第百八十八話 竜司、バイトをする事になる。
2048年2月 某県某屋敷寝室
ガチャ
「やあ、こんばんは」
「あ、パパ。
うす」
「今日も話して行くよ。
あと龍……?」
「ん?
何?」
「この最終幕はまた僕は闘う事になるんだけど……
敵がかなり……
悪い奴だから……
注意してね……」
「そうそう、パパ。
旅を終えたのに何でまた闘う事になるの?」
「これはねぇ……
何て言うか……
日本に来ちゃったから……
かな?」
「来たって何が?」
「悪の秘密結社」
僕は冗談めかしてそう言った。
B.Gはそんな世界征服を企む様な可愛い奴らじゃ無かったんだけどな。
でも竜の闇ブローカーなんて12歳の龍に教えて良いものか。
そう思ったんだ。
「プッ……
なあにソレ?
パパの話ってアニメや漫画みたいだなって思ってたけどまさか悪の秘密結社が出て来るなんてなあ」
龍の眼が完全に嘲笑の色。
「確かに悪の秘密結社って聞くとオイオイって思うかも知れないけど、実際に対面すると本当にキツいから……」
「はいはいわかったよ。
それでその悪の秘密結社は何て言うの?」
「名前はB.G。
意味はドイツ語で邪悪な暴力。
気性の荒い竜を世界中にいる遅れた第一世代達に貸し出してるんだ」
「ん?
貸し出してるの?
何で?
それで何で気性の荒い竜なの?」
「売ってしまうとすぐに竜がいなくなっちゃうからね。
貸し出して定期的に料金を取る方が儲かるって思ったんじゃない?
知らないけど。
何で気性の荒い竜なのかはおいおい説明していくよ。
さあ、今日は兄さんの電話があった所からだね」
「うん、確か奈良に行ってくれって言われたんだよね?」
「そうだね。
じゃあ今日も話して行こうかな?」
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2018年2月 皇家 竜司自室
プルルルプルルル
ベッドで寝転び、勉強疲れを癒している所に携帯が鳴る。
手に取るとディスプレイには……
豪輝兄さん。
「あ、兄さんからだ。
何だろう?」
【それアレだろ?
デワンって奴だろ?
本当に人間は駄目だよな。
そんなもん使わねぇと他と話も出来ねぇんだから。
ケタケタケタ】
となりで僕の漫画を読みながら嘲笑の笑いを上げる。
「ガレア、うるさい………………
もしもし?
兄さん?
どうしたの?」
「おう竜司か。
勉強はどうだ?
捗っているか?」
兄さんは僕が実家に戻った事と竜河岸飛び級を狙って勉強している事を知っている。
「うん、まあ。
ぼちぼちかな?
それで急にどうしたの?」
「いやな。
お前にバイトを頼みたいと思ってな」
「バイト?」
「お前、母さんか爺様からの小遣いだけだろ?
俺ももう仕送りしてねぇしな。
オタクだから欲しい漫画の新刊とかも溜まってんじゃねぇか?」
「ま……
まあそれは……
でもバイトったって僕もヒマじゃないんだよ?
毎日図書館で勉強して横浜で復興の手伝いをしてって」
その頃、僕は図書館での勉強以外は横浜の復興作業を手伝っていた。
「あぁ、それも解った上での頼みだ。
期間は一週間。
報酬は15万だ。
どうだ?
破格だろ?」
一週間で15万。
確かに凄い。
僕はバイトをした事無いから賃金の相場なんて解らないけど、その期間の短さと値段が破格だと言う事は解る。
だけど…………
「確かに凄いかも知れないけど、一体何するのさ?
まさか危険な事じゃないだろうね?」
賃金が高いと言う事はそれだけ難しかったり、危険だったりするものだと僕は思った。
「う~ん……
危険と言えば危険かもしれないし。
安全と言えば安全かも知れん。
今の段階では何とも言えねぇなぁ」
「何だよそれ。
そんな事聞いて、はいやるよって言える訳無いじゃないか」
当然の回答。
「そうは言ってもだな。
警察の守秘義務ってのがあってだな。
家族とは言え、言えるのは限度があんだよ。
とりあえず今、伝えれる事はある竜河岸と竜を保護して欲しいのと行先は奈良って言う事ぐらいかな?」
「ますます解んないよ。
大体保護って事は誰かに狙われるんでしょ?
なら100%危険じゃ無いの?」
「あくまでもこれは響の電波超傍受で得た情報だ。
もしかして何も無いかも知れん。
何も無かったら15万まるまる儲けって事だ。
もちろん旅費はこちらで持つ。
どうだ?
お前も奈良は旅で行ったんだろ?
世話になった人に旅が終わった事を伝えるいい機会じゃねぇのか?」
電波超傍受。
響さんのスキル。
範囲内の電波と名がつくものは全て傍受すると言う恐ろしい出歯亀スキル。
その電波超傍受を使って何か拉致するとか殺しに来るとか言う情報を得たのだろうか?
確かに旅を終えてからヒビキや氷織ちゃんに挨拶していない。
どうしようかな?
「…………場所は何処?」
「奈良県の桜井市って所だ」
「…………大体僕に頼まなくても隊のメンバーに頼めば良いんじゃ無いの?」
「他のみんなは全員出払ってるんだよ。
今、詰所にいるのは俺とボギーだけだ。
そりゃ俺だって誰か居たらそいつに頼むよ」
「…………ちょっと待って。
すぐには回答できない。
考えて決まったら僕から電話するよ」
「わかった。
それじゃあな」
プツッ
電話を切った僕。
ゴロン
再びベッドに寝転がる。
さてどうしたものか?
ボーッと天井を眺めて考えていた。
「全方位」
僕は自然とスキル発動。
寝ころんだ僕を中心に広がる翠色のワイヤーフレーム。
パン
寝転がった状態で静かに両掌を合わせた。
「神道巫術」
ポウ
蒼白い小さな炎が両人差し指先端に灯る。
寝転んだ体勢で天井に向けて蒼い鳥居を描いた。
「久久能智……
久久能智……
いる?
いるんならちょっと話に付き合って」
【ん?
何か出たぞ】
自室の床にサークルが現れる。
グググググ……
サークルの中から物凄く太い木の蔓が何本も立ち昇る。
頂点で集束。
出来上がった木の蔓の三角形。
パキパキパキ
その木の蔓がひび割れ、崩れ落ちる。
中から現れたのは緑色の女性。
木の蔓を幾重も重なったドレスの様な物を纏い、黒い長髪で軽いパーマをかけている。
大きな目は母親の慈愛を感じさせ、整った鼻と厚い唇が妙に色っぽい。
間違い無い。
木の精霊、久久能智だ。
だけど……
その母親の様な慈愛の眼はすぐに成りを潜め、かわりに浮かんだのは呆れ色。
〖主はん……
何でんの?〗
「いや、久久能智に少し相談したい事があってね」
〖フウ……
うちは確かに主はんに付き従ってはおるけどなぁ……
うちは別に主はんの暇潰しの為におるんとちゃいまっせ?〗
顕現してのっけから毒舌。
「まあまあそんな事言わないでよ。
ちゃんと相談したい事があるんだからさ。
さっきの話聞いてた?」
〖主はんの兄ちゃんとの電話どすか?
もちろん〗
「どう思う?」
〖ん~~……
そないな事言われてもなあ。
うちは穢れた人間共が使うカネの価値なんて解りゃしまへんどすし。
あんだけやったら何とも言いようがありゃしまへんどすなあ……
ほいでも身の危険を考えるんやったら大丈夫ちゃいまっか?〗
「どうして?」
〖だってあん化物、消し飛ばした主はんが殺される事なんて想像つきまへんで〗
久久能智が言ってるのは中田の事。
でもあれは暮葉が居て、且つ真・絶招経を発動したからであって。
そう言えばまだ失った感情が何か解らない。
普通に笑えてるし、哀しい事を知ったら普通に悲しめてる。
相変わらず怒る事は出来ないけど。
「でも、あの力は使いたくないよ」
〖それは解っとります。
んでもそれを差っ引いたとしても充分やろ?
うちらもおるんやし〗
確かに。
真・絶招経は使えなくても絶招経なら使える…………
かも知れない。
けど、まだまだ検証が足りない不気味な能力。
出来るなら使いたくない。
「ま……
まぁそうかも知れないけどさ……」
〖それよりも奈良県桜井市やったっけ?
場所〗
「うん、確かそう言ってた」
〖うち、そこやったら行きたいどすなあ〗
突然ヘンな事を言い出す木の精霊、久久能智。
「行きたい?
そんな場所あるの?
精霊なのに?
その桜井市に何かあるの?」
〖大神神社どす。
この日本で一、二を争うぐらいハレとるトコなんどす〗
この久久能智が言ってるハレてるって言うのは穢れの逆。
つまり物凄く清められている場所って事。
■大神神社
奈良県桜井市の神社。
古事記、日本書記などにもその名が記されており、日本最古の神社と言われている場所。
本殿を持たないのが特徴。
通常の神社であれば本殿と言う建物があり、そこに神様が祀られているもの。
だが大神神社は神様が鎮座される三輪山を直接拝むと言う原初の祈りの儀式を今もなお伝えている。
「へえ……
じゃあ、そこに行ったら久久能智達もパワーアップしたりするの?」
〖いや、それは無いどす。
あくまでもうちらの力は主はんからの糧のみどす。
ただ行ったら気分がごっつ良くなるだけどす〗
「あ……
そう」
〖あ、そんなん考えてたらごっつ行きたなってきた……
なぁなぁ主はん、行きましょうなあ〗
グイグイ
僕の袖を持って引っ張りながらねだる緑のお姉さん。
こんな久久能智は珍しいなあ。
確かに僕は旅を経て、物凄くレベルアップしたと自負している。
僕の実力を見込んだ上で兄さんも頼んでいるんだと思う。
けど、僕は元みたいなバトルマニアじゃないんだ。
痛みを与えるのも与えられるのも好きじゃない。
出来ればこのまま厄介事を避けて勉強と横浜に集中させて欲しい。
〖なあなあ主は~ん、ええやないどすかぁ。
行きましょうよう。
うちら可愛い精霊の頼みやと思ってぇ~〗
グイグイ
まだ僕の袖を引っ張ってねだってくる久久能智。
何かしつこい。
そんなに清らかな場所なんだろうか?
大神神社って。
「……精霊って……
行きたいの久久能智だけじゃないの?
水虬とかもそうなの?」
〖さよどす。
水虬だけやありゃしまへんえ?
磐土も葉槌も野椎も潮椎もみんなみーんな行きたいんどすえ?〗
僕が顕現できる精霊全部だ。
そう言えば潮椎はしょうがないにしても野椎はまだ出してないなあ。
グイグイグイグイ
別の事を考えている今も依然としておねだりを止めない久久能智。
ええいうっとおしい。
「わかったよ。
行くよ行く行く。
だから袖を引っ張るの止めてくれ」
パッ
了承した途端、袖を引っ張るのを止めた久久能智。
〖さっすが主はんっ。
そう言う聞き分けのええとこ、うち大好きどす〗
「全くしょうがないなあ。
じゃあちょっと待ってね。
兄さんに電話するから」
僕はスマホを手に取り、兄さんへ電話。
「おう竜司か。
どうするか決まったか?」
「うん、そのバイトやるよ」
正直15万は大きい。
これだけあったら漫画もDVDも結構買える。
「おっ?
そうか。
すまないな。
早速で悪いが明日から行ってくれ。
明日から一週間」
「えらく急な話だね」
「しょうがねぇだろ?
電波超傍受の情報でそう出たんだから」
「で、どこの誰が狙ってるの?」
それを聞いた兄さんはしばし無言。
「…………まぁ、そりゃそこを聞くわな。
当然の話だ。
……しょうがねぇか…………
狙ってるのは海外の業者だ」
「業者?」
「あぁ、海外のB.Gって言う竜の闇ブローカー。
そいつらが日本を標的にしたんだ」
唐突に。
猛烈に漂うキナ臭い空気。
色々疑問が浮かぶ。
ブローカーって仲買人の事だ。
ならそのB.Gって組織は竜を売っているって事か?
一体そんなもの誰が買うんだ?
しかも竜は何もしないのだろうか?
黙ったまま従っているのだろうか?
あたかも人身売買の商品の様に扱われているのに。
「……え……?
何それ……?
そんな映画みたいなのがいるの?」
僕は自分がスキルやら魔力注入やら漫画じみた力を使ってるのを棚に上げる。
「あぁ、本当の話だ。
既に日本の各地に代理人を送り込んで来ている。
特殊交通警ら隊も全員保護に向かっているんだよ」
「だから僕に頼んだって事か……」
「あぁ、すまん。
本当なら警察だけで対処しないといけない所だが、人手が足りない。
だから俺を助けてくれないか?」
特殊交通警ら隊は何人いるか知らないけど、結構人数が居る筈だ。
その人員を全員派遣していると言う事は相当な数が送り込まれている。
え……?
これって相当ヤバいんじゃないか?
僕は少し考えて見た。
「ねぇ兄さん……
そのB.G……
だっけ?
……日本で何してるの?」
「何してるの?
どう言う意味だ?」
「あぁごめん。
言葉が足りなかったね。
その代理人が竜河岸と竜に接触しようとしている動機は何なのかなって」
「俺は多分、商品の補充だと見ている。
奴らの一人を逮捕した訳じゃ無いから確定じゃないがな」
サラッと怖い事を言う兄さん。
あの万能エネルギーである魔力を扱う生物の竜をあたかも在庫補充の様に表現している。
「…………そんな簡単に言うけど竜だよ?
人間の言う事なんて聞くとは思えないけど……
力づくで拉致とかするの?」
「そこら辺はまだ解らん。
だが保護に失敗した隊員の報告書によると、竜は代理人の竜に耳打ちをされたらついていったそうだ」
え?
失敗って?
「え?
失敗って?
連れてかれた竜も居るのっ!?」
「あぁ、連れていかれたと言うよりはついていったって表現が正しいかも知れないな」
この話、相当ヤバいんじゃあ?
「それって相当危険なんじゃ…………
それと代理人も竜河岸なの?」
「そりゃそうだろ。
外国人の竜河岸だ」
「それで使役していた竜河岸の人と特殊交通警ら隊の隊員はどうなったの?」
「連れ去られた竜を使役していた竜河岸はとりあえず無事だ。
隊員は2,3日入院して別の竜河岸の保護に向かっている」
さすが特殊交通警ら隊の隊員。
回復も早い。
しかし一度負けたぐらいではへこたれないんだな。
こう言う所は漫画やアニメと違う所だ。
それについて行った竜もえらく簡単についていったな。
竜儀の式はどうしたんだろう?
「竜儀の式って拘束力って言うか強制力って無い物なんだね」
「あぁ、基本的に縛り的な強制力はない。
付くも離れるも自由だ。
手続きも特に必要無い。
だけど竜河岸の場合は再度別の竜を使役する時は竜儀の式が必要だがな」
知らなかった。
ならガレアは好きで僕の傍に居るって事か。
当然と言えば当然なんだけど何か嬉しくなってしまう。
【何だよ竜司。
気持ち悪りぃ目でこっち見やがってよ】
〖ホンマどすなあ。
えろうキショい目で見つめとんで〗
ぶっきらぼうなガレア。
毒舌の久久能智。
二人してえらい言い様だ。
特に久久能智。
僕はお前が行きたいって言うから了承したんだぞ。
「二人共うるさい」
二人を窘めた後、このバイトについて今一度考えてみる。
多分その代理人に接触すれば戦闘は避けられない。
ならばいかに危険を避けて保護するかだ。
一番キツいパターンは相手の竜河岸が向こう側に付いてしまう事。
数で負けると不利になってしまうかも知れない。
どうしよう?
救援を頼もうか?
暮葉?
いやいや。
暮葉は今、芸能活動で忙しい。
しかも東京だ。
亜空間を出すのが不慣れな暮葉は多分電車で来る。
となると物理的に間に合わない。
奈良だからヒビキ?
いや、ヒビキにも仕事がある。
それを割いてまで手伝わせるのも申し訳ない。
結局僕が選んだのは…………
「ねえ兄さん。
誰かに助けを頼むのは構わない?」
「別に構わんが報酬は15万で変わんねぇぞ。
それでも良いなら好きにしたら良い」
「ありがとう。
じゃあ明日、奈良に行くよ」
「頼む。
保護対象には外出を避ける様にと護衛が付く事は連絡してある。
対象の概要と目的地とかは後でメールするからそれで確認してくれ。
それじゃあな」
プツッ
電話を切った兄さん。
さて。
僕は更に電話をかける。
相手は……
プルルル
プルルル
「おうっ!
何やっ!?
竜司や…………
ないっ…………
かいぃぃっ!!!」
ドカァッ!
やかましい関西弁と激しい衝撃音がスマホから響く。
思わず僕はスマホを遠ざけた。
僕が電話をした相手は元。
鮫島元だ。
元に助けを求めるつもりだった。
かけている相手からこの衝撃音の出所はすぐに判明。
「げ……
元…………
またケンカ?」
「おうっ!
そやっ!
…………おっと……
おとなしく……
せんかいっ!
こんダボがァァァッッ!!」
ドコォォォォッッ!
ドカァァァァンッッ!
再び衝撃音。
相変わらずケンカばかりだなあ元は。
「ふぅっ……
これに懲りたらしょうもない茶々入れてくんなや…………
ホイ、竜司。
終わったでぇ。
……んで何か用か?」
「うん、ちょっと元に頼みたい事があってね」
「……ワイに話する言う事はまたケンカか?」
声だけで解る。
元は喜んでいる。
本当にケンカが好きな奴だ。
困ったもんだなあ。
「いや、まだそうなるとは限らない。
けどそうなる可能性が高いんだ。
それで場所や実力を考えると元が適任かなって思って」
「ほうほう……
さすが竜司先生。
TVデビューすると見る目も違ってきますなあ。
んで何すんねや?」
軽く皮肉も入れて来る。
元ももちろん記者会見は見ている。
「奈良に居るある竜河岸の護衛だよ」
「護衛…………
また兄やんからかい」
「うん…………
兄さんからバイトを頼まれてね。
報酬は15万。
折半して取り分は7万5千円。
期間は一週間。
場所は奈良県の桜井市って所なんだけど……
どうかな?」
「へえ……
7万5千円か……
一日8時間働いたとして大体時給は1400円か…………
割のええバイトやん。
ええで。
どうせワイ暇やし、やるわ。
んでいつからやねん?」
「明日から」
「えらい急な話やな………………
まぁええわ。
オイ竜司。
ワレ、今日のうちにこっち来いや。
んでワイん家に泊まって明日一緒に行こうや」
僕は壁掛け時計に目をやる。
午後6時12分
「うん、わかった。
すぐに行くよ」
「ワイ、梅田やから竜司の方が早いかもな。
婆ちゃんにも来る言うとくわ。
ほな後で」
「うん。
じゃあ後で」
僕は電話を切る。
「ガレア、久久能智。
今から出発するよ。
準備して」
〖明日行ってくれ言われとったのに、もう行くんどすか?
せつろしいお人どすなあ〗
相変わらずズケズケとどすどす言って来る久久能智。
断っておくぞ。
このバイトを受けたのはお前がねだったからだからな。
「久久能智うるさい」
早々に全方位解除。
瞬時に久久能智消失。
【ん?
どっか行くのか?】
「うん。
な…………
あのデッカイ木の像があった所だよ。
旅で行ったでしょ?」
【ん?
そんなトコ行ったっけ?】
ガレア、キョトン顔。
このキョトン顔は目を点にして真っ直ぐ僕を見る。
本当にガレアの愛らしい一面で僕も好きなんだけど、こいつ旅の事忘れかけてやがる。
「行ったでしょ……
う~ん……
あぁヒビキが居る所だよ」
ブルッ
ヒビキの名を聞いた途端、身震いするガレア。
解り易い奴だなあ。
【アイツんトコ行くのか……
まぁ別に良いけどよ】
「そう不貞腐れないでよ。
今回はヒビキは関係無いから。
まあ軽い挨拶ぐらいはしようかなとは思うけど」
僕はそのまま一階へ降りて行く。
お爺ちゃんと母さんに一週間程、家を空ける事を伝える為だ。
居間ではニュースを見ているお爺ちゃんと黒の王。
台所で物音。
母さんが夕食を作ってるんだろう。
「お爺ちゃん」
「ん?
竜司、どうしたんじゃ?
夕食はまだじゃぞ?」
「いや、ちょっと話があって」
「話?」
「うん。
今日から一週間程、奈良に行かないといけなくなっちゃって……」
「また唐突じゃな。
一体何用じゃ?」
「さっき兄さんから電話があってアルバイトを頼まれたんだ」
「豪輝から?
あやつめ……
竜司の年齢を考えておるのか……」
お爺ちゃんはアルバイトが出来る年齢の事を言ってる。
まだ14歳。
そんな僕がアルバイトをするのは多分法律違反してるんだろう。
「いやいや。
多分兄さんがアルバイトって言ったのは僕が受けやすくする為であって、別にずっとこれから仕事する訳じゃ無いよ」
「そうかなら良いが…………
フム…………
……豪輝が?
…………竜司、そのアルバイトは具体的に何をするんじゃ?」
お爺ちゃんがツッコんで来た。
多分兄さんが僕にバイトを頼むと言う事に違和感を感じたんだろう。
「えっと…………
ある竜河岸を護衛して欲しいんだって」
それを聞いたお爺ちゃんは無言。
何か僕を探る様な目で見つめ、考えている。
「………………竜司…………
くれぐれも言っておく…………
あの力は使うなよ…………」
お爺ちゃんが言っているのは絶招経と真・絶招経の事。
「解ってるよ。
僕だって使いたくない」
「ならば良い。
もう発つのか?」
「うん。
明日からなんだけど、元が今日の内にこっちに来いって言うから」
「ほう、あの血気盛んなフネさんの孫が一緒か。
なら安心じゃな」
お爺ちゃんと元はD.Dの病院で面識がある。
僕が辰砂の毒に侵された時だ。
「うん。
じゃあ、母さんに言って来るよ」
僕は台所に向かう。
【姫、こんな感じで良いか?
それにしてもワカメって切りにくいな】
「水で戻したワカメはヌタヌタしとるからなぁ。
ホンマ最初にコレ食おう思た人間は凄いわぁ」
目の前には台所で並ぶ女性と竜。
もちろん母さんとダイナだ。
物凄く不思議な光景。
竜が人間の料理を作っている。
「あ……
あの……」
【ん?
何だ姫の息子か。
どしたい?】
「何や竜司さんかいな。
お腹空いたんどすか?
もうちょお待ってなぁ。
すぐに頬っぺた落ちるぐらい美味しい夕餉、拵えるさかいにな」
「ダ……
ダイナも料理出来るんだ……」
【ん?
俺はあくまで手伝いだよ。
竜にはあれが美味いとか不味いとかはわからんからな】
なるほど。
少し納得。
それにしても大きな爬虫類と割烹着に和服の女性が並んで台所に立つ絵というのは不思議なもんだなあ。
僕は当初の目的を忘れ、まじまじとその光景を眺めていた。
二人の息はピッタリでワカメの次はネギを切り、手早く渡しているダイナ。
「あ、そうそう。
母さん、僕はお腹が空いたから降りて来た訳じゃ無いんだ。
話があって」
「話?
何どすかぁ?」
ジュージュー
母さんは料理に向いたまま背中で返答。
忙しなく菜箸を動かし、炒め物を作っている。
「今日から一週間程、奈良に行かないといけなくなったんだ」
ピタ
母さんの菜箸の動きが止まった。
カチ
コンロの火を止めた。
ゆっくり。
ゆっくりとこちらを振り向く。
ゴゴゴゴゴ
何となく空気が震えてる気がする。
怒ってるのか?
何で?
「…………竜司さん…………」
ビュオゥッ!
母さんから強風が吹いて来る感覚。
いや、実際に風が吹いている訳じゃ無い。
これは“圧”だ。
お爺ちゃん、兄さん、呼炎灼、踊七さんと僕が旅の中で感じた強者が発する圧。
「はっ……
はいぃぃぃっっ!」
迫力に怖気づき、怯えた大声で返事。
圧を発するって事は母さんは怒っている。
何で?
何が母さんを怒らせた?
考えろ!
考えろ!
僕の思考が超速で巡る。
「……竜司さん…………
今日て…………
もう夕餉前と違うんどすか……?」
ゆっくり。
低い声で語りかけて来る母さん。
その言葉の端々に怒気が孕んでいる。
まだ解らない。
母さんが怒ってる理由。
一週間家を空ける事では無いようだが。
「う……
うん……」
「うちはな…………
酔狂で食物、拵えとんとちゃうんどすえ……?
栄養のバランスも考えて三食……
食材余らん様に工夫しとんのに…………」
あ、何となく母さんが怒ってる理由が解って来た。
【あー姫の息子。
姫、キレてんぞ。
今の内に謝っとけ】
ダイナからのアドバイス。
「ごっ……!
ごめんっ!
夕っ……」
僕が謝りかけた瞬間。
ビュォゥッ!
圧の強度が一層増す。
吹き飛ばされそうな感覚。
「こんアホがぁぁぁっっ!!!
こんな夕餉前に出かけて、あんさんの食事はどないするんどすかァァァァァッッ!!
捨てろ言うんかアァァァァァァァッ!!」
大音声。
いや、大怒声が僕にぶつけられた。
怖い。
物凄く怖ろしい。
身体の芯から震えが来る。
この時の母さんの顔はまさに鬼。
般若の類だった。
【あーあ。
相変わらず姫はおっかねぇなあ。
おい、姫の息子。
早く謝っちまえ】
「すすすっっ!
すいませぇぇぇんッッ!」
ガバッ
土下座。
自然と土下座をしていた僕。
我ながら思うよ。
本当に情けないって。
「そんな事は聞いとらんっっ!
あんさんの夕餉はどないすんねんって聞いとるんどすっっ!」
息子が土下座している前で仁王立ちの母さん。
全然怒りが治まっていない。
【あのな姫の息子。
姫はよ?
いつも何かボロボロの人間ばっか診てんだよ。
んで人間って食うモンがねぇと駄目だろ?
姫の処置が上手く行っても食いモンがねぇから死んじまう事もあるんだよ。
だから姫は人間の食いモンを無駄にするとキレんだよ。
その食いモンがあれば救える命もあるのにってな】
僕は土下座しながら母さんが烈火の如く怒った理由が解った。
確かに言ってる事はもっともだ。
ガバッッ!
僕は勢いよく顔をあげ般若の相の母さんを真っすぐ見つめた。
怒りを鎮める算段がついたからだ。
「母さんっっ!
食べ物は無駄にはしないっっ!
僕の分は弁当として持って行くっ!
持って行って元と一緒に食べるっっ!」
どうだ?
すると、見る見るうちに般若から菩薩の相に変わっていく母さん。
「何やぁ、それならそうとはよ言いなはれや。
ダイナはん。
竜司さんの分、折り詰めにするさかいに手伝ってくれなはれ」
【よしきた。
何からすればいい?】
「まずは上の棚から魔法瓶と黒い筒状のモン取ってくれるか?」
【ほい、これか?】
「弁当箱はそれでおうとるけど、魔法瓶はアレや。
何や銀色でテカついとる筒どす」
あれよあれよと弁当箱に夕飯のメニューが詰め込まれ、魔法瓶に味噌汁が注がれる。
先程、放っていた強大な圧が嘘の様だ。
その様を見つめながら僕は考えていた。
普段の母さんの現場について。
神業に近い母さんの医療技術を持ってしても救えない命があるんだな。
紛争地域となると食糧も満足に揃えられない所とかも多いんだろうな。
でも母さんのスキル、生命の樹があれば食べれるものぐらい生成出来ないのかな?
母さんに聞いてみたいけどあれだけ怒ると言う事は辛い出来事だったんだろう。
そんな事を考え、尋ねる事が出来なかった。
こうして僕の弁当はすぐに完成。
「はい、お弁当。
きちんと全部食べるんどすえ。
元君によろしゅうな」
あんな豹変っぷりを見せられたら嫌でも全部食べるよ。
僕に手渡された弁当箱は円筒。
いわゆる大工さんとかが良く持ってくる保温機能が施されたやつだ。
それと魔法瓶。
中身は味噌汁。
見た目は完全に土木系のバイトに行く感じだ。
「うん、お弁当ありがとうね。
じゃあ」
僕は居間に戻り、いつもの勉強カバンの中に最低限の着替えと弁当を詰め込む。
あと変装セットも一式。
「フフ……
懐かしいのう。
その弁当箱は儂が現役の頃、使ってたやつじゃわい」
やっぱりか。
「あ、そうなんだ」
「竜司、気を付けての。
あの豪輝が頼む仕事じゃ……
何があるかわからんからな……」
「お……
お爺ちゃん……
脅かさないでよ……」
「竜司さん、気ィつけてなぁ」
【ん?
姫の息子、どっか行くのか?】
「うん、ちょっと奈良の方まで……
じゃあ行ってきます。
ガレア、亜空間をお願い。
場所はえーと……
ガレアがそっくりだって言ってた竜が載ってる本が売ってた所で」
【ん?
何だ?
そんなトコで良いのか?
アイヨ】
すんなり亜空間を開くガレア。
こう言う事は覚えてるんだよなコイツ。
お爺ちゃんと母さんに挨拶をした僕は亜空間を潜る。
薄暗い中を少し歩き、光の差す方へ。
出口を抜けた。
(うわっっ!)
最初に待ち受けていたのは驚いたサラリーマンの顔と声。
そして衆目。
周りは人でごった返していた。
考えて見れば当然。
ここは紀伊国屋書店梅田本店前。
阪急梅田駅付近。
時間は午後6時50分。
まだまだ帰宅ラッシュ時間。
そんな中に突然、竜の亜空間で僕らが乱入したんだ。
注目されても仕方ない。
「いや…………
ははは…………
すいません……
お騒がせしまして……」
そそくさと場を離れようとした時……
ザワ……
(おい……
あれクレハの旦那とちゃうか?)
ザワザワ……
(ホンマや。
ウチもTVで見たわ)
周囲が僕に気付き、ざわつき始めた。
ヤバい。
油断していた。
僕は今、顔を隠していない。
「ガレアッッ!
行くよっ!」
【何だよ。
引っ張るなよ】
僕はガレアの手を引き、足早にその場を立ち去る。
急ぐ道すがら、サングラスにニット帽。
マスクを着用。
【何だ。
また黒いのかけるのか】
人間の僕と違って竜のガレアは自由で良いなあ。
トホホ。
足早に歩くサングラスにニット帽&マスク男。
隣には並んで歩く翠色の翼竜。
怪しさ満点。
自分でもそう思う。
だがそんな僕らを遠巻きに眺めはすれど指を差す者は誰もおらず、そのまま阪急梅田駅ホームまで到着し、すんなり電車に乗れた。
電車に乗って初めて思った。
竜河岸専用車両があって良かった。
周りに乗っているのは数組。
サラリーマンや大学生風の人と竜だった。
どうにか十三へ到着。
さて、元の家に向かおう。
あ、そうだ。
人の家に厄介になる訳だし、何か手土産とか持って行った方が良いのかな?
どうしよう。
十三は来た事あるけど詳しいって程じゃ無い。
僕は駅前でスマホ検索。
「へえ……
喜八洲のみたらし団子……
これでも買って行くか」
十三駅前に店を構える和菓子店、喜八洲総本舗。
ここは酒饅頭とみたらし団子が名物らしい。
みたらし団子は久しく食べていない。
何かHPを見ていたら自分自身、食べたくなったのでこれを手土産にしようと決めた。
喜八洲総本舗
(いらっしゃいませっ!)
威勢のいい店員の声。
メニューは……
■みたらし団子
1本98円。
5本490円。
10本980円。
まずは僕の分、1本と……
元の家はフネさんと二人だから5本入りで良いかな?
【クンクン……
何か甘ったるい匂いがするぞ……
竜司、食い物か?】
「そうだよ。
みたらし団子」
【何だそりゃ?
美味いのか?】
「僕は嫌いじゃないよ。
ガレアも食べる?」
【おうっ!】
て事は1本と5本入りが2つか。
「すいません、5本入り2つと1本別で。
あと5本入りの1つはお土産なので包んでくれますか?」
(ありがとうございますっっ!
焼き加減はどうしましょうっ!?)
「このお店、初めてなんで普通で良いです」
(普通焼きですねっ!
少々お待ちくださいっっ!)
そう言うと真っ白い団子が刺さっている串を数本コンロの上に置き出した。
焼き置きじゃ無いんだ。
しかも焼き加減を聞いて来るお店って珍しいな。
団子の形も何か特徴的。
一般的に思い浮かぶ正円状の形では無く、俵型。
俵型の団子が5つ、串に刺さっている。
まるで焼き鳥のネギの様だ。
団子はすぐに焼き上がる。
トプ
真っ黒いタレの海に潜らせて満遍無くタレを纏わせた。
それを手早く包んで行く。
手慣れた手つき。
毎日やってないと出来ない動きだろう。
(はいっ!
お待たせしましたっ!
1本はお客さんで……
この5本はお連れの竜さんで宜しいですかっ!?)
「あ……
は……
はい」
竜の事を竜さんって呼ぶのが聞き慣れなくて少しキョドってしまう。
僕はみたらし団子を受け取った。
「ほら、ガレア。
焼き上がったよ。
受け取って」
【ん?
出来たのか?
アイヨ】
(はいっ!
どうぞっ!
大きい手ですねぇ。
ヘヘヘ……)
店員の手から5本のみたらし団子が手渡される。
ガレアの大きい手なら一掴みだ。
僕は元達の土産用も受け取り、代金を支払って店を後にした。
「さあ行くよガレア」
【おう、何かすんげぇ甘ったるい匂いがするなコレ】
「みたらし団子だからね…………
ガブッ」
とりあえず一口。
まず口の中に広がったのはコクがあるのにスッキリとした甘さ。
しっかりとタレを潜らせたせいか深い甘さが口の隅々まで行き渡る。
そして驚くべきは団子の香ばしさと餅の味が主役になっている所だ。
普通みたらし団子ってタレの味が前に出て団子の味なんて解らないものだけど喜八洲のみたらし団子はモチの味が主役。
タレの味は脇役。
そう言う味の構成になっている。
美味しい。
物凄く。
しかもこれは癖になりそうな味。
奈良のバイトが終わったら帰りに買って帰ろうかな?
そう思うぐらい尾を引く美味しさだった。
【何かニッチャニッチャしてるなあ。
何だこれ?】
ガレアは不思議そうな顔をしながら、瞬く間に5本全て平らげてしまった。
「相変わらず食べるの早いねガレア。
串、貸して」
【なあなあ竜司。
人間って何でこんなニッチャニッチャした食いもんよく作るんだよ】
僕に食べ終わった串を渡しながらガレアが尋ねて来る。
「さぁ何でだろ?
多分腹持ちが良いからじゃないかな?
知らないけど。
それにしてもガレア。
クレープ餅の時もそうだけどこう言う食べ物の時は美味いって言わないね」
僕が言ってるのは以前新宿で食べた信玄餅クレープって言うアイスの事だ。
その時もガレアは食感について語ったけど、決して美味しいとは言わなかった。
だけど何故か尾を引いて最終的に売ってるアイス全部食っちゃったけど。
【んな事言ってもよう。
何か良く解んねぇんだよ。
コレ肉とは全然違う味じゃねぇか】
そりゃみたらし団子なんだから当然だ。
何だろう?
竜からしたらモチの粘っこい食感が不思議なのかな?
そんなこんなで元の家に到着。
確か元の家ってインターフォンが無いんだ。
ガンガン
「御免下さーいっ!
フネさーんっ!
僕ですーっ!
竜司ですーっ!」
僕は玄関の引き戸を叩きながら到着した事を告げる。
しかし特に反応が無い。
灯りが漏れてるから家にはいると思うんだけどな。
やがて……
ダッダッダッ……
力強い足音がこちらに近づいて来る。
明らかに老人では無い。
ガラッッ!
勢い良く引き戸が空いた。
「遅いわっ!
どんだけかかっとんねんっっ!」
開口一番。
元がこちらを怖い眼で睨みながら怒声を上げる。
「や……
やぁ元……
2週間ぶりぐらいかな?」
「なぁーにが2週間ぶりぐらいかなやねんっ!
ワレ、ガレアの亜空間で来たんとちゃうんかいっ!」
「えっ……
えっとぉ~~……
色々あって……」
「何やねんっ!
色々てっ!
そんなんで解るかいっ!
キチッと説明せんかいっっ!」
待たされた苛立ちはまだ治まらないらしく、玄関先でまくし立てる元。
「ホイ」
カクン
千変万化する元の顔が急に下がる。
「うおっっ!?」
元の首に小さな両腕が巻き付いた。
「元……
何ちゅう声出しとんじゃ……
近所迷惑やろがい……」
「ババッ……
バァちゃんっっ……!?
ゲホッ……」
その両腕の持ち主が解った。
フネさん。
鮫島フネさんだ。
姿は見えない。
元の大きな背中に張り付いているからだ。
パンパンッ!
パンパンッ!
勢い良くフネさんの腕を叩く元。
これはタップ。
ギブアップの表明。
「バ……
バアちゃんッ!
ギブッ……
ギブやてっ!
ワイが悪かっ…………
ゲホッ……」
が、力を緩めるそぶりを見せないフネさん。
気管を圧迫され、息を詰まらせる元。
「夜にデカい声出すなて何回言うたらわかんねん……
このゴン太が……」
「バ…………
堪…………
父………………
…………ガクッ」
バタンッ!
元が仰向けに倒れ、タップする手がピタリと止まった。
オチたんだ。
元、大丈夫か?
今、お父さんの幻を見てなかったか?
モゾモゾ
仰向けの元の背中から這い出て来たフネさん。
「ようやく大人しゅうなりおったか……
こんアホが……
竜司、久しぶりやのう……
しばらく見ん内に大きぃなったんとちゃうか?」
「ご無沙汰してます。
その節はお世話になりました…………
あの……」
頭を下げ、挨拶。
フネさんと面と向かって会うのは本当に久しぶり。
初めて会った時以来だ。
けど僕は再会を喜ぶ前に、両眼に映る倒れた元の安否が気になってしょうがなかった。
青ざめて完全に白目を剥いている。
ちーん
音にするとこんな感じ。
「…………元……
大丈夫ですか……?」
「あぁあぁ、こんなん気にせんでええ。
いつもの事や。
竜司、悪いけどコイツを奥の居間まで運んでくれへんか?
ホンマやったらこのままほっとくんやけど、元に用があって来たんやろ?」
いつもの事って。
なら元は気絶するのが日常茶飯事と言う事か?
そんな生活、嫌だなあ。
「は……
はい…………
重……」
ズシリと僕の両腕に元の巨体が圧し掛かる。
【なあなあ竜司。
元、何で気絶してんだ?】
ひょいと長い首を曲げ、白目を剥いている元の顔を覗き込むガレア。
「フネさんに締め落とされたんだよ」
【あぁ、あのバアさんつええもんな】
何か不思議な事を言ってるガレア。
フネさんと闘った事があるかの様な言い様。
あれ?
そう言えばそんな事言ってたような気がする。
参照話:第二十五話
ズルズル
僕は気絶した元を引き摺りながら奥へ。
元の巨体は魔力注入未発動ではとても持ち上がらない。
廊下をまるで死体を引き摺るかの様に歩き、ようやく居間へ。
八畳ほどの畳敷き。
そこには僕も使った事のあるちゃぶ台と戸棚があった。
確かあそこには勃起薬丸って言う卑猥で怪しげな薬があった所だ。
出された時は酷く狼狽えたけど今となったら凄く懐かしい。
「竜司、そんゴン太を仰向けに寝かせぇ」
「は……
はい」
僕は言われるままに元を寝かせた。
「よっこらせっと……」
すると元の腹辺りに乗り出したフネさん。
文字通り載っている。
大きな元の身体に載っている。
もしこれがうつ伏せなら足踏みマッサージの様に見えるだろう。
「ホイホイホイ」
グッグッグッ
「ガハァッッ!」
元の上で屈伸の様に身体を2、3回上下させるフネさん。
途端に元、覚醒。
息を吹き返した。
「フン、バカタレが」
ひょいっと元の上から飛び降りたフネさん。
「あ……
あの……
フネさん、何したんですか?」
「ん?
活法で意識戻しただけじゃ」
「バアちゃん……
後ろから首絞めんのやめぇ言うとるやろが……」
「ワレがデカい声張り上げるから悪いんやろがい」
「まあまあ二人共……
あ、そうだ。
これつまらないものですが……」
僕は喜八洲のみたらし団子を差し出す。
こう言う時、場の空気を換える意味でもお土産は効果絶大なんだ。
その事を実感した瞬間だった。
「おっ!?
喜八洲のみたらしやんっ!
ワイの大好物ッ!
ヘヘヘ……
悪いなあ竜司。
気ィ遣こてもろて」
「いやいや、今晩泊めてもらう訳だしこれぐらいはね」
「元、茶ァいれぇ」
「おう、ついでにみたらし温めて来るわ」
そう言ってみたらし団子を持って台所へ消えて行った元。
「あの……
すいません。
夕食頂かせてもらってもいいでしょうか?
僕、まだでして……」
「ん?
まあそら好きにしたらええけど、まだ食うとらんのか?
ワレん家はいつもこんなんか?」
「いえ、そういう訳じゃありませんけど色々ありまして……」
そう言いながら、弁当箱と魔法瓶を取り出す僕。
今晩のメニューは焼き魚と野菜と豚肉の炒め物。
漬物と御飯だ。
それと豆腐の味噌汁。
保温が効いている為、どれも暖かい。
遅めの夕食開始。
「ムヒョヒョ……
それはそうと竜司。
見たで……
TV」
フネさんも見ていたか。
「はい……」
「ワレもこれで芸能人の仲間入りかいな。
氷川きよしのサインでも貰ろて来てくれへんか?」
何を言っているんだこのミーハー婆さんは。
「何言ってるんですか。
そんなんじゃ無いですよ」
「そうかい。
そら残念や。
んで、ここにおるっちゅう事は旅は終えたんか?」
「はい……
無事に終わりまして……
きちんとお墓に花と線香をあげてきました」
旅の報告をする僕を見つめ、皴だらけの顔に更に皴を寄せにこりと微笑むフネさん。
「そうかぁ。
そら何よりや。
記者会見でもエラい堂々と話しとったのう。
見違えたわ」
「そうですかね?
なら良いんですけど……
モグモグ」
「ええ経験したんやのう」
「はい。
それはもう。
暮葉を紹介した後も色々あったんで」
「ワレ、確か横浜に向かう言うとったな。
地震は大丈夫やったんか?」
「ええ。
発生した時は横浜にいなかったので。
被災者救助の時は間一髪の所を元に助けて貰ったりして」
「ほうか。
そないな事あったんか。
あんバカタレ全然言わんからなあ」
「おいおい、バアちゃん。
誰がバカタレやねん」
元がお茶を載せたお盆と湯気の立っているみたらし団子を携えて戻って来た。
「いや、元が横浜で瓦礫の下敷きになりそうな時に助けてもらった話だよ……
モグモグ……」
「おうおう。
そういやそんなんあったのう。
あん時はマジで間一髪やったなあ。
んで竜司。
人ン家来て、何食うとんねん」
「夕飯だよ。
母さんが持たせてくれたんだ」
「何や。
あのオカン、子離れ出来てへんのかい」
「いや……
そう言う訳じゃ無くて……
僕が夕飯を食べずに出ると思ったらしくて……
そしたら食べ物を粗末にするなって……
それはもう烈火の如く怒り出して……
それで仕方なくこうなったって訳」
「そらお母はんが正解や。
ワシらがいつも食うとるご飯は大切に扱わなあかん。
若いモンはメシがいつでも食える思てるからな。
ワシがお前らん時は満足に喰う事も出来んかった。
欲しがりません勝つまでは言うてな」
「バアちゃんは戦時中の人間やからなあ…………
モグモグ……
やっぱ喜八洲のみたらしは美味いのう。
んで竜司、バイトの話を詳しく聞かせぇ」
「うん……
モグモグ……
兄さんの話だと奈良に居るある竜河岸が狙われてるんだって。
だから一週間護って欲しいって」
「狙われとる?
何やその竜河岸、要人か何かなんかい」
「そこら辺は僕も……
モグモグ……
よく知らなくて……
何か海外に居る悪の組織みたいなのが狙ってるって……
ふうごちそう様」
僕は食べ終わった弁当箱を片づける。
「何じゃそら。
特撮ヒーローや無いねんから。
何やねん、その悪の組織って」
「何か僕も良く解らないんだよ。
B.Gって言う竜の闇ブローカーなんだって」
「竜の闇ブローカー?
そんなんおるんかい?」
「うん、兄さんはそう言ってた」
「まあ兄やんの言う事やから多分ホンマやろけど…………
信じられへんなあ……
竜、言うたら……」
ガラッ
話の間を割って入るかの様に勢いよく襖が開く。
そこに無言で立っていたのは、鱗が灰色でオレンジ色の瞳を持つ陸竜。
元の竜。
ベノムだ。
その綺麗な橙色の両眼でじっと元を見つめている。
「あぁっ!?
腹減ったから何か食いたいやてぇっ!?
ワイらもう晩飯食うとるわっっ!
起こしても寝とったワレが悪いんちゃうんかいっ!
おおっ!?
ししゃもが食べたいィッ!?
起きぬけにワガママぬかすなァッ!
こんドアホッッ!」
これは元とベノムのコミュニケーション手法。
どう言う訳か元にはベノムが何を言っているか解るらしい。
周りからしたら元が一方的に話してるだけにしか見えない。
「あーもーっ!
お腹空いたお腹空いたうるさいねんっっ!
ワレ、竜やから腹とか減らんのとちゃうんかいっ!」
だから何も話してないってば。
「ま……
まーまー元。
そんな怒ってばかりだとまたフネさんに締め落とされるよ」
僕が場の空気を換えようと元を宥める。
ガシガシ
「ちょお待っとれっ!
確か昨日の晩、造った煮魚が大量に残っとった筈や」
頭を掻きながら、さも面倒臭そうに立ち上がる元。
「な?
竜っちゅうんはこう言う勝手な生物やろ?
その兄やんの言うてるブローカーの言う事を素直に聞くとは考えられへんで」
僕も使役している竜が竜なだけに反論出来ない。
少し待っていると大皿に山盛りの煮魚を載せて元が帰って来た。
「す……
凄いね……
それどうしたの?」
「ワイの練習や。
婆ちゃんみたいに煮魚上手ァなりたくてな」
「ヒョヒョヒョ。
ワシが何年、魚炊いとる思てんねん。
まだまだじゃ」
「チェッ。
バアちゃんは厳しいのう」
そう言えば元は料理出来るんだ。
すっかり忘れていた。
参照話:百三十六話
畳に置かれた大量の煮魚。
それをじっと見つめるベノム。
ガッ
唐突。
急に喰らい付いた。
忙しなく大きな顎を動かしながら無表情で食べているベノム。
美味しいのかどうかさっぱり解らない。
「んで、竜司。
話の続きや。
んでそのブローカーがおるとして何処のどいつを護ったらええねん」
「あ、そう言えば対象の事をメールで送るって言ってたっけ。
ちょっと待ってね…………
あ、来てる」
僕のスマホには兄さんからの新着メールが届いていた。
題名:護衛対象概要
僕はメールを開く。
名前:柳生宗厳
年齢:15歳
スキル:不明
高校一年生。
身長は158センチ。
体重45キロ。
痩せ型。
新陰流の小さな剣道場の跡取り。
竜河岸としての強さは不明。
使役竜:バイラ
本名:バグルォ・イラ
鱗の色:暗い灰色(消炭色)
竜種:陸竜
能力:不明
待ち合わせ場所:近鉄大阪線大和朝倉駅前に14時。
対象の父親が迎えに行く。
ここでメールが終わっていた。
へえ、柳生……
柳生ってあの柳生新陰流の柳生かな?
ならちょっとテンションあがるな。
柳生新陰流と言えば真剣白刃取りを編み出したって言う凄く歴史の古い流派だ。
柳生十兵衛とかもカッコいいもんなあ。
■柳生新陰流
柳生石舟斎以降の新陰流を差す。
これは俗称で正しくは新陰流となる。
天地人転を神髄とし、心身一如、刀身一致を旨に自然の活きに従う事で私心無くのびのびと剣を使う。
ちなみに竜司が言っている真剣白刃取りを考案したと言うのは誤り。
正しくは無刀取り。
しかも振り下ろされる刀を両手で挟み込む様な危険な技法では無く、自分が無刀の折に相手を制する為の心構えの様なものである。
「おい竜司。
何キショい顔でウットリしとんねん。
ワイにも見せろ」
僕が柳生新陰流の妄想を膨らませている所、スマホをひったくった元。
「ん?
何やこら?
解かんの名前と年齢ぐらいやん。
この宗厳言う奴がどんだけやるやつかとか全く解らんやん」
何故、護衛対象の力量を気にするのだろうか?
元は今見ている人が護る対象と言う事を解っているのだろうか?
「あ、画像が添付されとるで……
護衛対象やて……
竜司、開いてええか?」
「うん、いいよ」
僕が了承すると元の動きが止まった。
僕のスマホのディスプレイを凝視したまま。
「ど……
どうしたの?」
「プッ……
おい竜司。
見てみろや。
ワレの兄弟がおんぞ」
「え?
どう言う事?
僕にも見せて」
そこに写っていたのは一言で言うなら陰気。
陰気な青年が活力の無い眼をこちらに向けていた。
髪型は黒い長髪。
前髪は目が隠れるぐらいまで長く、所々ボサついている。
頬も痩け、とても剣術家とは思えない雰囲気。
元が僕に似てると言った理由が解った。
旅をし始めた僕に雰囲気が似ている。
どこか陰気で自信が無く、オドついた感じ。
髪型もここまで長くは無いが前髪は目が隠れるぐらい長かった。
今は違う。
記者会見前にマス枝さんの指示で都内の美容室で散髪した。
僕はオシャレに関してはそんなに詳しくは無いけど、今は前髪はきちんと整えられている……
と思う。
と言うのもカットした美容師さんが何とかパーマをあてるとか言い出してえらく時間がかかったんだ。
けど出来上がった髪型は長さで言うとそんなに変りなくセミロング。
散髪が終わってからセットの仕方も聞いて今では身だしなみを整えるのに時間がかかってしまう。
とにかく今の僕は前みたいに前髪の隙間から人の顔を覗き込む様な陰気さは無いと言う事だ。
僕は妙な親近感が湧き、マジマジと写真を見つめてしまった。
「な?
竜司。
ワイと初めて会うた時のお前みたいやろ?
ワレの兄ちゃんか?」
元が囃し立てて来る。
「僕の兄さんは知ってるだろ?
でも昔の僕ってこんなんだったんだよなぁ……
自分で言うのもアレだけど本当にオタクっぽいね」
「ワイからしたらいくらオッシャレーな髪型にしてもお前はお前やから変わらんけどな。
んで竜司。
その狙って来るヤツっちゅうんは宗厳くんの命狙っとんか?」
「いや、それが目的は使役している竜にあるみたいなんだ。
バイラ……
だっけ?」
「ふうん……
ならケンカにならんかもなあ。
もし相手が…………
っとその前に狙って来る奴って竜河岸か?」
「うん、兄さんはそう言ってた。
海外の竜河岸だって」
「へえ……
そういや竜河岸って外国やったら何て言うんやろな?」
「アメリカでは竜河岸って言うんだって」
「やっぱ国々で呼び名がちゃうんやなぁ……
海外の竜河岸か……
ちょお闘り合ってみたいやんけっ!」
パシッ!
そう言いながら胸の前で両手を勢いよく合わせる元。
ホントに血の気が多い奴だなあ。
「僕はもう生き死にの戦闘は懲り懲りだよ……」
「何や?
まだ中田の事、引き摺っとんかい。
兄やんも言うてたんやろ?
テロリストを殺しても正当防衛やって」
「でももっと上手いやり方があったかも知れないじゃない?
僕の力量が足りないばかりに殺す事になってしまって……」
「んでもや。
お前の話やと、仮に生きとったとしても人間らしい生活は無理やろ?
どこぞの研究所とかで実験に使われんのがオチや。
ならワレが引導を渡したった方が良かったんとちゃうか?」
「う……
うん……」
「ワイは竜司の戦闘を見とった訳や無いから解らんけどな。
大体、渇木もエラいバケモンやった。
とてもワイ一人では止めれる気ィせんかったわ。
竜司。
ワレはその渇木に輪ァかけたバケモンを止めたんや。
そこは誇ってもええんとちゃうか?」
元が僕を慰めてくれている。
だけどこの時の僕は誇らしい気持ちや達成感が全く湧いて来なかった。
殺すしか無かった。
殺さないと罪の無い一般人が犠牲になる。
しょうがなかったんだと自分自身への言い訳で蓋をして罪悪感を閉じ込めるばかり。
これが真・絶招経の弊害である“喜“の感情の欠損が原因だと気付くのは大分後になる。
「ほんで竜司。
ワレ、身体は大丈夫なんかい。
確か真・絶招経……
やったっけ?
それ使こうたら感情が無くなるかも知れんのやろ?」
僕は元に中田の戦闘の一部始終を話していた。
神道巫術や神通三世についても。
もちろん絶招経と真・絶招経を使用した事も告げていた。
親友だから。
元は親友だからだ。
僕が困っていたら必ず助けてくれる掛け替えの無い親友だからだ。
真・絶招経の発動トリガー。
暮葉の魔力ブーストの事も話した。
これは曽根戦で蓮に魔力ブーストをかけた事を知ったからだ。
蓮が知っていて元が知らないのは何か不公平感を感じて話したんだ。
これで魔力ブーストの事を知っているのは僕と兄さん。
皇兄弟と蓮と元になった。
「うん。
普通に笑えるし哀しくもなるから別段身体に影響は無いと思うんだけど。
でも感情って全部常に出してる訳じゃ無いから解らない……
相変わらず怒る事は出来ないけどね」
「でもお前、記者会見の時に失礼な質問にキレてへんかったか?」
元は多分僕と暮葉の子供についてのやり取りの事を言ってるんだろう。
「別に怒っては無いよ。
あまりに失礼で上からの質問に少し苛ついただけ」
「怒れはせんけど苛つきはすんのか。
よう解らんなあ人間の心て。
舎弟の奴らも話題にしとったで。
礼儀を弁えへんヤツはどこにでもおるからなあ。
みんなもっと言うたっても良かった言うとったで。
ハハッ」
「フフッそうかな?」
僕と元はこの後楽しく談笑を続け、就寝。
翌日
僕はゆっくりと目覚め、身体を起こす。
目に映るのは見慣れない風景。
一瞬、何処に居るのか解らなかった。
「あ……
そうか……
元の家だっけ……」
【竜司うす】
傍で寝ていたガレアが目覚める。
相変わらず寝起きの良い奴だ。
僕は起き上がり、身支度を整える。
そのまま居間へ向かった。
「竜司か。
おはようさん……
ズズズ……」
居間ではフネさんがお茶を啜っていた。
「おはようございます」
「今、元が朝飯作っとるさかいにちょお待っときぃな」
「あ、はい」
元が朝ご飯を作ってるんだ。
当番制か何かかな?
僕はフネさんの向かいに座る。
「んで竜司。
昨日言うとったアルバイトには蓮は連れてかんのかいな」
「あ、はい……
たくさんで護衛に行っても相手を驚かせてしまうかも知れませんし……」
これは言い訳。
咄嗟に考えた言い訳だ。
蓮の事は考えて無くも無かった。
刑戮連事件の後、暮葉と一緒に一度だけ逢った。
接した時はいつもの蓮。
いや、何か吹っ切れた様な。
そんな雰囲気を醸し出していた。
僕ら三人で出る話題は曽根との死闘の話やこれから何処に遊びに行くかとかそんな内容ばかり。
三角関係の事はあまり触れなかった。
何故来てくれたのか?
その経緯を聞いた時のみ。
しかし、お互い特に動揺する事も無くすんなり話が出来た。
変わった所で言うと僕の身体の事はあまり心配していない様子だったのが印象的。
以前だったら僕が無事だと泣きながら抱き付いて来ていたのに。
「無事で良かったわ」
この一言だけだったんだ。
この態度に何か蓮が少し離れてしまった様な気がした。
いや、離したと言うのが正しいかも知れない。
僕との距離感を一歩遠ざけた。
だけど離れはしたが離れ続ける訳では無い。
一歩引いた位置から僕を見ている。
そんな印象だった。
僕が蓮にバイトの事を告げなかったのは血生臭い事になる可能性があるからだ。
蓮は充分刑戮連事件で闘ってもらった。
出来ればもう血生臭い事には巻き込まれて欲しくはない。
女の子なんだから。
元は別。
自分で厄介事があればワイに言えと言っている訳だし。
「おう、何や話し声が聞こえる思たら竜司起きとったんかい。
朝メシ出来たから運ぶん手伝えや」
「うん、わかった」
僕は台所へ向かい、三人分の朝ご飯を運ぶ。
「んで、竜のメシはこっちや」
毎度お馴染み何か肉やら野菜やらが色々混ぜこまれたもの。
しかも大量。
「…………元……
何か悪いね……
ガレアの分まで作って貰っちゃって」
「ええてええて。
これ作んの結構楽しいから好きやし。
ちょお食うてみいや。
結構美味いで」
ひょいっ
パクッ
そう言いながら高く積まれたガレアの食事をつまみ食いする元。
本当に食べれるらしい。
「ホ……
ホントに……?
じゃ……
じゃあ……」
パク
僕も倣ってつまみ食い。
あ、ホントだ。
結構美味しい。
ものすんごく味は濃いけど全然食べれる。
でもご飯が欲しくなるなあ。
僕は高く積まれたガレアの食事を居間まで運び込む。
「ガレア、はい。
ご飯だよ」
【おっ?
メシか】
元も同様に大きく積まれた肉と野菜が混ぜ込まれたものを運んで来た。
ベノムの食事だ。
「よっこらさっと……
さて……
いつまでも寝とるあんズボラを起こして来なな……
ベノムッッ!」
ガラッ!
勢い良く襖を開ける元。
だが、隣の部屋には誰もいない。
お次は廊下に出てキョロキョロ探す。
「げ……
元……
何やってんの?」
「ベノム探しとんねや。
アイツその日の気分で寝る場所変えよるからな……
ベノムッ!
ベーノームーッッ!」
ドタドタ
忙しなく居間から出て行った。
少しすると戻って来る。
「ベノム、居た?」
「おらん…………
となると……
外かっっ!」
ガラッ
お次は縁側の雨戸を勢いよく開け、外に飛び出した元。
「ベノムッ!
何処じゃ!
こんボケッ!」
「朝からやかましい奴じゃのう……
竜司。
ワシらは先に食うとくで。
ほないただきます」
そう言って朝ご飯を食べだしたフネさん。
どうしよう?
一生懸命ベノムを探している元に申し訳が無い気がして僕は待っている事にした。
「あーーーーーっっっ!」
庭から元の大声。
本当にうるさい奴だなあ。
「ベノムッッ!
ワレ、何ちゅうトコに入っとんじゃあッッ!」
元がしゃがんで縁側の下を覗きながら叫んでいる。
え?
まさか。
「出て……
こん……
かいっ!
…………重……」
元が縁側の下から何かを引っ張り出そうとしている。
間違い無い。
ベノムは縁側の下に入り込んで寝ていたんだ。
あの巨体でよく入れたな。
「起動ッッ!」
あまりのベノムの重さに堪らず三則を使用する元。
ズズズと見えて来る灰色の鱗。
「ベノムッ!
朝メシやッ!
ワレが食わな片付かんのじゃいっっ!」
縁側の下から現れたベノムはそのままのそりと居間へ上がり込む。
表情もあまり変化しないから眠たいのか起きてるのかよくわからない。
「元……
毎朝こんな感じなの……?」
「毎朝っちゅう訳や無いねんけどな。
隣の部屋におらん時は大抵変わったトコで寝とるわ」
ようやく元が落ち着いてちゃぶ台の前に座った。
朝食開始。
ちなみにフネさんは既に食べ終わっていた。
「んで竜司。
待ち合わせは14時や言うとったけど、それまでどうすんのや?」
「うん。
奈良でお世話になった人達に挨拶しに行きたいから少し早めに出ようかなって思うんだけど、どうかな?」
「別にワイはかまへんで」
「ありがとう。
なら10時半ぐらいに出発しようか」
「おう…………
とは言ってもそれでもまだ時間あるなあ。
今8時前やで?」
「そっか……
どうしよう」
確かに早めに出るとは言ったがそれでもまだ1~2時間ほど時間がある。
どうしよう。
僕が考えている所……
「あっ、そやっ。
ワイ、ええ事思いついたっ」
何か妙案でも思いついたのか声を上げる元。
心なしか顔が嬉しそうだ。
「何か思いついたの?」
「むふふ~~」
いやらしい笑い方をする金髪リーゼント。
正直気持ち悪い。
「な……
何だよ。
気持ち悪い笑い方して……」
「竜司っ!
ワイとケンカしようやっっ!」
元の思いついた事。
それは僕とのケンカだった。
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「はい、今日はここまで」
「お婆ちゃん……
すっごい怖いんだね……」
母さんの迫力に圧倒されている龍。
「普段は凄く優しいんだけどね……
怒ると怖いんだよ……
本当に……
だって竜のダイナが怖がってるぐらいだよ」
「そう言えばお婆ちゃんの竜はお婆ちゃんの事、姫って呼ぶんだね」
「それもお婆ちゃんが竜儀の式をした時にね。
ダイナと初めて会った時、お婆ちゃんの迫力に圧倒されたからだって。
それ以来からずっとお婆ちゃんの事は姫って呼んでるんだって」
「へえ、お婆ちゃんって凄いんだね。
あと、今回の最後。
何で元はケンカしようって言いだしたの?」
「これはねぇ……
元が本当のケンカ好きと言うか何と言うか……
まあ詳しくは明日話すよ。
今日ももう遅い。
おやすみなさい」