第百八十九話 竜司、元とケンカする。
2048年2月 某県某屋敷寝室
ガチャ
「やあこんばんは龍」
「パパ、うす。
今日は確か元からケンカしようって言われた所からだよね?」
「うん、そうだね」
「そう言えばこの頃のパパと元ってどっちが強いの?」
らんらんと瞳を純粋にキラつかせながら真っ直ぐ僕に尋ねて来る龍。
「……龍、するどいね。
元がケンカを売って来た理由もそんな所なんだ」
「でっ!?
でっ!?
どっちが強いのっ!?」
「フフフ……
じゃあ話して行こうか」
###
###
2018年 2月 十三鮫島宅 朝
「竜司っ!
ワイとケンカしようやっ!」
突然訳の解らない事を言い出す元。
「何言ってるの。
嫌だよ。
そんなの」
諍い事がそんなに好きじゃない僕からしたら当然の回答。
「ええっ!?」
何だその予想外みたいな顔は。
僕がケンカしようと言われて快く受けるとでも思ったのか?
「何で親友の元とケンカするんだよ。
理由が無い」
「ちゃうちゃうっ!
そう言うバチバチのケンカやないてっ!
言うたら……
アレやアレ。
ええケンカっちゅうやっちゃっっ!」
何だそれ。
「いいケンカ…………
ってアレ?
いわゆる河原でライバル同士がケンカして“フッなかなかやるなっ”“フッお前もな”的なやつの事?」
いいケンカと言われるとこれぐらいしか浮かばない。
「何じゃそら。
お前がやる奴や言うのワイ知っとるし、ワレもワイが強い事知っとるやろ?」
「え……?
あ……?
ま……
まぁそれは……」
何だかややこしくなって来た。
元の言ってるいいケンカって何なんだ。
「竜司。
あんなぁ、元は力試しがしたいんや。
前にケンカしたんは結構前やろ?
んでこいつは言わんけど何やちょくちょくワレの手助けしとったみたいやん?
ワレも旅の中で色々あってそれなりに強なったんやろ?
そんなワレと今の自分がどんだけ力量の差があるんか知りたいんや」
「さっすがバアちゃんッ!
大体そんなトコやっ!
んでもバアちゃん、ワイ負ける気なんてさらさら無いで?」
「んなもんわかっとる。
力量の差言うたかて何もワレが下やとは思うとらん」
この二人はもう僕がケンカをするつもりで話をしている。
「ちょっ……
ちょっと待ってよ二人共っ!
僕はまだケンカするとは言って無いよっっ!」
「あ?
竜司。
今更何言うとんねん。
ワレも竜河岸戦で神通三世やら神道巫術やら試してみたくは無いんかい」
確かにそうだ。
魔法で作成したこの2つのスキルはまだ竜河岸との戦闘で使った事が無い。
護衛の任務が始まってB.Gの代理人と接触すれば多分戦闘になる。
その前に使っておくのも良いかも知れない。
でも…………
「けど元は…………
僕の親友だ。
親友を殴る事なんて……
出来ないよ」
「親友なればこそやろ?
親友やからこそお互いの強さを知っときたいと思うやろ?
お互いの力量を知って親友の絆が深まるんとちゃうんかい?」
「竜司。
ワレ、そないに屁タレた奴やったんか?
しゃあないのう……
そのケンカ、ワシも立ち会うたるわ。
ヤバい思たら間、入って止めたるから遠慮せんでこんバカタレをボテくり回したったらええ」
「そうやそうや。
何ぼでもかかってきたらええ。
こっちもワレの絶招経と真・絶招経を差っ引いた上で言っとんのやで?
…………ってバアちゃんっっ!
誰がバカタレやねんっっ!」
「でっ……
でもっ……
この後、護衛の任務もあるのに怪我なんかしたら……」
「んなもん魔力注入で治るやろ?」
あまりにド正論を突き付けられてぐうの音も出ない僕。
確かに元と初めて会った時は魔力注入なんてまだ使えなかった。
「ぐっ……
たっ……
確かに……」
何か物凄く追い詰められている感覚。
「何や。
身なりだけオッシャレーになっても中身は屁タレのまんまかい」
「そんな事言われても……
僕は僕なんだし……」
以前の僕なら多分ムッとして怒っていただろう。
でも僕はこの時怒れず、元の屁タレ発言をそのまま受け入れる事しか出来なかった。
ガシガシ
「あーっ!
もーっ!
こうなったら実力行使やっ!」
頭を掻きながら身を乗り出して来た元。
ガンッ
元の右拳が僕の左頬に当たる。
少し痛い。
「なっ……
何するんだよ……
やめてよっ……」
「ホレ……
ホレ……
痛いやろ?
ホレ……
ホレ……」
ガンッ
ガンッ
ガンッ
ガンッ
執拗に僕の頬を殴って来る元。
少し苛ついて来た。
「もうっ……
やめてよっ!」
バシッ!
僕は元の拳を強く払う。
「ほっほう。
ちょおやる気になって来た様やな……
でもまだまだ……」
ガンッ
強く払ったのにも関わらず、依然として殴って来るのを止めない元。
一体何なんだお前は?
何でそんなに血の気が多いんだ。
もういいよ。
そんなにケンカがしたいならやってやる。
こうなったらやってやる。
半ば不貞腐れる感じでケンカに応じる事にした。
僕は左手を伸ばし、側に居たガレアの鱗へ。
魔力補給だ。
ガガガガシュガシュガシュガシュッッ!
同時に保持をかける。
同様に元もベノムの鱗へ手を伸ばす。
魔力補給。
「起動ッッ!」
ちゃぶ台を挟んで三則を使用し、殴りかかって来る元。
僕の魔力補給を見ていてやる気だと悟ったからだ。
だが……
この場に居る誰よりも行動が早かったのは…………
フネさんだった。
ギュンッッ!
元の超速で迫る拳。
だが、その拳が当たるよりも早く。
視界が急速に変わる。
気が付いたら宙に浮いていた。
僕は投げ飛ばされたんだ。
左へ飛んで、そのまま外へ。
「ホイ」
ギュンッッッ!
皴枯れた声が聞こえたと思ったら、飛んでいる僕の腕を掴まれ更に投げ飛ばされた。
「うわぁっっ!」
僕が声を上げる頃にはもう目線上に雲がある程の高高度。
訳が解らない。
ふと横を見ると元も同様に空を飛んでいた。
表情は何かやれやれといった様子。
「おいっっ!
竜司っっ!
魔力注入で防御せなダメージあんぞっっ!」
少し離れた元の声。
そうだ。
状況の確認は後回し。
まずは落下の衝撃に備えて防御しないと。
僕は頭から背中全面。
背後全域に魔力を集中させた。
ってこれどこに落下するんだろう?
市街地とかだったら、一般人が巻き込まれたりしないか?
最高到達点はとうに過ぎ、下降していく僕ら。
まっさかさま。
その言葉が似合う体勢。
ドコォォォォォォォォォンッッ!
激しい落下音。
僕らが着地……
いや、着弾した。
辺りに砂煙が立ち込める。
「ゲホッ……
ゲホッ……
一体何がどうなって……」
魔力注入のお陰で僕は特にダメージは無く、すぐに立ち上がる。
視界には砂煙が立ち込めていて不明瞭。
とりあえず前に歩く。
あ、少し坂になってる。
て事は落下の衝撃でクレーターが出来たんだ。
やがて砂煙が晴れるとそこには元、フネさん、ベノム、ガレアと全員立っていた。
「ほう……
あの高度から落下してもダメージは無いか……
確かに成長しとるのう竜司よ。
ヒョヒョヒョッ」
「……あ……
あの……
僕らを投げ飛ばしたのはフネさんですか?」
「ワシ以外に誰がおんねん」
さも当然の様に語るフネさん。
【お前、思い切り投げ飛ばされてたなあ。
ケタケタケタ】
呆気に取られている僕を見て嘲笑の笑いのガレア。
「バアちゃん、合気道の達人やからなぁ。
合気をガチで使える人なんてバァちゃんぐらいしか知らんわ」
合気。
確か塩田剛三が扱ったって言う半ば魔法のような技術。
簡単に人を投げ飛ばしたり、押さえつけたりする事が出来る。
本当にあったのかさえ定かでは無い幻の技術。
それに竜の魔力を掛け合わせたのだろうか?
「じゃ……
じゃあ合気を魔力注入を発動して使ったって事……?」
「その通りじゃ。
ヒョヒョヒョ」
ゴクリ
あまりの力に生唾を呑み込む僕。
お爺ちゃんと闘ったらどっちが強いんだろう?
僕の中で湧いた純粋な疑問。
「す……
凄いですね……
あの……
ちなみになんですが……
うちのお爺ちゃんとフネさんってどっちが強いんですか……?」
「そら皇のボンやろ。
あんジジィは未だ現役でスキル、バンバン使こうとるさけなぁ。
とうに引退しとるワシとはちゃうわ。
スキル勝負に持ち込まれたらよう勝たん」
なるほど。
少し嬉しい。
やっぱりうちのお爺ちゃんは最強だ。
竜極と称されるだけはある。
「バアちゃんが勝てへんぐらいの人なんか?
竜司のジイちゃんは」
「若い頃、スキルで3000人ぐらいの竜と竜河岸を一撃でのした言うぐらいやからのう。
ワシが言うのもアレやけどありゃバケモンやわ」
3000人!?
しかも一撃!?
お爺ちゃん、一体何をした。
「ブルル……
おっとろしいのう……
前、闘らんで良かった……」
「元。
ワレなんか即効で遥か上空へ飛ばされて終わりじゃ。
でもまあワシも勝てへん言うたかてただでやられるつもりはないけどな。
ヒョヒョヒョ」
笑いながら怖い事を言っているフネさん。
「そ……
それでここは何処ですか?」
着弾した場所は広場で少し離れた周囲を少し高めの木々が取り囲み、近くに鉄柱時計が立っていた。
午前8時9分
時計の針が現在時刻を刻んでいる。
何処かの公園だろうか?
「ここは十三公園じゃ。
お前ら二人がケンカしたら周りの被害がエラい事になるからのう。
我ながらエエこんとろーるじゃわ。
ヒョヒョヒョ」
ガンッッッ!
脇から激しい激突音が響く。
横を見ると胸前で両拳を強く合わせ、闘志漲る両眼でこちらを凝視している元がいた。
「おう……
そやそや。
ワイらは何も空中散歩がしたくてバアちゃんに投げ飛ばされた訳や無かったなぁ……
竜司ィッ…………!」
ギンッ!
元の両眼に一層力がこもる。
闘魂の炎が燃え盛る。
「闘ろうや」
もう逃げ場はない。
やるしかない。
確かに元の言っていた事に興味が無い訳でも無い。
神道巫術や神通三世を竜河岸に使うとどんな感じになるのか検証してみたい。
「…………全方位」
僕を中心に超速で広がる翠色の円形ワイヤーフレーム。
戦闘の準備。
「ようやくやる気になりよったか。
スロースターターにも程があるっちゅうねん。
おい、竜司。
精霊呼び出さんかい。
待っとったるわ」
「いいの?」
「ええええ。
ワレん持っとるモン全部出して闘り合わなこんなケンカ、無駄やろ?」
これは僕を侮っている訳じゃ無い。
純粋に全力の僕とケンカしたいだけなんだ。
厳密には絶招経を使わないので全力と言えないかも知れないけど。
パンッ!
僕は胸前で両掌を勢いよく合わせた。
神道巫術の発動準備。
元に対する行動での返答。
「神道巫術」
ポウ
両人差し指先端が蒼白く灯る。
そのまま両手を動かす。
その青白い光が描く軌跡は鳥居。
さて、どの精霊を顕現しようか?
まず潮椎は海の側じゃ無いので除外。
野椎はやる気無さそうなので却下。
葉槌は……
エンジェルトランペットなんて後遺症を引き起こしそうな危ない代物は使えないし、あのSFみたいな巨大食虫植物も絶招経で変質した魔力があったればこそだ。
平時ではあまり戦闘には向かないかも知れない。
とりあえず保留。
水虬?
う~ん……
多分、今回のケンカは長期戦にはならない。
となると回復はそんなに必要が無い。
元に能力低下を施そうにも長期戦では無いからそんな余裕も無いだろう。
ここで気付いた。
水虬が有効なのは長期戦。
短期決戦には適正と言えないのかも知れない。
結局の所、顕現するのは磐土と毎度お馴染みの久久能智となった。
磐土は単純な物理攻撃には滅法強いし、久久能智の四方から瞬時に蔓を生成するのは使える。
且つ参謀としても有能だ。
「久久能智……
磐土……
聞こえる……?
聞こえてたら僕の前に出て来て欲しい」
ブンッ!
「ぬ?」
僕の前に二つのサークルが現れる。
ギュルゥッ!
サークルから勢いよく無数の太い蔓が伸びる。
頂点で集束。
無数の太い蔓で構成された三角形。
もう一つのサークルからは無数の岩の棘がせり上がって来る。
そのまま大きな岩の顔。
岩の身体とどんどんせり上がる。
パキパキ
蔓の三角形がひび割れて行く。
バキィンッッ!
割れた蔓の中から出て来たのはパーマのかかったふんわりとした黒い長髪を携えた緑色の肌を持つお姉さん。
久久能智と。
ゴツゴツした岩の顔と幅広でなで肩。
丸太の様に太い腕を地面につけ、まるでゴリラのナックルウォークをしそうな雰囲気の磐土。
二人の精霊が僕の前に顕現した。
〖……で、主はん。
うちらはあん穢れた人間をぶちのめしたらええんか?〗
【フンッ!
頭にケンカ売って来たあんなぁをぶち回したらいいんですかいのうっ!?】
二人共話を聞いていたらしく僕よりも闘志が漲っている。
「竜司よ。
そん何やようわからん緑ィねーちゃんと岩塊のバケモンがお前のスキルか?」
「え?
フネさん、久久能智と磐土が見えるんですか?」
「見えるも何もそこにおるやろがい」
僕はバッと素早く久久能智の方を見る。
〖あぁ、この御婆はん。
何したか知らんけど、洒落にならんぐらい徳積んどるからや。
うちらの姿なんざ見えて当然。
このお婆はんが同じ術使たら5、6体同時に顕現出来るんとちゃうか?〗
ゴクリ
僕でもまだ2体が限度なのに。
その三倍は多いのか。
それがそのまま竜河岸としての力量の差の様な気がする。
冷や汗を一筋掻きながら、生唾を呑み込む僕。
「何やバアちゃん。
竜司の前に何か出とんのかい」
「そやなあ。
何か出とってワレに敵意、剥き出しやわ。
何が出とるかは言わん。
言うてもたらふぇあや無いからな」
「そんなんええわい。
見えへん奴からの攻撃か……
おもろそうやないかいっ!」
見えない障害が現れたにも関わらず、全く闘志に衰えを見せない元。
「二人共よく聞いて……
磐土は僕の前面で元の攻撃を防いでくれ。
人ってのは攻撃をした瞬間、隙が生まれるものだ。
始まると多分、思い切り攻撃を仕掛けて来る。
元の拳が磐土に触れた瞬間、久久能智。
地中から蔓を伸ばして元を拘束。
そこを僕が一撃を入れて終り。
どうかな?
この作戦?」
〖うち、あん人間の事なんざよう知らんから別にどうとでも〗
〖わしゃあ頭の言う事には何でも従うけんのうっ!〗
何となくやる気があるのか無いのかよくわからないが、とりあえず言う事は聞いてくれるみたいだ。
「ガレアーッ!
こっち来てーっ!」
【ん?
何だ竜司?】
ドスドスと側に寄って来るガレア。
「魔力補給させて」
【いいけどよ。
何でお前、元とケンカするんだ?
お前ら仲間じゃないのかよ】
「そりゃ元は親友だよ。
僕がやりたい訳じゃない。
元がケンカしたいって言うからさ」
【何だそりゃ?
よくわかんねぇよ】
ドッッッッックゥゥゥンッ!
ドッッッッックゥゥゥンッ!
二回大型魔力を補給。
精霊達の糧用だ。
心臓が二回高鳴る。
すぐに保持をかけた。
「はい、良いよ。
二人共持って行って」
〖はいな、ほなよばれまひょか〗
〖頭ァッ!
いただきやすっ!〗
身体に取り入れた二つの巨大な力が抜けて行く感覚。
襲い来る喪失感。
精霊達の糧吸収は完了した。
いよいよ元とのケンカ開始。
僕は元と対峙した。
「ようやく準備完了かい……
その神道巫術って時間かかりすぎとちゃうか?」
「まあね。
だから切迫した状況だと使い方が難しいんだ」
「まあええわ。
ほな行く………………
でっ!」
ヒュンッッッ!
元の姿が消えた。
縮地走法。
ガィィィィィィィンッッッ!
激しい衝撃音。
目の前には右ストレートを放っている元。
それをガードしている磐土の姿。
元の姿は全く見えなかった。
これ程なのか。
縮地走法とは。
「なるほどのう……
これが精霊っちゅうやつかい……
ワイには何も見えへんねんけどなあ……」
〖おどりゃぁッッ!〗
ブゥンッッ
丸太の様な磐土の腕が唸りを上げる。
ドカァァァァァァァァァンッッ!
ズザザザザザァァァァァァッッ!
命中した。
いや、防御された。
クロスガードで磐土の一撃を防ぎ、吹っ飛ばされた。
「これも精霊の力っちゅうやつかい……」
ひょい
挙げた右足首に千切れた木の蔓が巻き付いていた。
〖ふうん……
あんぐらいの糧やと千切れてまうか。
あん穢れた人間、なかなかやるんどすか……?
いや、そん脳筋の一撃が大きかっただけどすか〗
あの足首に巻き付いた蔓は久久能智の仕事だ。
「ワイの一撃で精霊はどうなったんやろか……?
見えへんからようわからんわ。
あっこに打って防がれた言う事はこんなもんか……
フム……
あとは高さか……」
ヒュンッッ!
再び元の姿が消えた。
また攻撃して来る。
刹那、周囲の風景に違和感を感じる。
脳内を超速で違和感の正体を考える。
すぐに判明。
視界内から元の気配が消えたのだ。
視界内に感じないと言う事は………………
上!!
素早く頭を上げる。
思った通り元は高く跳躍していた。
身体を反転させ、斧の様な右脚を超速で振り下ろして来ている。
「磐土ッッ!
上だァァッッ!」
〖どっせぇぇえぇいっっっ!〗
ドコォォォォォォォォンッッッ!!!
咄嗟に両腕をあげ、防御する磐土。
ベコォォォォォォッッ!
落下スピード×回転×元の体重×三則。
この公式から弾き出される威力は物凄く、地面が凹みクレーターが出来る。
〖ヌオオオオオッッ!
オドリャァァッッ!〗
「おっと」
磐土は何とか元の強烈な蹴りの威力を弾き返した。
追撃する事無く、そのまま間合いを広げる元。
「高さは……
ワイの背と同じぐらいか……」
ヤバい。
何かヤバい。
元がさっきから何かを探っている。
今までの経験からか。
第六感か解らないけど本能が告げている。
この戦い。
長引けば長引く程不利になる。
短期決戦しないと。
「……久久能智ッッ…………
大量の蔓で元を捕獲してっ……
一気に決着をつけるっ……」
〖はいな〗
ボコォォッッ!
僕が命令した途端、元の周囲の地が割れた。
地割れから太い蔓が急速生成。
その数、大量。
ギュルルルゥッッ!!
地から這い出た大量の太い蔓が元の身体に絡みつく。
瞬く間に拘束された元。
今だ!
「起動ォォォッッ!」
ドンッッッ!
両脚に集中した魔力を三則で爆発。
強く地を蹴り、一気に間合いを詰める。
超速で前に進む中、右拳に魔力を集中させた。
ギャリィッッ!
カウンターで蹴りを地面に叩き付け、急ブレーキ。
元との間合いはおよそ45センチ。
僕の拳が届く距離。
くの字に曲げた右腕を大きく後ろへ引いた。
「…………ごめん……
元……」
「ごめんやて?
何に対してのごめんやねん」
僕は俯いていた。
元の顔は見ていなかったんだ。
だからこそ。
耳の中にクリアに聞こえた元の声。
光の速さで頭の中に膨張する違和感。
何に違和感を感じたのか?
それは元の声色。
明らかに窮地に瀕している人間の声じゃない。
余裕。
まだまだ力を残している。
まんまと罠に嵌まった。
そう言う雰囲気の声色。
何故だ?
久久能智の蔓は元に絡みついている。
動けない筈だ。
バッッッ!
僕は急いで顔を上げる。
両眼に映ったのは十重二十重にグルグル巻きに蔓が巻き付いている元の………………
笑顔だった。
「甘いのう……
竜司。
躊躇っとってどうすんねん。
確かにワイはお前の親友やけどな……
たった今はワレの敵とちゃうんかい……
謝るヒマがあったらその魔力集中させた右拳をワイに叩き込まんかいダボが……
ホレ……
そうこうしとる内に行くでぇぇぇっっ!
起動ォォォォッッッ!」
ブチィィィィィッッッ!
「なっ!!?」
引き千切れた。
久久能智が生成した魔力を込められた蔓を。
「オラァァァァァッッッ!」
ドボォォォォォォォォォォォッッ!
痛烈な元の前蹴りが僕の腹に突き刺さる。
「ウゴォォォォォォォォォッッッ!」
起動ッッ!!
バキィィィィィィィィィッッッ!!
だが僕もただでやられはしない。
腹に丸太の様な元の脚が突き刺さり、くの字に曲がり吹き飛ぶ寸前に魔力を集中させた右拳を足に炸裂させた。
今の音は元の右脛骨を叩き折った音。
ギュンッッッ!
物凄いスピードで吹き飛ぶ中、元が空中に回転しながら舞い上がっているのが見えた。
ズザザザザザァァァァァァッッ!
激しく地面を擦りながら滑る僕の身体。
「ヒョヒョッ。
こら凄いわい」
ズキンッッ!
腹が痛む。
肋骨が折れている。
すぐに患部へ魔力を集中。
傷を修復にかかる。
やがて完治。
ゆっくりと起き上がる。
倒れていた元も起き上がる。
「あーびっくりした……
オイ、竜司ッ!
ワレの精霊に伝えろや。
あんなションベンみたいなんやったらワイを捕らえられへんってな」
ニカッ
遠目に見える元の笑顔。
〖確かにあん穢れの力量、見誤っとったどすなあ〗
〖あん蹴りの威力はなかなかじゃった……
穢れ言うてもあいつなかなかやりおるけぇ……
頭、気を付けてつかぁさい〗
「そう言えば僕が間合いを詰めた時、磐土は何処にいたの?」
〖頭の後方じゃ〗
あれ?
何でだろ?
前方に配置した筈なのに。
〖それはなあ。
主はんの気持ちが自分で殴るって言うのに割かれとったどすから自然と後ろへ下げたんやろなあ〗
「え?
そういうものなの?」
〖さよどす。
うちらを操作しとんはあくまでも主はんやからなあ。
何処に配置すんのかも胸三寸どす。
だからうちらをどう動かすんかも主はんの気持ち次第どす。
意識しとるかしとらんのかは別の話でな〗
なるほど。
僕が自分で元を殴ると思っていたから、その気持ちに反応して下がったって事か。
まだ僕はこの精霊達と闘う事に慣れて無いのかも知れない。
もっとこいつらが傍に居る事を自然と。
当然と思わないと駄目だ。
でないと上手く神道巫術を扱えないって事か。
さて、ここからどうする?
やはり元は強敵だ。
掛け値無しの強敵。
しかもまだスキルを使っていない。
パンッッ!
僕は勢いよく両手を合わせた。
「黄道大天宮図」
合わせた両掌を空へ向けて観音開き。
掌の上に現れる眩い星団図。
神通三世の準備だ。
こうなったら僕も出し惜しみはしてられない。
そう言えば最近、占星装術で星占いしてないなあ。
おっと、そんな事を考えている場合じゃない。
僕は左手に黄道大天宮図を保持。
準備完了。
絶対防御時間である10秒。
この10秒で決着をつける。
「次は二人共何もしなくて良い。
僕の後で待機だ」
〖ん?
あん穢れ、叩きのめす手伝いせんでええんどすか?〗
神通三世は相手の攻撃があって初めて作動する絶対防御機構。
どんな体勢だろうと迫る攻撃を躱し、死角に潜り込む。
そして一撃を叩き込むスキル。
久久能智の蔓で攻撃を阻害してしまうと作動しない。
「うん、いいんだ。
久久能智が手を出すと神通三世が作動しないかも知れないから」
〖て事はワシもですかいのう?〗
「うん、10秒間は自分で防御出来るから磐土も後ろに居てよ。
それで10秒経っても決着が付かなかったら僕を退避させて。
どんな方法でも良いから」
〖頭がそう言うんならわかりやした〗
〖うちもわかりましたどす。
10秒経ったら主はんを逃がしたらええんどすな〗
「うん、じゃあ行くよ」
ザッ
僕は前に一歩踏み出す。
ザッザッザッ
どんどん歩速を速めて行く。
元との間合いを詰めていく。
「へっ……
そのキラついとる円盤が言うとった神通三世って奴かい……
ええやないか……
来んかいっ!
竜司ィッッ!」
無防備に近づく僕を見てますます闘志を漲らせる元。
まだだ。
まだ発動するな。
もっと。
もっと近づいてからだ。
間合い10メートルを切った。
ザッザッザッ
僕は歩速を緩めない。
むしろ速めて間合いを詰めていく。
間合い60センチを切った。
眼前には聳える元の巨体。
まだ攻撃して来ない。
いつだ!?
いつ攻撃して来る!?
「竜司……
あんなぁ……
もう発動しとるかどうか知らんけどなぁ……
その神通三世……
決定的な弱点があるわ……
こんな感じで全く手ェ出さんかったら全く効力を成さんわなあ……
んで攻撃の意志に反応するんやったのう……
ほんだら……」
目の前に立つ元が静かに語りかけて来る。
え!?
神通三世の弱点!?
緊迫した状況。
元の言ってる事の精査も覚束ない。
ガッッッ!
混乱しかけている僕の両肩をゆっくり掴む元。
しまった!
神通三世を早く発動しないと!
「こう言う掴み技や投げ技には弱いわなぁ…………
オラァッッ!」
ギュンッッッ!
急速に視界が変わる。
僕は投げ飛ばされた。
しまった。
完全にやられた。
確かに神通三世は絶対防御。
後の先の究極とも言えるスキル。
だが後の先とは相手の攻撃があって初めて効果があるもの。
全く攻撃して来ないと無力に等しい。
しかも僕を掴むと言う行為も攻撃と認識されるかどうかも怪しい。
ダメージが発生するのは投げそのものでは無く、地面に叩き付けられた時なのだから。
依然として空を舞う僕の身体。
そんな事を考えている場合じゃない。
早く防御を。
集中ッッ!
僕は背面部に魔力を集中。
そして屈み、頭を両手で抑える。
ザフンッッッ!
公園の芝に着弾。
ゴロゴロゴロォッッ!
勢いのあまり転がる。
魔力のお陰でダメージは無い。
まだやれる。
「オイ」
ゾクゥゥゥゥゥッッ!
背筋に寒気が奔る。
すぐ傍まで元が近づいていた。
いつのまに。
「ようやく思い切り殴れるわ……
オイ……
竜司……
どうすんねん……
もう10秒は立っとる…………
ぞっっっ!」
元がギュッと握りしめた右拳を打ち降ろして来た。
ヤバい!
このタイミングで後ろから。
避けられない!
当たる!
………………と、今までの僕ならそう思っていたかも知れない。
だが…………
今の僕には…………
神通三世がある。
神通三世ッッ!
ゴォォォォォッッッ!!
カンッッッ!
激しく風が吹き抜ける起動音の途中で乾いた拍子木の音が一回。
「ぬっ!?」
ザシャァァァッッ!
背後を取られた僕だったが逆に元の背後を取っていた。
眼に見えるのはがら空きの元の右脇腹。
体勢はさっき僕が居た場所へパンチを放っている。
ここだ!
2秒経過。
「起動ォォッッ!」
僕は屈んだ体勢のまま三則を使用し、右ストレートを放つ。
カンッッ!
だが、僕の耳に響いたのは拳の衝撃音では無く…………
拍子木の音。
視界も瞬時に変わる。
僕は宙を跳んでいた。
一体何が?
完全に元の死角へ回りこんだ筈だ!?
下には右でローキックを繰り出している元の姿。
スッ
6秒経過。
元が顔を上げた。
不敵な笑みを浮かべている。
「そら……
そこしか避ける場所は無いわなあ……
ほんで身動き取れへん空中やったらどうすん…………
ねんっっ!!」
ブオッッッ!
振り被った強烈な元の右拳が僕、目掛けて放たれた。
気圧の壁を突き破り、猛然と迫り来る。
「ウワァッ!!?」
僕は叫び声をあげ、目を瞑ってしまった。
カンッッ!
ベキィィィィィッッ!
「痛ッッッッッ!!」
闇の中で聞こえる拍子木の音。
何かが折れた音。
そして元の呻き声。
目を開けた。
僕の視界に映ったのは元の右拳。
そしてその元の右腕を僕の両拳が挟み込んでいる図。
歪にひん曲がっている元の前腕部。
10秒経過。
パッ
すぐに挟み込んだ両拳を解き、着地。
ダンッ!
ズザァァァァッッ!
即座に間合いを広げる。
「いっつぅぅぅぅぅっっ!!!
そんな防ぎ方も出来んのかい……
アカン……
ヘンな方向に曲がっとる……
バッキバキに折れとるわ……
これ魔力注入で治んのかいな……」
元は青紫に腫れ上がり、歪に曲がっている自分の前腕部をマジマジと見つめている。
「元ッッ!
いつも言うとるやろがいっっ!
魔力を扱うコツはイメージや言うてっっ!
オノレの正常な右腕をイメージして魔力を使うんじゃッッ!
こんバカタレェッ!」
フネさんの檄が飛ぶ。
「おっと……
そやったそやった……
ワイの右腕……
ワイの右腕……」
パァァァ
歪に曲がってる元の右腕が明るい白色光に包まれる。
こんな反応は初めて見るな。
やがて光が止み、出て来たのは先程と同じ丸太の様に真っすぐ伸びた右前腕部。
まだこのケンカは続くんだろうな。
「おっ?
治った治った。
やっぱ魔力注入は凄いのう……
オイ!
竜司!」
「な……
何だよ……?」
「神通三世の弱点、もう一個教えたるわ!
動きが正確過ぎんねん!
死角に回りこむのはええかも知れんねんけどな。
正確やから回避する場所も予想しやすい。
なら線の攻撃や無しに死角もカバーする円の攻撃やとワレが攻撃仕掛ける前にすぐ回避行動を取ってまう訳や」
なるほど。
自動で回避すると言う事は機械的。
正確に死角に回り込むから、自分の死角が何処か把握をしていれば対処が出来ると言う事か。
多分さっきのローキックは回し蹴り。
右ストレートの勢いをそのまま活かし回し蹴りに繋げたのだろう。
「んで、自動って事はフェイントをかましたりとかの戦術を挟み込む余地も無いっちゅう事。
攻撃が来たら絶対回避か防御してまう」
僕は絶句した。
この数手のやり取りで僕も気付かなかった神通三世の隙を暴いてしまった。
やはり元は凄い。
無言でただただ黙って聞いているしか出来なかった僕。
て言うか一個じゃ無いじゃないか。
「でもまあごっつ凄いスキルである事は確かやけどな。
ワイがここまで理解できたんも竜司の話があったからやし、空中やったら避けれんやろ思たらあんな躱し方するとは思ってへんかったわ…………
でもまぁ……
もう解った」
ザッザッザッ
元が近づいて来る。
無造作に。
無防備に。
不敵な笑みを浮かべながら。
拳も握っていない。
脱力。
それが見て取れる様子。
どうする?
どうする?
まだ左手に黄道大天宮図は保持されている。
まだいける。
しかしこの笑みは神通三世を脅威に思っていない。
どうしよう?
どうしよう?
超速で思考が巡る。
あ
ここで閃き。
雷鳴の様な閃き。
いや、盲点とも言える思いつき。
何でこの事に気が付かなかったんだろう。
僕の神通三世は絶対防御。
その原則は変わらない。
ただ僕は思い違いをしていた。
いや、忘れていたと言うのが正しい。
起動!
ドルンッ!
ドルルルンッッ!
ドルルンッッ!
両脚に魔力を集中させ爆発。
体内で響くエンジン音。
僕は神通三世を発動したら相手の攻撃を待っていた。
けどそんな事は必要無いんだ。
発動したら僕は攻撃に専念すれば良いんだ。
反撃が来たとしても神通三世が護ってくれる。
当然と言えば当然なんだけど。
この発想はスキルを編み出した時に考えていた。
けど、本気で使ったのは中田戦が初めて。
中田の場合は有り得ない攻撃を仕掛けて来るから出方を見る必要があった。
だから神通三世を発動しても手を出さなかったんだ。
あの死闘でずっとその使い方だったもんだから、これが正解だと思っていた。
けど、違った。
ドンッッッッッ!
僕は強く地を蹴り、瞬時に間合いを詰める。
元との間合いはおよそ15メートル。
三則を発動させた僕の脚なら一秒もかからない。
神通三世!
スキル発動。
「おっっ!?」
パカッと元の口が開く。
物凄く嬉しそう。
ぐんぐん迫る元の顔。
僕は右膝に魔力を集中。
「起動ォッ!」
魔力を爆発させた飛び膝蹴りを元の顔面、目掛けて繰り出す。
「うおっとぉっ!」
ビュンッ!
咄嗟に身を引いて躱す元。
惜しい!
ズザァァッッ!
ドンッッッ!
勢い余って元を通り過ぎるも着地後、すぐに飛び掛かる。
次は右拳に魔力を集中。
今度は低く。
低く飛ぶ。
そのまま槍の様な右ストレートを元の背後に向かって放つ。
だがそんな攻撃が当たる程、元は甘くない。
姿は見えずとも僕の位置は把握している。
証拠に岩の様な右拳を振り向き様に振り下ろして来た…………
のが見えた。
カンッッ!
乾いた拍子木の音。
ザシャァァッ!
気が付いたら僕は元の背後に立っていた。
ここだ!
ここで攻撃!
今度こそ元を殴ってやる!
そう思った矢先……
カンッッ!
再び乾いた拍子木の音。
ズザァッ!
今度は元の位置が遠くなった。
しかも元の体勢がおかしい。
逆立ちをしている。
「おっ?
離れとるやんっ。
て事はやっぱ真後ろにおったんやなあ……
よっと」
スタッ
ピョンと飛び上がった逆立ちの元が着地。
今、一体何が起きた?
僕の神通三世は二回発動した。
一度目は解る。
振り向き様に元が攻撃して来たからだ。
けど二回目。
二回目の発動が良く解らない。
拍子木が鳴ったって事は攻撃されたって事だ。
あのパンチを繰り出している体勢から後ろに向かってどうやって?
しかも打ち降ろしているから屈んでいる。
僕は少し考える。
解った。
多分、元はまたパンチの勢いを利用して背後へ踵を蹴り上げたんだ。
だから神通三世が作動した。
だから逆立ちをしていた。
元は解ったと言っていた。
それは神通三世の概要を理解したと言う事。
ならば初撃が当たるとは考えていない。
第2撃、3撃と心構えをしていてもおかしくはない。
やはり元は凄い。
「……凄いよ……
さすが元だ……
神通三世を見たの今日が初めてだろ?」
僕は正直に心中を語った。
「へっ……
自動で動くから読みやすいからのう。
竜司くんっ!
見えてへんって事は見えとる言う事や。
逆もまた真なり言うてな。
まあでも本音を言わせてもろたらホンマに凄いスキルやと思うでそれ。
ワイが攻撃出来んのもワレがまだ急激な視界変化に対応し切れてへんからやろしのう」
元の言いたい事は神通三世が発動した後、攻撃に転じるまでにタイムラグが発生していると言いたいんだろう。
これでも早くなった方なんだけど。
無意識下で位置と体勢がまるで様変わりするんだ。
感覚としては自動で発動するテレポートに近い。
ノータイムで攻撃出来る奴の方がどうかしてる。
でもどうするか?
元は神通三世を理解している。
このままだとケンカは長引く。
しかも闘えば闘う程、不利になってしまう気がする。
何故ならそれだけ元に情報を与えてしまう事になるからだ。
どうしよう……
少し考える。
こう言う時って嫌な閃きは早かったりするんだよね。
本当に神様って奴は意地悪だよ。
僕の脳裏にはある閃き。
とても嫌な閃き。
何が嫌だって多分物凄く痛いからだ。
あぁ嫌だなあ。
いくら魔力注入で傷が治るって言っても痛みが消える訳じゃ無いんだ。
でもこのまま小手先でちょこちょこやっててもケンカが長引くだけ。
それで結局負けるんだ。
勝ち負けはどうでも良いけど、こんなケンカは早く終わらせたい。
「久久能智……
磐土……
ありがとう……
もう良いよ」
〖もういいんどすか?
あん穢れはどないしはるんどす?〗
「うん、このケンカを終わらせる方法を思い付いたから」
〖頭ァッ!
その方法っちゅうんにワシらは何か手伝えへんのですかいのうっっ!?〗
「うん、ごめんね。
これは僕だけで充分だから」
〖わかりましたどす。
ほなうちらは引っ込みますわ……
ホラ、磐土もはよ引っ込みィ〗
〖わかったわいっ!
頭……
くれぐれも無理をしちゃあいけんですよ……〗
「うん、わかってるよ」
こうして久久能智と磐土は消失。
だけど全方位は展開したまま。
元は精霊が見えないから消失した事には気付いてない筈だ。
ちらりと左手を見る。
まだ黄道大天宮図は保持している。
まだ神通三世は発動できる。
僕は元と向かい合った。
「お?
何か作戦思いついたて顔やなあ。
精霊と話しとった感じやからお次は精霊達と一緒に攻撃して来んのかぁっ!?
どちらにせよ楽しみやんけっっ!」
思った通り。
元はまだ僕が精霊を出しているものと思っている。
起動ッッッ!
ドルンッッ!
ドルルルンッッ!
ドルルルルンッッ!
両脚に魔力を集中させ、爆発。
体内で響くエンジン音。
ドンッッ!
弾ける様に前へ。
元へ真っすぐ向かって行く。
到達まで二秒もかからない。
その僅か数瞬。
ほんの少し僕にもたらされた作戦実行の時間。
僕は大きく息を吸い込んだ。
「神通三世ッッッッ!」
僕は力の限り叫ぶ。
絶対防御のスキルの名を。
ニヤァッ!
元の口が大きく開く。
恍惚の表情。
血沸き肉躍るってやつだ。
拳の届く間合いに到達。
「起動ォォォッッ!」
僕は右拳に魔力を集中し、爆発させる。
真っ直ぐ右ストレートを元の顔面、目掛けて放つ。
元も僕の動きは捉えている。
合わせる様に物凄く太い釣り針の様な右フックを放ってきた。
バキィィィィィィィィィッッッ!
ズザザザザザァァァァァァッッ!
僕の右ストレートが元の右頬に炸裂。
だが倒れない。
後ろに吹き飛ばされはしたが踏ん張った元。
やっぱりタフだなぁ。
ザシャァッ!
着地。
ドンッッッッ!
すぐさま地を蹴り、元を追撃。
ここからだ。
元は僕の思惑に気付いた筈だ。
ここからだ。
ここから僕と元の我慢比べが始まる。
ズザァッ!
至近距離まで到達。
目の前には右頬を赤く腫らしながら笑ってる元。
口から一筋の血が流れている。
ドコォォォォォンッッ!
頭上から元の右拳が僕の顔面に打ち降ろされる。
痛い。
物凄く。
やはり僕と元の身長差はキツい。
けど…………
ドコォォォォォンッッッ!
顔が左にブレる中、右フックを元の左脇腹に炸裂させる。
ベキバキボキベキィィッッ!
「オゴォォォォッッ…………」
拳に伝わる骨が折れる感触。
三則の効果はまだ有効。
くの字に曲がる元の身体。
が…………
ドコォォォォォォォォォンッッ!
元も負けてはいない。
くの字に曲がった身体を強制的に元へ戻す様にアッパーを僕の顎に炸裂。
「ゴハァァァァァッッ!」
顔が上にブレる。
脳がシェイクされ酷く気持ち悪い。
口の中も鉄臭い。
今の一撃で口の中が切れたんだ。
ここからが酷い有様だった。
正真正銘の泥試合。
ただお互い一歩も退かず殴り合うだけ。
バキィィィィィィィィィッッッ!
ベキィィィィィィィィィッッッ!
ボコォォォォォォォォォッッッ!
ただただ打撃音が響くだけの現場。
身体中のあちこちから痛みの荒波が立っている様だ。
痛い。
痛過ぎる。
泣いてしまいたい程。
けど、受憎刃で斬られるよりかは少しマシだ。
バキィィィィィィィィィッッッ!
ドカァァァァァァァァァッッッ!
ベコォォォォォォォォォッッッ!
どちらも一歩も退かない。
ただ拳を振るえるなら殴る。
このシンプルな行動を繰り返すのみ。
早く。
早く終わってくれ。
もう痛みの大洪水は沢山だ。
「ホイ」
と、ここで皴枯れた声。
そして身体が反転している感覚。
もう両瞼が腫れ上がってるから僕がどんな事になってるか不明瞭。
けど、僕は安心した。
この声の持ち主と僕が何をされたかは確信を持っていたから。
ドサッッ
僕は地面に大の字で倒れた。
「こら酷い顔や。
おい!
ガレアッ!
ベノムッ!
こっちこんかいっっ!」
この声の主はフネさん。
多分僕らの有様を見て、ケンカを終わらせたんだ。
【ん?
バアさん、どうしたんだ?
……ブッ……
ケタケタケタ!
何だよ竜司っ!
そのブクついた顔はっ!】
ガレアが笑っている。
これは嘲笑の笑い。
けど見えない。
眼が腫れで塞がって開かないからだ。
「ガレア、笑ろてんと近づいたれ。
竜司、もうちょい手ェ伸ばせるか?」
僕はプルプル震えながら手を伸ばす。
ピトッ
触り慣れた鱗の感触。
これはフネさんが魔力補給をしろと言ってるんだ。
ドクンッッッッッッッ!
心臓が高鳴る。
中型魔力補給。
スゥーーッ……
ズキンッッ!
僕が大きく息を吸い込むと激しい鈍痛が奔る。
「グウゥゥッッ……」
あまりの痛みに呻き声が漏れる。
完全に肋骨が折れている。
落ち着け。
落ち着いて修復だ。
集団リンチの時を思い出せ。
ゆっくりと。
静かに。
患部へ魔力を集中させる。
起動ッッ!
三則使用。
傷の修復も三則を使用すれば飛躍する事は学習済。
見る見るうちに痛みが引いて行く。
やがて完治。
もう身体の痛みは無い。
ゆっくり両眼を開ける。
うん、視界も問題無い。
きちんと空が見えている。
僕は静かに身体を起こす。
元は既に回復しているらしく胡坐を掻いていた。
「おっ?
竜司、傷治ったんかいっ」
ドスン
僕が目覚めたと見るや立ち上がり、傍でまた座り出した。
「あー痛かった……」
「んなもんお互い様やろ?
ワイかて身体の骨バッキバキに叩き折られて血反吐、吐いとったんやで?
んでバアちゃんっ!
どっちが勝ったんやっ?」
「難しいのう……
まあ確かにあのまま殴り合っとったらワレの勝ちやろうのう……
けんどや。
竜司の敷いた土俵にワレがまんまと乗ったって考えるとなあ……
力やったらワレ。
戦略やったら竜司と言った所やのう」
フネさんには僕が敢えて至近距離の殴り合いに持ち込んだ事がバレてる。
「何やねんそれ。
ほんじゃあ引き分け言う事かいな?」
「まあそれが妥当じゃな。
ヒョヒョヒョ」
「んで竜司。
ワレ、スキルの名前思い切り叫んどった癖に何で避けとらんねん」
「あぁ、それは叫んだだけでスキルは発動してないんだよ。
元が神通三世は自動で動くからフェイントはかけられないって言ったじゃない?
そこから思いついたんだ。
発動したと見せかけたらって。
確かに神通三世は機械的かも知れないけど発動する前なら別だろ?」
それを聞いた元は驚いた眼で何も言わず僕を見つめている。
パンッッ!
そして胡坐を掻いている右膝を勢い良く叩いた。
「カァーーッ!
そら一本取られたわっ!
ワイ、てっきり避けるモンや思てたから最初の攻撃は全く魔力込めとらん素の一撃やったんやでっ?」
「うん。
多分元の事だから最初は捨ての一撃だと思ったよ。
いくら元でも素の拳よりかは三則発動した僕の右ストレートの方が拳速は速いからね」
「くそっ!
やられたわっ!
ワイ、真後ろに来る思てたから殴りながらトラースキックの体勢に入っとったんやもん。
ハァーッ。
痛かったァーーッ!」
元が顎を擦っている。
確かトラースキックって言うのはプロレスの技で背後に居る相手に向かって後方へ蹴り上げる技だ。
画像でしか見た事無いけどこの蹴りを放つ時、身体は前傾になる。
となると元は僕の右ストレートに自ら当たりに行った様な形になる。
「僕だって洒落にならないぐらい痛かったんだからお互い様だよ…………」
さっき僕から元に行ったやり取りがリフレイン。
今度は元から僕だけど。
「クッ……」
「プッ……」
「ハハハハハハ。
何やワイら同じ様な事考えとんのう」
「アハハハハハ。
ホントだね。
ほんの少し前なのに二人で同じやり取りしてる」
元と僕。
二人で笑い合う。
大爆笑とまでは行かない優しい笑い。
僕はほんの少し前に同一のやり取りをした事に元へある種の共感性みたいなものを感じて少し嬉しくなって笑ったんだ。
元は何でか知らないけど。
僕と同じなら嬉しいな。
「元……
ワシャ竜司のスキルはよう知らんけどな。
さっきまで叫ばんでも避けとったやろがい。
それ見とって何で竜司の大声が似非やって気付かんねん」
ここでフネさんからのダメ出しが入る。
「そないな事言うたかてバアちゃん。
ケンカの真っ最中やで?
頭、血ィ登ってそんなトコまで頭回らんて」
「だからワレはまだまだ未熟者なんじゃバカタレ。
いつも頭に血ィ登らせんな言うとるやろ」
「ちぇっ。
バアちゃんは厳しいのう。
あと、竜司。
何でワイと殴り合いしよ思たんや?
ワイに殴り勝つつもりやったんか?」
「まさか。
体格差がある元に殴り勝つなんて思う訳が無いじゃないか。
僕はただ長引かせると絶対に不利になるって思ったから短期決戦を挑んだだけだよ。
多分殴り合ってればフネさんが止めてくれるって思ってたし」
「長引けば不利になる?
何でそんなん思たんや?」
「今日久しぶりに元の戦い方を見たけど、割と頭を使う闘い方だったじゃない?
ゴリゴリ力で押して来るかと思ったら……
こう……
神通三世の隙とかも分析してさ。
だからケンカを長引かせるとそれだけ元に情報を与える事になるから不利になる。
だから短期決戦の殴り合いを選んだって訳さ。
多分血の気の多い元ならすぐに僕の挑戦状って言うか思惑を察して殴り合いに応じるって考えたんだ」
「何かチョコチョコ引っかかるワードがあるけどまあええわ。
んでもまあ蓋開けたら、結局の所バアちゃん頼みやったなんてのう……
ワレ、成長しとんかしとらへんのかようわからんなぁ」
「ホレ見てみぃ。
確かにワシ頼みの打算的な作戦やったかも知れんけどな。
竜司の方が幾分か冷静に頭働かせとる。
だからワレはまんまと竜司の土俵に載った訳や。
頭に血ィ登ってな。
箕面のサルか。
バカタレ」
ここでフネさんが元へ辛辣な苦言。
箕面って確か大阪の地名だったっけ?
サルがいるかどうかは知らないけど。
「あーもーっ!
うっさいねんっっ!
誰がサルじゃボケッ!」
「ま……
まあまあ……
元が結構インテリな戦い方をしているのは確かですし……
多分頭に血が昇ったのは僕の一撃を喰らったからだろうし……」
とりあえず僕は元を持ち上げる形でフォローを入れる。
「フン。
ワシから言わせたらまだまだじゃ」
「へへへ……
竜司、解っとるやないけ。
…………おっ?
ボチボチ時間かな。
家、戻ろうや」
すっくと立った元がゴツゴツとした大きな手を僕に差し出して来る。
「うん」
ガッ
強く元の手を掴み、立ち上がる。
こうして僕らは一先ず元の家に戻る事にした。
精神が張り詰めていたせいか時間が進むのは早く、時計を見ると既に10時に差し掛かる所だった。
十三 鮫島邸 午前9時57分
「竜司、ほな準備するさかいに。
待っとけや」
「うん」
「ええと……
まずは着替えやな……」
ゴソゴソ
元は自室のタンスをゴソゴソ漁り始めた。
その背中をじっと見つめる僕。
「ねえ元?」
「ん……?
何や竜司……?
…………あったあった」
「何でさっきのケンカの時、スキル使わなかったの?」
「ん?
あぁ、ワイの震拳は喰らうと内蔵メチャメチャになるからのう。
そんなん放ったらケンカすぐ終わってまうやろ?
貫通も竜をドツくために作ったもんやしなあ」
何て自信。
僕が喰らう事を前提として話している。
まあ確かに喰らうんだけれども。
「そうなんだ。
僕、ずっと警戒していたよ」
「ハハッ。
そう言う効果もあるっちゅう事っちゃ。
ワイ、喰ろた事無いけどホンマにキツいらしいやないか?
そらトラウマになるレベルぐらいに。
んで竜司。
ワレの場合は震拳だけや無しに双震拳も喰らっとる訳やからなあ…………
ゴソゴソ……
…………後は……」
僕の脳裏に元と初めてケンカした時の記憶が蘇って来る。
喰らって無いのに気持ち悪くなって来た。
震拳を一度喰らうと体内で大量の銅鑼をずっと大音量で鳴らされている様な感覚に襲われる。
しかもその銅鑼の様な感覚は音では無く衝撃。
侵入した衝撃は体内で反響して内臓を破壊。
その衝撃は脳にまで達し、激しい吐き気が急激に膨らみ、たちまち嘔吐する。
本当に元の言う通りトラウマになっている。
二度と喰らいたくないスキル。
「た……
確かに…………
それにしても本当に血の気が多いよね元って。
メインで扱うスキルが一撃必倒でもう一つが対異生物用って」
「せっかく竜河岸なんて訳わからん人種に産まれて訳わからん魔力なんて代物使える様になったんやで?
ケンカに使わな損やろがい。
んで竜司。
ワレ、最後のドツき合いん時、精霊引っ込めとったんか?」
「うん。
元は見えて無いかどうか確認したかったし精霊が出ていると思い込んだらその分、注意が削がれると思ったから」
「まあ作戦としては悪ないやろけど、精霊と一緒にワイをドツいたら勝てたかも知れんのに……
……まあ、こんなモンやろ。
準備出来たで」
すっくとかばんを持って立ち上がる元。
二人並んでガレアとベノムが待つ居間へ。
「そうかも知れないけど。
勝ち負けはどうでも良かったから」
この時の僕は元に勝てた事による達成感で享受する喜の感情が欠損していた。
達成感が欠落しているから勝ちへの渇望や執着も薄まる。
これが真・絶招経の弊害。
でもこの頃の僕はそれにまだ気付けずにいた。
「何じゃそら?
せっかくケンカすんのに勝ちに行かんでどうすんねん」
「う~ん……
そりゃ元は親友で強いのは知ってるから全力ではやったけど……
何て言うんだろ?
負けなければ良いって感じなんだ。
どう言って良いか良く解らないけど」
「ヘンな奴やのう……
おうガレア、ベノム待たせたのう」
【なあなあベノム。
何だこれ?
何でこのモジャモジャしたヤツ、ピーピー鳴りながら棒ぐるぐる回してんだ?】
ピーピーピーピー♪
ペーポーポーポー♪
竜二人が見つめる先にはぐるぐる指揮棒を回して音を鳴らしているクマのぬいぐるみ。
これは僕がお土産で買って来た物だ。
まだ遊んでくれてたんだ。
少し嬉しい。
あとこの曲、後で調べたんだ。
鳴っている曲はベートーベンの第九だ。
【………………いい……】
【いいじゃねえだろ。
俺が聞いてんだろ?
ベノム、お前ますます喋らなくなったなあ】
ポツリと一言呟くベノム。
この声は聞き取れた。
本当にヘンな竜だなあ。
そしてガレアは元の様なコミュニケーションは取れないみたいだ。
「ホラァ、ベノム。
とっととおもちゃ亜空間にしまい。
出かけんで。
んで竜司、何で行くねん?」
「まずはガレアの亜空間で奈良の天理市に行こうと思う。
そこにお世話になった竜が住んでいるんだ」
「確かヒビキ言うたっけ?
竜の癖に人間の子ォ育てとる言う変わったやつ」
「そうだよ。
見た目は普通のオバちゃんなんだけど、中身は高位の竜で、しかも王の衆の一角。
白の王だからね」
「前にも聞いたけどめっちゃ強いんやろ?
ヘヘ……
いっぺん闘り合うてみたいのう……」
「やめた方がいいよ……
下手したら殺されるから」
僕は二度ヒビキと闘った。
初めて会った時と暮葉の紹介の時。
一度目はなす術も無くコテンパン。
二度目はヒビキに手傷を負わせる事は出来たけど、あのまま続けてたら死んでた。
絶対に。
ブルル
思い出して身震い。
「何ブルッとんねん」
「ううっ……
うるさいなあ。
ホラ行くよ。
ガレア亜空間出して。
ヒビキの所で」
【ハァ……
あんまし会いたくねえんだよな……
アイツ】
テンションが低いガレア。
何度か氷漬けにされてるからすっかり苦手になったみたいだ。
「まあまあ。
さっきも言ったけど本命はそっちじゃ無いから」
【ハイヨ……】
ガレアの傍に亜空間が現れる。
心なしか穴の広がりも元気が無さそう。
「じゃあいってきますフネさん。
元をお借りします」
「気ィつけてなあ」
フネさんに見送られながらとりあえず僕と元、ガレアとベノムは亜空間を潜る。
少し歩き、先の光へ。
光を抜けると目の前には巨大なタワーマンションが聳え立っていた。
奈良県 天理市 午前10時31分
「何やごっついデッカイマンションやのう」
「うん。
久しぶりに見たけど大きいなあ」
「んで竜司。
先方さんにはワレが行くって言うとんのかい?」
あ
「あ…………」
「あやあるかい。
何やお前アポ無しで突撃しようとしとったんかい。
ワレはヨネスケか」
元が訳の解らない事を言っている。
誰だヨネスケって。
でも確かに何の連絡もしていない。
「ちょっ……
ちょっと待ってっ…………」
僕はスマホを取り出し、ヒビキに電話をかける。
「こないな時間やったら働いとるんとちゃうんかい」
プルルル
プルルル
「しっ……
ちょっと黙ってて……」
ガチャ
「竜司かいっ!?
久しぶりだねぇっ!?
一体どうしたんだいっ?」
チャキチャキと威勢のいい女性の声。
間違い無い。
ヒビキだ。
「あ。
無事、旅を終えたので挨拶をと思いまして……
今、奈良に来てるんですよ…………
でもヒビキは仕事ですよね……?」
「いーやっ!
今日は土曜だから休みだよっ!
今は家さねっ!
竜司は何処に居んだいっ!?」
良かった。
「いや……
実はヒビキの家の前まで来てまして……」
「………………ははーん……
また竜司の事だからアタシに連絡し忘れて慌てて連絡したって所だろっ!?」
「ちちちっ!
違いますよっ!
ちゃんと解ってましたよっ!
今日は土曜日っ!
働いてる人は休日っ!
きちんとヒビキが家に居るって解ってたに決まってるじゃないですかっ!」
これは嘘。
図星を突かれた恥ずかしさから出た咄嗟の嘘。
僕は学校に行かず、毎日図書館と横浜ばかり行っている。
そんな状態で曜日の感覚なんて生まれる訳が無い。
当然ヒビキが言うまで今日が土曜日なんて全然知らなかった。
「オイ竜司。
何キショい顔でキョドっとんねん」
「元、うるさい…………
ただ、急に訪ねてもアレかなぁって思って」
「アハハ。
アレって何なのさねっ!
まあいいさっ。
家に来なよっ!」
「はい、では後で」
プツッ
電話を切った。
「んでそのヒビキさんは何処におんねん」
「家。
今日は土曜だから仕事は休みだって」
「何じゃそら?
結果オーライやないかい」
「いいじゃないか別に。
居るんだから。
さあ行くよ」
僕らはタワーマンションに入る。
そのままエントランスへ。
入り口はオートロックらしい。
閉じられた自動ドアの側にはテンキーが備え付けらえれている。
隣には奥まで続く大量の郵便ポスト。
確かヒビキの家は12階。
「元、ちょっと待ってて……」
僕は嘉島の表札を探す。
あった。
1208号室か。
自動ドアの前に戻り、テンキーを叩く。
ピンポーンッ
「はいはーいっ。
おっ竜司っ!
よく来たねっ。
今開けるよっ」
ガーッ
自動ドアが開いた。
「さあ行こうみんな……
っとその前にガレア、お前の身体ちょっと大きいから縮んで」
【ん?
アイヨ】
パアッと眩い白色光に包まれる。
やがて光が止み、現れたのは小さくなったガレア。
何かこのやり取り懐かしい。
「ホレ、ベノムもはよちっさならんかい。
あぁっ!?
しんどいから嫌やてぇっ!?」
「ちょ……
ちょっと元……
迷惑になるから大声はやめてよ……」
「おぉぅっ……
すっ……
すまんっ……
あーっもーっ。
わかったわいっ。
あとでししゃも買うたるから言う事聞けや」
白色光に包まれ、やがて出て来たのは2,3周り小さくなったベノムの身体。
現金な奴だなあ。
「ワレ、ホンマに現金なやっちゃのう……」
元も同じ事を考えていた。
僕らはそのままエレベーターに乗り込み、12階へ。
「1208号室……
1208号室……
あった」
1208 嘉島
表札にはそう書いてある。
着いた。
ピンポーンッッ!
「はいはーーいっ!」
ガチャッ
勢い良くドアが開く。
出て来たのはTシャツにGパンの何処にでもいる様な主婦。
髪型も何処にでも見かけるオバさんパーマ。
ただ髪は全て白い。
意識してヒビキの顔って見た事が無かったけど髪の毛、白かったんだな。
さすが白の王。
「竜司っ!
久しぶりだねぇっ!
また逞しくなったんじゃないかいっ!?
……それでお前が来る時にはいつもお客さんがいるねぇっ」
そう言いながら元の方を見るヒビキ。
「うん。
この人は鮫島元さん。
僕の親友だよ」
「ちわっす。
鮫島っす」
ぺこりと軽い会釈をする元。
「へえ、アタシは嘉島ヒビキ。
よろしくなっ」
スッ
そう言って手を差し出すヒビキ。
硬い握手を交わす二人。
手を繋いだ瞬間、ヒビキの眼が少し鋭くなる。
「へぇ……
アンタ……
鮫島さんっつったかねぇ……?
なかなかやるじゃないか……」
「そらどう言う事ですかいな?
ケンカの強さって事か?」
「竜のアタシが視るんだからケンカの強さに決まってるさねっ。
アンタ、前に揉んだ時の竜司より強いねえ……
その若さで大したもんだ」
ヒビキが言っているのは暮葉を紹介した時の僕だ。
確かにさっきのケンカを見たら当然だ。
その頃は神通三世や神道巫術はおろか絶招経、真・絶招経を扱う前だったんだから。
そのヒビキの評価を受けてニンマリ笑う元。
「そぉかあそぉかあ。
オイ竜司。
ヒビキさん、解っとる人やのう」
「元……
何か嬉しそうだね……」
「いんやぁ~。
そんな事無いでぇ」
そんな事、言いつつ笑ってる元。
ケンカの時は相手の事を分析したりとかして闘う癖に時々アホなんだよな元って。
まあ嬉しそうだし、ヒビキの知ってる僕の力量が古い事は黙っておこう。
「さぁさぁ、玄関先で話してるのも何だし上がっとくれよっ!」
「はい、お邪魔します」
「邪魔するでぇ」
【オジャマシマス】
僕ら四人はヒビキの家に入った。
(本日未明。
奈良県桜井市、芝運動公園総合体育館壁に鋭利な刃物で付けられた傷痕が発見されました。
長さは5メートル。
深さは50センチに達しており、奈良県警は最近発生している悪戯と同じ犯人と見ており、捜査を続けています……
では次のニュースです)
リビングではTVがついていた。
何だろう?
このニュース。
ヘンな事件だなあ。
「あぁ、その事件は最近桜井市で発生している奴だねっ。
何か凄く謎が多いんだってさっ。
市内のあちこちででっかい斬り痕が出来てるとかで」
「へえ……
桜井市……」
心中で不穏な気持ちが湧く。
僕らの目的地で起きているからだ。
もしこれが例えばB.Gの代理人の仕業だったりしたら?
未知の恐怖にあらぬ方向へ思考が飛躍する。
冷静に考えると有り得ない話。
だいたい動機が解らない。
海外の人がどうしていたずらに斬り傷を大量に作成しているのか?
それに兄さんが依頼した今日から一週間と言う日にちは響さんの電波超傍受から得た情報で日程を組んでいる。
と、なると既に代理人が来ていると言うのは考えにくい。
ブンブンッッ
「竜司、どないしたんや?」
「いや、何でも……」
「そういや竜司っ。
今日は何で奈良に来たんだいっ?
まさかアタシ達に挨拶するだけが目的じゃ無いだろうっ?」
お盆にお茶を載せてキッチンから現れたヒビキ。
コト
お茶を僕と元の前に置いた。
「あ、ありがとうございます……
ズズズ……
ふう……
ええまあ……
奈良に来た理由はアルバイトでして……」
「アルバイト?
お前、14歳じゃ無かったのかい?
そんなに金に困ってるのかっ?」
「あ、いえ……
そう言う訳では無くて依頼をした兄さんがそう言ってたので引用しただけです」
「へえアンタ兄弟居たんだ。
そういや旅を終えたって言ってたけど今は何処に居るんだい?」
「実家です」
「へえ……
て事は家族と……」
ヒビキは僕が冷遇されていた事を知っている。
「ええまあ……
無事和解しまして。
今では仲良くやってます」
それを聞いたヒビキが薄く微笑む。
「そりゃあ何よりだ。
竜のアタシにはまだ家族の愛ってのがどんなのかは解らないけど、仲良くやってるって事は良い事だっ!」
ニカッと笑ったヒビキをじぃっと見つめる元。
「ヒビキさん……
ホンマに竜なんでっか?
どっからどう見ても普通のオバハンにしか見えへんで……」
「ん?
そうだよっ。
嘉島ヒビキっ!
正真正銘の竜さねっ!」
白い歯を見せながらそう言うヒビキの姿は完全に主婦。
「元。
暮葉がいるでしょ?
何でヒビキが不思議なんだよ」
「暮葉はどっか世間ズレしとるトコあったからなぁ……
竜て言われても納得出来たんや……
けどヒビキさんの言動やら振る舞いはホンマに主婦やからのう……
にわかに信じられへんねや……」
「そうかいっ?
ならアタシもいよいよ母ちゃんって呼んでもらえるかもねっ」
「あれ?
まだ氷織ちゃんからお母さんって呼ばれて無いんですか?」
僕の問いにピタッと動きが止まるヒビキ。
グンニャァァァ
途端に身体を萎びらせ、テーブルにへたり込んだ。
「そおなんだよぉぉぉぉ…………
まだアタシの事はヒビキって言うんだヨォォ……」
キャンプの一件で二人の距離は縮まったと思ったけど間違いだったのかな?
いや、距離は近くなったが多分氷織ちゃんの中でお母さんは早くに亡くなった実母だけなんだろう。
そんな中でヒビキの事を母さんと呼んでしまうと自分の中で実母が消えてしまう様な気がしたんでは無いだろうか?
「何や何やっっ!?
ヒビキさんっ!?
どないしたんやっ!?」
「あぁ、あのね……
ヒビキが子供を育ててるのは訳があってね……
ねえヒビキ?
経緯とか元に話していい?」
「いぃぃよぉぉ~~~……
氷織ィィ~~……」
「あのね……
元……
ヒビキが氷織ちゃんを育ててるのは訳があってね……」
僕はヒビキが子育てをしている理由を話した。
「…………なるほどのう……
何となくその氷織ちゃん言う子がヒビキさんの事、オカンて呼ばん理由解りますわ。
多分その子の中でオカンは亡くなりはったオカンだけなんやろ。
そのオカンを差し置いてヒビキさんをオカンと呼んでまうのは裏切りみたいな気がしとんのとちゃうかなあ……」
「何ですか貴方は。
勝手に人の気持ちを分析して見透かした気になって不躾な人ですね。
大体貴方誰なんですか?」
突然背後から声。
「ウワァァァッッ!」
唐突な声に驚き、声を上げる元。
後ろには水色のサラサラロングヘアー。
雪の様に真っ白な肌。
大きく目尻が下がった眼を持つ少女が赤いランドセルを背負って立っている。
氷織ちゃんだ。
両手で耳孔を塞いでいる。
相変わらず薄幸そうな雰囲気。
「うるさい人ですね。
だから貴方は誰なんですか?
おや?
そこに居るのは何時ぞやのロリコンさんじゃないですか?」
ジトッとした目で僕を見る氷織ちゃん。
多分この子の中でカンナちゃんを紹介した事や命を助けた事は霧散している。
「や……
やぁ……
ひ……
久しぶり……
元気だった?」
「…………えーと…………
こう言う時何て言うんでしたっけ……?
…………ここで会ったが百年目……?」
え?
僕、殺されるの?
仇だったの?
氷織ちゃんの毒舌は相変わらずの様だ。
###
###
「はい、今日はここまで」
「ねえパパ。
結局の所、この頃のパパと元はどっちが強いの?」
「どうなんだろうなあ?
この頃の僕は喜の感情が無くなってるから勝った時の喜びとかも無いしね。
だから勝ちたいって気持ちの薄かったし。
でもあのまま殴り合ってたらやっぱり元が勝ったんじゃないかなあ?
やっぱり体格差があるしね」
「そう言えば中田との闘いで喜の感情が無くなったって言ってたけど、喜と楽の感情ってどう違うの?」
「喜の感情って言うのは自分のした事で嬉しく思って湧き上がる感情の事。
今回のケースで言えば元に勝った事による達成感だったりとか。
楽って言うのは外からの刺激で味わう愉快な気持ちの事。
ゲームとか漫画を読んで楽しんだり、人と会話して笑ったりとかだね。
似ているけど全然違う物なんだ」
「へぇ~~……
僕、全然知らなかったよ。
けどこの頃のパパって勝っても嬉しくないって事でしょ?
て事は勝ちたくないって事でしょ?
この先も闘いがあるみたいな事言ってたけど、そんな状態で勝てるの?」
龍が真っ新な疑問をどんどんぶつけて来る。
「確かにね。
けどこれから先の戦いは勝ちへの気持ちが少し変わってね」
「変わった?
どんな風に?」
「勝ちたいって気持ちじゃ無くて勝たないといけないって気持ちになったんだ」
「ん?
よくわかんない。
一緒じゃないの?」
「勝ちたいって気持ちは自分の為じゃない?
けど勝たないといけないって言うのは原因が外にある場合が多いんだ。
ある人を護る為に勝たないといけない。
これ以上事態を悪化させない為に勝たないといけない。
こんな感じで」
「う~ん……
僕には難しくて良く解んないよ」
「龍ももう少し大人になれば解るよ……
今夜も遅い。
おやすみなさい」