かったんだ。
生きる価値って誰が決めるんだ?
バイラ?
他人?
世界?
全て僕に生きる価値が無いって言ってるのか。
そうか。
そう言う事か。
ならもう……
どうでも良い。
―――
竜司側
ギュンッッ!
ガレアは無数の立ち塞がる枝を超速で避け、柳生さんの元へ飛ぶ。
まだ斬られていない。
翔如は未発動。
早く動いたのが功を奏したのかも。
とにかく柳生さんと争うには姿が見えないと駄目だ。
全方位内を確認。
大分近づいた。
後、少し。
―――
柳生宗厳側。
ユラァッ……
ゆっくり。
ゆっくりと立ち上がる宗厳。
絶望に心が圧し潰され立ち上がる事が出来なかったのに何故?
「…………オト…………
……聞きたい……?」
宗厳はポツリと呟く。
【あ?
ゴミカ…………】
カッッッッ!
チンッッッ!
ザンッッッッッ!
刀が柄を滑る音。
納刀音。
斬撃音。
この三つの音がほぼ同時に響く。
【へ……?】
ブシュゥゥゥゥゥッッ!
ドサァッ!
三つの音が同時に響くと同時に何かが地に落ちた。
それは…………
バイラの左腕。
宗厳が斬り落としたのだ。
切断面から真っ赤な血が噴き出る。
【GYAAAAAAAッッッッ!
テェェッ!
テメェェェェェッッッ!】
獣じみた唸り声を上げ、宗厳を睨み付けるバイラ。
「何……
睨んでるの……?
お前が……
聞きたかったオトだろ……?」
誰が見ても明らかな怒りの眼。
だが、宗厳は怯える事も、たじろぐ事も無くただ自然体で立っているまま。
今まで見て来た宗厳であれば、恐怖に震え、すぐ様ごめんと謝罪の弁を述べていた。
だが、今の宗厳は違う。
パァァァ……
バイラの左半身が大きな白色光に包まれる。
体内の魔力を使って治癒しているのだ。
そんなバイラを全く気にも留めていない宗厳。
それどころか……
カッッッッ!
チンッッッ!
ズバッッッッッ!
【GYAAAAAAAッッッッ!!
宗厳ィィィィィッッッ!
テメェェェェェッッッ!
ぶっ殺されてぇのかァァァァッッ!】
巨大な灰色の爬虫類から響く怒声。
ボトォォォッッ!
宙に舞った何かが地に落ちる。
転がったそれは…………
バイラの右腕。
宗厳は再び刀を抜いたのだ。
何故、自分の事をゴミカスと蔑称する相手の治療を待たないといけないのか?
今の宗厳にバイラへかける慈悲の心など持ち合わせてはいない。
「まだ……
慣れないな……」
辺りに響き渡る肉食獣の咆哮。
が、意にも介さず自身の放った一刀について考えている宗厳。
バイラの腕を刻んだ技は翔如では無い。
刀身に魔力を纏わせ抜刀しただけ。
ハンドスピードは先程の翔如で使用した魔力注入の効果。
それを流用したのだ。
ちなみに物体に魔力を纏わせ、強度、威力、などを上げる術は既に既知の技術。
正式な名は纏と言う。
あまり有名では無いマイナーな魔力技術。
主に使用するのは軍属の竜河岸やマフィア、ギャングに所属する竜河岸といった血生臭い連中。
それ以外では農業を営んでいる竜河岸ぐらいしか使用しない。
宗厳の父親も知らない。
従って教えていない。
宗厳は纏の技術を自身で思いついたのだ。
もちろん纏で付与した魔力は斬撃として放つ事も可能。
だが、狙いが点在では無く目視。
眼が隠れる程、前髪が長い宗厳は狙いが付け辛いのだ。
背後から竜司達を斬ったのも纏で付与した魔力を斬撃に変化させ飛ばした。
だから狙いが大きくズれ、自宅の道場を破壊する事となったのだ。
パァァァッッ
左半身を覆っていた白色光が大きくなり体全体を包み込んだ。
別に両腕以外は傷ついている訳では無い。
バイラがただ雑なだけである。
【テメェェェェェッッッ!
殺すッ!
殺すッ!
殺すゥゥゥッッ!
宗厳ィィィッッ!
テメェェェェェッッッ!
ぶっ殺してやるゥゥゥッ!】
バイラの怒号が宗厳の耳に詰め込まれる。
「殺るなら殺れよ……
僕も……
ただでは死なないよ……」
激しい殺気をふんだんに溢れさせたバイラの激しい怒号に対し、宗厳の言葉は静。
静かに語ったその言葉には冷たく静粛な殺気が漂っていた。
宗厳のやった事はこと竜河岸戦と言う見地では愚行。
愚かな行為と言わざるを得ない。
何故なら自ら補給源を絶った事に等しいのだから。
だが、宗厳の心境からするとこの選択を選んだのも解らなくは無い。
自身の使役している竜に見捨てられ、このまま這いつくばっていても化物が到着し、取り押さえられて刑務所行き。
どうせ僕に味方する人間は一人も居ない。
それならば残存魔力を使い、斬って斬って斬りまくってやる。
最後の最後まで斬り尽くし世界を呪って死んでやる。
これがバイラに刀を振るったおおまかな理由である。
バイラに見捨てられた時の心境は筆舌にし難い。
そもそも周囲には訳も解らず殴って来る悪魔や惰弱だ愚か者だと木刀で打ち据えて来る鬼畜しか居なかった生活。
よもや世界が自分に背を向けている様な感覚。
そんな中、半ば強引に押し付けられたバイラだけが自分を認めてくれていた。
そんな気がしていた。
バイラはただ斬撃音が好きなだけでそれを聞かせてくれるから柳生家。
ひいては宗厳の傍に居ただけであって、それを宗厳個人を認めていると言う表現が当てはまるかは難しいかも知れない。
しかし、宗厳は嬉しかった。
乱暴者で口も悪く気性も荒いバイラ。
親愛や友愛など無い事は知っている。
だけど、自分を求めてくれるバイラの存在が嬉しかったのだ。
ビジネスライクな関係なのは解っている。
利害関係の一致でしかない間柄なのも熟知している。
が、動機や倫理はどうであれ自分のやる事に賛辞を送ってくれるバイラがかなり宗厳の中で重要な位置を占めていた。
言わば世界と自分を繋ぐただ一つの存在。
その存在から……
見捨てられたのだ。
現在の宗厳の心境は自暴自棄。
ヤケクソ。
死なば諸共。
魔力補給が出来ようと出来まいと関係無い。
目に映る物を全て斬る。
まさにすろうに剣介で言う所の人斬り抜刀斎。
史実で言う所の人斬り以蔵。
それらに近い心境まで陥ってしまっていた。
―――
竜司側
光が見える。
あそこだ。
あの光には見覚えがある。
魔力を回復に使った時の光だ。
「ガレアァァァァッッ!
あの光だァァァッッ!
光を目指せェェェェッッ!」
ギャンッッ!
速く。
鋭く。
無数の枝を避けながらガレアが飛ぶ。
到着まであと1秒。
着いた!
ギャギャギャギャァァァッッ!
そのまま地面に叩き付ける様に着陸したガレア。
尖った足爪を強く地面に食い込ませ急ブレーキ。
一瞬見えたのは白色光の塊とその横に立っていた柳生さん。
何だ!?
一体何があった!?
バッッ!
僕は素早くガレアの背から飛び降りる。
〖どっっっせぇぇぇぇいッッ!〗
ガイィィィィィィィンッッ!
荒い大声。
僕の背後に磐土が立ち塞がる。
何らかの衝撃音が聞こえた。
〖フー……
さっき程の威力は無いようじゃのう……〗
磐土は無事。
大きな磐土の身体の向こうに腰を軽く捻りながら右手を腰の左側に添えている柳生さんが見える。
明らかに抜刀直後。
今の一撃は柳生さんが放ったもの。
おそらく翔如では無い。
道場の壁を破壊したものと同等だろう。
今現在、点在を展開しているのだろうか?
森の木々が邪魔で良く解らない。
それにしてもどういう状況だ?
バイラは……
多分あの白色光だと思うが、何故傷ついているんだ?
訳が解らない。
ガィィィィィィィィィンッッ!
ガィィィィィィィィィンッッ!
チンッッッ!
考える間も無く、第2刀、3刀と放たれる。
が、磐土の身体に遮られ僕には届いていない。
「磐ッッッ……
土……
大丈夫?」
僕が磐土の身を案じ、大声を出しそうになる。
が、すんでの所で止めた。
多分、柳生さんには磐土の姿は見えていない。
となると僕が一人で叫んでいる様に見えると言う事。
スキルの謎を解明するコツは違和感。
対峙している時に感じる違和感がカギになるケースが多い。
だから違和感を出来るだけ見せない様に小声で話したんだ。
〖おうっ!
頭ァァッ!
さっきの一撃に比べたらションベンじゃけぇ〗
そう言う磐土の身体には深い切創が付いている。
本当に大丈夫か?
「ガレア……
ちょっとこっち来て……」
とりあえず直線上に磐土が居れば僕が傷つく事は無いだろうが念には念だ。
【ん?
何だ竜司。
んでバイラは何処行った?】
ピトッ
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
大型魔力2回補充。
「……磐土……
念の為、糧を用意したから持って行って……」
〖おぉっ!
頭ぁっ!
すまんですけぇっ!
いただきやすっ!〗
体内で感じる喪失感。
ガィィィィィィィィィンッッ!
チンッッッ!
「うわっ!?」
喪失感と同時に響く衝撃音。
再び斬撃を放ったんだ。
さっきの一刀からおよそ30秒強。
魔力斬撃をただ飛ばすだけならこれぐらいのインターバルで放てるのか。
もしかして間一髪だったのでは?
「ホントに……
斬れてないんだね…………
いや……
違う……
斬撃は……
届いてない……
身体に……
届く前に……
弾かれている……
そんな感じだね……
……皇さん……
貴方の……
使えるスキルは……
全方位だけじゃ無いんですね……」
「え……
えぇ……
まあ……」
「やはり……
貴方も……
僕を……
見下してたんですね……」
ギンッッ!
ゾクッッ!
背筋に悪寒が奔る。
殺気を感じたんだ。
出所はすぐに解った。
殺気の出所。
それは柳生さんの眼。
長い前髪の奥から殺気を含ませた眼光を僕に向けたんだ。
それにしてもこの人は何を言っているんだ?
僕が柳生さんを見下した?
いつ?
神道巫術の事を話さなかったのは単純に話題に出なかっただけで、あくまでも僕のメインスキルは全方位なだけであって。
こんな事にならなければ普通に話せる話題だ。
「そ……
そりゃそうですよね……
こんなガリガリで陰気な不登校……
かたや皇さん……
貴方は……
スキルを複数使いこなし……
アイドルの恋人がいて……
親友もいる……
僕からしたら……
羨望の的ですよ……
遥か上で輝く星……
僕は地べたに転がるゴミカス……
バイラも見捨てる訳ですよね……」
強烈に卑屈な言葉を並べる柳生さん。
一体何を言っているんだこの人は?
バイラに見捨てられた?
「ちょ……
ちょっと待って下さい柳生さん!
一体何を言っているんですか!?」
「あぁ……
リア充に非リア充の言葉は……
解りませんか……
生きていて地を歩くクソ虫の足音が聞こえないのと……
同じですね……」
訳が解らない。
質問に対する返答では全く無い。
バイラと一緒に逃げてほんの少ししか経っていない。
その短い間に何があったんだ?
バッッ!
状況を精査する間も無く、場が動き出す。
柳生さんが逃げたのだ。
###
###
「はい、今日はここまで。
どうだった?」
「ねえパパ?
最後に柳生さんが言ってたリア充とか非リア充ってなあに?」
「リア充って言うのはねリアルが充実の略語なんだ。
非リア充はその逆って事だね。
今の子は使わないのかな?」
「聞いた事無ーい」
今から30年ぐらい前の話だししょうがないか。
でも僕は自分をリア充だなんて感じた事は一度も無い。
スキルを複数扱えたってお爺ちゃんや兄さん。
父さんには全く歯が立たないし、暮葉が恋人って言っても竜の化身だからそれなりにいろいろ苦労したし、元が親友になった事も成り行きだ。
思うんだけどリア充って言葉は現状に満足して無い人が他の人を羨ましく思って産み出された言葉なんじゃないだろうか?
結局の所みんなそれぞれ苦労を抱えている物なんだ。
結局リア充だ非リア充だと他人を皮肉ったり自分を卑下するのはとどのつまり隣の芝生は青い。
ただそれだけの様な気がする。
「まあ今話してるのは30年も前の話だから龍が知らないのも無理は無いよ」
「ふうん。
ヘンな言葉が流行ってたんだね。
それとパパ。
殺気って殺す気だって事でしょ?
それなのに何で柳生さん、逃げてったの?」
「近接戦闘が不利って言うのは知ってるからね。
逃げたと言うよりかは誘ったって言うのが正しいかな?
僕は追わない訳にはいかないから」
「へーっっ!
次からどうなるのっ!?」
「フフフ……
それは明日のお楽しみ……
さぁ今日も遅い……
おやすみなさい」