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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 最終幕 ベーゼゲワルト編①
191/284

第百九十話 竜司、護衛対象と逢う。

 2048年2月 某県某屋敷寝室


 ガチャ


「やあこんばんは(たつ)


「あ、パパうす」


「ええと。

 今日は氷織ちゃんがやってきた所までだったね」


「ねえパパ?

 昨日も言ってたけどロリコンって何なのさ?」


 あ、しまった。

 氷織ちゃんが出たと言う事は教育上宜しくないワードが出て来る。


「えっと……

 その……」


「ねえねえ。

 ロリコンって何?

 氷織が言ってるから悪口の何かってのは解るんだけど」


「さぁっ!

 今日はついに護衛対象と逢う話だよっ!

 僕が言うのもアレだけど本当に暗い人だったからっっ!

 話して行くよっっ!」


 僕は若干声を張り上げて、強引に誤魔化し話を始めた。



 ###

 ###



 急に(げん)の後ろに立っていた氷織。

 全く物音がしなかったぞ。


「ん?

 この生意気なじゃりん子は何や?」


「あぁ、その子がさっきの話で出た子だよ。

 生意気なのは済まないね。

 一時期、その子の周りは大人しか居なかったから。

 そのせいか、同年代の友達が居なくてねぇ」


 それを聞いた途端、顔が真っ赤になる氷織。


「なっ!?

 ヒッ……!

 ヒビキッ!

 何を言ってるんですかぁっ!

 私にもきちんと友達ぐらいいますよっ!」


 小さな顔の小さな眉を精一杯谷型に変えて、頬っぺたをぷうと膨らませながら(むく)れ顔をヒビキに向ける氷織。


「そんな事言ったって友達と言えば竜司が紹介してくれたカンナちゃんぐらいじゃないさね?」


「う……

 そ……

 それはクラスメイトが全員子供なのがいけないんですよ……

 それに……

 私は……

 竜河岸ですし……

 あ、違った……

 天才美少女竜河岸でした……」


 まだクラスに友達は出来ず、友達はカンナちゃんだけみたいだ。

 カンナちゃんは友達いっぱい居るのになあ。

 竜河岸がどうとかは関係無いのでは?


 それにしてもこの子の自分を大きく見せたいのは何なんだろう?

 静かで控えめな雰囲気なのに。


「それ竜河岸がどうとか関係無いんじゃないか?

 友達が出来ないのはアンタの接し方に原因があるんじゃないのかい?」


 ヒビキも気付いていたらしく、歯に衣着せぬ辛辣な回答を氷織に突き付ける。


 それを聞いた氷織は更に顔を真っ赤にする。

 熟れたトマトの様に。


 多分図星だったのだろう。

 色々と。


 口を真一文字に閉ざし、プルプルと震えだした。


「もうっ!

 ヒビキはうるさいっっ!」


 ダダッッ!


 バタンッッ!


 氷織は逃げる様に駆け出し、勢いよく自室のドアを閉めてしまった。


「のうヒビキさん……

 ありゃちょお言い過ぎちゃいまっか……?」


「そうかいっ?

 ウチではいつもこんな感じだよ?」


「ワイは別にあれぐらいの年やったら別に友達おらんでもええと思うけどなあ。

 人との出会いなんて縁のもんやし。

 んでオトンもオカンも一気に亡くしたってなったら塞ぎ込んでもしゃあないやろ?

 ワイかてオトン亡くしてからケンカばっかりになったからなあ」


「そういうもんなのかい?

 でもあれぐらいの人間の子供なら普通に友達と遊んでるのが普通じゃ無いのか?」


「そら()()()()やったらって話ですわ。

 ワイらは竜河岸。

 隣に竜、(はべ)らして暮らしとんですぜ?

 んで奈良って竜河岸が全然おらん土地でっしゃろ?

 それやったら周りはほとんど一般人。

 自分と同じ境遇の子を見つけんのも大変やろ?」


「でも氷織の使役している竜はアタシじゃないか?

 煙たがれる理由は無いんじゃ?」


「多分学校から誰が竜河岸かって連絡は各家庭にいっとんのやろな。

 だから余計に不気味がられて人が寄り付かんって事ちゃうか?

 人間って訳わからん事に一番怯える動物やからな」


「ならアタシが竜の姿に戻って氷織の傍に居りゃあいいってのかい?

 そんな事したら生活が立ち行かなくなるさね」


「そないな事は言うとりません。

 ただあの子の気持ちも解ったれって言うとるんですわ」


 僕をそっちのけで会話を続ける(げん)とヒビキ。

 そう言えば(げん)の母親ってどうしたんだろ?


「ねぇ(げん)

 そう言えばお母さんってどうしたの?」


「ん?

 ワイのオカンか?

 小さい頃に男作って出てったわ」


 (げん)、あっけらかん。


「そ……

 そう……」


 そんな(げん)を前に何も言えない僕。


「あぁあぁ。

 そない気にせんでええ。

 オカンは一般人やったしな。

 んで二世帯で暮らしとったからな。

 バアちゃんの厳しさとベノムが傍に居る不思議な空間に耐えれん様になったんとちゃうか?

 後で父ちゃんに聞いたんやけど最後もう限界言うて飛び出して行ったらしいで。

 あくる日、離婚届が郵送されて来たんやって」


 ペラペラと饒舌に自身の家庭話を喋る(げん)

 やはり竜が傍に居る生活を受け入れれる人とそうじゃない人といるんだなあ。


「げ……

 (げん)……

 寂しくなかったの?」


「ワイには父ちゃんとバアちゃんがおったからな。

 さすがに父ちゃんが亡くなった時はキツかったけどな…………」


 少し顔に陰を落とす(げん)


「へえ……

 鮫島さん……

 アンタも結構キツい人生送ってんだね」


「いやいや。

 ワイなんてこいつ(竜司)あの子(氷織)に比べたら大した事ありませんて。

 あと、ワイの事は(げん)で良いですよ。

 鮫島さんなんて聞き慣れてへんわ」


「そうかい?

 ならアタシの事もヒビキで良いよ」


「そうでっか?

 ならそう呼ばせてもらいますわ。

 ヒビキさんって何か大木こだまひびきみたいでオモロかったんやけどなあ」


 また(げん)が訳の解らない事を言っている。


 確か大木こだまひびきって漫才師だったっけ。

 ベテランの。

 ネタは見た事無いけど。


「ハッハ。

 何だいそりゃ」


「まあここは一つワイが友達を作るやり方ってのを見せたろかな?」


 ガチャ


 氷織が部屋から出て来てキッチンに向かう。

 そのまま冷蔵庫へ向かった。

 飲み物を取ろうとしているんだろう。


「ちょおっ!

 そこの子っ!」


 突然大声を上げる(げん)

 その声にビクッとなる氷織。


「なっ……

 何ですかっ……

 わっ……

 私ですか……?」


「自分以外に誰がおんねん。

 飲みモン持ってちょおこっち来ぃっ!」


 ニコニコ笑顔で手招きをする(げん)


 恐る恐る近寄って来る氷織。

 ちょこんと(げん)の前に座った。


「ワイの名前は鮫島元(さめじまげん)っ!

 宜しゅうなっ!」


「なっ……

 何ですか……?

 自己紹介ですか……?

 私は嘉島氷織(かしまひおり)です……」


 氷織は身体の動きか見分けがつかない程の軽い会釈をする。


「氷織ちゃんかっ!

 ええ名前やのう。

 んじゃあお近づきの印に……」


 ゴソゴソ


 スカジャンのポケットから取り出したのは一つのレモン。


「レモンじゃないですか。

 それが一体何だと……」


「さぁこの取り出したるレモンッ!

 私が念を送ってこのレモンを宙に浮かせてご覧いれましょうっ!

 ヌェイッ!」


 両手で持たれたレモン。

 パッと(げん)が指を離すと浮いている…………


「あぁっ!?」


 様に見えるんだろうな。

 氷織ちゃんの方から見たら。


 大きな瞳をまん丸とさせて驚いている氷織。


「ヘヘヘ……

 更に動かしてもご覧いれましょう」


「ホントだっっ!

 手が触れてないのに動いてますっ!

 ねぇヒビキッ!?」


「フフフそうかい?

 良かったねぇ氷織」


 そんな氷織を微笑ましく見つめるヒビキ。

 僕から見たら何で動くかは丸見えなんだけどな。


 何故ならレモンに(げん)の太い親指が突き刺さってるから。

 氷織ちゃんの方向からでは死角になって見えないから浮いている様に見えるんだ。


 これは手品。

 (げん)のヘンな特技。

 しかしこう(つまび)らかに手品のタネを見てしまうとつまらないものだな。


「ヘヘヘ……

 ほぉーれ……

 ほぉーれ……」


 驚いている氷織ちゃんの反応が嬉しいのか見せつける様にレモンを動かす(げん)


「フ……

 フンッ!

 何ですかこんなものっ!

 貴方は竜河岸でしょうっ!?

 ならば魔力を使って不可思議な現象を起こす事も容易い筈ですっっ!」


 ビシッ


 正体見抜いたりと言わんばかりのしたり顔でヘヘンと(げん)を指差す氷織。


「ん?

 あぁ、確かにワイは竜河岸やけど……

 ホレ見てみい。

 ワイの竜は寝とるやろ?

 寝てる竜からは魔力補給出来へんのやで」


 真偽を確かめるかの様にバッとヒビキの方を見る氷織。


「あぁ確かにそうさね。

 寝てる竜からは魔力補給は出来ないよ。

 不思議だねえ氷織。

 何でレモンが浮いているのかねぇ?」


 横から(げん)を見ているヒビキにもタネは見えている。


「そ……

 そうなんですか……?

 グヌヌ……

 何で浮いているのですか……?」


「ハイ!

 以上でしたーっ!」


 パッ


 即座にレモンを片づけた(げん)


「あぁっ!

 もうちょっとっ!

 もうちょっと見せて下さいっ!」


 名残惜しそうに声を上げる氷織。


「ハハッ。

 何や、そないな声も出せるんやないかい」


 そんな氷織を笑顔で見つめる(げん)


「ハッ…………!?

 こっ……

 これは……」


 また真っ赤になる氷織。

 いくら大人ぶっていても子供なんだな。


「な?

 氷織、おもろいやろ?

 ワイがやったんは手品。

 マジックや。

 竜が持ち込んだ魔力みたいな訳わからんモンなんか使こうてへん。

 人間が他の人を楽しませようと色々考えて編み出した技術や。

 良かったらやり方教えたろか?」


「えぇっ……!?

 そ……

 そんなの教わっても……

 見せる相手が………………

 いませんよ……」


「学校でちょっとしたお別れ会やらお楽しみ会やらあるやろ?

 そこで披露したったらええねん。

 離れとったクラスメイトの度肝抜いたれや」


「でも……

 私……

 貴方みたいに上手くやれるかどうか…………

 自信がありません……」


 (げん)の前では物凄く大人しく、素直に自分の心情を話している氷織。

 僕と接する時とは大違いだ。


「ええねんええねん。

 世界にいっぱいおる手品師も最初から完璧に出来た訳や無いねんから。

 練習して上手なったらええんや。

 練習やったらヒビキもおるし、あとカンナ……

 やったっけ?

 友達もおるし、もちろんワイも付き合うがな。

 手品出来る様になったら友達増えるかも知れんで」


「そ…………

 そうかな……?

 私にも出来るかな……?」


 クシャ


 ほんの少し前に踏み出した氷織の頭を大きな手で優しく撫でる(げん)


「あったりまえやろ?」


 自分の頭に手を置いている笑顔の(げん)を見つめる氷織の頬は赤い。


「じゃあ…………

 よろしくお願いします…………………………

 鮫島さん」


「よし、ならワイと友達になろうや。

 ヒビキ?

 氷織はケータイ持っとるんかいのう?」


「あぁ持ってるよ」


「よし、なら氷織。

 ケータイ持って来ぃ。

 番号交換しようや」


「はい!」


 元気に返事をした氷織はトテテと自室へ携帯を取りに行った。

 なるほど、これが(げん)の言っていた友達を増やす方法。


 それにしてもチョロい。

 何てチョロいんだ氷織ちゃん。


 いや、(げん)の手品や話術が凄いって言う事か。


「いやぁーっ。

 (げん)、見事なもんだねっ。

 あの偏屈な氷織が一発で素直になっちまったよっ!」


「ワイから見たら氷織なんて可愛いモンやで?

 福祉施設に行ったらもっと気難しいじゃりん子が仰山(ぎょうさん)おるからな」


「確かアンタのやってたのって手品って言うんだろ?

 人間ってのは不思議なもんだ。

 横から見てたらどうやってるか丸解りなのにねえ」


「そらしゃあないわ。

 ワイらは竜みたいに完全な生き物や無いからな。

 魔力なんて扱えへんし両眼で見たモンでしか判断出来んからな」


「つくづく不完全な生き物だねぇ」


「まぁのう。

 んでもだからこそ手品みたいなおもろい技術が発展したんや」


「お待たせしました」


 氷織が大事そうに両手で携帯を持って帰って来た。


「おっ?

 ホイホイ、ならこれで…………

 はい、番号交換OKや。

 いつでも電話して来ぃや。

 ワイにはこの寝とるズボラ(怠け者)竜がおるからな。

 すぐに亜空間で来るわ。

 んでワイの事は(げん)でええで。

 鮫島さんってあんまし聞き慣れてないねや」


「フフ…………

 これで三人目…………

 じゃあ……

 (げん)さんで……」


 携帯のディスプレイを見て嬉しそうな氷織。


 三人目?

 ヒビキとカンナちゃんと(げん)の三人か?


 そう言えば僕は氷織ちゃんの番号を知らない。

 初対面で僕より仲良くなった(げん)

 少し悔しい。


「そう言えば……

 (げん)さんは何で奈良に来たんですか……?」


コイツ(竜司)の仕事の手伝いや」


「このロリコンさんの?

 まさか人様に顔向け出来ない如何(いかが)わしいお仕事じゃないでしょうね……?」


 僕が絡むとすぐコレだ。


「竜司……

 ワレ、氷織に何したんや?

 ちゃうちゃう。

 ある竜河岸を護衛してくれ言うてな頼まれたんや。

 んで奈良行くし、ヒビキに挨拶しとこ言うから立ち寄ったんや」


「挨拶?

 怪しいですね……

 挨拶と言う形式ですが実は私の身体を嘗め回す様に愛でるのが目的じゃ無いんですか……?」


 おい、それはいくら何でも言い過ぎじゃないか?


「エラい当たりキッツいのう。

 まあまあ氷織よ。

 それぐらいにしたれや。

 竜司がここに連れて来んかったらワイと友達になれんかった訳やしな?」


「ま…………

 まあ……

 (げん)さんがそう言うなら……

 これぐらいにしておきましょうか……」


 何か僕が粗相をしでかして怒られてるみたいな感じになっている。

 何だか居た堪れない気分。


 どうしよう?

 僕は(すが)る様な想いで時計を探す。

 あった。


 午後12時25分


 結構時間が経っていた。

 いや、14時まで余裕はあるが、何よりこの場から立ち去りたい気分が湧いていたんだ。


(げん)、そろそろ時間だよ。

 待ち合わせ場所に行こう」


 そそくさと立ち上がる僕。


「ん?

 待ち合わせ14時やろ?

 まだ余裕あるんとちゃうか?」


「大和朝倉駅はガレアも行った事無いから電車で行かないと駄目だろ?

 時間は余裕をもって動いた方が良くない?」


 これは嘘。

 いや、言い訳。

 本音はこの場から立ち去りたいだけだ。


「ん……?

 まあそうやろか?

 ほんだら行こか。

 オイッ!

 ベノムッ!

 起きんかいっ!」


 (げん)が応じてくれた。


「もう行くのかいっ?

 気を付けてなっ!」


「はい、では失礼します」


【ん?

 もう行くのか?】


 ガレアも立ち上がる。


 玄関へ向かおうとすると大きな(げん)のズボンを掴む小さな手。

 氷織ちゃんだ。


「ん……?」


「あの…………

 (げん)さん…………

 また来てくれますか……?」


 立ち去るのが寂しい様だ。

 だけどその寂しさが向けられているのは(げん)のみだろう。


 そんな氷織の頭を再び優しく撫でる(げん)


「当たり前やろ?

 ワイは約束は守る男や。

 まだ手品教えとらへんしのう」


 その言葉を聞いた氷織の顔がパァッと明るくなる。


「はい!」


 何だこの二人の空気。

 何だこの疎外感。


「それじゃあお邪魔しました」


「あぁっ!

 また来なよっ!」


 ヒビキが元気よく見送る。


(げん)……

 さん……

 い……

 いってらっしゃい……」


 そのヒビキの影からピョコッと顔をだして(げん)()()を見送る氷織。

 こうして僕らはマンションを後にした。


「えっと……

 大和朝倉駅への行き方は……」


 僕はスマホで検索。


 あれ?

 乗り換えはあるけど30分ぐらいで着くぞ。


 一時間ぐらい余裕がある。

 どうしよう。


「何や竜司?

 こっから遠いんかい」


「あ……

 いや……

 そうじゃ無くて……

 思ってた以上に近かった……

 30分ぐらいで着いちゃう」


「ほんだら、どっかで昼飯食うてから行くか。

 それやったらちょうどええやろ?」


「わかった。

 ちょっと待ってね…………

 大和朝倉駅周辺には食べる所無いみたい……

 食べるんなら天理駅周辺だね」


「マジでか?

 どんだけ田舎やねん。

 大和朝倉駅」


 そんな事を言いながら僕らは駅に向かう。

 駅前にあった適当な中華料理屋に入り、適当に注文。

 適当に腹を満たした。


 午後1時20分。


 ある程度、時間も過ぎた。


「そろそろ行こうか(げん)


「おう」



 JR桜井線 高田行きホーム



 僕らは電車を待つ。


【おっ?

 竜司竜司。

 ここって電サに乗るとこじゃねぇのか?】


 ガレアが話しかけて来た。

 若干嬉しそう。


 相変わらず間違えてる。

 電サじゃ無くて電車だ。


「そうだよ。

 ガレア、良く知ってるね」


【へへん。

 俺だってお前に付いて結構経つんだからよ。

 人間共が作った物も覚えてくらぁな】


 何やら自慢げなガレア。


 僕は敢えて間違いを指摘しなかった。

 嬉しそうな気持ちに水を差すのも無粋だと思ったからだ。


 やがて電車が来る。

 乗り込む僕ら。

 15分程、電車に揺られる。



 JR桜井線 桜井駅



「ここで乗り換えるんだって。

 みんな降りよう」


 僕らは電車から降り、続いて近鉄大阪線のホームを目指す。



 近鉄大阪線 大和朝倉行きホーム



【なあなあ。

 何でまた電サ待ってんだ?】


「乗り換えないと目的地へ行けないからだよ」


【さっきの電サじゃ何で行けねぇんだよ】


 確か前に乗り換えについて説明した気が。


「前にも言っただろ?

 電車って言うのは敷いたレールの上しか走れないんだ。

 だから目的地まで続いているレールの上を走る電車に乗り換えないと行けないんだよ」


【ふうん。

 人間って飛んだり亜空間出したり出来ねぇからな。

 やっぱり不完全な生物だな。

 ケタケタケタ】


 人間を嘲笑した笑い。

 言っとくけどお前の好きなばかうけは不完全な人間が作った物だからな。


 そうこうしている内に電車が来た。

 僕らは乗り込む。

 話をする暇も無く、即到着。



 近鉄大阪線 大和朝倉駅



 目的地に着いた。

 僕はスマホで時間を確認。


 午後13時55分。


 約束の時間5分前。

 僕は電車を降り、改札を出た。


 広がる景色は視界の端から端まで並ぶ大きな木々。

 そして広い空。


 キョロ


 まず右を向く。

 見えるのはやはり木。

 沢山の木。


 キョロ


 続いて左。

 見えるのは道路のみ。

 木が無い分、より一層空が広い。


 駅前にありがちな店はただの1軒も無い。


 寂れた駅。

 そんな言葉が似合いそう。


 もちろん人1人として見当たらない。

 何でこんな所を待ち合わせにしたんだろう?


「えっらい寂しいトコやのう」


 (げん)が忌憚の無い所感を述べる。


「そろそろ時間だけど…………

 誰も居ないよね?」


「歩いてたら気付く筈やからのう。

 こんだけ見晴らしが良かったら」



「……………………あの…………」



 突然後ろから声。


「うわぁっ!!」


 驚き大声を上げる僕。

 素早く振り向くと男性と竜が立っていた。


 その男性は身を(よじ)り、腕を額に上げて目を瞑っている。


「お…………

 お…………

 驚かせてすいません…………

 貴方達が…………

 僕を護衛してくれるって方ですか…………?」


 声が小さい。

 たどたどしくオドオドと尋ねて来る。


「あ…………

 はい。

 僕は皇竜司(すめらぎりゅうじ)

 こっちは鮫島元(さめじまげん)です。

 …………あの…………?

 お父さんが迎えに来るって伺ってたんですけど…………?」


 ()()って事はこの人が柳生宗厳(やぎゅうむねとし)さん。

 護衛対象って事だ。


 柳生(やぎゅう)さんは紺のパーカーにグレーのチノパン。

 下はスニーカーと言うスタイルで立っている。


 写真の通り髪の毛は長くボサつき、前髪の長さは目が隠れる程だ。

 その前髪の隙間から僕らを覗き見るかの様にオドついた眼を光らせている。


 そして一際目立つのが右肩にかけられた細長い袋。

 見事な刺繍が施されており、当人の雰囲気とは真逆の艶やかさがある。


 もしかして刀袋かな?


「…………父は……

 やっ……

 柳生会(やぎゅうかい)の……

 かっ……

 会合に出掛けています……

 しばらく帰って来ません…………」


 会合?

 自分の息子が狙われている時に悠長なものだな。


 もしかして親子の仲が悪いのかな?


 そこを追及して護衛対象の気を悪くさせてもしょうがないと思い、その時は湧いた疑問を呑み込んだ。


「わ……

 わかりました。

 では今日から1週間、貴方を護衛します。

 宜しくお願いします」


【クァ…………

 あ~あ……

 つまんねぇ……

 ん?

 ガレアじゃねぇか。

 オメーもこっち(地球)に来てたのかよ】


 柳生(やぎゅう)さんの後ろに立っていた竜が退屈そうな欠伸をして、ガレアに話しかけて来た。


 鱗は暗い灰色。

 消炭色とでも言うのだろうか?


 翼は無いから陸竜。


 眼は人間で言う白い部分は黄色く、瞳は黒くて亀裂の様な形をしている。

 キタキツネの様。


 角は二本短めのが生えているがモーニングスターの様に四方へ棘が突き出している。

 こんな事を想うのはアレかも知れないけど危なそうな角。


【ゲッ……

 バイラかよ……

 何でオメーもこっちに居るんだよ】


【うっせえなあ。

 テメーなんかに言われたくねえよ。

 ちょうどいい、退屈凌ぎだ。

 何だったらここで一発闘ってやろうかぁっ!?】


 ブオッッ!!


 そのバイラと言う竜から風圧が突然噴き出た。


【何だとぉっ!!?

 てめぇっ!!

 闘んのかぁっ!!?】


 バンッッッ!


 更にガレアから鉄砲の様な突風が僕の横っ面に叩き付けられた。


 何だ?

 何で急に臨戦態勢になっているんだこの竜達は!?


「………………バイラ………………

 止めなよ…………

 夜だって…………

 言ってるだろ…………」


「ちょっ!?

 ガレアッッ!

 ストップッッ!

 ストーップッ!」


 吹き荒れていた猛風はピタリと止んだ。


「す…………

 す…………

 すいません…………

 ウチのバイラは少し激しい性格の奴で…………」


「あ、いえ……

 こちらの竜も失礼しました」


「じゃあ……

 と……

 とりあえず僕の…………

 い……

 家に案内します…………

 こちらです…………

 どうぞ」


 そう言って歩き出す柳生(やぎゅう)さんとバイラ。

 僕らは後に続く。


「ねぇガレア?

 あのバイラって竜、知ってるの?」


【ん?

 あぁ竜界でちょいとな。

 アイツ、ケンカっ早いからうっとおしんだよなあ】


「前に言ってたアステバンの敵みたいな竜って事?」


【そうだな。

 そんな感じだ】


「前に会ったアンポンタン三兄弟とどっちが強いの?」


【んなモン、バイラだよ。

 あんな奴ら10倍居てもまとめて叩きのめされちまわぁ】


 例えアンポンタン三兄弟と言えども竜だ。

 10倍と言うのは盛っているだろうけどそれでも相当な強さなのだろう。


「……そ……

 そう……

 それでバイラとケンカした時はどうだったの?

 敗けた時とかあった?」


【んなモンあるかよ。

 竜司、俺をナメてんのか?

 全勝だよ】


 やはりウチのガレアは凄い。


「なあ……

 竜司……

 アイツら、ちょおおかしないか……?」


 (げん)が珍しく小声で話しかけて来た。


「おかしいって何が?」


「何やろ……?

 まずあの竜やな。

 よう捕まらんと今まで暮らして来たなって思う程ケンカっ早い奴やないか……

 あんなんホンマに護らなアカンのか?

 んでそれを使役しとるアイツや……

 多分ワイらの後ろに立ってたのは何らかのスキルやろ?

 んでもタネがわからん……

 解らんだけに不気味っちゅうか……」


「う~ん……

 確かに(げん)の言ってる事も解らない事も無いけど、さっき(いさか)い事を止めてくれたじゃ無いか。

 竜はまだしもあの柳生(やぎゅう)さんは良い人じゃないかな?」


「ん……

 まあお前がそう言うんなら黙っとくわ」


 線路を跨いで更に歩く。

 川を渡り、高速道路を潜り、どんどん進んで行く。


 遠目には山の様な物が見える。

 そこに向かって歩いている様だ。


 それにしても相変わらずの空の広さ。

 大阪はあんなにゴミゴミしているのにここは田舎だなあ。


 けど田畑ばかりと言う訳では無く、割と民家は建っている様だ。

 何か密集して建っているポイントが点在していると言う印象。


 歩く事15分。

 景色は変わり、住宅間の狭い道の先に山と赤いのぼりが見えて来た。


 あののぼりは何だろう?

 近くまで歩いて行くと鳥居が見えた。


 これが大神神社(おおみわじんじゃ)かな?


「こ……

 こっちです…………」


 そのまま右へ曲がり、直進。

 やがて見えて来るのは道場。


 そんなに大きくないが新しめの立派な道場。

 上に看板が掲げられている。


 新陰流兵法道場 柳生館


 丈夫そうな木の板に達筆でそう書かれていた。


「つ…………

 着きました……

 ど……

 どうぞ……」


「へえ……

 結構立派な道場やん」


「お……

 母屋は……

 裏手です……

 こ……

 こちらへどうぞ……」


 僕らは道場を回りこみ、裏手へ。

 結構敷地は広い。


「立派な道場ですね」


「か……

 形だけですよ…………

 父は……

 自分のやり方が……

 正しいと疑わない人間……

 ですから…………

 ぎゃ……

 虐待に等しい稽古ばかり…………

 課すから……

 い……

 今では門下生は……

 ひ……

 一人も居ません……」


 やはり。

 親子間の仲は悪そうだ。


 門下生が一人も居ないのにこの新しい道場は何なんだろう?

 何処から予算を捻出してるんだろう?


 疑問は湧くが何となく聞いちゃいけない気がしたので再び呑み込んだ。


「そ……

 そうですか……」


「す……

 すいません……

 ヘンな話をしてしまって……」


「いえ……

 お気になさらず……

 こちらも失礼しました……」


 何だか場の空気が重く沈む。


【クア……

 あ~あ……

 つまんねぇ……

 おいガレア、退屈だろ?

 俺と遊ぼうぜ】


 バイラがそのキツネの様な目を弧の形に歪ませニヤァと笑みを浮かべる。


【お前、本当に懲りねぇヤロウだな。

 俺には何度闘っても勝てねぇよ】


【なら試して見りゃあいい……

 なぁっ!?

 闘ろうぜ!?

 闘ろうぜ!?

 俺と遊ぼうぜ!?

 オイ!

 宗厳(むねとし)

 俺は別に要らねぇよな!?

 亜空間内で暴れる分には良いだろ!?】


「…………別に構わないけど…………」


 了承した護衛対象。

 まあ暴れるのは亜空間内って言ってるし、周りに被害が出ないから構わない…………


 のか?


【しょうがねぇ奴だな。

 相手してやるよ】


 ガレアも了承しちゃった。


「ちょっ……!

 ちょっと待ってガレア!」


 堪らず呼び止める僕。


【ん?

 何だよ竜司】


「暴れるって言ってるけど……

 本当に大丈夫なの?」


【あ?

 竜司。

 俺を誰だと思ってやがる。

 俺があの雑魚に負けるとでも思ってんのか?】


「いや、お前の心配じゃないよ。

 周りの被害だよ」


 僕はガレアの心配はしてなかった。

 ガレアは嘘を付く様な奴じゃない。

 そのガレアが全勝と言ってるのなら全勝なんだろう。


【ん?

 お前、(ひと)の話聞いてんのか?

 亜空間内で闘るっつってんだろが。

 あの雑魚がよ】


 ケンカを売られているせいか若干荒ぶっているガレア。

 お前に人の話を聞いてるのかなんて言われたくない。

 まあそう言うんなら大丈夫なんだろう。


「わかったよ。

 でも僕らはあの竜を護衛する為に来てるんだからほどほどにね。

 あ、ちょっと待って。

 念の為……」


 ピトッ


 ガレアの鱗に手を添える。

 大型魔力補給。


 ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!


 保持(レテンション)


 ガガガガシュガシュガシュガガガシュ


 僕は念の為、魔力補給をしておいた。


【オラァッ!

 聞こえてんぞ!

 テメーラァッ!

 誰が雑魚だァッ!】


【ギャースカ吠えんなよ。

 すぐに相手してやるから。

 んじゃ行って来るわ】


「うん、いってらっしゃい」


 ガレアはバイラが出した亜空間の中に入って行った。

 続いてバイラ本人も中に入る。


 すぐに閉じられる亜空間の口。


 辺りは静寂。

 だけど亜空間の中では壮絶な戦闘が始まってるんだろう。


「す……

 すいません……

 ウチのバイラが……

 ご……

 ご迷惑を……」


「いえ……

 ウチのガレアもご迷惑をおかけしまして……」


 やはり空気が重く沈む。

 そのまま何も話さずに玄関の戸を開ける。


「お……

 おじゃまします……」


「邪魔するでぇ」


 僕と(げん)

 それとベノムは家の中へ。


「と……

 とりあえず……

 リビングへ……

 どうぞ……

 ぼ……

 僕は……

 お茶を入れて来ます……」


「あ、お構いなく……」


 僕らは言われるままにリビングへ。


 そこにはこたつとソファー。

 大きな本棚が一台。


 こたつの左側には壁掛けの巨大液晶TV。

 下のサイドボードにはブルーレイかDVDのデッキが置いてある。


 書籍はほとんど歴史関連の物の様だ。

 掃除は行き届いているらしく部屋は綺麗。


 外へ続く大きなガラスの雨戸からは陽光をたっぷり取り入れ物凄く明るい。

 見た感じ、変哲の無い普通の家庭のリビング。


 だが一点。

 一点だけ変わった場所があった。


 僕もそこを凝視してしまう。


 それはこたつのテーブルの上。

 テーブルの上にはDVDが山の様に積まれていた。


 ジャケットはアニメの絵。

 しかも見た事のあるキャラ。


 これはすろうに剣介だ。

 以前週刊フライで連載されていた侍漫画。

 僕も大好きで良く読んでいた。


「何やこれ?

 アニメのDVDか?」


「うん。

 すろうに剣介って言って物凄く面白いんだよ」


「すろうに剣介言うたらアレか。

 何や何年か前に実写映画になったっちゅう」


「そうそう。

 それだよ。

 あの実写映画も凄く良かったんだぁ。

 本当に主人公が飛天御剣流を使ってる感じがしてね」


「プッ……

 竜司……

 ワレ、ホンマにオタクやのう。

 知らんワイに飛天何ちゃらや言われても解るかいな」


 もっともな意見をぶつけられた僕。


 両頬が熱い。

 多分図星を突かれて恥ずかしいからだ。


「お…………

 おまたせしま…………

 あぁっっっ!!?」


 ダダッッ!


 リビングへやってきた柳生(やぎゅう)さんが突然テーブルに積まれているすろうに剣介のDVDに勢い良く飛び付いた。


 ガチャーーンッッ!


 持って来たお茶を放り投げて。


「うおっ!?

 何や何やっっ!!?」


 テーブルの上でDVDを隠す様に抱え、(うずくま)柳生(やぎゅう)さん。


「……………………す…………

 すいません…………

 散らかした……

 ままで……」


 ガリガリの青年がこたつテーブルの上で(うずくま)りながら虫の様に這いずっている。

 この異様な光景に何も言えない。


「おい……

 竜司……

 ワレ、オタクやろ?

 この動きはどう言う習性やねん……?」


 さすがの(げん)も若干ひいている。


 て言うか習性て。

 オタクを別の動物か何かだと思ってるのだろうか?


「は………………

 恥ずかしい…………

 ですよね…………?」


「え?」


 (うずくま)った状態でポツリポツリと話し始めた柳生(やぎゅう)さん。


「こ………………

 こんな年に…………

 なっても…………

 ま……

 まだアニメが好き…………

 だなんて……」


 あぁなるほど。

 そう言う事か。


「僕も好きですよ、すろうに剣介。

 漫画は全部読みましたし。

 アニメの演出も物凄く凝っていて特に十本刀の宗次郎と剣介の一騎打ちが物凄くカッコよくて大好きなんですよ」


「………………え…………?」


 恐る恐る顔をこちらに向ける柳生(やぎゅう)さん。


「ちょおちょお待て待て。

 解らんワードばっかりポンポン出すなや」


(げん)の使う縮地走法を使う敵なんだよ宗次郎って言うのは」


「へぇ……

 だからか。

 お前が喰い付いたんは」


「そうだよ」


 ガバッッ!!!


「イイデスヨネェッッ!!

 最後の瞬天殺と天翔龍閃あまかけるりゅうのひらめきが激突するシーン……

 まさに一瞬ッッ!

 斬り結ぶ一瞬で勝負がつくゥッッ!

 これこそ剣術ッッ!

 生死の際の煌めきって言うんですかねェッッ!!?」


 突然勢い良く起き上がった柳生(やぎゅう)さんは僕に顔を突き付け勢い良くまくし立てた。


「そうですよね!!?

 あの宗次郎と剣介を端と端に置いたあのロングカットが物凄く綺麗なんですよねッッ!!?」


 けど、僕もオタクだ。

 こういう反応に付いて行くのは訳無い。


「うんうんッッ!

 あの障子越しに入る外光が物凄く綺麗でぇっ!

 ……………………

 ………………ハッ……!!?

 すっ……

 すいません…………

 あぁっ!?

 お茶がぁっっ!?」


「あぁあぁ。

 柳生(やぎゅう)さん。

 そこら辺に湯飲みの破片が飛び散っとるから危ないで。

 拭くモン取りに行くんやったら迂回して行きぃや。

 あとガムテープあったら持って来てくれるか?」


 (げん)の的確な指示。


「はっ…………

 はいっ…………」


 言われるままに迂回してリビングの外へ行く。


「まあ何や……

 竜司……

 ワレ、凄いのう……

 急にヒートアップした人間の話に普通について行っとったな……」


「いや……

 まあ僕もオタクだしね。

 大体似通った所で感動するもんなんだよ」


「それにしたかて虫みたいに這いずっとった奴が急に盛りの付いた犬みたいになったんやで……?

 今日はワレの新しいスキルやら色々見せてもろたけど、これが一番驚いたわ」


「……もっ……

 持ってきましたっ……」


 柳生(やぎゅう)さんが雑巾とガムテープを持って帰って来た。


「お?

 ほんじゃあ最初に湯飲みの処理をワイがするさかいに、ガムテープ放ってくれんか?」


「は……

 はい…………」


 ガムテープが放物線を描いて(げん)の元へ。


 ビィィッッ!


 勢い良くガムテープが引き出される。

 それを自分の手に巻き付けた(げん)

 粘着面を表にして。


 ペトッ

 ペトッ

 ペトッ


 テンポ良く床をペタペタやり始めた。

 これは湯飲みの破片を回収してるんだろう。


 ペトペトペトと手早く処理を行う。

 時々ガムテープを取り換えながら。


「こんなもんかな?

 んで最後は…………」


 ビィィッッ!


 破片の回収が終わった(げん)は更にガムテープを引き出し、湯飲みの大きな破片を包み込む。

 あれよあれよと言う間に飛び散った湯飲みの破片は全て回収し終わった。


「ホイ。

 後は拭き掃除だけや。

 全部回収したと思うけどまだ残っとるかもしれんから充分注意してな」


「あ、僕も手伝います」


 僕も柳生(やぎゅう)さんと一緒に床を噴き始めた。


「でも羨ましいですよ柳生(やぎゅう)さん」


 僕は床を拭きながら話しかけた。


「な……

 何が……

 ですか……?」


「だってお家が柳生新陰流の道場じゃ無いですか。

 もしかしたら龍槌閃(りゅうついせん)とか出来るんじゃないのかなって。

 僕みたいなオタクからしたらワクワクしますよ」


 龍槌閃(りゅうついせん)と言うのは先のすろうに剣介で登場する技。

 空高く舞い上がり、刀を振り降ろす物凄いアクロバティックな技。


 柳生(やぎゅう)さんが僕らを警戒しているのは見て取れる。

 これは僕ら限定で無く、対人とのコミュニケーションが苦手だからだろう。


 だから僕なりに気を使ったんだ。

 これで少しでも打ち解けてくれたら。


 けど…………


「………………あ……

 あんなの…………

 漫画だけですよ……

 あ……

 あんなに空高く人間が……

 と……

 飛べる訳、無いじゃ無いですか……」


 それを言ったら。


 だけど、僕らも竜河岸。

 飛天御剣流を完コピとまでは行かないまでも、近い動きは出来るんじゃ無いのかな?


「でっ……

 でも僕らは竜河岸だから魔力注入(インジェクト)とか使えば……

 あ?

 知ってますかね?

 魔力注入(インジェクト)


 確か魔力を扱う技術や法則等の知識は各竜河岸によって大きく異なるんだ。

 僕は魔力注入(インジェクト)を普段から使っているから知ってるものとして話をしてしまった。


 あ、今の発言。

 上から目線じゃ無かったかな?


 護衛対象と言う事で気を使い過ぎ、変な方向へ思考が飛躍していた。


「………………魔力注入(インジェクト)……

 ね……

 し……

 知ってますよ……」


 良かった。

 知っていた。


 けど柳生(やぎゅう)さんの顔は酷く淋しい。

 眼に生気が感じられない。


 何処か達観……

 いや、諦観している様な雰囲気。


「あ……

 あの……

 どうかされたんですか……?」


 拭き終わった柳生(やぎゅう)さんは右腕を捲り上げた。


「ご……

 御覧の通り……

 ぼ……

 僕はガリガリの……

 痩せっぽっちです……

 こんな身体で……

 イ……

 魔力注入(インジェクト)なんて……

 使ったら……

 た……

 たちまち……

 骨折してしまいます……」


 え!?

 そうなの!?


 魔力注入(インジェクト)ってどんな人間でも超人的な力を得る事が出来る技術じゃ無かったのか?


 魔力注入(インジェクト)が人を選ぶ技術だと言う事を初めて知った。

 ならば何故、魔力注入(インジェクト)を習得したんだ?


 この柳生(やぎゅう)さんの身体は激ヤセとかでは無く生まれついてのものだろうけど、何故不適正な技術を習得したのだろう。



 その答えはすぐ傍。

 柳生(やぎゅう)さんの右手首にあった。



 その右手首を見て、誰が魔力注入(インジェクト)を教えたのか。

 そして柳生(やぎゅう)さんの辛い過去が垣間見えた。



 その右手首には大きな青痣。

 何かで打ち据えられた様な青痣があった。



 多分、魔力注入(インジェクト)を教えたのは父親。


 柳生(やぎゅう)さんは言っていた。

 父親は自分が絶対に正しいと思うタイプで虐待に近い激しい稽古を課す人だと。


 この青痣を作ったのは父親。


 ここからは僕の推測になるが、おそらく柳生(やぎゅう)さんのこの痩せた身体のお陰で満足に剣術を習得する事が出来ないんだろう。


 でも父親は自分のやり方が絶対正しいと思う人。

 どんどん激しい稽古を課す。


 傷ばかり増え、全く上達しない日々。


 業を煮やした父親は竜儀の式と魔力注入(インジェクト)の伝授を強行したのでは?


「ん……?

 あぁ……

 そう言えば青痣……

 まだ直して無かったっけ……

 魔力注入(インジェクト)……」


 僕は見てはいけないと思いつつ、柳生(やぎゅう)さんの青痣を凝視していた。

 そしてその青痣が見る見るうちにひいて行く様子も。


「ご……

 御覧の通り……

 回復の魔力注入(インジェクト)だけは……

 物凄く得意になっちゃって……

 すいません……

 ぼ……

 僕の事を気遣ってくれたんですよね……?」


「いえ……

 僕も嫌な事を思い出させて申し訳ありません……」


「こ……

 こちらこそ現実的な事を言ってしまってすいません……

 あ、でも双龍閃(そうりゅうせん)なら出来ますよ……」


 え!?

 それって剣介の技じゃないか!?


 双龍閃(そうりゅうせん)と言うのは飛天御剣流の抜刀術。

 抜刀が躱された時、無防備になるので斬撃の勢いを利用して鞘での次弾に繋ぐ二段技。


 作品の中では巻き藁を一撃で叩き斬って、鞘で吹き飛ばしていた。


「凄い!

 カッコイイッッ!」


 一気にテンションが上がった僕。

 抑えたくても抑えきれないワクワクが顔から滲み出ていただろう。


「ふうん……

 ワイ、すろうに剣介は見た事無いけど、その双龍閃て居合術か抜刀術とちゃうか?」


「そ……

 そうですけど……

 な……

 何で解ったんですか……?」


「自分、さっき刀袋を肩に下げてたやろ?

 んでさっきの話、聞いとったら魔力注入(インジェクト)で物理的なパワーを上げたら負荷に耐え切れず骨折してまうと。

 んでもや、回復の魔力注入(インジェクト)は扱える様やから筋は悪くない。

 となると、自分が得意な剣術は居合やら抜刀術やないかな思てな。

 多分スピードに特化した魔力の使い方か刀そのものに魔力を込めて放つかどちらかとちゃうか?」


「え?

 刀って物だよ?

 物に魔力を込めるなんて出来るの?」


「んなもんワイは知らんがな。

 あくまでも予想や。

 んでも有り得へん事を有り得る様にすんのが魔力やろ?」


「す……

 凄い……

 り……

 両方共、その通りです……

 あ……

 貴方……

 凄いですね……」


 驚いた柳生(やぎゅう)さんは(げん)に賛辞を贈る。

 それを聞いた(げん)はニカッと晴れやかな笑顔。


「な?

 言うた通りやろ?」


 さすが(げん)

 でも柳生新陰流って居合術や抜刀術ってあるのかな?


「あの……?」


「な……

 何ですか……?」


「居…………

 ……いや、何でも無いです……」


 僕は柳生新陰流で居合や抜刀術があるか確認しようとした。

 が、思い留まる。


 答えが解ったからだ。


 僕の結論としてはおそらく無い。

 柳生新陰流も分派や分流があるだろうから厳密には存在するのかも知れないけど、少なくとも柳生(やぎゅう)さんの父親は知らない。


 だからこその青痣。


 筆舌にし難い過酷な稽古の日々の中で本人が見つけた物じゃ無いだろうか?

 言わば柳生(やぎゅう)さんの居合術は我流。


 多分その事を尋ねるとまた辛い事を思い出させる気がしたから思い留まったんだ。


「??

 ……じ……

 じゃあ僕は……

 ぞ……

 雑巾を片づけて来ます……」


 リビングを一時後にする柳生(やぎゅう)さん。


「竜司、ちょお聞いてええか?」


「ん?

 何?」


「護衛って言うけどワイら何しとったらええんや?」


「え……?

 そ……

 そう言えば何してたら良いんだろう……?」


 多分、兄さんがこの仕事を頼んだのは僕が東京ドームで暮葉を護衛していたからって言うのもあるんだろう。

 けど、あの時は暮葉がライブをする為に移動するからその後をついてっただけで、僕はSPの教練を受けた訳じゃ無い。


「良いんだろて。

 ワイに聞くなや」


「う~ん……

 とりあえず側についてたら良いんじゃない?

 柳生(やぎゅう)さんの命を狙う訳じゃ無くて目的はあのバイラって竜の様だし。

 毒を盛られるとかの心配も要らないんじゃないかな?」


「確か竜ブローカーが狙っとる言うとったなあ……

 そんなノープランでええんかいな……?」


「逆に僕らがSPSPしてても柳生(やぎゅう)さんが緊張するだけだと思うけど」


「そんなモンかのう……

 んでもそのブローカーもあの気性の荒い竜なんか連れて行って売れんのか?

 客とか食い殺されるんとちゃうか?」


「……な……

 何の話ですか……?」


「うわぁっ!!?」


 突然背後から声。

 驚いて大声を上げる僕。


 バッ


 素早く振り向くと、僕の大声に驚いて目を瞑りながら顔を背けている柳生(やぎゅう)さんが座っていた。

 今度はお茶を零していない。


「す……

 すいません……

 お……

 驚かすつもりは……

 な……

 無かったんですが……」


 コト


 僕らの前にようやくお茶が置かれた。


「あ……

 ありがとうございます」


柳生(やぎゅう)さん。

 気配の殺し方、見事やのう。

 それもやっとる居合の技か何かか?」


「い……

 いえ……

 ぼ……

 僕の居合は我流で……

 じ……

 実際の居合道や居合術は……

 そ……

 そんなに知りません……

 な……

 何故か……

 周りの人……

 ぼ……

 僕の事気付かないんですよね……

 な……

 何ででしょう……?」


「ハハッ。

 その眼が隠れる程うっとおしい前髪のせいで視線が遮られとるからとちゃうか?」


 (げん)が結構キツめの冗談を飛ばす。


 それを聞いた柳生(やぎゅう)さんの顔がみるみる内に暗く蒼くなっていく。

 そしてゆっくりと俯き出した。


「ちょっ!?

 (げん)っ!

 何て事言うのっ!?」


「あぁっ!?

 こないガチで受け止める思わんかったっ!

 柳生(やぎゅう)さんっ!

 柳生(やぎゅう)さんっ!

 ジョークやがなっ!

 ジョークッ!

 It‘sナニワジョークやがなっ!」


「……はは……

 父の……

 きっ……

 斬る様な鋭い眼が……

 こっ……

 怖くて今まで生きて来ましたから……

 こっ……

 この前髪が無いと……

 ぼっ……

 僕は人の眼を見れません……」


「周りの友達(ツレ)とか何か言わんかったんか?」


「ぼ……

 僕……

 友達……

 …………居ません……」


 その辺は察していた。


 奈良と言う土地は竜河岸分布が少ない。

 年代別に分けたとすると同年代の竜河岸と出会うなんて皆無なんだろう。


 氷織ちゃんも同年代の竜河岸は周りに居なかった。

 居たのは吉田ヨシオと言う宗教家を気取った詐欺師の竜河岸だ。


「そうか。

 ハハッ!

 竜司?

 ワレと一緒やのう」


 笑いながら囃し立てて来る(げん)

 しかしその笑い方に(あざけ)りの様な嫌な感じはしない。


 どちらかと言うと安堵。

 仲間が見つかったと言う安心が感じられる発言。


「え……?」


 もちろんその安堵は柳生(やぎゅう)さんに送られている。


「もう、(げん)はまた……

 そんな事無いよとは言えないのが悔しいけどね。

 でも今は(げん)がいるでしょ?

 それに自分だって友達、全然居ないじゃ無いか。

 周りは舎弟ばかりでしょ?」


「うっさいわっ!

 自分かてワイと初めて会った時はめっちゃ暗いネコゼーな奴やったやんけ。

 柳生(やぎゅう)さんの弟か思たわ」


「そっ……

 そんな事無いでしょっ?

 (げん)だっていつもいつも舎弟のケンカにしゃしゃり出てさっ」


「あいつらが弱いんが悪いんとちゃうんかいっ?

 ワイが手助けせな、ボコボコにされてまうやろっ?」


「手助けするとか言っても結局、(げん)が相手全員ぶちのめすんでしょ?

 頼んまっさ。

 任せとけや。

 いい様に使われてるの解って無いんじゃ無いの?」


「え…………

 マジで……?

 ワイ、良かれ思て助けとったんやけど……

 あいつらワイをそんな風に思てんのやろか……」


「あ…………

 い……

 いや……

 言い過ぎた……

 何か……

 ゴメン……」


 漫才の様な掛け合いの後、突然本気(マジ)トーンになり急失速する(げん)


 確かに言い過ぎた。

 ごめん。


「プッ…………」


 柳生(やぎゅう)さんが噴き出した。


「アハハハッハハ……」


 大声とまでは行かないが笑っている。

 柳生(やぎゅう)さんが笑っている。


 そんな笑顔を見て、顔を見合わせる僕と(げん)


「プッ……」


「アハハハハハハッ!」


「ガハハハハハハッ!」


 僕と(げん)も大笑い。


「あーおかしい……

 あ……

 あの……

 一体貴方達、何なんですか?」


 これは僕らを警戒してでの問いでは無い。

 自分を護衛すると言う名目でやってきた二人に笑わせられたから不思議に思っての質問だろう。

 しかも僕らは両方共未成年。


 これで少しは警戒心が取れたかな?


「えっと……

 僕の兄さんも竜河岸なんですけど、警官で。

 その兄さんから柳生(やぎゅう)さんのバイラが狙われているから護ってくれと頼まれまして……

 それでやってきたって訳なんですよ」


「竜司……

 竜司……」


 柳生(やぎゅう)さんが僕の名前を呟きながら少し考えこんでいる。


「あ、クレハの旦那……」


 あ、記者会見か。


「す……

 すいません……

 (すめらぎ)さんの顔……

 ど……

 何処かで見た事ある気がしていて……

 もしかして最近ニュースに出ていたクレハの旦那の(すめらぎ)さんですか……?」


「……はい……

 お察しの通り……

 その暮葉の旦那の(すめらぎ)です……」


「あ……

 あの……

 そ……

 素朴な疑問しても……

 良いでしょうか……?」


「あ、いいですよ」


「……ど……

 どうして……

 竜と結婚しようと思ったんですか……?」


 まあそりゃそこを疑問に持つわな。


「それは記者会見でも言いましたが暮葉の活動を見て感動したからですよ。

 あと、暮葉って本当に何処でもあのまんまなんですよ。

 人によって態度とか接し方を変えたりしない。

 天真爛漫。

 この言葉がピッタリ来る人柄で。

 僕はネクラなオタクですから、そう言う周りを明るく朗らかにしてくれる性格に惹かれたんです」


 僕は真っすぐ柳生(やぎゅう)さんの眼を見て自分の気持ちを述べた。


 言っている事は嘘では無い。

 言って無い部分があるだけ。


 誰かれ構わずドラゴンエラーの事を話す訳には行かない。


「そ……

 そうですか……

 あ……

 あの……

 (すめらぎ)さん……

 は……

 恥ずかしく……

 無いんですか……?」


「なっ……!?」


 たどたどしく結構キツい事を言って来る柳生(やぎゅう)さん。

 この人、結構言う人なんだな。


 実際考えて自分の発言を鑑みると恥ずかしい。

 物凄く。


 本気(マジ)トーンでのろけた訳だから。


 顔が熱い。

 主に両頬。


「あぁっ…………!?

 すっ……

 すいません……っ!

 恥ずかしいって言うのは…………

 …………えと……

 ………………良い意味でですよっ!」


 何だそりゃ。

 いい意味での恥ずかしく無いんですかって何だ?


「ガッハッハッハッ!

 良い意味てっ!

 咄嗟の言い訳にしても訳わからんわっ!

 まあまあ柳生(やぎゅう)さんがそう思うのも無理ないで竜司。

 ワレが暮葉ン事話す時、本気(ガチ)トーンやもんな。

 んで大体がのろけやろ?

 まあ事オンナ絡みに関しては色々あったから今まで言わんかったけどな。

 傍から見たら色ボケを(こじ)らせとる様にしか見えんで」


 そんな事思ってたのか?

 親友なのに言ってくれよ。


 ますます顔が熱くなる。


「あぁっ……

 すっ……

 すいませんっ……

 ぼっ……

 僕……

 他の竜河岸や竜って……

 っ父親と……

 バイラぐらいしか知らなくて……

 あとは神主さんとその竜ぐらいしか……

 だから竜河岸と竜って……

 怖いイメージしか無かったんです……

 だから……

 (すめらぎ)さんや……

 鮫島(さめじま)さんの様な方が……

 ふっ……

 不思議と言うか……

 何と言うか……

 それで……

 (すめらぎ)さんが……

 まっ……

 漫画みたいな台詞を……

 いっ……

 言うもんだから……

 つい……」


「なるほどのう。

 ホンマに竜河岸おらんのやな奈良って」


「ええ……

 桜井市は僕達親子だけらしいです……」


「そやそや。

 ワイらな。

 護衛に来た言うてるけどもどうしてええか解らんねん。

 んでこうしとってもしゃあないからそのすろうに剣介、見せてぇな。

 ちょうど馬鹿でかいTVもある事やしのう」


 突然ヘンな事を言い出す(げん)


「……(げん)、大丈夫……?

 OVAも含めて全部で102話あるけど……?」


「うげっ!

 そないあんのか……

 ワイ、オタクちゃうから結構キツいのう……」


(すめらぎ)さんっ!

 東京編と京都編とOVAの追憶編と星霜編だけでこの作品の魅力は伝わりますっ!

 正直TVのアニメオリジナルはどうかと思いますのでっっ!」


 突然饒舌に話し出す柳生(やぎゅう)さん。

 オタクは自分の推し作品の布教には必死になるものだ。


「これって確か週刊フライで連載しとった漫画が元やろ?

 何でこう言うアニメって漫画で無い話やるんや?」


「理由は色々あるんだけど、一番多いのは原作に追い付きそうって言うのが多いかな?」


「アニメって漫画が人気出たからやるもんやろ?

 そない追い付くもんか?」


「そこら辺は僕も知らないよ。

 作者が原稿落としたりとか色々あるんじゃない?

 確かにTVのアニメオリジナルは正直アレでしたね」


「ええ……

 でもオリジナルはオリジナルでもOVAの星霜編はアリだと思うんです……

 物凄く哀しいストーリーですけど……」


「ちょおちょお待て待てオタク二人。

 スッピンのワイ置いといてオタク談議に華咲かせんなや。

 何やねん、その星霜編て」


「あぁ、この作品の主人公が結局どう言う最後だったかって言うのを描いているアニメビデオがあるんだよ。

 これは原作で書かれていない話でね。

 内容は凄く暗くて哀しい最後なんだけど、僕はこれで良かったんじゃ無いかと思ってるんだぁ……」


「オイ、竜司。

 何、自分の言うた事で悦に浸っとんねん。

 帰って来んかい。

 まあええわ。

 ワイはアニメ嫌いやないけど率先して見たりはせんから二人に任せるわ。

 ほな見ようや」


 こうして僕ら三人は揃ってすろうに剣介を鑑賞する事に。


「へえ……

 喧嘩屋斬左(けんかやざんざ)か。

 こいつカッコエエやん」


 数あるキャラクターの中で一際、(げん)が気に入ったのは喧嘩屋の相楽左之助(さがらさのすけ)だった。


 先の斬左(ざんざ)と言うのはこのキャラの持つ獲物の超巨大な斬馬刀から。


 斬馬刀の左之助。

 略して斬左(ざんざ)と言う事だ。


 このキャラクターは劇中ほとんど徒手空拳。

 いわゆる拳で闘うキャラになるんだけど、僕としてはもっと斬馬刀で闘うシーンが見たかったなと思う。


 東京編を見終わった段階で外から眩い白色光が部屋内に差し込んで来た。

 気が付いたらもうトップリ夜は更けていた。


 僕らは部屋の電気も点けず、すろうに剣介に熱中していた。

 東京編の最後は再び左之助と剣介が相まみえる話だ。


「…………ワイも悪の一文字背負おかな…………?

 ん?

 何やこの光?

 ってか暗っ!

 外、もう夜やんけっ!」


 ようやく(げん)も状況に気付き、騒ぎ出す。


 言っている悪の一文字と言うのは左之助が着ている上着の背中に書かれた悪の一文字の事。

 これにも歴史に準えた深い理由があって、左之助が在籍していた赤報隊が偽官軍の汚名を着せられ悪として無実の罪で処刑された史実がサイドストーリーとしてある。


 (げん)はよほど左之助が気に入ったんだろう。


 まあそれはそれとして未だ煌々と外が白色光で明るい。


 何だろう?

 もしかしてガレアが帰って来たのかも。


「ちょっと僕、外に行って来るよ。

 ガレアが帰って来たのかも知れない」


「おう、行って来いや」


 僕はリビングから玄関を抜け、外へ。

 ちょうど白色光が止みかけていた所だった。


 中から現れたのはガレア。

 ガレアだけそこに立っていた。


【クソッ……

 アイツ、相変わらずうっとおしいな……】


「ガレア、おかえり。

 バイラって竜はどうしたの?」


【ん?

 亜空間の中で寝てるよ】


 て事は魔力を使い切ったのかな?

 ならガレアが勝ったんだ。


「て事は勝ったんだねガレア」


【だから言ってんだろ。

 全勝だって………………

 ハラヘッタ】


 ぐう


 そう言えば、そろそろ夕飯時かな?


「ガレア、中に入ろう。

 みんなと晩御飯について相談しよう」


【ハラヘッタ】


「あ、少し縮んで。

 その大きさだと玄関に入らない」


【ハラヘッタ】


 パァ


 ガレアの身体が優しい白色光に包まれ、2,3周り小さくなる。

 ガレアの返答がハラヘッタになってる。


 これは相当お腹空いてるんだな。


 けど竜って魔力で栄養補給出来るから空腹なんて無い筈なんだけどなあ。

 ガレアが言っているハラヘッタって何なんだろう。


 僕らは再び家に戻る。

 リビングは明かりが点いていた。


「おう、ガレア。

 おかえり」


「あ……

 あの……

 バイラは……?」


【あ?

 何度もハラヘッタ同じ説ハラヘッタ明をさせんじゃハラヘッタねえよ。

 あいつは亜空ハラヘッタ間で寝てるハラヘッタッタ】


 ああ、こりゃ重傷だ。

 何でも良いから早く食べさせないと。


 ガレアは凄んでるつもりかもしれないけど頻繁にハラヘッタが挟まってるから何を言ってるのか解らない。


「えーと……

 柳生(やぎゅう)さんの竜は自分の亜空間で寝ていると言ってます」


 何で竜の言葉が解る竜河岸に通訳しないといけないんだ。


「た……

 確か……

 竜が眠るのは……

 体内の魔力が枯渇しそうになった時って……

 凄い……

 あのバイラに勝ったんですか……?」


【ハラヘッタ】


「えーと……

 これはそうだと言ってます……」


 何か嫌だ。

 このやり取り。


「何やガレア。

 腹減っとんのかい?

 にしてもウチのベノムにしても竜司のガレアにしても竜やねんから自分の魔力で何とかせいっちゅう話やけどなあ。

 んでもそろそろ晩飯時やのう。

 柳生(やぎゅう)さん、メシはどないする?」


「え……?

 あ……

 ぼ……

 僕は……

 適当にカップ麺でも……

 食べますが……」


 柳生(やぎゅう)さんがキョドついた様子で答える。


「何やそんなんやったら食うた気にならんやろ?

 ヨッシャ!

 ワイが作ったろ!

 台所どこや?

 案内せぇ」


 何か(げん)が晩御飯を作る流れになった。

 ここでふと疑問が過る。


「あの……

 柳生(やぎゅう)さん。

 一つ宜しいでしょうか?」


「は……

 はい……

 何でしょう……?」


「食事は今までどうされていたのですか?」


「しょ……

 食事は……

 ち……

 父がいつも作ってくれてました……

 こ……

 こんな感じで……

 会合に出掛けた時は……

 適当に……」


「ふうん。

 なら食材あるかもな。

 ワイに任せぇ。

 美味い晩飯作ったるわ」


「わ……

 わかりました……

 こ……

 こちらです……」


 そう言って二人はリビングの外へ。


 少ししたら戻って来た。

 二人共。


「あれ?

 (げん)、どうしたの?」


「食材はあるにはあるけど量が少ないわ。

 ワイらの分は何とかなっても、ガレアやベノムの分は無理やなあ。

 柳生(やぎゅう)さん、近場に食いモン売ってるトコないか?」


「い……

 今の時間だったら……

 オークワ……

 ぐらいしか……」


「オークワ?

 聞いた事無いなあ。

 ちょお待ってな……」


 そう言ってスマホを取り出す(げん)


「お?

 あるわ。

 ここか?」


 スマホの画面を見せて確認。


「は……

 はい……

 そこです……

 そこなら夜の12時まで……

 やってます」


「ほんだらワイ、そこまで行って来るわ。

 竜司、何か欲しいモンあるか?」


「いいよ(げん)

 僕が買い出しに行って来る。

 多分大荷物になるでしょ?

 それだったら僕とガレアで行った方が亜空間が使える。

 (げん)はご飯作ってくれるんだし」


「そうか?

 悪いなあ。

 ほんじゃあ後で欲しいモン、メールしとくわ」


「うん。

 ホラ、ガレア。

 行くよ」


【ハラヘッタ】


 こうして僕らは外に出る。


 スマホで場所は確認している。

 まずは住宅街を抜けて国道165号線に出ないといけない。


 いけないのだが……


 それにしても暗い。

 物凄く暗い。


 街灯の類が全然無い為だ。

 住宅街はまだ家の明かりが点っている為、比較的マシだと言っても暗い。


 僕は家から漏れ出る明かりを頼りに何とか住宅街を抜け、大きな道に出た。

 マップアプリで場所を確認。


 間違い無い。

 国道165号線だ。


 しかし国道と言えどもやはり田舎。

 街灯や電灯の類が全く無い。


 物凄く暗い。

 方向感覚を見失う程。


 これ住んでる人達はどうやって移動してるんだろう?

 懐中電灯でも持って動くのかな?


 どうしよう?


【ハラヘッタ】


 あ、そうだ。

 ガレアが居た。


 この際だからガレアに乗って行こう。

 竜の眼なら真っ暗闇でも見える筈。


「ねえガレア?

 お前の背中に乗ってもいい?」


【ハラヘッタ】


 どっちだ?

 良いのか悪いのか。


 ええいもういい。

 了承したものとして僕はガレアに跨る。


 特に抵抗せず、すんなり背中を許したガレア。

 今のハラヘッタは良いと言う意味なんだろう。


「ガレア、道路の上を僕が指し示す方向へ走って。

 きちんと人間のルールは護ってね」


【ハラヘッタ】


 ガレアはこうなったら同じ事しか言わない。

 もう了承したものとして僕は南東方向を指し示した。


 ギャンッッ!


「うわぁっ!?」


 急発進するガレア。

 闇夜でも関係無い。


 大きな気圧の壁が前面に押し付けられる。

 吹き飛びそうだ。


 集中(フォーカス)


 身体の前面に魔力を張り巡らす。

 どうにか気圧の壁は耐えれる様になった。


 ぐんぐん進んで行くガレア。

 今、速度はどれぐらい出ているんだろう?


 そうこうしている内に看板が見えて来た。


 オークワ 24時迄営業


 着いた。

 時間にして一分も経っていない。


「ガレア。

 あの看板を左に入って止まって」


【ハラヘッタ】


 徐々にスピードを落とし、左へ折れる。


 目の前には大きな店舗。

 煌々と眩い灯りが点っており、闇に慣れた網膜に光が突き刺さる。


「ガレア、ここだよ」


 僕は降りてメールを確認


 ―――


 キャベツ8玉。

 ニンジン20本ぐらい

 他安い野菜があれば全部

 やきそば3玉。

 味は塩でもソースでも。


 ―――


 特に頭語等も無く、ただ欲しい物だけが綴られた(げん)からのメール。

 別に良いんだけど何か素っ気ないなあ。


 それにしてもやたら野菜が要るんだな。

 ガレアとベノム用だろうか。


「じゃあ、行くよガレア」


 僕はカゴ台車を転がしながら次々と野菜を積んで行く。

 瞬く間にカゴは野菜でいっぱいになった。


「焼きそばは……

 ソースでいいか……

 お次は……」


 (げん)のオーダーは全て手に入れた。

 次に僕が向かった先はお菓子売り場。

 ガレアのばかうけだ。


 あった。


 二種類。

 青のり醤油味とゴマ揚げ醤油味。

 定番の二種類のみ。


「ガレア、どっちがいい?

 こっち?」


 まずは青のり醤油味をガレアに見せる。


【ハラヘッタ】


「こっち?」


 続いてゴマ揚げ醤油味。


【ハラヘッタ】


 うん、わからん。

 これはわからん。


 もう面倒臭い。

 結局両方共3袋ずつ買う事にした。


 買い物完了。


「ガレア、亜空間出して」


【ハラヘッタ】


 もう空腹なのは解ったから。

 ハラヘッタとは言いつつ素直に亜空間を開くガレア。

 手早く買った物を中に格納。


「さあガレア。

 買い物は終わったよ。

 帰ろう」


 僕は再びガレアに跨る。


 さて帰り道はどうしようか?

 とりあえず来た道を戻るか。


「ガレア。

 来た道を戻って」


【ハラヘッタ】


 ドスドスとガレアが看板の方へ歩いて行く。

 左へ折れた看板の前の道を右方向へ。


 うん、方向は合ってる。

 馬鹿じゃ無いんだよなガレアって。


 ギュンッッ!


 右へ曲がった瞬間、ガレア急加速。

 相変わらず物凄い風圧が前面から覆い被さるけど先の魔力注入(インジェクト)が有効なのだろう。

 何とか踏ん張れる。


 急加速したガレアの脚にかかればあっという間。

 すぐに減速し始め、やがて止まった。


【ハラヘッタ】


 ガレアから声がかかる。

 着いたって意味なのかな?


 けど周りは暗すぎて良く解らない。

 とりあえず降りて、スマホのマップアプリで場所を確認。


 僕は国道165号線沿いに立っていた。

 さっきガレアに乗った所だ。


 戻って来た。

 上に見える星の様に小さな光は高速道路の明かりか。

 よし、ならこっちだ。


「ありがとうガレア。

 さあ戻ろう」


 目印も解り、そのまま柳生(やぎゅう)さんの家を目指す。


「ふう……

 着いた」


 どうにかこうにか辿り着いた。


 ガラッ


 母屋の玄関を開け、中に入る。


「うおっっ!?

 左之助(さのすけ)やられよったっっ!

 こいつごっついのうっ!」


「ええっ!

 この男は斎藤一(さいとうはじめ)ッッ!

 壬生狼(みぶろ)と呼ばれる新撰組(しんせんぐみ)三番隊組長ですよっっ!」


 リビングから大きな声が聞こえる。

 覗くとすろうに剣介の鑑賞を再開していた。


「お?

 竜司。

 おかえり」


「た……

 ただいま……」


「あ……

 お……

 おかえりなさい……」


 さっきは意気揚々とキャラの紹介をしていたのに、またキョドった感じになっている柳生(やぎゅう)さん。


「すまんなあ竜司。

 ただ待っとるのも退屈やから続き見とったんや」


「もう……

 酷いよ(げん)


「ええやないか。

 ワレ、いっぺん見とんのやから。

 それよりも頼んだモンは買えたんか?」


「うん。

 ガレア、亜空間お願い」


【ハラヘッタ】


 亜空間の口を出すガレア。

 中に手を突っ込む。


 最初に出たのはキャベツ。

 続いてキャベツ。

 再びキャベツ。


 キャベツキャベツキャベツ。

 突っ込んでも突っ込んでもキャベツばかり出て来る。


 8玉も勝ったんだから当然か。


 続いては大型のビニール袋。

 中は赤い。

 これはニンジンだ。


 続いて焼きそば。

 そして再び大きいビニール袋。

 中身は色々な野菜が入っている。


 これはお値打ち品コーナーにあった野菜。

 それを3袋。

 これで購入品全て取り出せた。


「おうおう。

 こらまた仰山(ぎょうさん)買うて来たのう」


「自分が頼んだんじゃん」


「ヨシッ!

 ほんじゃあ晩飯作るかっ!

 竜司っ!

 運ぶん手伝えや」


 散らばっている野菜を台所へ運ぶ。

 野菜ばかり買ったけど野菜焼きそばでも作るのかな?


「ねえ(げん)

 野菜ばかり買って来たけどどんな焼きそばを作るつもりなの?」


「ん?

 普通の焼きそばやで?

 牛肉使こうてちょっと豪華やけどな」


「牛肉?

 牛肉なんて買って無いよ?」


柳生(やぎゅう)さん家にあったんや。

 あと鶏ミンチやらもな。

 それ使わせて貰おかな思て」


「ふうん。

 まあ僕に料理の事は解らないから任せるよ」


「おう。

 ワレはリビングで待っとれや」


 僕はリビングへ戻り、柳生(やぎゅう)さんとオタク談議に華を咲かせた。

 内容は全てすろうに剣介。


 あの技が好きだの。

 この技がどうだの。

 このキャラとあのキャラが闘ったらどっちが強いだの。


 ベタなオタク話。


 結局こう言うのって時代がどれだけ進んでも変わらない気がする。

 好きな技だって劇中で登場して心が動かされたから挙げる訳で。


 その作品が好きなら劇中で接する事が無かったキャラ同士が戦ったらどちらが強いかと考えるのも至極当然だと思う。


 柳生(やぎゅう)さんも好きな作品の話ならテンションが上がるらしく、終始勢い良く話してくれた。


「おう、お待ちどうさん。

 出来たでぇ」


 リビングを覗く(げん)

 どうやら晩御飯が出来た様だ。


「あ、(げん)

 ご苦労様」


「竜司、運ぶん手伝ってくれや。

 へへへ……

 柳生(やぎゅう)さん、期待しとってな。

 結構いっぱい作ったからなあ」


「は……

 はい……」


 僕は台所に向かい、焼きそばを運ぶ。

 続いて大皿に盛られた大量の白い団子みたいな物。

 これは何だろう?


「ねえ(げん)

 これなあに?」


「ん?

 それは鶏バーグや。

 豆腐も混ぜとるからあっさり食えるでぇ。

 柳生(やぎゅう)さん、あの身体やからあんまし脂っこいモンは食えんのとちゃうか思てな」


 鶏のハンバーグか。


「へえ……

 鶏バーグ……

 これ何で食べるの?

 ケチャップじゃ無いよね」


「んな訳あるかい。

 ポン酢か醤油やな」


 こうして僕は大量の鶏バーグが積まれた大皿をリビングへ運び込む。

 再び戻った僕は山の様に積まれた野菜やら肉やらの混ぜ込んだものを持ち上げる。


 お馴染み竜の食事だ。


 ズシリと重みが両腕に圧し掛かる。

 (げん)も同じ様に持っている。

 おそらくベノム用だろう。


 ヨタヨタとリビングへ戻る僕。


「はい、ガレア。

 お待たせ。

 ご飯だよ」


 ズウンッ


 ガレアの前にうず高く積まれた肉やら野菜やら混ぜ込んだ物。


【ハラヘッタ】


 ガブゥッ!


 ガレアが食事に喰らい付いた。

 今のハラヘッタはいただきますとでも言ったのだろうか。


 ガツガツガツガツ


 どんどん食べて行くガレア。


「オラァッ!

 ベノム起きんかいっ!」


 ガッ


 両腕に抱えた皿に盛られた山の様な食事もそのままにベノムを蹴り飛ばす(げん)

 のそりと首を持ち上げるベノム。


「オラァッ!

 メシじゃいっ!

 あぁっ!?

 そない腹空いてへんやとうっ!!?

 ワレ、寝腐ってばっかりやから当たり前やろがいっっ!

 おおっ!!?

 ししゃもが食いたいやてぇっ!!?

 起きぬけにワガママばっかり抜かすなやぁっ!

 これ食わんかったらワレの食いモン無いからナァッ!」


 ドスゥンッ!


 大声で吐き捨てる様にまくし立てた(げん)はベノムの前に山の様な食事を置いた。


「あ……

 あの……

 さ……

 鮫島(さめじま)さん……

 一人で……

 何を大声、叫んでるんですか……?」


「あぁ、すいません。

 傍から見たらそう見えるんですけど、これはあの竜と会話してるんですよ」


「ぼ……

 僕には……

 一人で……

 馬鹿みたいに……

 叫んでる風にしか……」


 柳生(やぎゅう)さんはやはり結構言う人なんだな。

 気持ちは解るけど。


「ですよねぇ。

 僕もそう見えます」


「り……

 竜って……

 色々……

 いるんですね……」


「待たせたのう。

 ほんじゃあメシにしようや。

 いただきます」


「うん。

 いただきます」


「い……

 いただきます……」


 ようやく僕らの夕食開始。


「こ……

 これは……

 このままで……

 良いんですか……?」


 まず柳生(やぎゅう)さんが手に取ったのは鶏バーグ。


「それはのう、ポン酢か醤油をつけて食うてくれや」


「は……

 はい……

 じゃ……

 じゃあ……

 醤油で……

 モグ……

 あ……

 美味しい……」


「へへ。

 やろ?

 いっぱいあるからどんどん食うてくれや」


 確かに(げん)お手製の鶏バーグは美味しかった。


 豆腐の含有量が多い為か、口当たりは物凄く軽い。

 だが、軽さだけでは無く口に広がる鶏の旨味は至福の一言。

 生姜も効いており、いくらでも食べれる感じ。


 柳生(やぎゅう)さんも箸が進んでいる様子。

 食べれるのか不安に思えるぐらい大量にあった鶏バーグだが、あっという間にたいらげてしまった。


 夕食終了。


「こ……

 こんなに……

 い……

 いっぱい食べたの……

 初めて……

 です……

 鮫島(さめじま)さん……

 ご馳走様でした……」


「へへっ。

 そら良かった」


 片付けが終わった後は再びすろうに剣介鑑賞会を再開。

 話は京都編の本筋、獅子尾事実(ししおことさね)との闘いまで進んでいた。


 この獅子尾(ししお)というキャラはすろうに剣介の中でも屈指の敵キャラ。


 身体を包帯でグルグル巻き。

 重症患者かミイラ男の様な格好をしている。


 だがその強さは凄まじく、剣介や左之助(さのすけ)斎藤一(さいとうはじめ)らが束になって向かっても蹴散らすぐらいの強大さを持っていたんだ。


 京都編は少年漫画らしく敵に十本刀と言う十人の手練れも登場して作品中最も人気のあるエピソード。


「へえ……

 二重(ふたえ)の極み……

 これどないやっとんじゃ?」


 話は進み、左之助が京都に行く道すがら安慈(あんじ)と言う破戒僧から技を伝授される所まで進んでいた。


 その技が二重(ふたえ)の極み。

 一撃で石を粉々に粉砕するまさに必殺技。


「えっと……

 確か第一撃を加えた時に発生する抵抗が拳に伝わる瞬間に第二撃を加える……

 だったかな?

 そうする事で抵抗を受ける事無く衝撃を伝えられ粉砕するとか」


「何じゃそら?

 抵抗っちゅうモンは衝撃与えたら絶対発生するし受ける事無いなんて有り得るかい」


「まぁ、そこはそれ。

 漫画だから」


「あ……

 あの……

 ぼ……

 僕……

 そろそろ……

 眠たくなって……

 来たんですけど……」


 ふいに柳生(やぎゅう)さんから声がかかる。

 スマホで時間を確認。


 午後10時45分


 遅くも無く早くも無く。

 柳生(やぎゅう)さんぐらいの年ならもう少し起きていても良いものだけど。

 まあ護衛対象が眠いと言ってるならお開きにしよう。


「じゃあ、そろそろ寝ましょうか」


「あ……

 あの……

 す……

 (すめらぎ)さん達は……

 どうされるん……

 ですか?」


 あ、そう言えば僕ら泊まる所とか考えて無い。


 色々とグダついてるなあ。

 それもこれも兄さんの組んだ日程が急なのが悪い。


 泊る所……

 どうしよう。


「ん?

 ワイら柳生(やぎゅう)さんを護る為に来とんのやから、そら泊って行くやろ?」


 僕が考えている所、早々に結論を出した(げん)

 こう言う時、言いにくい事でもガンガン言ってくれる(げん)がいると心強いなあ。


「と……

 泊って……

 行くんですか……?

 そ……

 そうですか……

 そうですよね……」


 この時見せた柳生(やぎゅう)さんの表情に少し違和感を感じた。


 言葉にするのは難しいが簡単に言うとお前らまだ居るのかよと言う拒否の雰囲気。

 だけど自分が狙われていると言う立場を思い出し、渋々了承した。

 そんな意向が見て取れる。


「ワイら身の回りの事は自分らでやるさかいに。

 布団やら場所だけ教えてくれるか?

 場所はリビングでええわ」


「は……

 はい……

 こ……

 こちらです……」


 (げん)柳生(やぎゅう)さんは布団を取りにリビングの外へ。

 じきに(げん)だけ布団を持って帰って来た。


「あれ?

 一組だけ?」


「竜司アホか。

 ワイら護衛に来とんのに二人一緒に寝てどうすんねん。

 交代に決まっとるやろ」


 そう言いながら、こたつを寄せて布団を敷き始める(げん)


「じゃあ、どっちから先に休む?」


「どっちからでもええで」


「なら(げん)が先に休みなよ。

 僕は起きてるから」


 今回のアルバイト。

 色々と違和感が点在していた。


 しかも全て繋がると言えば繋がる。


 まずヒビキの家で見かけた桜井市での謎の斬り傷事件。

 そして待ち合わせに向かうと言っていた父親が不在。


 桜井市に竜河岸は柳生(やぎゅう)さん親子のみ。

 加えて僕らが泊ると言った時の柳生(やぎゅう)さんの反応。


 要するにまだ柳生(やぎゅう)さんを信用していないんだ僕は。


「ほんだら六時間交代で休もか。

 ほんじゃあ先寝るわ」


「うん。

 お休み」


 (げん)は早々に布団に入り、寝てしまった。


【ぽへー……

 ぽへー……】


 ガレアも面白いイビキを掻いて眠りこけている。

 (げん)が眠ってから一時間程、経った頃。


「さて……

 そろそろかな……

 全方位(オールレンジ)


 スキル発動。

 僕を中心に翠色の円形ワイヤーフレーム展開。


 柳生(やぎゅう)さんの家を含む1キロ四方に広げた。

 柳生(やぎゅう)さんの反応ももちろん解る。


 今は部屋に居る様だ。

 これで動きは把握できる。


 出歯亀みたいで気がひけるけどこの際、致し方ない。

 この状態を維持。


 あの中田の死闘を潜り抜けた僕だ。

 この状態で2時間ぐらいはキープ出来る。


 出来ればこのまま何も起きて欲しくない。

 僕の取り越し苦労で終わって欲しい。


 柳生(やぎゅう)さんは同じ作品を好きなオタク仲間。

 出来れば友達になりたい。

 それぐらいの気持ちは湧いていたから。



 が…………



 現実はそう上手く転がるものでは無い。


「動いたっ……」


 柳生(やぎゅう)さんが動き出した。



 ###

 ###



「はい、今日はここまで」


「ねえパパ?

 すろうに剣介ってパパの部屋にあるよね?」


「うん。

 50年ぐらい前の作品だけど、まだ時々読むぐらい好きなんだ」


「ふうん。

 そう考えて見たらパパの部屋って漫画ばっかりだよね。

 やっぱりオタクだ」


「だって好きなんだからしょうがないよ。

 今じゃあ普通に芸能人でもオタクアピールしてる人多いでしょ?

 別に悪い事じゃない」


「あ……

 そ……

 そう……」


 多分(たつ)は僕をからかうつもりでオタクと言うワードを出したのだろう。


 だがお生憎様。

 僕はオープンなオタクなんだ。

 自分が好きな作品を好きと言って何が悪い。


(たつ)はすろうに剣介読んだ事無いの?」


「うん。

 手に取った事はあったんだけど、何だか歴史漫画な感じがして難しいかなって思って」


「確かに歴史に準えてる部分もあるけど、そこはそれ週刊フライの連載漫画だから。

 きちんと少年漫画はしてるよ。

 絶対、(たつ)も気に入る筈」


「ふうん……

 じゃあ今度読んでみるよ」


「うん、いつでも読んでいいからね。

 じゃあ今日も遅い……

 おやすみなさい」

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